【自炊料理家/山口祐加×佐藤尚之対談】「おいしさを求めるとジリメン料理は続かない!

自分の身の回りのことは自分でできる、つまり炊事・洗濯・掃除が自分でできてこその自立、と今の中学・高校の家庭科の教科書は、そう生徒たちに教えています。コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんが作った言葉「ジリメン」とは、生活面で自立した男性のこと。生活面で自立するとは自分で清潔と安全を保ち、生命を維持するために適切な食材を料理して食べることができるということです。そう、自立のために料理は欠かせません。前回まで料理の最低限の基本を教わった自炊料理家の山口祐加さんと佐藤さんの対談は、今まで料理をしなかった男性はもちろん、そのパートナーや自炊を始めようとする女性にもぜひお勧めしたい内容です。

●前回の【vol7味噌汁は「主菜」と考える】はこちらから

●今回初めてこの連載を読んでくださっている皆さん! ぜひ、vol.1の「宣言編」をご一読ください。
【vol.1  もしかしてオレ、自立してなかった⁉】

佐藤尚之(さとう なおゆき)さん
コミュニケーション・ディレクター。
1961年東京生まれ。著書に「ファンベース」(ちくま新書)、「明日の広告」(アスキー新書)など。また“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)などがある。
2018年にアニサキスアレルギーになって外食や旅に行けなくなり生活がガラリと変わる。一汁一菜を毎日作ってインスタグラムにアップもしている。

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撮影/原 幹和

山口祐加(やまぐちゆか)さん
自炊料理家®︎
1992年生まれ。東京都出身。出版社、食のPR会社を経て独立。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。現在は料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」やレシピ・エッセイの執筆、音声プラットフォームVoicyにて「山口祐加の旅と暮らしとごはん」を配信中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社/紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『自炊の壁 料理の「めんどい」を乗り越える100の方法 』(ダイヤモンド社)など多数。

2024年、世界の自炊をレポートする旅をスタート。
note「山口祐加の海外自炊通信」
https://note.com/yucca88/m/mb0a92b36ef45/hashtag/34956
山口祐加 オフィシャルサイト
https://yukayamaguchi-cook.

家庭料理は簡単なほうがいい。呪縛をといてハードルを下げよう

さとなお:7年前に食物アレルギーになり、自分で自分の食事を作り始めて、初めて「自分は自立してなかったんだ」と自覚したんです。で、自分で料理を「営み」にするためにいろいろ工夫しだして一汁一菜に辿り着いたわけですが、料理ってこういうことでいいんじゃないか、って今は思っています。
山口さんは「自炊料理家」を名乗っているわけですが、なんかとても考えが近いのではないかと想像し、「ひとりでも続くための料理」を教えてもらおうと思いました。普段はどんな感じで料理されているのでしょうか?

山口:私は単純に楽しいから料理していますね。仕事しながら、今日の晩ごはんは何にしようかなと考えたりして。とはいえ、そんな凝ったものは作りませんよ。今日お見せしたみたいな料理が、私にとっての料理なんです。
よく「簡単なものしか作れなくて」と謙遜する人がいますが、「え、簡単なものだけでいいんじゃないの?」というのが私の基本スタンス。自慢することではないでしょうけれど、恥に思う必要もないですよね。ちゃんとした洗濯、ちゃんとした掃除なんてないのに、なぜか料理には「ちゃんとした」という言葉を使うんですよ。きっと理想像があって、今日は一品足りなかったとか味噌汁の味が濃かったとかマイナス点を探して、せっかくがんばって作ったのに60点、みたいな。

さとなお:厳しい点をつけますよね。

山口:さとなおさんやその上の世代はお母さんが専業主婦の家庭が多くて、かつて母親が家にいた時間、今の自分は仕事をしているわけだから、同じように手をかけられなくて当たり前。それなのに、品数、彩り、栄養、みんな母親のほうがちゃんとしていたなって比較しちゃう。

さとなお:母の呪いがきちゃう。

山口:母親がちゃんと作りなさいと呪いの言葉をかけたのか、自分で自分を勝手に呪っているのか分かりませんが、そこからどうやって自由になっていくかが難しい。こうあるべきじゃなくて、鶏の皮がパリパリに焼けてなくてもおいしいね!って、妥協点を見つけていくしかないですよね。

さとなお:ハードルをどう下げるかということなんですね。昔から「品数がいっぱいあって主菜はハンバーグ!」みたいなのが幸せな食卓みたいなイメージだったし、日本って世界的にもおいしいものがあふれているので、家庭でもそれに負けないくらいの料理を出さないと、という妙なプレッシャーがあるのかもしれない。海外の家庭で、こんなに品数いっぱいの料理は出さないですもんね。

山口:外国の家庭料理をいろいろ体験してきましたが、:パンとスープだけ、パンとサラダだけの夜ご飯にたくさん出会いましたよ。

さとなお:やはり昭和の時代の、専業主婦の一汁三菜に起因しているのかな。

山口:100年前の一般農民のごはんを紹介する本があって、みんなめちゃくちゃ質素。今、私たちが常識だと思っているハードルの高い家庭料理は、たかだか50~60年前に作られたものなんですよ。

さとなお:本当にそう。昭和30年代くらいからですかね。

山口:そのハードルをどう下げるかが大きな課題。男性も料理するなら、妻においしいと言ってもらうのを目標にしてはダメですよ。そうなると合格不合格みたいになっちゃうので。

さとなおおいしさを求めると挫折するんですよね。妻の感想が妙に気になってそのうち面倒くさくなる。なので、僕は継続のためにめちゃくちゃハードルを下げて、どこまで簡素化できるかにシフトしました。
今日も料理家に対して失礼なくらい簡単な料理を教えてもらいましたが(笑)。自立するためには、息を吸うように料理ができなくちゃいけない。料理を歯磨きの領域まで持っていかないといけない。工程がいくつも必要となるともう面倒でハードル上がるので、段取りがいらない料理、頭で考えなくていい料理がいいですね。

自立には妥協が大切。おいしさを目標にしないで

山口:おいしくなくていいから料理で自立しようというのは素敵な考えですよね。私のレッスンでは中高年男性にも料理を教えていますが、皆さんまったくの白紙状態で呪いにかかってないので、素直ですごく教えやすいですよ。ただね、そのうち味噌の銘柄や道具なんかにこだわり始めるので、趣味の料理化していくのを止めるのが大変。あれがないと料理ができないになってしまうと、暮らしの営みからはずれていきますからね。自炊において妥協は本当に大事ですよ。おいしさを目指さない。おいしさのピラミッドを登らない(笑)

さとなお:山口さんには妥協料理家になってほしい(笑)

山口:妥協、ほかにいい言葉はないですかね。

さとなお:寛容に近いのかな。足るを知るということなんでしょうね。僕の一汁一菜も、おいしいというのはいったん置いといて「いかに続くか」に重心を置いています。そして安全に食べられるか。

山口:安全で、消化できて、調子悪くならない料理ですね(笑)

さとなお:毎日の「営み」に必要な要素ですね。

山口おいしさを優先すると、実はいろいろなものを失っているのかもしれない。あれこれ段取りが必要になってくると、自分のHP(=ヒットポイント。ゲームにおいてキャラクターの生命力を数値化したもの)を削られてる感じがするから。

さとなお:そうですよね。HPも削られるけど「やる気」としてのMP(=マジックポイント。キャラクターの魔力量)も削られる(笑)

毎日同じ料理でOK! 次のレシピは慣れたり飽きたりしてから

山口:いつも同じものしか作れないと謙遜する人もいますよね。でも、それの何がいけないの? 私だって気に入っているレシピは常時5つくらいですよ。ほかにいいレシピが見つかったら何かひとつ忘れるという具合に、中身は少しずつ変化はしていますけれど。

さとなお:一汁一菜をやっていると「5つもあるの?」って思います。十分ですよね。覚えてられないですもん、そんなにたくさん。

山口:料理のバラエティを増やしたいという生徒さんも多いですが、週7日しかないのにレシピが10あっても使いきれない。それよりも、ひとつのレシピを何度も作って体に覚えてもらい、慣れたらレシピをもうひとつ増やすとしたほうがいいですよ。

さとなお食べ飽きないものを何度も作って行くと、それがいつの間にか快感になってくるのを感じます。基本形が毎日同じいだと食材の旬の違いにも敏感に気づきやすい。野菜の味が変わってくるのに気づいたり、卵や納豆も銘柄によって味わいが違うとかね。

山口:そういう小さなところに喜びを見出せるほうが、人生幸せだと思いますね。でもね、味噌汁はやっぱり豆腐とワカメとネギじゃないとと思い込んでいる人、いっぱいいますよ。

さとなお:僕が味噌汁にトマトやピーマンやセロリを入れると言うと驚かれますからね。

山口:海外で料理を食べて思うのは、やはり安心感が重要なんです。食べたことのないトマトの味噌汁、ピーマンの味噌汁は、味が分からないから作れないんですよ。だからね、最初はなじみのある普通のお味噌汁が作れるようになって、もし飽きてきたら、じゃがいもとか何か知ってる食材をひとつ入れてみて、さらに攻めたくなったら、さとなおさんみたいにピーマンやセロリを入れてみる(笑) 飽きなかったら、毎日ずっと普通のお味噌汁でもいいんですよ。

さとなお:いまや僕の味噌汁はほぼ闇鍋になってます(笑) そしてそのいろいろ混ざる闇鍋が結果的にとんでもなくおいしくなった。

山口:スープ類は合理的ですよね。でも味噌汁やスープにこだわらず、自分に向いている料理を探すのも楽しそうですよね。

自立のカギは、習慣化するまで夫婦で別々に料理すること

山口:夫が料理を始めると、食べる側、ふだん料理をしている側の懐の深さがめちゃくちゃ試されるでしょうね。自立してほしい側は、そこは我慢しなくちゃ。

さとなお:あのね、いままで作ってきた側の人、ボクたち世代にとってはほとんどが妻ですが、妻には、ボクたちが馴れるまで、本当に寛容になってほしいんです。

山口:そうですよね。でもそこは無理っていう女の人、多いと思いますよ。

さとなお:なんですかね。台所が妻の聖域になっちゃってて、適当に踏み込むと痛い思いをする感がある。まぁ夫側も仕事場にいきなり踏み込まれたら怒りますから同じかなぁとは思いますが。

山口:夫は妻を怒らせたくないというのは常にありますよね(笑) それとね、夫に勝手にいろいろな調味料買ってこられたらどうしようとか、あの鍋を適当に扱って欲しくないとか、あれこれ考えるとなんか入ってきて欲しくなくなるんですよ。料理する姿を横で見ていても「大丈夫かな、火通ってるかな」ってドキドキしちゃうし(笑) まあ、子育てみたいなものなんですよね、きっと。

さとなお料理の三歳児と思ってほしい(笑)

山口:私は、ここの食器は触らないでという私の食器棚を作ってるんですよ。

さとなお:僕は「冷蔵庫の一番上の棚だけオレにくれ」ってお願いしました。あと、触ってはいけない棚を教えてもらうのと、たまに大切な調味料とか使っちゃっても弁償するからとりあえず怒らないで、ともお願いしました。まぁしばらくしたらお互い馴れてくるので、それからはずいぶん楽になりました。

山口:ふたり暮らしでも、包丁とか小さいフライパンとか、ミニマムなものは自分専用のものを持ったらいいですよね。

さとなお:そうそう。そのほうが自分で責任が持てていいですよね。自分の鍋だったら、汚れたのをシンクに放っておいても妻は洗ってくれない、これはあなたのでしょって。だから強制的に自分で洗いものをするようになるんですよ。そういうのがわりと大事な気がします。たとえばプラスティックのまな板も、使っているうちに色が染みてきますよね。そういうの、人のを使ってたら分からなかった。

山口:妻が知らないうちに漂白してくれてたり、買い替えたりしているから、白いものだと思っちゃいますよね(笑)

さとなお:漂白するんだ! って初めて知りました(笑) 
事ほど左様に、料理を始めるならしばらくは夫婦で道具も領域も分けたほうがいいと思います。あと、習慣化されるまで3か月くらいは妻にも食べさせない方がいい。まずは自分の食事を自分で作ると決めて、道具なんかも自分のを使った方が自立できると思います。

山口:確かにね。いつも作っている人が妻であれば、ある意味「家庭料理のプロ」だから、プロにご飯を食べさせるのは緊張すると思うし。

さとなお:食べさせて批評されたりしているうちに、まただんだん妻に頼るようになっちゃう気がします。自分で一品だけ作って「もうこれでいいや」となって、依存に戻っていってしまったりすると思うな。だからいったん分けて別々のを食べることをおすすめしたい。

山口:一回一回の料理を楽にするための「作り置き」とかはしないんですか? たとえば味付け前の豚汁をたくさん作って小分け冷凍しておき、食べるときに違う調味料で味変させるなんてどうですか? 少しは楽になるのでは。

さとなお:作り置きはイベント料理と一緒だと思っていて、たくさん作るとなんか「やった感」がでちゃうんですよね。「やった感」が出て満足してしまって、あとが続かなくなる。なんでしょうね、ランニングを毎日しようと決めて、最初の土日でちょっと長距離走っちゃって、それで満足して続かなくなるのに近い感じ。続けるためには、毎日作ったほうがいいと思うんですよね。料理することを日常に取り入れて習慣化しないと続かない。

山口:身体に覚えさせるんですね。筋トレみたいなものですかね。

さとなお:そう思いますね。ボクは毎日歯磨きをするようにやるみたいなイメージを持っています。毎朝無意識に歯磨きをするように、毎朝起きたら無意識のうちにキッチンに立つくらいまで習慣化するのが大事かなぁ、と。

山口:なるほど。その人のタイプにもよりますよね。朝、野菜を切るのが苦痛だと思う人は、週末に野菜だけ切り分けておくとかね。

さとなお:あぁそういうのはありかもですね。切っておいて冷凍。毎日の料理のハードルを工夫して少し下げていくのはありかもしれません。

レベルアップは不要! 型にはめることで料理がラクに

山口:夫が一食くらい作れるようになると、妻も安心ですね。

さとなお:一番心配なのが、妻が亡くなってひとりになる夫たち。“亡妻”って呼んでるんですけど(笑) いやほんと、離婚も含めて「亡妻意識が低い」んですよ、男たちはみんな自分のほうが先に逝くって思いこんでいる。男のおひとり様問題は社会問題になると思います。

山口:本当に社会問題ですよ。未婚男性は既婚男性に比べて14年早く亡くなるというデータがあります。独身が悪いということでは全くなくて、女性が得意とされる「ケアする視点」が男性だけだと抜け落ちやすいということなんだと思いますね。
女性は思春期の時から生理で体調について考えざるを得なくなります。人によっては出産も経験し、子供に何を食べさせるかを考えることで体調や食べ物がつながっていることを自然と知ります。
だから妻がつくる食事は栄養も考えられて、薄味だったり、夫が太り気味なら脂肪分の多い豚バラ肉はやめようかなとか、いろいろ配慮するわけですよ。そうやって知らず知らずのうちにケアされていたのが、妻が亡くなると外食かコンビニ弁当、冷凍食品しかなくなってしまう。

さとなお「自分をケアする」という視点がないから、コンビニでいいと思っちゃうんですよね。

山口:私の父も料理しないので心配で。母は作りたいものを食べたい人、父はなんでも食べる人。おそらく父は、今自分の身体が何を欲しているかをあまり考える機会が少ないと思います。

さとなお:これまで主体的に考えてこなかった人が急に考えるのは難しいでしょうね。

山口:そういう人には何か型があったほうが、最初はラクなんでしょうね。たとえば味噌汁、肉野菜炒め、ホイル焼きとパターンを決めて、その日安かった野菜や肉を入れるだけ。

さとなお:そう。型は必要です。そこから始めたほうがいいと思う。

山口:そういうパターンを繰り返して、たまにバリエーションが欲しいとか突然オムライスが食べたいとなったら、そっちを試してみる。初心者から中級へなんてレベルアップを目指さなくていいんですよ。自分の好きな料理をつくれたら、それでアガリ。

さとなお:そこでアガリ! それでいいと心底思います。

→次回は近日公開!

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