【たいら由以子 地球にいいことの始め方「ずっとそこにあった母の堆肥」】

「半径2kmの栄養循環」を目指し、誰もが始められる食の循環生活を広める活動をしているたいら由以子さん。新連載第二回はいよいよたいらさんの活動の始まりの物語です。

撮影/原 幹和
イラスト、タイトル文字/たいら由以子

みなさん、こんにちは。たいら由以子です。

前回は、父の余命宣告から食事療法に取り組んだ2年間のことをお話ししました。
あの経験が、私がコンポストや食の循環に取り組む原点になっています。
でも、実は、私とコンポストとの最初の出会いは、もっと前にありました。

それは、母でした。

答えが見つからなくて

父の食事療法に使うのは無農薬の野菜でなければなりませんでしたが、当時は今ほど無農薬野菜が手に入らなく、私は日々あちこち歩きまわって探していました.
幼い娘を抱えながら、わたしは大きな不安を感じていました。

「安心・安全なものがこんなに手に入らない世の中で、この子が10年後、20年後に大人になったとき、どんなものを食べているんだろう」、「どんな子育てをしているんだろう」と。

食材探しにこれだけ苦労する世の中で、娘の未来さえ見えないように感じて不安でした。
食を取り巻く環境を改善するにはどうしたらいいか。
私は父の看病をしながら、空き時間にいろんな体験に行きました。
山に入って木を伐ったり、暮らしと密接にかかわる里山の保全活動に参加したり。
週末の里山活動は楽しかったし、自然環境保全のためのいろいろな技術も身につきました。

でも、ふと思ったんです。

「週末だけの里山活動で、何が変わるんだろう」
「これが、いつ自分の食卓に繋がるんだろう」
私自身が切羽詰まった気持ちだったこともあり、もっと直接的な、もっと早く結果が出るような仕組み、それをずっと探していました。

母と堆肥と循環と

そんな中、ゴミ減量活動を始めて、市のゴミ減量モニターになりました。
母と一緒にその活動に参加したとき、驚いたんです。
母は堆肥作りをすごく上手にやっている、ということに。
母が台所から出る生ごみや落ち葉で堆肥をつくって、庭で野菜を育てていたことは知っていました。
でも、生ごみから堆肥を作って、それで野菜を育てる、食べる、それはどういうことか?
母と一緒に父のために畑をやっているうちに、それが少しずつわかってきたんです。
私たちが食べた野菜のくずなどは堆肥になって土に還り、野菜を育ててくれる、その野菜をまた私たちが食べる。

その「循環」の中に、母はずっといたんだと。

「これだ!」と思った瞬間

母に教えてもらって、自分でもコンポストを始めるといろんなことがわかりました。

まず、ゴミが減る。

生ごみがその場で処理できると、匂いが部屋からなくなる。
流し台もすっきりする。冷蔵庫もすっきりする。
そして、無農薬で化学肥料も使わず、野菜が育つ土を作れる。
いいことだらけでした。
「毎日の台所から、すぐに始められる循環」。
探していたのはこれだったんだ! と気づきました。

眠れないほど嬉しかった夜

コンポストを始めて、自分の考え方が変わっていきました。
買い物の仕方が変わる。
無駄なものを買わなくなる。
もっとお得なこと、いや、徳を積むようなことをやろうって思えてくる。
それが、楽しくて。

ごみだったものが食べものになって返ってくる。
コンポストから食卓へ、身近な場所での食の循環のイメージが、スッとつながりました。
みんながコンポストを始めたら、安全な堆肥があちこちでできあがる。
家庭菜園や市民農園で野菜を育てる人が増える。
新鮮で安心な野菜が手に入る。
誰でも参加できる循環システムをつくることができれば、10年後には近所でおいしい野菜が手に入る生活が当たり前になっているんじゃないか。

「これだ!」

確信を持てた日は、もう、うれしくて眠れませんでした。

悔しさをバネに

台所から始める食の循環のある生活。
一晩眠れないほどの興奮の勢いのまま、これを、もっと多くの人に伝えたい。
そう思って活動を始めましたが、最初はほんとうに大変でした。
当時はまだまだ自然環境に対する行政の取り組みもまだまだだったし、
市役所に行って私の構想を説明しても、なかなか理解してもらえない。

「堆肥作り? おばちゃんの好きな活動ね」という感じで、真剣に取り合ってもらえないこともありました。
悔しかったです。でも、負けじと行動を続けました。
自分の子どもも巻き込んでの、実証実験も実施しました。
いろいろな学会に行って、講演終了後に登壇者に駆け寄って質問しました。
わからないことは、失礼を承知で聞きまくりました。
さらに、コンポストや微生物の研究も、それを広めるための組織作りの勉強も、とどまることなく続けました。

そうしているうちに、市役所の方が私の提案を受け入れてくれるようになったんです。

循環生活研究所の誕生

福岡市からの声かけで環境NPOの立ち上げに参加し、リサイクル施設の運営を担当することになりました。
洋服のリサイクル部長、木工部長。そして、コンポスト部長。
いろんな役割を経験しました。
今でも木工が大好きなのは、この時の経験があるからかもしれません。

「地域内で物が循環するシンプルでかっこいい暮らし」
そんなコンセプトで、それまで関わっていたいくつかの活動を統合し、「循環生活研究所」を設立しました。
気づけば、25年以上経ちます。

私がスーパーマンになる必要はない

「食の循環のある暮らし」を広げたくてコンポストの講座を始めた頃、私には夢がありました。
「10年後には、日本中の人がコンポストをしているだろう」という夢。
その達成のため、私は講座を300回、500回と重ね、全国を回りました。
でも、気づくと、あまりにも多忙なために、コンビニご飯を食べるような暮らしに陥ってしまって。
これでは本末転倒で「私は一体何をやっているんだろう」、と情けなく思いました。
そして私は考え方を変えました。

私がスーパーマンになって、全国を飛び回る必要はない。
それよりも、全力で“ライバル”、つまり同じ思いを持つ人たちを育てよう。
私はその人たちを支援することが大切なんじゃないか⁉ と。

今は、全国にコンポストアドバイザーを配置したいと思っています。
それぞれの地域で、それぞれの人が、コンポストの楽しさを伝えていく。
そんな仕組みを作りたいんです。

体験してみないとわからない

コンポストは、「体験」なんです。

言葉で説明されても、よくわからない。
でも、やってみると、わかる。
生ごみが土に還る。温度が上がる。変化していく。
その過程を、自分の目で見て、手で触れて、初めてわかることがあるんです。

「栄養循環って、きっとこういうことなんだね」
「これは私が食べるものと同格なんだ」
「子どもにいいものを食べさせたい」
そういう気づきは、頭で理解するものじゃなくて、体で感じるものなんだと思います。
ごみっていう一つの入口から、食べもののこと、環境のこと、暮らしのこと。
いろんな奥行きが見えてくる。

つながっていく

母が続けていた堆肥作り。
父との2年間で学んだ食べものの力。
それらが、今、コンポストという形で実っています。
台所という、誰もが持っている場所で、誰もができること。

そこから始まる小さな循環が、確かに暮らしを変えていく。
わたしは、そう信じています。

●著者紹介
たいら由以子(たいら ゆいこ)さん
福岡市生まれ。大学で栄養学を学んだ後、証券会社に入社。結婚後に地元の福岡に戻り、父親との別れをきっかけに「栄養循環」を半径2㎞単位で作ることで持続可能な食の仕組みを構築することを決意。1997年よりコンポストの普及とコンポストの人材育成事業を展開する。ローカルフードサイクリング株式会社代表、LFCコンポスト代表を務める。

●たいらさんの新刊「おいしい循環」をご紹介しています。ぜひご覧ください。

●「地球にいいことの始め方-台所から始める、循環させる暮らし」記事一覧
vol.1 父の命が教えてくれた、食べものの本当のちから