『小谷野敦さん/作家・比較文学者』との対談を振り返って

ウェルビーイング研究の第一人者・石川善樹さんが、各界の俊英と対談しながら『ウェルビーイングの旅』に出るこの連載。「対談」後には必ず、「それを聞いたスタッフとの振り返り座談会」を行っています。それは「対談」という素晴らしい場にいた体験も、振り返って「どう思ったか」など、お互いの解釈を披歴し合わないと流れてしまって経験にならない……と考えた石川善樹さんの提案によるものです。これまでにないこのスタイルは「ウェルビーイング」を生活者とともに考える機会を創出するこのサイトなればこそ。
ということで、第2回の対談をご覧いただいたかたはもちろん、ここから初めてご覧になるかたは、第2回の小谷野敦さんと石川善樹さんの対談を、ぜひ、ご一読ください。

第2回 石川善樹×作家・比較文学者/小谷野敦
1999年のベストセラー『もてない男』を旅の発端とし、男女の恋愛、結婚、性について話しましょう

(参加者)
石川善樹/予防医学研究者、博士(医学)
(スタッフ)
酒井博基/ウェルビーイング勉強家
前田洋子/ウェルビーイング100byオレンジページ編集長
今田光子/ウェルビーイング100byオレンジページ副編集長
中川和子/ライター

文/中川和子


酒井:今の若い子が恋愛に興味がないわけではないと思うんですけれど、そういう話題にあんまりふれない、そういう気遣いがあるように思います。

石川:小谷野敦先生との対談、みなさん、どうでした?

前田:私は、対談の中でも申し上げたように、男の人が“恋愛”とか“性愛”に対して最初に抱く感情に、あまり積極的にふれてなかったなと感じたんです。あとは、「もてるもてない」っていうことが、「人がよく生きる」っていうことに関してどのくらい影響を与えるのか、そういう研究はあるのかなあと思いました。

石川:その後、誰かとこれについて話しましたか?

前田:会社の女の人と話したんですけど「もてるもてないということは、相当、重要なことなんだね」と。特に年代でいうと、私は小谷野先生に近い世代なんで「やっぱり、大学生になったときに、恋愛って大きな課題だったよね」っていう話をしました。今の若い人の実態がよくわからないんですけれど「ちょっと変わってきているかもしれないね」という話も。ぜひ、今の若い人の話を聴きたいなと。みなさんはどうですか?

中川:私も小谷野先生の世代に近いので、あの時代の恋愛に対する空気というのはすごくわかります。ただ、今、前田さんがおっしゃったのと同じように、今の若い世代の人たちの、たとえば大学生の恋愛観とか、恋愛事情というのがまったくわからないので。明らかに変わってきていると思うんですよね。そのあたりを知りたいなと思いました。

酒井:僕は割と若い世代と接する機会は多いんですけれど、正直あまりわからないですね。教員という立場もあるので、恋愛トークみたいなのはそこまでしないので。僕が若い頃、20年ぐらい前とかでも、飲み会となると、割と恋愛の話が多かったような気がします。今、若い子たちとコミュニケーションを取っても、恋愛がそこまで重視されているのかどうか。というより、あんまり話題に上がってこない。興味がないわけではないと思うんですけれど、そういう話題にあんまりふれない、そういう気遣いがあるように思います。昔はズケズケと土足で入ってくるような感じで、この前の対談でも「小谷野先生がかなりストレートに石川さんに質問するなあ」みたいな感じで聞いていました。むしろ、ああいう会話がすごく新鮮で。若い子同士の話を聞いていると「え、その話題、みんなが聞いてる前でするんですか?」みたいな。うちの息子は22歳なんですけど「恋愛トークとかしないの?」って聞くと「ほんとうに気心の知れた友達、少人数とかなら、することはある」って言う。けれど、別にそれが話の中心ではないような、そういうことは話していましたね。

中川:そうなんですか。

酒井:小谷野先生と石川さんの恋愛経験、僕のまわりにはいないタイプの人の話で、とてもおもしろかったんですけれど。ただ、思春期以降も「もてるもてない」っていうのは、ウエイトを占める価値観といいますか、そういうのは確実にあったなあと思います。でも、石川さんの「彼女をつくると決めた」とか「結婚すると決めた」っていうお話から、「お、それで彼女ができたり、結婚できるものなのか」と。だいたい「彼女が欲しい!」って騒いでる人に限って、ずっと彼女ができないみたいな……。

一同:

酒井:そういうのがまわりのケースとしては多かったので(笑)。そういうことを求めているあいだは、意外に出会わないものなのかなと思いました。でも、彼女を大切にしていて、心の余裕もあるという、そういうウェルビーイングな状態にいる男性のほうが、もてているような気がします。彼女がいないっていう隙間を埋めよう埋めようみたいなのをむき出しにしてる人って、なかなかいい巡り合わせがないのかなあというのもありましたし。あと、彼女ができてから、お互いが依存状態といいますか「あなたがいなければ生きていけない」みたいな感じのべったりカップルって、意外とうまくいかないみたいなことも、あの話題から思い出しました。

今田:40代以降、「あの人、昔、もてただろうな」とか、そういう過去形でしか「もてるもてない」の話題が出なくなった気が。

石川:「もてるもてない」って、みなさんは普段はどういう会話をするんですか? 

前田:「あの人はもてるよね」とか、何を根拠に言ってるのかわからないけど、たとえば容貌がいいとか、性格がいいとか、いかにも魅力的な人に関しては「あの人はもてるから」と表現することで、言いたいことを全部、そこでまとめてしまうという会話もあったような気がします。逆に「あれじゃもてないよね」とか。じゃあ、それはどういうことかと言うと、性格が悪いとか意地悪だとか、顔はいいけど態度はダメだとか、そういうことすべてを表すのが「あれじゃもてないよね」。そこでバシッと何かの価値観を切ってしまうところがあるような気がしますね。

今田:結婚して、出産して、40代以降になると、「あの人、昔、もてただろうな」とか、過去形でしか「もてるもてない」の話題が出ないように思います。

石川:昔もてただろうな、というのは、どういう感じですか?

今田:若い頃の話ですが、女性のライターさんと二人でお医者さんへ取材に行って、「あの先生はもてただろうね」と盛り上がったことがあります。そういう方は、やっぱり我々をひとりの人として扱ってくれるというか、しっかり目を見て話をしてくれて、質問に答えるときに「それはこういうことなんですよ、今田さん」と個人名で呼んでくれたり。その先生はスラッとして容姿が良かったというのもあるかもしれませんが、気遣いが素敵でした。逆に、ずっとそっぽを向いて、「そんなことも知らないで取材に来たんだ」みたいな感じだと……若気の至りで、「あの感じだと、ちょっともてないよね」とか陰で言ってたなあと思い出しました(笑)。

酒井:女性同士のそういう会話っておもしろいですね。僕の世代だと40代に入るときに「自分たちはもう、おじさんであることを受け入れなきゃね」みたいな。会話の中心も子育てがどうだとか、家庭がどうだとか、健康状態がどうだみたいな。そういう会話になるんですけれど。いまだに恋愛トークみたいなのもはさむことはあっても、ボリュームは少ないです。そういうときに「でも、まだ体を鍛えてるよね」とか「まだ服装にすごく気をつけてない?」みたいな感じで「まだもてたいの?」みたいな。「これ、誰に向けてのアピール?」とか、「何がモチベーションなんだろうね?」といった感じの話は、けっこうしますね。

今田:「もてるもてない」って自尊心というか、自己肯定感にも関わるのかと。小学校低学年のときは足が速いと「あの子すごい!」と尊敬されて、自己肯定感につながるんでしょうけど、大学生ぐらいになると「もてるもてない」が自己肯定感をわりと左右する気が。

中川:「もてるもてない」というのが、すぐ幸せな恋愛とか幸せな生活に直結するかと言われると、そこは違う気がします。

前田:小谷野さんもおっしゃってたけど、たとえば東大なんかでも、必ずひとりはもてる男っているじゃないですかって。顔がいいならまだしも、話がおもしろいからもてるって。よし、じゃあ、オレもそうやってもてるぞ! って。で、そのココロって、そこに出てくるキーワードとして嫉妬心とか、ねたみとかありますよね。女子なんかすごくもてる女子っていうのはねたまれる。なんとなく悪口を言われたり。で、小谷野先生の『もてない男』を読むと、松田道雄さん*が書いた『恋愛なんかやめておけ』って本が出てきます。1970年出版で、すごく話題になりました。中学生向けに書かれたということですが「これからの人生には恋愛以外に楽しいことがあるだろうから、恋愛なんてやめておけ」っていう。小谷野先生が『もてない男』を書いたのも、「法界悋気(ほうかいりんき)*」、自分とは直接関係ないのに、嫉妬するみたいなことらしいんですけど、初めて知りました! やっぱり、もてる人をねたむのは他人の恋がうらやましいからですかね。

※松田道雄……1908年〜1998年。京都帝国大学医学部卒業。小児科の医師であり、育児評論家、著述家。代表作は『育児の百科』(岩波書店、1967年)。1967年に診療をやめて執筆活動に専念。多くの著作がある。
※法界悋気……「ルサンチマン」ともいう。小谷野氏は著書『もてない男』の中で、嫉妬というよりも「怨恨」や「恨み」の感情だと記している。

石川:それはそうでしょうね。

前田:きっとね(笑)。

中川:「もてるもてない」っていうことは恋愛の入り口じゃないですか。だけど、恋愛は結局、続けていくことがいちばん難しいと思っているので。自分の恋愛がうまくいくかどうかっていうのは「もてるもてない」という次元とは全然違う話なのかなあとか思っています。小谷野先生にしろ、石川さんにしろ、結局、ちゃんと結婚して続けていらしゃるわけですから。私のようにすぐに破綻したというのじゃなくて。だから、そんなにもてるとかもてないっていうことをみなさんが気にしているってこと自体、「へえ?」って思いました。まあ、あの時代、ドラマとかもそうだったし「大学生になったら恋愛!」みたいな、そういう時代の雰囲気があったから、それはわかるんですけど、そんなに「あの人はもててるのに自分はもてない!」とか思っているっていうのが、そもそも不思議。ほんとうに恋愛の難しさっていうのは、どうやって続けていくかということだと思うので。一見、もてる人、もてない人っていうのは確かにいると思うんですけど、じゃあ、もてるから恋愛上手かとかいうのは、必ずしもイコールじゃないって思うんで。もてるけど、すぐに「はい次、はい次」みたいな感じで恋愛が長続きしないような人もいるじゃないですか。だから、「もてるもてない」というのが、すぐ幸せな恋愛とか幸せな生活に直結するかと言われると、必ずしもそこは違う気がします。昔からよくありますよね。絶世の美女で、それゆえいろいろ恨みとかねたみとかいろいろなものを買って、結果的に不幸になる悲劇のヒロインみたいな話。だから、もてることが幸せにつながるかって言われると、自分のメンタル的にはもてたほうが嬉しいだろうけれども、たとえば、その後の人生だとかウェルビーイグみたいなところには必ずしも直結しないんじゃないかなっていうのが私の意見です。

石川:長い目で見るとどうですか。高校とか大学で、みなさんのまわりで「ああ、あの人もててたね」とか。そういう人って今、どうなってます? 

前田:私の友達でメチャクチャもててた女の人は、ものすごく落ち着いて、結婚して普通に暮らしてますけど。そうじゃなく、ずっと独身の人もいますね。あんなにもてたのにっていう人もいます。特に私、美術大学なんですけど、割と美術系の女の人って、結婚しない人が多いんで。すごくもてたのに、結婚しないでひとりでやってるという人もいます。

中川:ひとりっていうのは不安定だと思うので、法律上夫婦になるかどうかは別にしても、パートナーはいたほうがいいと思います。

石川:結婚しないほうがウェルビーイングなんでしょうかね?

前田:私自身が結婚して離婚してまた結婚したので。結婚って、一回してしまうとやめても「あれ、よかったな」っていうのがあるんじゃないかと自己分析しますが(笑)。それでなんとなくよく言われることなんですけど、一回も結婚しない人はずっと結婚しないけど、一回結婚して離婚した人って、また結婚するってよく言いますよね。私もよく考えてみたら、やっぱりひとりじゃ寂しかったのかなあと思ったりして。結婚って大変だけど、しておいたほうがいいなという気がしますね。いろんな意味で。

石川:みなさんはどうですか?

中川:この中で今現在シングルなのは私だけなんですね。離婚して再婚される方っていうのは、割とそのあいだが短いんですよ。私のように離婚してから時間が経ってしまうと、なかなか再婚はしない方が多いみたいです。懲りちゃうのか。ただ、私も個人的には、人ってひとりというのは不安定だと思うんですよ、いろんな意味で。人生のリスクじゃないけど、いろんなこと考えたときに、ひとりっていうのは不安定だと思うので、やっぱりパートナーはいたほうがいい。法律上夫婦になるかどうかは別にしても、パートナーはいたほうがいいと思います。ただ、結婚という縛りになっちゃうと、結婚したら基本的に、それ以外の恋愛ってできないじゃないですか。以前、ある脳科学の先生とお話をしたときに、やっぱり男性っていうのは結婚にむかないみたいな話をされていて。いろんな女性と交わって、結局、子孫を残していくっていう本能があるからみたいな話で、結婚っていう制度で縛ってしまうのはある意味不自然だ、みたいな話を聞いたことがあるんですけど。結婚した途端に、それ以外の恋愛っていうのは基本的にはできないっていうことを考えると、なかなかに不自由な部分もあるのかという気はします。結婚の良さがある一方で、それ以外の恋愛は終わりっていう区切りをつけるみたいな。ただ、それができないから、いまだにいろんな不倫があったりするんでしょうけどね。

石川:今年、アカデミー賞の授賞式で平手打ちした人は、奥さんに彼氏がいますよね。

前田:そうそう。ウィル・スミス*ですよね。

※ウィル・スミス……1968年生まれのアメリカのラッパー、俳優。映画『メン・イン・ブラック』シリーズなどで知られる。2022年のアカデミー賞の授賞式で司会者がスミスの妻であるジェイダ・ビンケット・スミスについてジョークを飛ばした際に、司会者を平手打ちしたことで世間の批判を浴び、10年間、アカデミーに出入禁止となった。スミス夫妻はお互いの自由恋愛を許しあうという「オープン・マリッジ」を公言している。

酒井:僕は男女関係なく、パートナーは複数人いてもいいのかなと思います。自分の心の中にある不安とか喜びっていうのをすべてひとりのパートナーと完結するのって、けっこう不自然だなと。

石川:今の日本の結婚のかたちにとらわれずに、どういうパートナーシップというか、関係性のあり方が自分にとっていいんだろうかっていうのを、今の制度にからめずに考えるとどうですか?

酒井:僕はパートナーは複数人いてもいいのかなと思います。自分の心の中にある不安とか喜びっていうのをすべてひとりのパートナーと完結するのって、けっこう不自然だなというふうに思っていて。自分の中にいる自分が、ひとつの人格だと思ってないんで。強くありたい自分もいれば、弱さを受け入れる自分もいるし、ダメな自分も受け入れてくれる人も欲しいみたいな感じで。それが男女関係なくパートナーと呼べる人っていうのは、使い分けているというと変ですけど、それも自分なのかみたいな感じで。今の結婚という制度はちょっと息苦しいかな。

石川:具体的に何人ぐらいならいいですか?

酒井:3人ぐらいでしょうか。ひとりだとそのひとりに全部、受け止めてもらわなきゃいけないし。ふたりだとどちらか。3人だと安定するような気もしますね。具体的な数字を言うと不思議な気分(笑)。

前田:ひとりのパートナー、夫だけじゃなくて「この話はあの人にしたいな」とか、それってさっき酒井さんがおっしゃった、いろんな自分が自分の中にいるので。自分のことって他人との関係性からでないとよくわからないことが多いから。この自分は弱くなってるから、弱いときはこの人と話したいとか。自分がお姉さん的立場でいたいときはこの人と話したいとか。そういうのが自然にあるので、たったひとりだと、なんていうか、辛いとは言わなくても、どこかに忘れてきた自分がいるような感じがあるかもしれないですね。たまに昔の恋人と話したりするとびっくりしたりして。

石川:3人ぐらいいるとちょうどいいですかね?

酒井:僕、22歳のときに学生結婚しちゃったんで、圧倒的に早かったんです。その後みんなの結婚相談所みたいになって。

一同:

酒井:みんなが「酒井、結婚、早かったけど、結婚ってどうなの?」って聞くんです。「何がポイントなの?」みたいな感じで。よくよく考えると、好きという気持ちはもちろんありましたが、結婚してもいいなと思ったいちばんの理由は、違和感が少ない人だったというのがあります。でも、お互いがそうだと思うのですが、そういう人でもずっと長く一緒にいるとちょっとした違和感を感じることもあって。そんなときに3人っていう数字、ちょうどいい塩梅で、違和感が分散されるといいますか、違和感も飲み込めるぐらいの心の余裕が出てくるといいますか。子どもでもペットでもいいと思うのですが、1対1というのは何だか気持ちの逃げ場がないような気がして。違和感がやかんのお湯をわかすように、徐々に積もってきて、ある日沸騰して「もうダメだ」みたいな感じにならないように(笑)。違和感のやかんを3つぐらいに分けておくと、ちょうどこっちの温度が上がってきた頃に、こっちの温度が下がるみたいな感じで、違和感の沸点を分散する工夫があったほうがいいのかなって。

今田:私は、パートナーはひとりでいいと思う。自分の場合は器用じゃないというか、うまく分けられない気がします。

石川:こういう議論って、どうしてしづらいんですかね。「本業は何ですか?」って聞かれるじゃないですか。そこに持ち込まれている暗黙の前提は「ひとつ本業があるはずだ」。「本業はいくつおありですか?」って聞き方はしないじゃないですか。「名刺は何枚お持ちですか?」とか。「ご専門はいくつおありですか?」とか。「パートナーは何人お持ちですか?」なんて、ひとりでいいという人もいれば、パートナーはいりませんっていう人もいて。どうしてひとつのものに決めたがるんですかね? 自由な議論にならないのに。

前田:その人を理解したいと思ったときに、「本業はこれです」って言われるほうが安心するんでしょうね。「いろいろやってます」って言われるよりも。

前田:酒井さんもそのあたりはいろいろ聞かれるんじゃないですか? 「本業は?」とか、「お仕事の内容は?」って。酒井さんも多岐にわたって活躍されているので。

酒井:前田さんのおっしゃる通り、いろんな仕事をやってるんで。僕は予算のコントロールもしますし、デザインのこともするんで、肩書きはいつも“プロデューサー”と言っていたんです。そのほうが曖昧で、何にでもつぶしがきくみたいな感じで、あえて何足もわらじを履いてますっていうことを“プロデューサー”っていう言葉で包括してたんですね。でも、そのときのほうがみなさんに「何やってる方ですか?」って聞かれた。「いや、プロデューサーって名刺に書いてるんだけどな」みたいな感じで。相手の頭の中で、僕っていう存在をどういう位置に置きたいのか、探りを入れられているのかなあ。でも、ある時期からそれが消えたんです。それ、めちゃくちゃわかりやすかったんですけど、大学の教員、という立場を名刺に書いておくと、みんなすんなり「ああ、そういう人なんだ」って勝手に決めてくれると言いますか。世間的にわかりやすい肩書きを出すようになってから、あんまり聞かれなくなりましたね。

前田:その人を理解したいと思ったときに、「本業はこれです」って言われるほうが安心するんでしょうね。「いろいろやってます」って言われるよりも。

石川:「トヨタで働いてます」って言うと「ああ、そうなんですね」ってわかった気がしますけど、何もわかってないです、その人のこと。

前田:そうそう。

石川:「大学教員です」っていうのも、酒井さんについて何にもわかってないです。

酒井:はい。でも、そのほうがみなさん、腹落ちしてるようなのがすごく不思議で(笑)。それ以上、何も聞かれなくなりました。

石川:みなさん、どうですか? 僕は「何をされてるんですか?」って聞かれても「何もしてないですね」って答えてます。

一同:

前田:石川さんもプロフィールを書こうと思ったら大変ですもんね。

石川:ほんとに何もしてない人だから。何者だっていうのは後世の人が定義することだから。自分でどう決めても、自分で自己紹介するように、他人は他己紹介してくれないですよね。いずれにせよ、自分はどういう関係性が強いのかっていうことがオープンに議論しづらいですよね。まあ、酒井さんみたいな、さっきの複数人いたほうがいいんだという話とか、なかなかこの場以外ではしづらいですか? 

酒井:女性にも男性にも割とそういう話をするんですけど、受け入れてもらえない感じですね。でも、一応、そういうことを考えているっていうのは、自分の中では、それが自然なんだけどって言うと「絶対おかしいですよね」みたいな感じ。それで言うと、若い人のほうがそれに対して「え?」みたいな感じの反応、自分のパートナー以外に気を向けるっていうことに対して、すごい嫌悪感を持っているような印象を受けます。

前田:若い人のほうが、確かにそういう話をすると「えー」って言いますよね。「実際にそうやってるって話じゃなくて、そういう気持ちがあるっていうだけの話なんだけど」って言っても「えー」とか言われますよね。

酒井:そうですね。

中川:私の知り合いの男性、妻帯者なんですよ。何十年も連れ添っている奥さんがいらっしゃるけど、別にお付き合いしてる女性がいるんです。その男性の場合は、家庭でいろいろ災難があって、逃げ出したくなるようなことがあったけど、それを乗り越えて、最終的に家庭は落ち着ける、絶対に自分が帰る場所なんです。でも、家族を背負ってるから、そこであんまり弱音を吐けないらしいんですよ。一家の長として。だけど、つきあっている女性っていうのは、自分よりも年上で、歳が離れていて、本音が言える、甘えられる、弱音が吐ける。その男性はもて男なので、一時的なものかと思ってたら、全然、そんなことなくて、けっこう長く続いているんですよ。それを肯定できない部分も女性としてはあるんだけど、でも、さっき酒井さんが3人ぐらいいたほうがいいっておっしゃるのは、ちょっとわかる気がしていて、やっぱり自分が戻るべきところ、自分が弱音を吐けるところとか、いろんな自分の、そのときのメンタルとか、いろんな気分によって、一緒にいたい人が変わるっていうのは、たぶん男性にはあるんだろうなというのは、ちょっと理解できる気はします。でも、男性って、過去につきあってた女性って、いつまでも自分のことが好きだみたいに勘違いしてません? 男の人ってどうしてそういう図々しいこと思うんだろう(笑)。

酒井:そんなこと思ってないです(笑)。

中川:けっこういますよ、そういう人。ドラマとかでもそうですけど、過去の女性に連絡取ったりしません? 自分が誰にも相手にしてもらえないときとか。女性ってそのあたり、割とすっぱり過去は過去で割り切っているところがあるんだけど。男性ってロマンチストなのかなあ。で、さっきの脳科学の先生の話で、一夫一婦制の国のほうが少ないとかおっしゃっていた気がするんです。いわゆる先進国って、一夫一婦制のほうが圧倒的に多いと思いますけど。

石川:チベットとかは多夫一妻制ですからね。自分の旦那の写真をずらっと壁に飾ってる。

前田:すごいですね、それ(笑)。

中川:男性は隠すのが下手ですよ。すぐ女性にバレますからね。女性はそのあたりは上手だと思います。パートナーがいる者同士っていうのは、ある意味フェアなんだけど、男性のほうにはパートナーがいるけど、女性はシングルだったりすると、あとあともめそうなことがいっぱいあるじゃないですか。

石川:能とか見てると、「おまえは誰だ」って言われて、自己紹介が「このあたりの者じゃ」って。旅行してるときの自己紹介って、このあたりの者かそうでないかだけなんです。

酒井:『ウェルビーイング100大学』インタビューにも出ていただいた、スープストックトーキョーの遠山さん*が、講演会の自己紹介で「私、スープ屋をやってたり、他にもネクタイ屋さんをやってたり、いろんな会社をやってる人間です」という自己紹介か、「私は三菱商事に勤めていて、社内ベンチャーからスープ屋さんを起ち上げ、その代表をやりがなら他の会社の社長もやってます」っていう、ただひたすら肩書きを述べていく自己紹介か、「私はこういうふうにありたい」という、ビーイングみたいなところを最初に語って「その結果、こういうことをやってます」みたいな、そういう自己紹介のしかたをするか。講演会でうけがいいのは、どっちの自己紹介でしょうか?みたいな。さっきのパートナーがひとりでもいいとか、3人がいいとかいうのも、ビーイングといいますか、自分がいいコンディションでいられるのって、こういう状態なんだよねっていうことを、説明できる人って、自己紹介ではあんまり聞かないなあって思いました。

※スープストックトーキョーの遠山さん……スープストックトーキョーなどを運営する株式会社スマイルズの代表取締役社長、遠山正道氏。「ウェルビーイング100大学」の第4回ゲストとしてお招きしたので、そちらも参考に。
https://www.wellbeing100.jp/posts/890

石川:能とか見てると、「おまえは誰だ」って言われて、自己紹介が「このあたりの者じゃ」って。旅行してると、旅行してるときの自己紹介って、このあたりの者かそうでないかだけなんです。

前田:そうですね。「どちらからいらしたんですか?」って聞かれて「東京から来ました」って。

石川:あんまり何してるとか聞かないですよね。

酒井:僕がよくテニスの壁打ちに行く、すごく元気な60歳以上のパワーシニアの方たちが集まっている溜まり場があるんですけれども、そこに行って、ある人に「めっちゃ元気ですよね。おいくつなんですか?」って聞いたら、そのときは答えてくれたんですけど、あとで「ここでは、仕事や、年齢は聞いちゃダメだよ。この場が楽しめなくなるよ」って言われて。それからすごく気をつけるようになりました。

石川:年齢でヒエラルキー(階層)ができちゃいますからね。61歳と62歳は天と地ほど違うんで。

前田:それを教えてくれた人は親切ですね。

酒井:そう。僕がその場に居続けることを許してくれたというか、その場に居続けるための心得を教えてくれたような気がします。

中川:それ、ものすごく大事かもしれないですね。それこそシニア世代になってリタイアした後、地域の活動に参加するとか、そういうことをやり始めたときに。

酒井:だから、小谷野先生のああいう赤裸々な恋愛トークみたいなのが、普通に受け入れられた世の中っていいなあって思いましたけどね。

石川:「私とは何か?」という問いを出すときに「関係の総和である」っていう考え方があるんですね。

中川:パートナーだとか、結婚だとか、恋愛とか、建前じゃなくて、もっとちゃんと考えたほうがいいのかなって気はしますよね。それこそフランスあたりなんて、ちゃんと結婚しなくてもパートナーでいるっていう人が多いじゃないですか。うちの妹が留学でホームステイしてたお宅って、けっこうな年齢のマダムが、ご主人と愛人と一緒に住んでたって言ってましたからね。さすがに恋愛の国だなと。

石川:「私とは何か?」という問いを出すときに「関係の総和である」っていう考え方があるんですね。人によっては「実績の総和が私である」っていう。さっきの遠山さんで言うと「こういうことをして実績があります」その総和。結局、所属みたいなのは関係の総和なんですよね。自分はどういう関係性がいいのかっていうのを、少なくとも誰かが議論を始めないと。「こういう関係が良い関係で、こういう関係がダメな関係で」って、なんでそう決まってるんでしたっけ? って思いますよね。「私はそういう関係は嫌い」っていうのはあってもいいと思うんですよね。その話と、それはその人を否定していいのかっていうところですよね。「私はあの宗教団体は嫌い」っていう人が多いとして、それをもってその宗教団体の人をすべて否定していいのかってことになりませんか? 

酒井:そうですね。もう少し他人の「ビーイング(=“いる”、存在)」の部分にアンテナを張ったり、興味をもったりするような姿勢。どうしてもわかりやすい形式的な「結婚してるんですか?」とか「どこに所属してるんですか?」とかから入りがちなんですけど、もう少し、ビーイングから入っていく関係性みたいな、その必要性はあるでしょうね。

石川:そうですね。酒井さんがまうまくとめてくれました。そういうことなんだと思う。

前田:私、このサイトの仕事を始めてから、いろんな人に「あなたは今、何を思ってますか? 考えてますか? どうしてますか?」って、今までだったらそんなこと聞かないよねってことも、興味を持って聞くのはいいことだな、聞くべきなんだな、ってちょっと思い始めてます。

酒井:じゃあ、お時間になりましたので。こうやって振り返ってみると、あの恋愛トークをこういう関係性の話にかえられるんだというのは、やっぱり新鮮です。

前田:ほんとに。

酒井:本日はありがとうございました。