「データから見える未来のウェルビーイングは?」(ゲスト:宮田裕章さん/慶應義塾大学医学部教授)

これまでになかった視点や気づきのヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第30回のゲストは慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章さんです。データを中心に科学を駆使し、より良い社会の実現をめざして活動する宮田さん。データと私たちの生活の密接な関係や、未来に向けたウェルビーイングのあり方を考える、濃い内容となりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


宮田裕章(みやた・ひろあき)さん
1978年生まれ。2003年、東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座准教授などを経て、2015年5月より慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授に。専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation。報道番組のコメンテーターなども務める。データサイエンスなどの科学を駆使して、社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を展開。飛騨高山に開校する『Co-Innovation University(仮称)』の学長に就任予定。


世界はデータで動いている

酒井:宮田先生の肩書きである「データサイエンティスト」ですが、理系に明るくない人たちは「自分にはちょっと……」と感じることもあると思うので、まずそこから教えていただけますか?

宮田:時代の変化によって呼ばれ方も変わってくるのですが、「ビッグデータを扱う人」であったり、「医療政策を行う人」など、どれも当てはまっています。私の場合は、「科学の方法論を使って、世の中をより良くすることに貢献したい人間」、ということです。さらに「データを使うってどういうこと?」という問いに答えると、今は、私たちの生活のあらゆるシーンでデータが活用される時代になっています。歴史を遡ると、インターネットが登場する前の時代は「大量生産・大量消費」が主流でした。その大量にモノを作るためのエネルギーが石油で、エネルギーを生み出してモノを作り、人々の生活を豊かにする企業が世界を席巻していたのです。ところがこの十数年で状況が一変しました。「GAFA(ガーファ)」という言葉をお聞きになったことがあると思うのですが、世界はもうデータで動いています。

酒井:アメリカの大手IT企業4社Google(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)の頭文字をとったのがGAFA。私たちが毎日、何かしらでお世話になっていますね。

宮田:今やスマホを使わない日はほぼないと思いますが、たとえばネットショッピングをしているときに、自分が買った商品に関連して、けっこういいモノがリコメンド(おすすめ)されてきて、また欲しくなる、そのこともデータがベースになっています。あるいは、みなさんが病院に行ってお薬をもらうとき、一人ひとり体調も違うし、症状も違っているので、おすすめされる薬も、データに基づいて処方されるようになってきています。これまでは「みんなに効くのはどの薬か?」というのを探してきたのですが、これからは一人ひとりに寄り添える時代になろうとしている。そこにデータの役割があるわけです。

酒井:一人ひとりが何かを選んだり行動したりすれば、それがデータとして蓄積され、そこから自分に合った何かがおすすめされたりするということですね。

宮田:SNSもそうですよね。自分が何気なく目を留めたものを学習していて、おすすめがつくられる。私のInstagramのアカウントは、検索ボタンを押すと何を見ていたかがよくわかるんですけれど、全部パンダですよ(笑)。

前田:先生、パンダがお好きなんですね(笑)。

酒井:私も気づけば猫ばかり(笑)。そういうふうに私たちの生活とデータは深くつながっているんですね。その大量に集まったデータを扱いながら、世の中を良くすることに活用するのがデータサイエンスと考えればいいのでしょうか?

宮田:その通りです。たとえば、コロナ禍では最初、何をやれば感染拡大が食い止められるのかわかりませんでした。そんな時、これまで人はどうやって決めてきたかというと、声の大きい人、あるいは権力を持つ人が「こうだ!」と言って決める、みたいなことだったわけですが、これが全部ダメだった。それよりもいちばんマシなのは、データを積み重ねて、いちばんフェアな方法を探すことです。国によっては権力者の思い込みによって政策が作られたりしたのですが、世界中でいろいろなチャレンジをして「これは効く、これは効かない」「この方法がいい」と決めていった。ウィルスは変異していきますが、そのデータも共有されて「新しいこの変異株になってくると、もう対策を緩めてもいいのではないか」と。状況ごとに何がベストなのかを探るために、声が大きい人、あるいは権力者に従うのではなく、フェアな方法を探していくのがデータサイエンスですね。

「最大多数、最大幸福」から一人ひとりに寄り添える時代に

酒井:お話を伺っていると、データサイエンスは世の中の構造や、人と人とのつながりも変えていきそうですね。

宮田:そうなんです。ようやくここでウェルビーイングが出てくるのですが、ウェルビーイングにとっても、データはすごく大事。それはなぜかというと、これまでは「最大多数、最大幸福」の時代だったのです。ところが、個人の幸せ、満足につながる価値観は一人ひとり違います。しかし、その違いに合わせようとすると、膨大な費用と時間がかかってしまう。だから国や企業が「これが幸福です」という目安をだいたい決めて、それをみんなが受け入れる。それしか社会をまわす方法がなかったのです。昭和では、例えば洗濯機、冷蔵庫、テレビなど、“三種の神器”と呼んで「これがあれば幸せだ」みたいな時代があった。その後、生活は多様化していったけれど、そこに情報収取技術が追いついていなかったのです。でも、今はデータを使うことによって、一人ひとりの異なる価値観に寄り添えるようになってきたということですね。

前田:データによって多様化に対応できるようになってきたということですね。

宮田:そうです。その中で、私たちのチャレンジの一つに、シングルマザーの貧困問題があります。日本のシングルペアレントの貧困率はG7※でもワーストなんです。OECD※の34カ国中最下位。日本は平均的な人にとっては優しい国なのですが、平均からこぼれ落ちた瞬間に、とても冷たくなるというのが特徴です。日本ではシングルペアレントの半数以上が貧困。それくらい厳しい。それが自己責任かというと、そうではない。いろいろな不幸が重なってそうなってしまうのです。

※G7……フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7カ国。
※OECD……経済協力開発機構。EUに加盟する22カ国とアメリカや日本など16カ国が加わっている。

前田:社会的な問題になっていますよね。たいていの場合は、経済力の弱い女性のほうが子育てを担うケースが多いですから。

宮田:データを使う例として、子どもたちの出生時の体重で補正した成長曲線をみると、どれくらいで成長するかというのを描くことができます。これが予測より落ちてきたとき、何かが起こっていると考えられる。今までは、これが深刻になってからようやく発見できたのですが、データを使えば、危険な兆候が見えた段階で気づくことができます。その原因は虐待かもしれないし、健康問題かもしれないし、貧困かもしれない。その段階でサポートできれば、未来を変えられるのです。

酒井:それは素晴らしいことですね。

宮田:今まではデータがなかったので不可能だったのですが、データを使うからこそ、多様なウェルビーイングに寄り添えるし、より温もりのある社会をつくることができる。データというと管理社会とかSFの悪いイメージを持つ方もいらっしゃると思うのですが、しょせんは手段なんです。データは万能の道具ではなく手段で、それをどう使うかが未来につながる鍵になってきます。日本の「失われた30年」は、新しい技術であるデータ、デジタルをうまく使えなかったのが最大の敗因であると言われています。データを「何のためにどう使うか」ということが、人々の多様な豊かさやウェルビーイングにつながっていくと思いますね。

企業にも国家にも問われるのは「いかに人を幸せにしたか」

酒井:私は美術大学で教員をやっているのですが、授業で数値を扱うと、最初はアレルギー反応がある(笑)。ただ、グラフとかデータを読み解く訓練をしていると、その数値が何を語っているのか、その声が聴こえるような気がします。それに「何を語っているのか」という読み解き方も一つではなくて。

宮田:おっしゃる通りです。データ化して分析する工程は、もちろんデータサイエンスなのですが、最も重要なのは「何をデータ化するのか」ということなんです。ここはまさに文系的な要素が非常に多くて、データサイエンスは文系理系両方のバランスの中のものになる。文系的な感覚、センスもすごく大事になってきます。

前田:私たちも自分で気がついた日常のことを、データを見ながら紐づけて考えることができるようになるといいですね。

宮田:そうですね。今までは「お金より大切なものはある」とみんな言ってきたけれど、共有できるものがお金しかなかったので、そこに呑み込まれてしまったというのが産業革命以降だったのです。データによって、自分たちが大切にしていることを分かち合うこともできる。「何が大切なのか」が可視化されることによって、そこに新しいコミュニティが生まれるからです。人と人、人と社会をつなげるための接点として、データが支えるようなものになるんじゃないかと思います。

酒井:本当の意味での「個」の時代がやってきたんですね。

宮田:これから先は、デジタルによってお金以外のものが、大切なものとして可視化されてくる。そのことによって、人をいかに幸せにしたかが問われるのが個々の企業であり、コミュニティであり、ひいては国家であり、国も新しいリーダーシップをとっていくんじゃないかと考えています。もちろん、何でもかんでもデータ化すればいいというわけではないのですが、今まではデータ化できずにお金に飲み込まれてしまっていた。お金は強力だし、問答無用ですから。もちろん、お金や資本主義を否定しているわけではありません。経済は人といろいろなものをつなぐ手段として、依然として有効だとは思うのですが、目的ではなく手段なんです。この数十年、株主の短期利益至上主義に世界が呑み込まれて『ウォール街』という映画では“Greed is good(強欲は善)”という言葉が生まれました。手段が目的化してしまった。それはやっぱりおかしい。いろいろな歪みがあった中で、やはり物事をしっかり可視化していくことが大事だということが出てきました。たとえば、象徴的なのがオゾン層の破壊問題です。あれ、解決したんですよ。

前田:ほんとうですか?!

宮田:実はあまり知られていないのですが、オゾン層はほぼ塞がったんです。キーワードは「可視化」なんです。オゾン層の破壊問題が出たときに、当時の科学者たちが「このままいくとどうなるか。生態系が壊れて、オーストラリアなんか穴が開いてこんなことが起こっていますよ」と徹底的に可視化したのです。オゾン層破壊の原因はフロンガスだったので、そこは単純でした。フロンガスの代替物質を提案して、経済を止めないように推奨したので、フロンガスが一気に禁止されたのです。CO2が難しいのは、可視化が困難だということと、温暖化自体が見えにくかった。CO2はエネルギーを作るのにどんどん出てくるし、これをどうやって制御するんだと。フロンガスよりも難度が高かったんです。今まさにカーボンフットプリント※とか、いろいろなかたちで可視化しながら規制をし始めたのは、デジタル技術の発展がいちばん大きな要因だと思います。

※カーボンフットプリント……Carbon Footprint of Productionsの略称。商品やサービスなどの、原材料の調達から廃棄・リサイクルまでのサイクル全体で排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算。商品やサービスに表示する仕組み。生産者も消費者もCO2排出量削減への気づきを持ち、推進することを目的としている。

酒井:私たちはデータや数字に関して、勘違いをしていたのかもしれませんね。経済を加速させていくために、常に数字とにらめっこしている。AとBという、ふたつの商品があって、Aのほうが売り上げが大きければ、そちらが正しい、みたいな。企業も日々数字に追われていますよ。

宮田:間違っていたのは数字ではなくて、数字の使い方なんです。「お金をもうけるため」という目標に数字をはめて使っていた。でも、それはお金もうけではなくウェルビーイングに活用するべきで、何が大切かということを可視化して、そこに寄り添うためにはどうすればいいのか、徹底的に考えることが必要なのです。

酒井:今、GDP(国内総生産)からGDW(国内総充実)という言葉が出てくるように、ほんとうに変わってきているんですね。

宮田:介護施設におけるわれわれのプロジェクトを例にとると、介護職をめざす志ある人たちは「人の心に寄り添いたい」ということを言ってくださるんです。でも、現実には「食事、入浴、排泄」というこの3つをとにかくやらなければならない。でも、データを使うことによってこれは効率化できるわけです。今までこの3つに追われていたのが「それ以外のこと」に時間を使うことができる。対話が生まれて、「それ以外」が何なのかを知ることもできる。ある施設では「今まで人生を捧げてきた畑に、もう1回行きたい」という方がいらっしゃいました。今まではそんな時間は取れなかったけれど、効率化によってそれが可能になって、その方は亡くなる前にその畑に行くことができて、涙を流されたと。介護する側もそれを見て感動したそうです。人が生きていくために不可欠な食事、入浴、排泄のヘルプにかける時間をデータによって効率化すると、人間の仕事がなくなるかといえばそうではなく、そこには人が産む新しい価値、豊かさが必ずあるわけです。

前田:生きるための基本の3つにかける時間が節約できれば、今度は感情を動かせるほうに時間をさけるということですね。

宮田:そういうことです。その人が何を大切にしているかに向き合って、ウェルビーイングになれるようにする。もちろん全てがきれいごとだけではないんですけれど、今までは「食事、入浴、排泄」にしか時間が使えなかったんです。

前田:容易に想像できます。

宮田:教育もおそらく同じようになっていくでしょう。今までは知識を習得することにほとんどの時間を割いていたのですが、検索エンジンやAIの登場によって、そもそも知識習得自体がそんなに必要ではなくなったわけですよね。そこに膨大な時間を投入して競争させる意味とは何なのか。さらに言えば、AIで教育することも知識の習得もできるので、教師や教育者はどこに時間を使うかといえば、心を豊かにする、あるいは問いを立てる。そこに時間を使っていくことになるんじゃないかと思いますね。

酒井:宮田先生は今、大学づくりも手掛けていらっしゃるんですよね。

宮田:はい、岐阜のほうに。今、教育自体も根本から変わらないといけないんです。日本、中国、韓国は、まだ千年以上も前の唐の時代の「科挙」という試験制度の影響下にあって。ものすごい知識習得でプレッシャーをかけて、それをくぐり抜けた人をエリートとして優遇する。なので、受験戦争が世界と比較してかなり厳しい。すると、みんな勉強が嫌いになるのです。しかも合格した後は勉強しなくていい。これで大丈夫だった時代もあったとは思うのですけれど、今はそもそも、青年期に学んだ知識や技術を、その後の時代に役立てて貢献するという社会モデルが崩壊したわけです。社会自体が大きく変わって、知識、技術自体が変化していて代替されていく。そこで学ばなければいけないのは新しい技術、変化する世界に対して問いを立てる力なのです。

酒井:私も企業向けの研修として、「問いをデザインする」というワークシップを行うことがあります。答えを出すのではなく、問いを作る。企業のエリートたちが意外にできなくて頭を悩ませるんです。

宮田:それ、いいですね。

酒井:自分だけではなく、関係者みんなを巻き込めるような、そういう問いを作ってくださいと。

宮田:難しすぎるとみんなやらないし、ある程度みんなが「なんだかいけるんじゃないか」という問いのデザインってすごく大事ですね。

Better Co-Beingの考え方が人と自然の未来を輝かせる

酒井:サステナブルとか環境について話すと、今はむしろ、学生のほうが非常に感度が高い気がします。教育の力と言いますか、パソコンで言うならOSが違うような(笑)。

宮田:そう感じますか?

前田:私はちょっと違うポイントで過去と違う現在のリアルを感じているのですが、今は昔ほど経験者が威張れない時代になりましたよね。

宮田:おっしゃる通りです。たとえばAIひとつとっても、10年コツコツやってきた人よりも、半年間懸命に学んだ人のほうが先にいける。

前田:昔は長老とか、年長者が偉いというところがあったけれど、コロナ前から、ビッグデータによる、いろいろな研究が進んで、それが私たちの暮らしの中に自然に入ってきて、経験者だからと言って的確なノウハウを示すことができなくなりました。たとえば、コロナ禍を経て「別に満員電車に乗らなくてもいいよね」とか「不必要な会議に時間を奪われていたよね」とか、それこそ具体的な生活の中で大きな気づきがあって。上の世代の価値観からのアドバイスが、実はもう無効であることがけっこう多いことに気づいたんです。宮田先生のようなデータや科学的手法を用いての検証を活かして、上の世代自身のアップデートのためにも「こうしたらどうなるか?」という、問いを自身で考えてもらえたらいいのかもしれないですね。

宮田:もちろん、その経験とデータが同じ方向を向くこともたくさんあるので、先輩たちが積み上げてきたものの中に有効なものはたくさんあるんですけれど。一方で特にダイバーシティ問題とか、人権的な部分をちゃんと考えないでアドバイスするみたいなことがあると、もう一発アウトですよ。

前田:そうですね! アップデートなしにものを言うと、マズイことがいっぱいありますよ。政治家の暴言などがいい例です。

酒井:ウェルビーイングを学んでいると、データを通して、先人が言ってきたことはやっぱり正しいんだという側面と、それは絶対にNGみたいなことと、両方が含まれているなと思いますね。ところで、先生は「Better Co-Being」を提唱されていますが、それについて少し伺いたいです。

宮田:サステナビリティとウェルビーイングを調和させながら、どうやって前に進んでいくかということを考えると、必要なのはバランスなんです。サステナビリティだけで、環境にいいことだけを考えて「文明を全部捨てます」というのも極端です。たとえば医療の進歩を否定したり、捨てたりして、新生児が亡くなったりするのは違うと思います。
あるいはアリとキリギリス的な発想で、今さえ良ければいいというのでは、将来世代を蝕んでしまうとか。ウェルビーイングを考えたときも、将来世代のウェルビーイングとのバランスを常に考えていかなくてはいけない。ウェルビーイングを分解した、個々のウェルビーイングだけではなく、“共に生きる”という意味を「Better co-being」は含みます。個人が独りよがりなウェルビーイングを築いても、周囲が良い状態でなければ持続可能とはいえないからです。一人ひとりがつながりながら、互いにウェルビーイングを実現する。目の前の足元の価値だけ見ると、バランスが悪かったり、あるいは相容れないものがたくさんあるので、未来の価値や個のあり方を考えたうえで、共に歩むことを考えようというのが「Better co-being」の考え方です。たとえ、明日失われる命だったとしても、その明日までに、その人にとっては何が大切なのか、あるいはその人が大切に思っていることに対して、寄り添えることは何だろうと考えるのは、無益ではないと思うのです。

前田:共に命を輝かせ合うというのはそう言うことでもあるのですね。

宮田:ウェルビーイング自体も非常に大事な概念だし、サステナビリティを考えるときにすごく大事なのですけれど、その言葉だけでは落としてしまう未来軸であったり、共生軸があるので、それを意識的に考えるための言葉です。でも、わかりにくいから絶対に流行らないと思います(笑)。

以下、宮田さんがみなさんの質問にお答えします。

Q:データ分析自体はAIが得意な領域ですか。あるいは人間の視点が重要ですが、同じデータでも分析結果は様々なのでしょうか。

宮田:データサイエンス自体の重要な工程としては、データを作るというところですね。何をもってデータ化して、それをどう集めて、それをどう料理していくか。データ分析というのは料理に近いですね。私は食べることが好きなので、そう感じるのかもしれませんが。たとえば、極上のクオリティのいい魚があれば生で食べられるから、そんなに手を加えなくても寿司や刺身にできます。しかし、状態が良くない素材の場合は、かなり手を加えないと食べられるものにならない。同じように上質なデータであれば、いろいろなやり方はあるんですけれど、質の低いデータをちゃんと間違いなく使えるものにするためには、あまり選択肢がなかったりするんです。AIが担うのは、現時点では、このデータ分析のところを代替しますが、AIがベストなこともあれば、全く向いていないものもあります。データを作るところになってくると、全く役に立っていないので、そこはもう少し時間がかかるだろうと思います。ただ、いずれこの全行程をAI化するということはもちろん出てくると思いますが、それはさらに先のステップになりますね。

前田:料理にたとえられるとわかりやすいですね。

宮田:素材選び、あるいは生産地との関係性づくりというところも含めて、データサイエンスは料理に似ていますね。今、トップクラスのレストランは調理技術だけではなく、素材をどう選ぶかが重要です。寿司屋もいい魚をくれるところとつながっているかどうかがまず大事で、さらにそれをちゃんといいものにすることで生産者との信頼関係も生まれるわけですよね。データサイエンスもデータの質が問われるので、料理と非常に近いところがありますね。

Q:データ的にそうした方がいいことが明らかなのに、気分的にどうしてもそうしたくないという場合はどうしたらいいでしょうか。

宮田:これは予防医療の分野でずっと言われてきた問題です。「これ以上食べたら健康を損ないますよ」と言われても、人はなかなか行動を変えられない。あるいは介護予防教室を開けば、満員にはなるのですが、参加しているのはマッチョなシニアばかりなんです(笑)。ほんとうに運動が必要な人は来ないし、関心すら持たない。ではどうするか。いろいろなアプローチがあって、一つは楽しみながらできるようなサイクルを作るということですね。われわれは『ポケモンGO』と一緒にやったりしたのですが、やはり健康目的だけでは続かないので、先に楽しみとかモチベーションを喚起するような何かを作って、サイクルの中で無理なく続けられるようにすることでしょうね。

酒井:人は「正しい」「良い」だけではなかなか動かないものですからね。

宮田:もう一つ大事なのは測定するということです。

前田:可視化、見えるようにすること、ですね。

宮田:たとえば、ダイエットの第一歩は体重計に乗ることですよね。やっぱり頻繁に乗っている人のほうが成功しやすい。現実を知らないと改善できないじゃないですか。だから、可視化して知るということはすごく大事ですね。