『阿古真理さん/作家、小林美礼さん/全国家庭科教育協会常任理事』との鼎談(ていだん)を振り返って

ウェルビーイング研究の第一人者・石川善樹さんが各界の著名人と対談しながら『ウェルビーイングの旅』に出るこの連載。作家の阿古真理さんに家庭科教育の最前線に立っていらっしゃる小林美礼さんを交えた前回の鼎談を、石川さんがスタッフとともに振り返ります。初めてご覧になる方はVol.15の阿古真理さん、小林美礼さんと石川善樹さんの鼎談をご一読いただいてから、この振り返り座談会をお楽しみください。

第15回 石川善樹×阿古真理×小林美礼
「ウェルビーイングと家庭科について語り合いましょう」


石川善樹(いしかわよしき)
予防医学研究者、博士(医学)
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は、『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)など。
https://twitter.com/ishikun3
https://yoshikiishikawa.com/

前回の石川善樹さんとの鼎談にご参加くださったお二人

阿古真理(あこ まり)
1968年、兵庫県生まれ、神戸女学院大学文学部を卒業後、コピーライターとして広告制作会社に勤務。その後、フリーライターとして活動を開始し、東京都に拠点を移す。現在はくらし文化研究所を主宰し、作家・食文化を中心とした生活史研究家として、さまざまな媒体で執筆。講演活動も行う。2023年、食生活ジャーナリスト協会主宰の『第7回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)』を受賞。著書に『小林カツ代と栗原はるみ―料理研究家とその時代―(新潮選書)』、『日本外食全史』『家事は大変って気づきましたか?』(ともに亜紀書房)など多数。2月20日に発売となる朝日新聞出版の人気シリーズ『いまさら聞けない』の1冊『いまさら聞けない ひとり暮らしの超基本』を執筆。衣食住から防犯まで各分野の専門家に取材したひとり暮らしの必携本。
くらし文化研究所
https://lab.birdsinc.jp/

小林美礼(こばやし みれい)
東京都生まれ。日本女子大学院修士課程修了(家政学)。専門の家庭科教育では、よりよい生活と未来について考え、食育や本物の社会の課題を本気で考える授業を目指す。筑波大学附属中学校(先導的教育・国際教育・教師教育拠点校)に勤務。日本教育大学協会中学校部会会長、国立大学附属学校連盟副校長部会会長、筑波大学院キャリアマネジメント講師などに従事。現在は、同附属中学校と日本女子大学に勤務。全国家庭科教育協会(ZKK)常任理事。著作校閲は中学・高校家庭科教科書ほか。近著は「命のバトンで育てる体」(国土社)。


(参加者)
石川善樹/予防医学研究者、博士(医学)
(スタッフ)
前田洋子/ウェルビーイング100byオレンジページ編集長
今田光子/ウェルビーイング100byオレンジページ副編集長
中川和子/ライター

文/中川和子


家庭生活に希望を持てなくなったのはいつ頃から?

前田:前回、石川さんが出してくださった『今後の家庭生活が、「良くなる」と思っている割合』のデータがすごく気になりました。みんなが今後、自分の暮らしが良くなるとは思っていないどころか、悪くなるんじゃないかと思っているような気がするのです。

今田:映画『ALWAYS三丁目の夕日』※を観ていると、当時がまぶしいですものね。みんなが「東京タワーができる!」とか、「これから日本はすごく良くなっていくんだ」みたいな希望を持っていて。

※『ALWAYS三丁目の夕日』……2005年公開、山崎貴監督。昭和33年の東京の下町を舞台にしている。

石川:データは1968年からのものですが、70年代や80年代、それにバブルって、どういう時代だったんですか? 70年は大阪万博があった年ですよね。

前田:そうですね。私は80年代には編集の仕事をしていて、バブルも知っていますけれど、何の恩恵にもあずかっていないですね(笑)。

石川:「別にバブルなんか関係なかった」という人が意外に多いですね。

前田:株を持っているような人は一喜一憂していたけれど、普通に毎月のお給料をもらっている生活だったので。バブルでものすごくお給料が上がったかというと、そんなこともないですし。今思うと、編集費はたっぷり使えましたね(笑)。それぐらいで。

石川:食生活はどうですか?

前田:外食は大変な賑わいでバラエティに富んでいました。いわゆるエスニックブームが来て、インド、タイ、トルコとかギリシャとか、食べたことのないジャンルの料理が、外食で盛んでした。家庭の中では、チーズを使う頻度が高くなったり、見たこともない調味料を買ってみたり、そういう感じはありましたね。

中川:グルメブームのはしりじゃないでしょうか。外国人のシェフが店を出して、本格的なその国の料理を食べられる、みたいな。

今田:情報誌が増えましたからね。『Hanako』とか『東京Walker』とか。そういうのを見て「ここに行きたい!」と。

前田:そうそう。「食」とはちょっと違いますけれど、当時は恋愛しない人はダメみたいな時代。恋愛至上主義の時代がこのあたりにあるんですよね。要するにデートで行きたい店を探すツールとして雑誌がありました。

今田:アッシーくんとかメッシーくんとか。恋愛して、相手がいないと乗り遅れているみたいな。

前田:そうそう。

中川:トレンディドラマの全盛期でしょうか。「東京でひとり暮らしをしていて、そんなにいい部屋に住んでいるのか。お給料はいくらなんだ?」って突っ込んでました(笑)。

前田:ドラマだから仕方ないけど「いつ仕事してるんだ!」と(笑)。私は東京出身ですが、もし私が、地方に住んでいる女子中学生だったら、ダブル浅野とか、石田純一とか出ていたドラマを見て、自分もああいう生活がしたいと思ったかもしれないですね。

中川:カン違いした人は大勢いると思いますよ。あれが東京のトレンディな生活なんだと。

前田:自分の目指す暮らしの姿が描けるのは重要なことなのかもしれないですね。「もっと上にいきたい」とか「こういうふうになりたい」とか。今の若い人たちはかつてのステレオタイプな上昇志向をもてぃとは減っているでしょうし、理想をめざしにくいのでは。

石川:それはいつ頃からそうなったのでしょうね?

中川:やっぱりロスジェネ世代※、就職できないという人たちが増えてからじゃないですか。ここでもよく出てくる非正規社員にならざるを得なかった人たちが増えた頃から。でも、データによると、その後、「良くなる」と思っている人の割合が少し上がっていますよね。

※ロスジェネ世代……1970年〜1984年に生まれた世代が大学を卒業して就職活動時期に入った頃。1990年代初頭〜2000年代頃。

石川:どうして上がったんでしょうね。誤差かな?

中川:でも、リーマンショックでまた下がりますね。

前田:石川さんがこのデータを見て、家庭科が大事だと思ったとおっしゃっていましたけれど。

石川:そうですね。1994年から家庭科が男女共修になって、「家庭の生活を充実させるとは何か?」ということを考え始めた世代が今ようやく社会に出始めていますからね。それまでは男子は技術、女子は家庭科でしたし、人生も「いい学校→いい会社→いい人生」と単純だけど強力なレールが引かれていて、そこには家庭の生活という視点はどうしても薄かったのかなと思います。

大人こそ家庭科の教科書を読んで欲しい

中川:前回の鼎談を拝聴して、逆に私は希望が持てるような気がしました。家庭科で自分を見つめ、社会との関わり方を考えるという教育をされていて、家事や育児の分担とか、世代的に意識が変わってきているわけじゃないですか。私たちが持っていた旧来の家庭とか社会とは全く違う価値観が新たに生まれている。ワークライフバランスが考えられるようになって、家庭科教育が進んでくると、希望が持てると思いましたけどね。

前田:あの鼎談のために取り寄せた家庭科の教科書、ほんとうに取り寄せてよかったと思っているんです。高校で家庭科が男女共修になったのが1994年でしたか?

石川:そうですね。1994年です。

前田:1994年ですよね。そこで家庭科を学んだ人が今はもう世の中に出ていて、子どももいるだろうと思います。学校で学んだことをすべて真に受けるかどうかは別にしても、ちゃんと習ったのだから、何割かの人には根づいていますよね。いちばん根本の「自立と共生」というのは、主観的ウェルビーイングにとってものすごく重要なことと思っています。家庭という小さいタウンの中でも、自分が自立して、しかも隣の人にやさしくできて、そして、その人たちと共に生きるということはどういうことかを具体的に考えられれば、ほんとうに希望が持てると思うんです。

中川:確かにそうですね。

前田:ほんとうに家庭科の教科書を読んでいると、世の中、捨てたもんじゃないなと思うのと、最近のニュースなんかを見ていると、家庭科の教科書を大人が読んだほうがいいと思います。特に政治家とか。私なんか、読んで反省したりしていますよ。

今田:改めて高校生の息子の家庭科の教科書を手に取ってみると、私がじっくり読みたいと思いましたね。

前田:そうでしょう?

今田:息子はもうすぐ高校を卒業して、大学生になるんですけれど、高校生から大学生になるときって、自分の身近にいなかった人に初めて出会う機会ですよね。私も大学に入ったときに、初めて鹿児島出身の人に会って、ほんとうに言葉が違うんだとか、すごくカルチャーショックを受けました。その人の出身地とか、今までどんなふうに生活していたとか、そういうことを聞くのが初めてで。そういうルーツに興味を持って、人と主体的に関わっていくにあたって、やっぱり家庭科的な知識のベースは、すごく大切だったと思うんです。

中川:関西から上京してきた私は、食文化や文化的な違いをものすごく感じましたよ。

今田:教科書の話に戻ると、今の教科書は大切なことがたくさん書かれていて素晴らしいと思います。ただ評価に関わるテストとなると暗記中心のようなので、もっと実習が重視されると、生きるうえで役立つ知識が身につくのではと思います。

中川:家庭科も評価しなければいけないから、試験はペーパーテストになっていますもんね。実技テストがあったりすると、またちょっと違うのかもしれないけど。

世代間ギャップをどう埋める?

石川:今日はこうやってけっこうな時間、昔話をしましたよね。これはすごくおもしろいし、大事な気がするんですけれど。こういう話はあまりしないじゃないですか。「若い人に嫌われるんじゃないか」みたいなことを気にして。

中川:若い人がいるときはできないですよね。

前田:ちょっと気を遣いますよね。あ、石川さん、マルハラってご存知ですか?

石川:いえ、聞いたことないです。

前田:LINEとかSNSでやり取りをするとき、中年以上の人たちが文末に「。」をつけると、10代とか20代の人は怖いんですって。マルをつけるハラスメントで「マルハラ」。

石川:何でも「ハラスメントだ!」と言ってくるハラスメントもありそうですね。。「ハラハラ」って(笑)。

中川:ライターとしては「勘弁して欲しい」と思いますね。そもそもSNSで句読点を打たないのも、それでちゃんと文意が伝わるのかと思っているのですが。マルハラだろうが何だろうが、最後にマルをつけないのは部屋に入ってトビラを閉めないような、そんな気持ち悪さがありますよ。

前田:その「トビラを閉めないような」というのが、若い人にすれば、トビラをバンと閉められたように感じるらしいですよ。

中川:へえ、そうなんですか!

前田:ちょうど今放送中の宮藤官九郎のドラマ『不適切にもほどがある!』が、時代のギャップを描いていて話題ですよね。昭和のおじさんが昭和61(1986)年と令和の今を往ったり来たりするんですが、今からみると昭和はコンプライアンスも何もあったもんじゃない。一方で、令和の今は石川さんがおっしゃった「ハラハラ」でかえって不自由になっているところもあって。

石川:同時代を生きた人と話をすると尽きないですが、やっぱりそういう時間はほんとうに大切かもしれないですね。その人の職業など関係ないですし、優劣をつけるわけでもない。その人の肩書きにとらわれず、存在そのものを認めているわけですから。

今田:同級生と話をすると、昔話だけで盛り上がれますものね。

石川:冒頭の前田さんの話に戻ると、数パーセントとはいえ、「今後の家庭生活が良くなる」と思っている人もいるわけで。そういう人はどんな人なんだろうと気になります。

前田:そうですね。オレンジページメンバーズで探してみましょうか。

石川:それ、いいかもしれないですね。それから一度、実際に家庭科の授業を見てみたいですね。

前田:ああ、いいですね。

石川:小林先生が和食の授業があるとおっしゃっていましたね。

前田:いずれにしても、家庭科の重要性はみんな認識したので、もう少し小林先生にもお話をうかがってみたいですね。本日はどうもありがとうございました。