『阿古真理さん/作家、多田綾子さん/大和ハウス工業』との鼎談(ていだん)を振り返って

ウェルビーイング研究の第一人者・石川善樹さんが各界の著名人と対談しながら『ウェルビーイングの旅』に出るこの連載。作家の阿古真理と『家事シェアハウス』を企画・販売している大和ハウス工業の多田綾子さんを交えた前回の鼎談を、石川さんがスタッフとともに振り返ります。初めてご覧になる方はVol.19の阿古真理さん、多田綾子さんと石川善樹さんの鼎談をご一読いただいてから、この振り返り座談会をお楽しみください。

第19回 石川善樹×阿古真理×多田綾子
『家事と住まい、ウェルビーイングについて語り合いましょう』


石川善樹(いしかわよしき)
予防医学研究者、博士(医学)
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は、『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)など。
https://twitter.com/ishikun3
https://yoshikiishikawa.com/

阿古真理(あこ まり)
1968年、兵庫県生まれ、神戸女学院大学文学部を卒業後、コピーライターとして広告制作会社に勤務。その後、フリーライターとして活動を開始し、東京都に拠点を移す。現在はくらし文化研究所を主宰し、作家・食文化を中心とした生活史研究家として、さまざまな媒体で執筆。講演活動も行う。2023年、食生活ジャーナリスト協会主宰の『第7回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)』を受賞。著書に『小林カツ代と栗原はるみ―料理研究家とその時代―(新潮選書)』、『日本外食全史』『家事は大変って気づきましたか?』(ともに亜紀書房)など多数。2月20日に発売となる朝日新聞出版の人気シリーズ『いまさら聞けない』の1冊『いまさら聞けない ひとり暮らしの超基本』を執筆。衣食住から防犯まで各分野の専門家に取材したひとり暮らしの必携本。
くらし文化研究所
https://lab.birdsinc.jp/

多田綾子(ただ あやこ)
大和ハウス工業株式会社 住宅事業本部マーケティング室ブランディンググループ 上席主任。1971年、千葉県生まれ。1994年、大和ハウス工業入社。入社後は賃貸住宅の設計担当者として、プランや図面の作成を手掛ける。2005年に住宅事業推進部(現:住宅事業本部)へ異動し、戸建住宅向け収納商品の企画や開発・販売全般を担当。2014年に富山支店のスタッフの発案がきっかけとなった共働き世帯のための家事の時間的・心理的負担を軽減する戸建住宅「家事シェアハウス」に携わる。2016年からは中日本で展開し、2017年には全国に販売を拡大。プロジェクトから生まれた「名もなき家事」という言葉を提唱し、「家事の見える化」を図る。2023年1月より現職。
https://www.daiwahouse.co.jp/jutaku/lifestyle/kajishare/


(参加者)
石川善樹/予防医学研究者、博士(医学)
(スタッフ)
前田洋子/ウェルビーイング100byオレンジページ編集長
今田光子/ウェルビーイング100byオレンジページ副編集長
髙谷朋子/ウェルビーイング100byオレンジページ スーパーバイザー
中川和子/ライター

文/中川和子


衣・食・住で圧倒的にトライアル回数が少ないのは「住」

前田:まず、前回の鼎談を聴いて印象に残ったことをみなさんと共有したいと思います。私はふたつあって、ひとつは夫婦間や家族間で自分がどうしたいか、と自分の希望を言っておくことが大事という点。「この日は予定があるから、この家事はできないよ」とか、そういう家族間での情報交換がすごく大事だということです。でも、それができる家庭が意外に少ない。その問題の根本には、女性が「これは私がやらねば」と思っている家事があまりにも多いので、どうしてもそうなってしまう。大和ハウス工業さんの「家事シェアハウス」に設けられている「情報シェアボード」は、口で言うのではなく、みんなに見えるように書くので、そこはやりやすいのかなと思いました。
もうひとつは石川さんがおっしゃったように、洋服は毎日着るし、料理も毎日作るけれど、住む場所に関しては体験数が少ない。故にどういう家が自分の理想なのかというイメージが持ちにくい。つまり、家に自分が合わせていくような感覚なんですね。

中川:鼎談の後、たまたま新聞と一緒に入っていた東京都の広報紙で『名もなき家事 あなたの声・アイデア大募集』という記事を見つけました。問い合わせ先が「生活文化スポーツ局男女平等参画課」というところで。『名もなき家事』という言葉が東京都の広報紙に載るくらい、市民権を得ているのかと思いました。男女の家事分担の不平等を問題提起しているんでしょうね。

今田:私は、家を建てた当初は、室内は白くスッキリさせたいなど、ほぼ見た目の印象しか考えていませんでした。でも、それから20年ほど共働きで暮らすうちに、「いかに掃除が楽で家事がしやすいか」を重視するように。価値観は変わっていきますね。

髙谷:私は子どもの頃から間取りにすごく関心があって、賃貸でも選ぶときは片方にデザイン、もう片方はどう効率的に暮らせるかという視点で選んできたなと改めて感じました。家事シェアの点では、うちは逆転夫婦で家事の多くを夫がやっているので、「私がやらなければいけない」みたいな意識はないですね。家事シェアというよりは、子育てをしながら得意なほうが得意な分野をやっていこうとしたら、大半が夫になってしまったという結果です。
家事に男性が入って来づらいのは、やっぱりその人が育ってきた家庭の教育がすごく大きいのかなという気がしますね。夫の両親は共働きでしたし、私の家も商売をしていて両親は忙しいから、家事はアウトソーシングしていたんです。できないことは外に出していいという家で育ってきましたから、両親が会社員と専業主婦、家事は母親がやることという家庭で育った人と結婚したら、きっと合わなかっただろうなと思いましたね。

前田:親の代からの考え方や影響もあるということですよね。ダイワハウス工業さんの取り組みが世界でも評価されたというくらいですから、どこの国でも家事シェアの問題はあるんでしょうし、特に日本は先進国の中でも男女の不平等という問題があり、そこに家事を掛け合わせるといろいろ根深い問題に突き当たりそうですね。

断捨離が進めば、家事の問題は起こらない?

前田:今、ここに参加しているスタッフは石川さん以外全員、家庭科共修じゃない世代なんです。この連載で「家庭科の教科書を大人が読んだほうがいい」というのはずっと言っているんですが、家庭科の教科書を読んできた人と読んでいない人の間には、考え方のベースとして分断があるなと感じますね。大和ハウス工業の多田さんが、若い方は2人でネット等で調べて、お互いが家事をやる前提で家を探しに来る人が多いとおっしゃっていましたよね。だから、家庭科共修世代の、もう独立された髙谷さんの息子さんや、今田さんの息子さんも、私たちの世代とは変わっているんでしょうね。

髙谷:すごく印象深かったのが、息子が高校生のときにジェンダーの授業があって「女性には家事など家庭内での負担が大きい」という話題が出たときに、息子は「うちは父ちゃんが家事をやっているけどなあ?」とピンとこなかったようです。家でその話を聞いたので「これから社会に出るときに、あなたよりもすごくできる女性が就活時に苦労したり、社会に出た後もまだまだ男性が優位な社会で。そこに家事負担とかも加わって、女性は大変なんだよ。うちが変わっているだけで」と話したんです。そのとき、私たちの頃はなかったけれど、学校でジェンダー教育をしっかりやっているんだなあと知りました。だから、教育に期待しています。

前田:学校教育に期待するところは大きいですよね。それに、子どもが学校から親の知らない価値観を家庭に持ってくる。たとえば、SDGsとかウェルビーイングという考え方など、子どもが学校で学んで家庭に持ち帰って、それを親子で考えるような。今田さんのお家はどうですか?

今田:うちは高校でウェルビーイングをテーマにレポートを書いていましたね(笑)。教育によって新しい価値観や、新しい常識が生まれてくる。家事とか暮らし方とか、家族の幸せについての考え方も変わっていくと思います。石川さん、いががでしょうか。

石川:人がどうありたいかということの反対側に、住まいなら、どれくらいの散らかり具合を許容するのかという、ここが揃っていないとルームシェアやシェアハウスはうまくいかないんですよ。男性同士のルームシェアやシェアハウスがうまくいきやすいのは、散らかり具合の許容度がだいたい似ているからです。でも、女性同士で難しいのは、やっぱり散らかり具合の許容度がかなり違うからだと思います。それに、とにかく女性はモノが多い。

前田:確かに多いです(笑)。

石川:どれくらいモノを許容するかというところも、たぶん男女差がかなりあります。男性は口に出して言わないでしょうけれど「そんなに服や靴はいらなくない?」と思っていたりします(笑)。

前田:ああ、そうですね。

石川:モノがあり過ぎるから、結果、空間が狭くなるんじゃないでしょうか。たとえば、皿ひとつとってもそんなにいらない。家族4人だったら、4枚でも足りる。極端なことを言えばそれでも生活はできます。どうしてそんなにスプーンやフォークが何本もあるんだとか。

前田:すみません(笑)。

石川:いや、これはどちらが悪いという話ではなく、感覚が違うんだと思うんです。「どうありたいのか」の反対側には、どれくらいの散らかり具合を許容するのか、どれくらいのモノで暮らすべきなのかという問題がある。引っ越しをくり返すほど、たぶん断捨離が進むと思うんです。

前田:本当ですね、とても進みます。

石川:定住する時間が長くなればなるほど、モノが増えていくんだと思うんですよ。「自分は何が必要なのか」というのは、引っ越しをしないとたぶんわからない。だから、自分はどういう生活をしたいかというのは、何度も移動してみないとわからないところがある。移動すればするほど、必要なものがどんどんシンプルになっていって、そもそも家事シェアで揉めるとか、あまりなくなるんじゃないかと思うんです。男性もいらないものをいっぱい持っている人はいて、奥さんからすると「そんなにいっぱいフィギュアは要らないでしょ!」とかあるんでしょうけれど。

前田:フィギュアじゃないけど、うちもあります!

中川:モノが減ると、家事が減るということですか?

石川:ミニマリストという人たちがいるじゃないですか。あの人たちの家事ってめちゃくちゃ簡単だと思うんです。部屋がスッキリしているから、そうじひとつとってもすぐに終わる。たとえば「ソファは要りますか?」「テレビは要りますか?」という話で。フランスの、特にパリに住んでいる人たちは「コーヒーを飲むのは外」という習慣があるから、家の中にそんなスペースを造る必要がない。家が狭いからというのもありますけど。パリの女性は洋服を数着しか持たない、みたいな本があったじゃないですか。

髙谷:『フランス人は10着しか服を持たない(大和書房)』ですね。ベストセラーになりましたね。私は結婚するまでずっと賃貸に住んでいて、引っ越し魔だったんです。それは引っ越しのたびにリセットして、ほんとうに自分が欲しいもの、何が一番好きかというのを自分につきつけるチャンスだったんでしょうね。今、石川さんのお話をうかがって気づきました。一方で、賃貸は狭い部屋なのに洗濯機置き場があったり、小さなキッチンがあったり。みんなでシェアできる使い勝手のいいキッチンだったり、共有図書館のようなものが集合住宅の中にあればいいのになあと思っていました。全部個人の家の中に閉じているのが日本の賃貸住宅なのかなと。

前田:石川さんがおっしゃたように、人間は留まらないほうがいいんだなと感じます。ずっと座っているよりも、ちょっと立ってスクワットでもしたほうがいいし。同じ場所で仕事をしていて行き詰まったら、別の場所に行ったほうがいいですし。「この家は暮らし方に合わないかも」と思えば、引っ越すか最終的には自分で建てるとか。やっぱり動き続けることがすごく大事なんですね。

中川:そうですよね。確かに何年も同じところにいると、モノは増えていきます。自分はなれないけど、ミニマリストに憧れます。

思いを込めるのはモノ? それとも訪れた土地や人?

前田:以前、ミニマリストの方の家庭を取材したことがあって、ほんとうにお皿が1種類、大中小で家族分しかなくて。ご主人のワイシャツは3枚、奥さんの服も3枚、季節ごとにこれだけです、と全部見せていただいたんです。「すごいですね」とは言ったんですが、私は寂しいと思ってしまったんですよ。いろいろな食器を買って増やしてしまうけれど、こういう料理を作ったらこのお皿に盛りつけたいとか、お箸は塗りじゃなくて竹のほうがいいなとか。一瞬でも自分の好きな世界を、このテーブルの上に造りたいという気持ちが出てくるから、やっぱりモノを増やすんです。

今田:増やさないのはほんとうに難しいですね。

前田:男性にしてみれば「これ、また買ってきたの?」と同じものにしか見えないかもしれない。けれど、「いや、この前のとは違うから」と返すと、「もういらないだろう」と言われるときがある。「じゃあ、あなたのゴルフクラブはどうなの?」と思ったりします(笑)。

髙谷:引っ越しは好きなんですけれど、家を買ったら引っ越せなくなってしまって。持ち家なんだけど、引っ越し感覚を得られるのが、あんなに断捨離が流行る理由なのかなと思いますね。

前田:だから、「所有する」ことがうれしかった時代が変化しつつあるんですよね。以前、当サイトの「ウェルビーイング100大学」*でインタビューさせていただいた石山アンジュさんがおっしゃっているシェアリングエコノミー、シェアという考え方は、人生100年時代や男女の家事負担の問題を解決する考え方が詰まっていると思いますね。実際に今は自分の家に定住するのではなく、住まいをどんどん変えていける、そういうサービスもありますよね。そうやっていろいろな家に住むと、ほんとうに必要なものがわかってきて、理想のシェアハウスを造るとか、シェア生活をするとかそういう感覚が養われそうです。そして、誰かとシェアするようになっていくと、少子高齢化や孤独死、子どもの貧困の問題が、うまくいくような気がするんですが。

*「ウェルビーイング100大学」石山アンジュさんインタビュー
「幸せはシェアできますか?」

中川:今、お話をうかがっていて、シェアということを考えると、江戸時代ってけっこうシェアが進んでいた時代なのかなと思いました。お風呂は銭湯だし、台所も井戸があるから井戸端会議ができるし。髙谷さんがおっしゃった、今はすべてのものが部屋におさまっていて便利だけど、その分、外に出なくてもすむからコミュニティ不全になってしまうのかもしれません。

前田:今は何でもモノが簡単に買えるから。

髙谷:「どうしてこの値段で買えるの?」ってありますもんね。

前田:それで、ついつい買って増える(笑)。

石川:定住したいのか、住まいを転々として、旅するように暮らしたいのか。移動し始めるとモノが減っていくんですけれど、かわりに人や空間に思い出や記憶がどんどん出来てきます。動かずに定住していると、モノに記憶とか思い出を込めるしかなくなる。移動し続けていると、モノではないところに思いが宿りやすくなります。いろいろなところに知り合いや友だちができたり、彼らとのつながりや思い出ができます。

中川:なるほど。確かにそうですね。

石川:数千万円あったとして、それで家を買うのか、定住するのか、移動しながら旅するように暮らしながら使いたいのか。実は選択肢が今、増えている気がするんです。

前田:家にいるというのは、そこに家族がいて、時間と空間を一緒に過ごすことを選んでいるということでもありますね。そうではない選択肢もたくさんあって。

石川:だからこれからは住まい方も多様になってくるんだろうなと思いますけどね。

前田:家族の考え方も、うちで連載していただいている料理家でエッセイストの麻生要一郎さんは、ご両親が亡くなって、ご実家の家業や相続権も手放して、ひとりになったと思ったところから人との繋がりをご自身のやり方で増やしていかれたそうです。今はほとんど毎日、家族のような他人と一緒にごはんを食べる。もし、何かあったときはその人たちが助けてくれるというふうに思えるそうです。拡張家族的な存在が増えているというのを見ると、無理しているわけでもなく、それが変だと思われない、選択肢がほんとうに拡がっていると感じます。まだ都市部だけかもしれませんが。

今田:今までの価値観が変わってきて、生き方の選択肢も増えていく。住まいや家族のあり方も変わっていくんでしょうね。

前田:住まいはいろいろな可能性がありますね。石川さん、本日もありがとうございました。