「人がよく生きる」とはどういうことか?
各界で活躍中の様々な方の視点から、考えるヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。
今回のゲストは17年間にわたって全国600人もの90歳超の人々から戦前の暮らし方を聞き取ってきた東京都市大学の古川柳蔵教授です。
「昔」を生きた人たちから聞く、戦前の暮らし方と「今」の私たちのそれは何がどう変わったのか? 変わらないのか? 残っているものは何か?
「持続可能な暮らし方」とは何か、を考える大きなきっかけになったインタビューです。
聞き手/ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/中川和子
古川柳蔵(ふるかわ・りゅうぞう)さん
1972年、東京都出身。民間シンクタンク、東北大学大学院環境科学研究科准教授を経て、2018年より東京都市大学環境学部、同大学院環境情報学研究科教授。「90歳ヒアリング」で戦前の暮らしを聞き取り、「暮らし方の美」を現代に伝える活動が評価され、「IAUD国際デザイン賞2025」銅賞(サスティナブルデザイン部門)を受賞。「90歳ヒアリング」をまとめた『聞書 戦前の暮らし方』(筑摩書房、三橋正枝氏と共著)を2026年に上梓、大きな反響を呼んでいる。

前田:最初に、先生のご専門の研究について教えていただけますか?
古川:学部としては環境学部で専門は環境イノベーションですが、持続可能なライフスタイルの研究をしています。将来にわたって持続可能なライフスタイルというのはどういうものなのか。そういうライフスタイルに変わっていくためにはどうしたらいいのか。そういう研究ですね。
前田:現在のこの生活がいつまで続けられるのか。今、人類にとって、危機的状況じゃないかと思うのですが。
古川:気候変動も進んでいますからね。そういう中で、われわれはどうやって心豊かに暮らしていくかということを考えています。
前田:その「心豊かに」というところがウェルビーイングともつながる大きなポイントで、気候変動があろうが、天災が起ころうが、心豊かに持続可能な暮らしをしていくためにはどうするかということですね。それを考えるために「バックキャスト」という方法を取り入れていらっしゃるとか。
古川:基本的に「バックキャスト」というのは、未来に自分の身を置いて、そこから現在を見るんです。未来に自分の身を置くというのは、将来、たとえば温暖化による環境制約を受けるなど、みんなが受ける制約をきちんと理解したうえで現在を見る。
「こうありたい」という未来を想定して、そこにどうやってたどり着けばいいのか、現代に戻って道筋を考えるというものです。1980年代ぐらいから、サスティナビリティー研究ではよく使われています。
前田:なるほど。理想的な未来から現代へ逆算的に考えて、今の行動やプロセスを考えていく方法というわけですね。それで、先生独自のご研究として「90歳ヒアリング」があるわけですか。
古川:そうですね。最初にその「バックキャスト」を使ったライフスタイルデザイン手法を開発して、企業や一般の生活者の方々と一緒に未来を描くということをやったのですが、それがけっこう難しくて、簡単に描けないんです。
どうしたものかと考えていたときに「戦前ってどんな暮らしだったんだろう?」と思いついたのです。われわれは未来で強い制約を受けるんですけれど、戦前もそれに似た状況だったのではないかと。今のように便利なものがなかったので、昔の暮らしは制約だらけだったわけです。でも、その中でも心豊かに暮らしてきた人たちがきっといるはずで。その人たちから未来の持続可能な暮らし方を学び取れるのではないかと考えて「90歳ヒアリング」を始めました。
前田:なるほど。それで全国で600人ぐらいの方の聞き取りをされたとか。それをまとめたのがこの『聞書 戦前の暮らし方』という本ですね。
古川:今年のはじめに筑摩書房から出したんですけれど「90歳ヒアリング」を始めたのは私が東北大学にいた2008年の冬なんです。
ある学生が持続可能なライフスタイルの研究をやりたいと言ってきました。彼はおばあさんから昔の話をたくさん聞いていて、その話を私にしてくれたんです。戦前の宮城県の暮らしを聞くと、私にはとても新しく感じられました。最初は私が東京で生まれ育ったからなのかと思ったのですが、それにしても興味深い。それならもっとたくさんの人から聞いてみようということで、その後、日本全国、最終的にはアメリカやドイツ、ラオスとか。欧米だけではなく、東南アジアでもヒアリングしました。この本には海外のことは載せていませんが。

この本のご紹介記事はこちらから「wellbeing topics」
90歳の人の言葉をそのままに
前田:この本、ぜひみなさんに読んでいただきたいのですが、いちいち解釈がないんです。
ほんとうに各項目、食事とか生活用品とか人とのつきあいとか、章ごとに項目が分かれていて、すごく貴重なお話が、話されたそのままのように載っているんです。
古川:これ、「使える」本にしたかったのです。解釈など書いてしまうと使い方が広がらないでしょ。それに、90歳の人の言葉がすごく心に響くことが多かったので、そのまま残したいと思って。私の考えはほとんど書いてないですね。
前田:本書のねらいとか調査のしかたや基本的な態度などはきちんと書いてあります。
古川:持続可能なライフスタイルと押し付けると、みんな聞いてくれないですよ。自分から気づいて変わっていくもの。それがライフスタイルが変わっていくプロセスだと思うんですね。
だから、この本は「使える本」にしたかった。
たとえば、自分が愛知県出身だったら巻末の「県別事例索引」を見てもらえば、愛知県のことが書いてあるページがわかるので、辞書的に使ってもらったり、あるいは旅行の前に読んでもらうのもすごく良いと思います。。
前田:それはその場所への旅の入り口として、とてもいいですね。
古川:それから、90歳の人たちの言葉を直接浴びた私としては、直接、聞くことがいちばん効果があると思っているんです。そういう意味で、子どもの夏休みの自由研究にも活用してもらいたいんです。子どもが自分のおじいちゃんやおばあちゃん、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんたちに昔の暮らしをヒアリングして、自由研究としてまとめるとか。
前田:あ、それぜひお子さんにおすすめしたい。何しろ、意外に家族の話って聞かないですからね。
古川:そうなんです。改まって「昔の話をしましょう」ってことにはならないですから。
昔は日常生活の中で生活の知恵は必要だったから、いちいち聞かなくても伝わっていったんです。けれど今は、昔の暮らしの知恵が必要ないですから。だから途切れていくんです。

「暮らし」と「暮らし方」の違い
前田:先生のこのご本、「戦前の暮らし」ではなく「戦前の暮らし方」というのがとても気になりました。
古川:実は「暮らし」と「暮らし方」を使い分けているんですよ。「暮らし方」というのは方法のことを指していて、その人しかできないことではなく、他の人でも活用できることを意味しています。あるおじいさんだけができるとか、そこの地域しか使えないというのではなく、いろいろな地域でも共通して使える知恵とか、そういう共通点を見つけ出して、それを持続可能な暮らし方の基礎にしようということで、こういう『44の失われつつある暮らしの価値―戦前の暮らし方の共通点―』にまとめました。

前田:拝見すると、前半の1から13までは「自然」に関わることが多いですね。
古川:やはり昔と今の大きな違いは、自然との関係が薄れているというところですね。自然との関係を重視していないというのが今の価値観で。
前田:自然と自分たちの暮らしの関係が近いと、協力しないとできないこともたくさんあったはずですよね。家の手入れとか水を治めるとか。
古川:自然というのはすごく強くて、恵みだけではなく、脅威ももたらします。だからこそ一人や家族だけで暮らすというのは無理があって、コミュニティをつくって協力し合いながら生きていくということを昔はやっていたんですね。
前田:以前住んでいた私の家に柿の木があって、柿を採って食べていたんですけれど、今、田舎に行って柿がなっていても、意外に誰も採らずにそのままになっていて。私、食いしん坊だから「あれ、食べれば美味しいのになあ」と思うんですよ。
古川:日本に柿の木はたくさんあって、柿は干し柿で保存食になるし、柿の皮を漬物に入れて味を変えたり、柿だけでもいろいろな用途があるんです。
食べ物だけではなく、サイカチの木を庭に植えたり。サイカチの実は洗剤になります。あとはシュロ。水に強いので、縄にして井戸のつるべに使うので、井戸のそばに植えてあったり。
前田:食べるだけじゃなくて、道具にするためにも植えているんですね。
古川:富山の男性の話だったのですが、家のまわりに屋敷林として木を植えるんだそうです。植える木は地域によって違うようですが、彼はその屋敷林を「命の次に大切なものだ」と言うんです。その木は次に家を建て替えるときの材木にするそうです。
前田:「命の次に大切なものが木」って、そういう言葉を私たちは使ったことがないですね。
持続可能な暮らし方を考えるときに、私たちの未来にどんな自然が残されるかはわからないけれど、ほんとうにヒントになりますね。
古川:そうなんです。この『44の失われつつある暮らしの価値』は昔の人が築き上げた宝だと思うんです。それをわれわれは使えるわけです。試す必要はなく。成功事例ですからね、これは。どう活かしていくかを考えればいいんです。
前田:環境の変化や人の価値観、たとえばパソコンが出てきたりして世の中が大きく変わった今でも、さらに環境が激変するだろう未来でも、この中のエッセンスみたいなものを活かしていけば、人は楽しく、自然や人としっかり関係性を築いていけるような気がしますね。

制約の中で「工夫する知恵」と「豊かさ」
前田:この17年間、先生がいろいろな場所で90歳前後のおじいさん、おばあさんのお話を聞かれた中で、心動かされたというか、印象に残っているお話はありますか?
古川:鹿児島のあるおじいさんの話ですね。
当時100歳だった方で、ヒアリングしていく中で「お花見はどうしていたんですか?」と聞いたんです。すると「当時は桜がなかったんです。そのかわり、田んぼにレンゲの花が咲き乱れる。そのとき、近くの丘に上がって、レンゲの咲き乱れた田んぼを見下ろす。それが私の花見です」と。お花見というと桜の下にゴザを敷いて、みんなでお酒を飲むようなイメージですけれど、そういう話は出てこない。

前田:紫色のレンゲの花が一面に咲いているところを俯瞰する。きれいでしょうね。
古川:その話に心打たれて、そのお花見に「心花見」という名前をつけたんです。そうするとみんなにも伝わりやすいですし。普及させるためにも、感動したライフスタイルに名前をつけるようにしています。
前田:いいですね。別に桜じゃなくても、それに近い話なら「それ、心花見だね」って言えますものね。人ってどんなときでも、自分を楽しませるというか、楽にするというか、具体的に暮らしやすくする、そういう工夫を自然にするものなのでしょうか?
古川:そうなんです。「どうしてこんなにみんな工夫をするんだろう?」と思いますね。90歳の方が、またそのおじいさんから聞いた話もあるので、暮らしを繰り返しながら伝承されていて、その方法はあまり変わらないものだろうなと思ったんです。けれど、よく聞いていると、たくさん工夫をして変化させているんですよ。
前田:おじいさんがやっていたことそのままではなく?
古川:たとえば、オニヤンマを捕まえるとき。指をクルクルまわすんじゃないんですよ。
オニヤンマは基本的に水路の上を飛ぶ習性があるので、水路で待ち構えて、網で取る。その中で一人すごい方がいて、石ころに紐を結えて投げると、ヒュルヒュルヒュルーって飛んでいく。オニヤンマはそれを追いかける習性があるんだそうです。追いかけているうちに紐のところに絡まって、一緒に落ちてくるからそのまま捕れるとか。
前田:おお~~!
古川:あと、昔は蛍がたくさんいて、お金を持っていないと、蛍を入れるかごなんか買えないわけですよ。そこで畑のネギを引っこ抜く。ネギの青いところは中が空洞なので、そこに蛍を入れて持ち帰る。ネギのかごです。それを蚊帳の上に置くと、ネギ越しに緑色に光る蛍がきれいだと言っていましたね。
前田:やってみたい気もしますけど、蛍はネギくさいでしょうね(笑)。
古川:基本的に誰かに頼るというよりも、自給自足の暮らしをしているわけだから、まず自分で考えるという姿勢があるんですよ。自分でなんとかする。そういうメッセージをくれた方もいました。
前田:なぜ昔の人はそんなに工夫をしようとしていたんでしょう?
古川:今の人たちが工夫をしていないとは言いませんけれど、ヒアリングをした結果、これは伝承されたというよりも、この方が考えたんだろうなということがたくさんあるんです。
最終的にそういうものが伝承されるか淘汰されたかで、共通した暮らし方として残っていくんだと思います。
前田:制約がある中でこそ人は工夫し始める。人間はなぜだかわからないけれど、工夫する。それらの中から、“豊かさ”として残るものが出てくることもあるのでしょうね。
古川:あります。私が90歳の方々から学んだいちばん大きなことは「制約の中の豊かさ」なんです。
あれがない、これがないという制約があるからこそ、得られる豊かさを楽しんだということです。制約があるから楽しめないのではなく、制約があるからこそ工夫があり、そこに豊かさが生まれる。かごがないからネギの穴の中に蛍を入れる。そうするとホタルの光の新しい色を楽しめる。それが
彼らの豊かさであり、小さな喜びになります。大きい幸せではなく、小さいんだけれど、それが「制約の中の豊かさ」だと思います。われわれの未来は制約だらけだとしても、今の豊かさとは異なる制約の中の豊かさを楽しめるのだと思います。
前田:未来はきっと今と同じではないでしょうからね。なかなか大変な時代ではありますが、お話をうかがって、希望がわいてきました。
以下、みなさんの質問に古川先生がお答えします。
Q:海外と異なる日本の高齢者ならではの魅力について、先生がお感じになることがあれば教えてください。
古川:海外との違いはほとんどないです。さっきの「44の〜価値」は海外の人も持っています。やはり自然の中で便利なものがない世界で生きてきたので、最終的には同じ価値観にたどり着いていると思います。
唯一違うかなというのは「持ちつ持たれつ」ですね。アメリカでヒアリングしたときは、施しとか恵むとか、コミュニティの中で対等の関係でないものがあったりするのですが、日本はいろいろな仕組みを見ても、「持ちつ持たれつ」です。たとえば「結(ゆい)」とか。田植えを手伝ってもらったら結返しでまた手伝い返すとか。そのあたりが日本の特徴としてはあると思います。でも、基本的には同じだと思います。
Q:90歳以上の方々は、昔と今を比べて、どう思われているんでしょうか。便利で良くなったと思っているんでしょうか?
古川:それは聞いたことがあるんですよ。「昔と今の暮らし、どちらがいいですか?」と聞くと「両方いいです」、と。これが90歳の答えなんです。
今の便利もいい、昔の暮らしもいい。今と昔は「いい」の種類が違うわけで、両方いいんです。これは90歳の特徴で、ポジティブ思考なんですね。制約でネガティブなところをポジティブに捉えて、そういう生き方をしてきているから、両方のいいところを指摘できるんです。
前田:それは非常に心強いお話ですね。今後、90歳になったとき、そう思えているといいなと、本当に思います。
古川:私の想像している未来もそうなんですが、完全に昔に戻るのではないなと思っていたのが、やっぱりそうなんだと安心します。90歳の人たちも今の新しいものを否定しているわけじゃないんです。いいところを採用していけばいいという、そういう考え方だと思うんです。私も同じように、ポジティブな未来を描いていきたいです。
前田:先生のご研究の目的のひとつは「持続可能な暮らし方」を探求すること。
この先気候変動で環境は激変しつつありますが、そんな未来でも、どんな制約があっても、心豊かに人同士がつながっていける暮らし方について、考えざるを得ないことがわかりました。
そして、あらためて「持続可能とは何か」を深く考えるヒントもいただきました。
先生、ありがとうございます。















