ウィルビーイングの鍵は対話にあった! Vol.2

お話をうかがった人/100年生活者研究所所長 大高香世、同副所長 田中 卓
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/小林みどり


大高所長がこだわったのはこの長いカウンター。照明も落ち着いていて、椅子も座り心地がよいので、気持ちもゆったりとしてきます。

100年生活者研究所が運営する『100年生活カフェ』が、東京・巣鴨にオープンした。
ひとりひとりの話にじっくりと耳を傾け、そこから人生100年を前向きに生きるためのヒントを見つけるという、まったく新しいこの試み。
取材に訪れたのはオープンして一週間がたった3月27日、
いったいどんな人が来て、どんな対話が生まれたのだろう。
取材に訪れると、そこにはドーンと大きなカウンターが。
居心地のいい、ちょっと低めの椅子。落ち着いた空間。そして、おいしいコーヒー。
ついつい話がはずんでしまったので、
今回は趣向を変えて、座談会の体裁でお送りします。

『100年生活者研究所』
人生100年時代の生活者について研究し、“100年生きたい”を創出する事業。対話型カフェの運営や町づくりの提案など行う(詳細は文末)。

オープン4日間で、延べ100人以上が来店

前田 3月21日にオープンして、お客さんの入りはいかがでしたか?

大高 オープン当初は雨が続きましたが、それでも延べ100人は軽く超えていますね。

前田 それはすごい! 話したい人は、思っている以上にいらっしゃるということなんですね。年代はどのくらいでしたか?

大高 もう、これがすごく幅広くて、巣鴨はシニアが多いということでオープンしたんですが、20代の若い女性二人組もいますし、お子さん連れの家族もいますし、もちろん上の年代の女性4人組とか、とげぬき地蔵に来て帰りに寄ったみたいな方もいますし。あとは、「うち、すぐ近所なんです!」と地元の商店街の方も来てくださって。すごくありがたいなと思っています。

近隣に配られたオープンのチラシ。この効果が意外に高かった。

時事ネタから人生の過去まで、語る内容は人それぞれ

前田 皆さん、どんなことをお話しになっていくんですか?

大高 これも様々なんですけれども、ひとつだけ、「あなたは100歳まで生きたいと思いますか?」という質問を必ず全員にしているんですね。で、そこから話を広げていくのですが、ご自分が好きなことの話が一番盛り上がりやすいですね。日頃から楽しんでらっしゃることとか、こだわってらっしゃること、そういう話は多いと思います。

田中 ご夫婦でいらした方に話しかけたら、もうマシンガントークが止まらないということもありましたね(笑)。おふたり同時に話されるので、どうすればいいんだ?って(笑)

大高 一方で、「いきなりヘビーな話からしていいですか?」という方にもお会いしました。とても大変な状況で、昨年ご家族を相次いで亡くし、大きな借金を抱えた、と。さすがに煮詰まった時にここを思い出してくれた。「そうだ、話せるカフェができたんだ」と思い立って来てくださったんです。「仕事放り投げて来ちゃったんです。でも、今ここで話せてスッキリ。また帰って仕事できます」っておっしゃってくれて。

その方に、「私のように、しゃべるだけで心が軽くなって救われる人はたくさんいると思う。特にシニアになればそういう人は多いと思うので、ぜひここで、そういうみんなの話を聞いて、巣鴨を100歳まで生きたい街にしてください」って言ってくださって。もう涙ですよ、初日から(笑)。感動の涙でした。

9割の人が話してくれる。そして、喜んでくれる

前田 みなさん、話してくださるんですね。

大高 私の感覚だと、10人にひとりですかね。断られるのは。

田中 特に高齢の方は話し相手を探しているようなところがあるみたいですね。「ちょっとお話しいいですか?」と話しかけると、最初の20秒くらいは「不審なヤツが来た…」っていう反応ですが(笑)

大高 そうそう、明らかにね(笑)

田中 でも、30秒くらい話すと、「ああ、私みたいな者の話でよければ」って感じで話し出してくれて。ぼくが話した方々の様子を見ていると、特にひとり暮らしの場合は、話す場がなくて困っていたという方がいっぱいいるんじゃないかという気がしますね。「自分の意見を真剣に聞いてくれる人がいるのはうれしいね」と言ってくださる方もいて、潜在的にそういう状況があるのかなとは感じます。

100年生活カフェがあるのは東京・巣鴨の地蔵通り商店街。

なぜ、これほど話してくれるのか。カウンターという形の不思議

酒井 この空間、ちゃんとカフェとしても落ち着けるところはすごいなと思います。

大高 このカウンターはこだわって作ったんですよ。正直言うと、スペースの無駄遣いなんですけど(笑)。4人テーブルをうまく置いたら、2倍くらい人が入れると思うんですけど、そこはもう、売り上げは度外視して、とにかく語る、聴く、そこを大切にして、ドーンと贅沢なカウンターを作らせていただきました(笑)

前田 カウンターだと、“お店の人と話すところ”という雰囲気になりますよね。インテリアも落ち着く感じです。

大高 “聴くカフェ”というのがコンセプトとしてあったので、それにふさわしく落ち着いたトーンにしてほしいとオーダーしたんです。昭和レトロとか、ビンテージモダンとか、純喫茶のイメージ。

田中 それと、話す場所だという空気感ですかね。最初にぼくたちのほうから、データの話をちょっとするんです。「人生100年時代と言われているんですけど、聞いてみたら7割の人が100歳まで生きたいと思わないんですよ。ぼくたちは、どうせ長く生きるなら、生きたくないと思って生きるよりも、逆に生きたいと思って生きるほうがいいと思っているんですが、それでちょっとお話しを伺いたいんですけど」とお話しすると、「ああ、そんな難しいことはよく分かんないけど、私の話でよければできるわよ」みたいな(笑)

全員 ああ!(笑)

ゆったりとした長いカウンター。

”私“に興味を持ってもらうことが“ウェルビーイング”

前田 高齢になって問題なのは、話を聞いてくれる人、触れてくれる人がいなくなることだと聞いたことがあります。話を聴いてもらえる、ということは気持ちが落ち着くのですね。

大高 はい、すごく心の安定につながるんだなと、あらためて思いました。

酒井 ウェルビーイングを研究している予防医学者の石川善樹さんもおっしゃっていましたが、ウェルビーイングは一緒にいる人に興味を持つことでもあると。この『100年生活カフェ』でカウンターの内側にいらっしゃる皆さんがちゃんと自分に興味を持ってくれる。“お客さん”ではなくて“わたし”という個の存在、つまりbeingに対して関心を持って耳を傾けてくれていると感じるんでしょうね。

大高 確かに。そうですよね。確か石川先生が、最高のウェルビーイングツールは焚火だっていうお話しをされていて、私、その言葉がずっと頭に残っているんです。『100年生活カフェ』での焚火感、一緒に温まって話す感じというのを大切にしています。

聞き方の工夫。“傾聴”ということ

前田 大高さんは熟練のファシリテーターでもあるので、話を聞く技術はおありになるだろうと思いますが、人によってアプローチを変えるんですか?

大高 そうですよね。30代の男性がいらっしゃったときのことなんですけれども、「まだピンとこないかもしれないけれど、100歳まで生きたいと思いますか?」と聞いたら、「いやー、ちょっと微妙ですね」とおっしゃったんですよ。でも、30分くらいお話しした後は、「僕、100歳まで生きたいと思います!」って言いだして(笑) 「わお! なんで⁉」って聞いたら、その方は音楽が趣味で、「100年後の音楽を聴いてみたいと今、思った」と。

その人は音楽が好きで、自分も動画配信をやっている。よく考えたら、自分が物心ついたときに聴いていた音楽と今の音楽は違っていて、この30年間でこれだけ変化があるのなら、「いや、やっぱり僕、その音楽の未来を見たいんで、100歳まで生きたいと思います」って。

酒井 それはすごい。何か仮説を立ててこういうことを聞き出したいとか、こういうデータを取りたいとかではなく、本当にインタビュー、傾聴するということなんですね。

大高 そうなんです。おひとりおひとり、全然違う。「特に趣味なんてないんですよ」という方ももちろんいらっしゃいますが、そういう方にも興味関心ごとはあって、どういうことに関心を持たれているのかを丁寧に聴いていくんです。そうすると皆さん、「聴いてくれて、すごく話せて楽しかった」と言ってくださいますね。

「対話」形式の効果。感じる手ごたえ

前田 『100年生活カフェ』には、ウェルビーイングの要素がいっぱい詰まっていますね。まず、先ほど酒井さんがおっしゃったみたいに、相手に興味を持って人の話を聴く。あと、未来を語れること。未来に自分がこうしたいという希望が具体的に語れるようになる。すごく重要なウェルビーイングの構成要素がここにありますよね。

大高 オープン2週間くらいは閑散とした日々になるのかなーなんて思っていたんですけどね。来た方にも、「もっと宣伝したほうがいいわよ!」って言われて(笑)。通りの立て看板をもっと派手にしたほうがいいとか(笑)。そうかと思うと「ここ人気になっちゃうかもしれないから、人がたくさん来る前にいっぱい通お!」なんて言って帰って行かれたり。「今に予約制になっちゃうんじゃないの?」なんて(笑)

酒井 思い切ってドアを開けちゃうと、人生の扉が開いちゃいそうな(笑)。
やっぱり対話の形式がよかったんだと思いますが、大量の母数に対してアンケートをとるんじゃなくて、地道に1:1の積み上げですよね。N=1の積み上げをする。

大高 今の時代、仮説を立ててもその仮説自体がすぐに古くなっちゃうんですよね。これだけ変化が激しい時代において、自分の仮説が合っていないという実感がマーケターとしてあったんです。今、こうしておひとりおひとりの話しを聞くことこそが、真実に一番早くたどりつけるポイントだったなと、実感します。

本当に皆さん、幸福感がびっくりするほど違うんです。アンケートの質問項目で立てる選択肢って、結局、私たちの仮説を並べているわけですよね。すると想像が及ぶ範囲での質問項目に過ぎない。これだけ一人一人は違う、ということを実感したら、「あなたにとっての幸せに〇をつけてください」なんて、もしかしたら一番愚問なのかなと、ここがオープンしてからはそういうことも感じています。(笑)。

男女比は4対6。男性も多い!

前田 個の声を集めるというのが、シンプルだけれど一番重要なんですね。男性はどのくらいいらっしゃったんですか?

大高 男女比はだいたい4対6くらいですね。女性がちょっと多い感じ。でも男性もいらっしゃいますよ。

酒井 へえ! 圧倒的に女性が多いと予想していました。

大高 ですよね(笑) 田中がお話を伺った60代の男性は、最初イヤホンで何か聞いていらして、“声をかけないで”という雰囲気を出していたんですけど、いきなりイヤホンをピュッと取って、「さあ、話しますか!」って(笑)

田中 声をかけられるのを待っていたんだけれど、ぼくらが声をかけなかったので、もうがまんできなくなって(笑)。「話しましょう!」「ええっ⁉」みたいな(笑)。

前田 おもしろいですね。男性と女性で、話す内容に違いはあるんですか?

大高 男女の違い、ということではまだ分析できていませんが、個人個人で本当にお話の内容は異なります。ある女性の方は、「一日のうちで決めていることがあるんです」とおっしゃって、朝起きたら太陽を見て微笑む、寝る前に今日一日で一番楽しかったことを思い出すなど、生活リズムに係るお話もしてくださいました。

自分を語ることが、社会の役に立つ

酒井 自分の話したことが、見ず知らずの誰かや、社会がよくなることにつながる。それが自分にも返ってくる。そういう主旨に対して、皆さんどんな反応ですか?

大高 この活動自体に賛同してくださる方はとても多く、たぶんそれもあって話してくださる部分もあると思います。自分の話が具体的に何に活かされるのかはイメージされていないだろうとは思いますが、「記事になるんです。それで多くの人に知ってもらいたいと思っているんです」というお話はします。すると、自分が話したことが形になるのはうれしいと言ってくださいますね。

酒井 “あなたの悩みを解決するカフェです”ってなると、方向性が全然違ってしまう。こうやって話したらどういう答えが返ってくるのか、ではない。みんなが一緒になって100年生きていこうという機運を作っていくために、みんながちょっとずついろいろなものを持ち寄る。それが貯まっていくことによって、社会が変わっていくと。

大高 はい、それが理想です。本当の悩みに対して、我々ではお答えできないので(笑) たぶんおしゃべりをしていくうちに、ちょっと心が落ち着いたり整理できたり、何か気づきがあったり。そういうことかなと思っています。

酒井 なるほど。もう期待値しかないですね。あと、重要なのは口コミ。口コミは圧倒的に満足度の現れだから

JR巣鴨駅は交通アクセスも良く、若い人も多い。世代の多様さはこの町の可能性を感じさせる。

田中 地元のお客様が「財布を忘れた」、とお宅に取りに帰ったんですね。ご近所だと言っていたのに戻りが遅いので、何かあったのかと少し心配していたら、「戻る途中で知り合いに会ったんで、このカフェのことおすすめしておきました!」って。立ち話で時間を食っちゃったと(笑) 本当に、ご近所の方には自然に口コミが広まって。SNSじゃなくて、リアルの口コミ。井戸端会議みたいな口コミが、ここ巣鴨にはあるんだなって(笑)

酒井 首都圏の人口3万人くらいの小さな町で、どういうふうに情報が伝播していくのかを調査したら、圧倒的に速いのが口コミだったそうなんです。この『100年生活カフェ』も、立地から考えると口コミのスピードが速そうですよね。

カフェのクオリティが高すぎる件

酒井 皆さんの対話のあとの変化はどうでしたか?

大高 「自分のことについてこんなに聞かれる経験はめったにないから、貴重な体験だわ」と言ってくれたり、聴かれたことによって、「あ、そういえば私、こういうことを大切にしていたな」とあらためて気づくことがあると。それぞれ、自分の中に起きる“気づき”はすごく大きいなって思います。

酒井 じゃあ、インタビューを受けること自体が、ウェルビーイングを実感する機会になっていると。

大高 そうですね、まさに。あとは、ちょっと脇道にそれてしまうかもしれませんが、通いやすい値段というのも、実はあるんじゃないかと思っていまして。コーヒー1杯300円なんですが、皆さん「これは300円のコーヒーじゃない」って(笑)

前田 うん、すごくおいしいです(笑)

大高 みなさんにそう言っていただけます。カフェチームの功績がすごく大きかった。ちゃんとカフェとしても成立するクオリティにしたのが大きかったなと思います。

右がちょっと固めの昭和プリン、左はなめらか食感の平成プリン。

今後の展望。『100年生活カフェ』をプラットフォームに

酒井 当初の想像を超えた反応が返ってきたわけですが、大高さんの中で、ここまでできたらいいなとか、視野に入ってきた計画のようなものがあるんじゃないですか?

大高 そうですね。そもそも計画していたのは、巣鴨のお店の方々と協業してワークショップをやって、それで巣鴨を100年生活者の町とうたっていけるようにということだったんです。来てくださる方に、「ぜひ、コラボを」「一緒に協業してやりたいんです」というお話しをすると、皆さん「ぜひやりましょう!」と。すごくウェルカムな感じだったので、そこはしっかり進めていきたいと思っています。

そしてもうひとつ、こちらは少しずつ進めていこうと思っているんですが、ウェルビーイングのベンチャー企業の方から、ここに来るお客さんに自社の商品をテストしてもらって、そこでアンケートを取って実証実験したいというお話しをいただいたりもするんですね。そういうウェルビーイング関連の企業の方たちとのコラボレーションは、ぜひやっていきたいですね。

酒井 来るたびに変化があると、リピーターの方にとってもうれしいのでは。『100年生活カフェ』というプラットフォームにいろんな人が関わってくるだけで、日々いろいろな刺激になりますよね。運営サイドにとっても、訪れる人にとってもうれしい変化ですよね。

大高 そういえば、チラシを見てこの活動にものすごく共感してくださって、「カフェの店員募集してますか?」ってメールをいただいたんですよ!

前田 え、それはすごい!

大高 近所で民生委員をしてらっしゃる方で。募集はしていますがカフェとしての求人ではなく、研究活動に参加されたいということでしたら、ぜひ一度遊びに来てお話ししませんかとお答えしたのですが、おそらく日頃からそういうことに興味がある方なんですよね。

未来の展望として、この活動が各地域にこうやって少しずつ広がっていくと、ウェルビーイングな国になるんじゃないかなって、今、期待で胸がすごくドキドキしています(笑)

酒井 シンクタンクの取り組みというと、一般の方が理解するにはちょっとハードルが高いのかなと思うんですけど、ピンときて一緒に働きたいと。個人も企業もピンとくる仕組みって、本当にすごいですね。

大高 そうですね。ありがたいです。まだオープンして一週間ですが、まさにここがプラットフォームになりつつあるというのは、本当にありがたいですね。自分ももっと関わりたいと思ってくださる方が、けっこういらっしゃるとは思います。

酒井 『100年生活カフェ』は自分を語ることができる大切な場所、そして、お金を払ってお茶や食事をすることが、自分にとって大事な場所を存続させる役割を担う、ということでもありますね。

大高 確かにそうですね。なんだろう。「自らが何かに関わろうとする意欲」のようなものを、できるだけ私たちがお手伝いする、サポートさせてもらう、そういうことかもしれませんね。

酒井 意欲を引き出していると。すごい。なんだか僕も客として来たくなりました(笑)

メニューにはそれについて「話せる」ものが選ばれている。あなたの「ナポリタン」の思い出はどんなものですか?

【インフォメーション】

100年生活者研究所では、『100年生活カフェ』のほかに、『オンラインラボ』も運営。公式LINEに友だち登録すると、定期的にアンケートが届いたり、その結果がニュースとして配信されたり。『100年生活カフェ』と同時期にオープンし、1週間で1800人もの登録を達成。
詳しくはこちらから。https://well-being-matrix.com/100years_lab/

Vol.1の記事もご覧ください!
https://www.wellbeing100.jp/posts/3073