料理家であり、文筆家である麻生要一郎さんの自伝的たべもの回想「酸いも甘いも」。
第4回は、麻生さんのおにぎりの話です。麻生さんのおにぎりは大きくて、ふくよかで、
食べるといいことがありそうな気がしてきます。このエッセイ、料理家なのに小さく握れないと、その昔に麻生さんが感じていた引け目、そしてそのおにぎりをおいしそうにほおばる友人の存在をきっかけに自分を肯定していくプロセスに、まるでおにぎりを食べた時のような豊かな安心を感じられる小品です。このおにぎり、あなたにも、ぜひいつもよりたっぷりのごはんで作って、そして誰かとほおばってみてほしいと思います。
著者紹介
麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴った、エッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。2024年は3冊目の書籍「僕のたべもの日記 365」(光文社)を刊行。また、最新刊は当サイトの連載をまとめ、吉本ばななさんとの対談を掲載した「僕が食べてきた思い出、忘れられない味 私的名店案内22」(オレンジページ)。
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撮影/小島沙緒理
お弁当のケータリングを始めて、定番のおかずやお弁当容器、詰め方など試行錯誤を繰り返して、やっと落ち着いてきた頃に依頼されたお弁当の注文。通常のお弁当は、卵焼き、唐揚げ、焼き魚を中心に白いご飯。しかし依頼を承ってから、担当の方からメールで「忙しい撮影スケジュールなので小さなおにぎりを用意してもらえると嬉しい。」と伝えられた。“小さなおにぎり”という言葉を目にした瞬間、何でこの依頼を受けてしまったのだろうかと後悔した。
僕はそもそも成形することが得意じゃない、おにぎり、コロッケ、ハンバーグ、ロールキャベツに餃子。並べると全部微妙に違う形になって、手が大きいわけでもないのにやたらゴロゴロ大きく出来上がってしまうのだ。それなのに小さいおにぎりときた…僕に出来るわけがないじゃないか、そう思った。しかしもう受けてしまった後なので、やるしかない。
いくらなんでも、小さく握れないですとは口が裂けても言えない。狼狽しながら、知人のおにぎり屋さんに駆け込んで、恐る恐るおにぎりのグラム数を質問した。何しろ測った事がないから、それが多いのか少ないのかも分からない。しかし供された、品の良い小ぶりなおにぎりを見る限り、相当少ないに違いない。記憶が薄れないうちに家に帰り、何も考えず普段通りに握って、重さを計る。すると驚くなかれ、さっき教わった重さの2.5倍もあったのだ。すぐ様、これは型を使わないとダメかも知れないと、近くの百貨店に駆け込んで、ちょうど良いサイズの木型を買い求めた。早速、ご飯を炊いて実験。いざ、型から抜いてみたら、こんなに小さいのを出すわけにはいかないと、反射的にしゃもじでごはんをすくってのせていた。これでは話にならない、もう気をつけるしかないと覚悟を決めて、迎えた本番は心を落ち着けて、普段よりも随分小さく握った。
これならきっと喜んでもらえるだろうと思いながら、満足気に軽い足取りで配達に出かけた。渡してから担当者と立ち話していると、奥から包みを開けた方の声が聞こえてきた。「わあー大きなおにぎり!!」僕はあんなに小さく握ったのにと耳を疑ったけれど、例え半分に握ったところで一般的なおにぎりよりも大きい。担当者も笑っているので、赤面しながら後ずさりした。帰り道に何だか落ち込んでしまい、もう仕事でおにぎりを出すのは辞めようと心に決めた。その後しばらくは、おにぎりの依頼があっても全て断っていた。
同じ時期に、今となってはまるで娘のように思っている坂本美雨さん(以後、美雨ちゃん)が、ご縁があってわが家にごはんを食べに来るようになった。ある時、食卓におにぎりを出したら「丸でも三角でもない、この人の手が握った形がとても良い」と褒めてくれた。僕はその事が、とても嬉しかった。おにぎりを通して、なんだか自分が認めてもらえたような気がしたのだ。お皿に並んでいたおにぎりは、大きさも形も微妙に違い、海苔のバランスもそれぞれ違って、全く均一ではない。料理家なんて名乗っているのに、何かを均一に出来ない事に、無意識のうちにコンプレックスを感じていたのだ。それから少し時間が経ち、美雨ちゃんが当時定期的に開催していたライブで、子供達がお腹を空かせたり(もちろん大人も)、途中で飽きたりしないように「要一郎さんの大きなおにぎり」を販売して欲しいと言ってくれた。一度は封印しただけに最初は、再び人様に差し出すのは少し不安だった。でもリハーサル前に、おにぎりを美味しそうに頬張っていた美雨ちゃんの様子を見ていたら、そんな不安はどこかに溶けていった。誰にどう思われようとも、こんなに喜んでくれている美雨ちゃんがいる、それだけで十分だ。
そもそも僕の料理は、身近な誰かに喜んで欲しくて始めたこと。ちょっとばかりお弁当が評判で、そんな事をうっかり忘れていた事に気づく。会場内のブースにたくさん並べたおにぎりは、美雨ちゃんのお陰であっと言う間になくなった。何かが器用に出来なくても良い、ありのままで良いという事に気がついた。均一な大きさで綺麗な形のおにぎりを握れる人はきっとたくさんいるかも知れないけれど、でも僕のような歪なおにぎりを握って褒めてもらえる人もそうそういないのではないかと、今は思っている。
さて、おにぎりを握るコツですが、ごはんをまとめたら中はふんわり外側がしっかりまとまるようにそっと握る。海苔を巻いたら、一度ラップなどで包んで一呼吸。パリパリの海苔に巻いたのも美味しいけれど、僕がいつもイメージしているのは、小学生の頃に遠足や運動会の時に母が握ってくれた、海苔がしんなりとした“おにぎり”。引っ込み思案で、友達がいなかった僕。普段の給食は、席が決まっているから居場所があるけれど、そういう行事の日には食べる場所が決まっていないから、どこで食べようかな? と心細かったが、包みを開けたらおにぎりが、そっと味方してくれているような気がした。子供だったから、母が握ってくれたおにぎりが大人のサイズで、大きく感じていたのかも知れない。
あの日一人で食べていたおにぎりは、いつの間にかたくさんの人に記憶してもらい、我が家の定番になった。美雨ちゃん、幼馴染のような感覚でいる森山直太朗さん、新しい家のデザインから施工や他にも何でも力になってくれる相棒的なささやん、そしていつも表面の海苔が好きだと言ってカメラを構えてくれる写真家の前君。
皆がおにぎりを美味しそうに食べてくれている様子を見て、天国にいる母も喜んでいるでしょう。
<我が家のおにぎり>
材料(1個分)
・ ご飯 茶碗大盛り1杯分
・ 海苔(半切り) 1枚
・ 錦松梅※ 小さじ2(お好みで加減して下さい)
・ 梅干し 1個
※東京・四ツ谷にある老舗の、こだわりの佃煮ふりかけ。かつお節や白ごま、しいたけ、きくらげ、松の実などが入り、しっとりとした食感がお気に入り。
作り方
1 錦松梅をご飯に混ぜたら、手のひら、またはラップの上にご飯を半分のせて、真ん中に梅干しをのせる。残りのご飯をのせて握ったら、海苔で包む。それをラップに包んで一呼吸置いたら、ラップをはがして完成です。
※味付けしたごはんなので塩はしていません。
他におにぎりの好きな具材は鮭、焼たらこ。先日、北海道を旅した時には店先にホッケや、松前漬けのおにぎりもありました。細い事に拘らず、好きなものを混ぜ込んであげれば良いと思います。