かつて化粧品といえば、メーカーが生み出した製品、メーカーがプロモーションした流行を、私たち消費者が追い求める図式で成り立っていた。
ところが今は、化粧品選びの指標が消費者の口コミになり、サンプルのサブスクや使いかけの化粧品のシェアが、お試し需要で大いに注目されている。
こうした時代の転換点となったのが、口コミサイト『@cosme』の登場。
共同創業者である山田メユミさんは、何を思ってサイトを立ち上げたのか。
そして今、コスメバンクの活動を通して、化粧品をとりまく状況をどう見ているのか。
山田さんが考える、日本における化粧や化粧品の意義について話を聞いた。
お話しをうかがった人/(株)アイスタイル 取締役・一般社団法人バンクフォースマイルズ 代表理事 山田メユミさん
聞き手/ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子 アンティー・ファクトリー:中川直樹
撮影/原 幹和
文/小林みどり

━━━女性誌の美容特集でもメーカー発信の情報をもとに誌面作りをしていた時代に、生活者の本音をそのままシェアする『@cosme』の登場は衝撃的でした。何かきっかけがあったのでしょうか。
山田メユミさん(以下、山田):ありがとうございます。私は学生のころから化粧品を作る側になりたいという希望をもっていて、原料メーカーで研究に携わったあと、化粧品メーカーで商品開発に従事しました。
それが1990年代の後半で、ちょうどパソコンが普及し始めた時期。ネット人口が1000万人を超え、情報の流れが大きく変わるだろうなというワクワク感がありました。そんな中、「週刊コスメ通信」というメルマガを始めまして。自分が試したコスメを紹介するという、広告も利害関係も一切ないまったくの趣味で始めたメルマガです。これが想像以上に読者が増え、自分も試してみた、感激した、これもよかったから紹介してという熱いレスポンスが続々と届くんです。
マーケティングの仕事でユーザーアンケートやグループインタビューなどもしていましたが、いやもう、熱量がまったく違う。利害関係のないところで、聞いて聞いて!と井戸端会議のようなノリで情報が集まってくる。これを個人の私的なメルマガだけにとどめておくのはもったいないなという、使命感にとらわれまして(笑)
当時は、飲食店や旅行など、あらゆる領域のサービスや製品の選択において、生活者の評価を重視すると言う消費行動が劇的に広がっていった時代。その中で、化粧品領域は我々が担わせていただいた。それが、日本人女性の美容への関心の高さと相まって、他の国には例を見ないサービスに発展していったのだろうと思います。

━━━今では男性も化粧をする時代で、『@cosme』が生まれた当時に比べて、生活者がすごく自由になっているように見えます。一方で、就活メイクが推奨されたり男性のスキンケアや脱毛の情報がひんぱんにSNSに流れたりと、あらたな縛りが蔓延しているようにも感じます。
山田:そうですね。実は私、この3月まで大学院生でして、お歯黒など日本の化粧文化について修士論文を書きました。ここ何年かずっとお歯黒のことを考えていたのですが、つくづく日本においての化粧は、美容や楽しみではなく、社会における身分や階級などのわかりやすい印だったんだなと。
昔は既婚女性はお歯黒にしましたが、それが成人儀礼でもあったわけです。自己主張をせず協調性を是とする日本文化の中で、女性にとっての化粧は、社会の暗黙の義務のような形で存在したのです。自分の身分や立場を化粧で示し、明かさないと、そのコミュニティで生きていけない。それ以外の選択肢がない。そういう化粧の歴史が何百年も続いてきた。自由化されたのは、第二次世界大戦のあとなんですよね。
江戸時代の化粧のハウツー本なんてすごいですよ。この『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)』によると、当時はちょっと伏し目で細目の人が美人とされているので、目の大きい人は眉をこうしろとか、1メートルくらい先を見るといいとか。化粧だけでなく幅広い身だしなみや仕草、髪型や帯なども網羅していて、こういった本が江戸時代からあるというのが日本文化なんですよね。規定された中で義務として化粧をしなければいけなかった、でも、そんな中でも楽しもうとしたのだろうと想像しますが。



━━━平安時代や江戸時代のような化粧文化を、今も引きずっていると?
山田:美容や化粧というのは、時代を映す鏡だと思うのです。かつて化粧が、社会生活を送るうえで不可欠なものであったのは間違いない。一時的なブームではなく、生活の中で身分制度のある社会を秩序立てるために必要なものであったと思いますし、それは現代でもそれに似た位置づけなんだろうと思います。
コスメティクスの語源はコスモス、秩序や調和のある宇宙です。コスモスはカオス(無秩序・混沌)の対義語なので、カオスな状態をコスモスな状態にするのが、本来のコスメティクスです。
「コスモス」の意味合いや捉え方は国や民族によって違うため、化粧はさまざまな方向に発展しています。
日本では、その時代における「社会で規定された役割を明示するもの」という位置づけがすごく強い。大正時代の本を読むと、女子学生が化粧をしないなんて何事だ!と出てくる。もう、今と逆ですよ(笑) だからやはり、規定されているんです、その役割を。で、今も間違いなく、その価値観を引きずっているのではないかと。
それほど社会で生きるために不可欠なものなのに、化粧品は嗜好品としての扱われ方をしているので、混乱や問題が生じやすいのです。
『コスメバンクプロジェクト』のアンケートなどでもよく目にしますが、日本の家庭をもつ女性には、自分のことを優先してはいけないという強迫観念のようなものがある。私も子育てをしている頃に少し感じたことがありますが、母たるもの、自分のことよりまず優先すべきは家庭であり、子供である……自分をケアすることにちょっと罪悪感を覚えてしまう。そんな中で真っ先に後回しにされるのが、自分のための化粧品です。
━━━となると、経済的困窮家庭ではその傾向が大きそうですね。山田さんは現在、コスメバンクの活動にも取り組んでらっしゃるそうですが。
山田:はい。コロナ禍で市場に化粧品が余っている状況をなんとかしたいと思っていたとき、たまたまアイスタイルの卒業生で『おてらおやつクラブ』を主宰しているお坊さんと話す機会がありまして。『おてらおやつクラブ』は、全国のお寺をプラットフォームにして、そこに集まるお供え物を経済的に困窮されているご家庭の皆さんに活用していただこうという活動です。
その彼から、あるシングルマザーのお母さんが、お子さんの卒業式や入学式はマスクをしていくという話を聞いて。なぜマスクかというと、きちんと身なりを整えたいけれど口紅ひとつ持っていないから、マスクで素顔を隠してお子さんのハレの場に参列したんだと。それで、『おてらおやつクラブ』でコスメをプレゼントしたら、とても喜ばれたそうなんです。
あ、これだ! と思いました。化粧の余剰在庫は、今の流通機構を考えたらゼロにするのは難しい。そんな行き場のない化粧品と、社会で活動するのに化粧は不可欠であるにもかかわらず、化粧品を手にすることができない方々とをつなぐことができたら、と。企業の経営者や化粧品業界の先輩方に相談したところ、思いがけず多くの応援を頂戴しまして、それで『バンクフォースマイルズ』のプロジェクトがスタートしました。
※『バンクフォースマイルズ』―株式会社アイスタイルが協力する一般社団法人。化粧品メーカーの余剰品を活用し、経済的困難を抱える女性へコスメギフトを届ける社会貢献活動を展開している。」
私たちが大切にしているのは、単に余剰品を配るのではなく、私たちの気持ちを込めてコフレの形にラッピングして、おひとりおひとりにギフトとしてお届けすること。毎年、母の日とクリスマスに、協力企業の倉庫に化粧品メーカーの方々などみんなで集まってコフレを作り、3万世帯の皆さまにプレゼントしています。
コスメのギフトを受け取ったことで、自分をケアしてもいいんだと思えたという声を多くいただいています。それに、お母さんがきれいになってニコニコしているからお子さんも喜んでいるとか、そういう声が本当に多く寄せられていて。それが私たちの活動の原動力になっています。

また、母の日とクリスマスにも意味がありまして、化粧品の企業にとって春と秋は製品の改変があるタイミングで、ちょうど行き先のないコスメがある程度決まる時期なんです。そのサイクルに合っているからサステナブルな活動になり、企業も無理なく継続的に参加していただけるわけです。
それに、競合企業ではあっても、一緒に作業いただいたご縁で企業間コラボレーションが生まれた事例なども伺っています。化粧品メーカーさん自身の「自己肯定」にもつながっているのかもしれません。
というのも、化粧品業界の皆さん自身がコスメを嗜好品と捉えがちで、余剰品を差し上げるなんて失礼じゃないかとか、震災があったとき真っ先に自分たちが支援の声をあげてもいいのだろうかとか。コスメを社会活動の必需品ではなく嗜好品だと捉えるから、つい及び腰になってしまうという話も聞いたことがあります。
けれど、いやいや、こんなに喜んでいただけるんですよ、と現実を見ていただくことで、自分たちにも何かできるはずだと、少しずつ仲間が増えていきました。コスメバンクの活動が、企業にとっても社会的な意義や自信を得るきっかけになっているのかなと思います。
だからこのプロジェクトは、私たちの活動というより、化粧品業界の取り組み、みなさんが主役の活動だと思っています。

━━━化粧品業界の大きな節目に立ち会ってきた山田さんから見て、現在の状況はどのように見えていますか?
山田:先ほども触れましたが、日本にはまだまだ社会的な要請で化粧するという感覚があると思います。そういうことを認識しないままコスメが当たり前のものとして存在していて、化粧とは何だ、メイクとは何かということを哲学する機会がないまま、若年層が化粧を始めています。
特に今はSNS時代ですから、インフルエンサーや推しのマネを良しとする。似たような化粧をしていないと阻害されてしまうので、マネをしなければいけない環境、義務として化粧をする、そういった旧来型の日本的な価値観を引きずっているように見えます。かつてのマスコミュニケーションに近い、押し付けられがちな情報選択の流れにもどりつつある感じもしますね。
一方で韓国コスメなどの台頭もあり、市場には数多くのブランドや製品がひしめいています。SNSでは膨大な口コミ情報が流れている。あまりにも多くの選択肢を示されてしまい、迷っている人もいらっしゃるのではないでしょうか。AIの登場もあり、自分にぴったりなパーソナライズされた情報を知りたいというニーズは高まっていくと思います。押し付けではなく、個人の満足度を満たせるような情報をいかにして得るか。そのためには、流行りだからではなく、「自分にとってのビューティとは何なのか」を、一度立ち止まってよく考える必要があると思っています。
コスメバンクも必要な方にお届けして笑顔になっていただきたいという思いでやっていますが、じゃあ化粧しないことがマイナスなの? という思いも、やはり一方ではありまして。
コスメを手渡して、自信や自己肯定感を提供すると同時に、旧来の社会通念の四角い枠に押し込むものになっているのではないかと。
自己表現がうまくできなかったり、自己肯定感が低くなりがちな日本人だからこそ、教育課程か何かで、化粧について考える機会を提供したいというのが、今自分の中でモヤモヤと感じていることですね。

●山田メユミさんプロフィール
東京理科大学基礎工学部生物工学科卒。東大EMP修了。京都芸術大学大学院芸術研究科(通信)芸術専攻修了。修士(芸術)。化粧品メーカー在職中に始めたメルマガへの反響をもとに『@cosme』を企画立案し、1999年にアイスタイルを共同創業。現在も取締役を務めるほか、SOMPOホールディングス、セブン&アイ・ホールディングスの社外取締役、学校法人、社会福祉法人理事等を歴任。
2021年より化粧品業界有志とともに一般社団法人バンク・フォー・スマイルズを立ち上げ、困難を抱える女性世帯に化粧品業界にある行き先のないコスメをお届けする「コスメバンクプロジェクト」を始動。
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