ウェルビーイングの鍵は対話にあった! Vol.1

お話しをうかがった人/100年生活者研究所所長 大高香世
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/小林みどり


その名もズバリ、『100年生活者研究所』が誕生した。
人生100年時代を、「100年も生きてしまう」と慄きながらカウントダウンするのではなく、
「楽しく日々を暮らしていたら、いつの間にか100年!」と思えるポジティブな社会へ。
そんな風潮になればみんながハッピー。
でも、どうやって?
所長の大高香世さんとの笑いが絶えないインタビューを通して見えてきた、
人生100年時代を”ウェルビーイング“に生きるためのヒントを、2回にわたってご紹介。
1回目の今回は、意識改革と対話の大切さについて。

『100年生活者研究所』
人生100年時代の生活者について研究し、“100年生きたい”を創出する事業。対話型カフェの運営や町づくりの提案など行う(詳細は文末)。

「“100年生きたい!”と思う人を一人でも多く」

━━━『100年生活者研究所』を立ち上げてまず最初に、意識調査を行ったと聞きました。どんなことが分かったのでしょうか。

大高さん(以下、大高)「それがまあ、衝撃の結果が出てしまって。今は100歳まで生きちゃうかもしれない時代、生きちゃう可能性があるというこの時代に、“いやいや、生きたくないよ”という方が7割もいたんです。

100年生きたくないと考える人たちの理由はさまざまですが、ざっくり言うと、長生きはリスクだという考え方がものすごく広まっていて。それは少し残念じゃないのかなと思うんです。

確かに年を重ねるといろいろ失うものがある。たとえば私も先日の人間ドッグで、もともと1.5あった視力が0.5まで下がっていて、マズイ!と(笑) そうやって失うものはありますが、でもそれを超えて、新しい楽しみが見つかったり、新しい自分が見つかることに喜びを感じられたり、ひとりひとりが多様な幸せを追求できる。そんな世の中になっていくといいですよね。

“生きたくない”という意見はもちろんあると思います。でも、生きちゃうかもしれない時代なのであれば、長生きはリスクではなく、ボーナスだと思えるような世の中にしていけたらいいなと。“生きたい”とか、“これがあるから私は100歳までがんばろう”と思える世の中。そこを、この100年生活者研究所の一番真ん中の考え方に設定しました。みんなが“生きたい”という意志をもつこと、その流れを作っていくのが一番大きな目的です」

━━━今は長く生きること自体が目標になってしまっていますが、人生の長い時間をめいっぱい楽しめるようなマインドセットに持っていこうということですね。

大高「おっしゃる通りです! そう、それが言いたかった!(笑) ある研究員が言っていたのですが、“気がついたら100歳まで生きてた、アハハハー!っていうのが理想だ”って。私もそれ、素敵だなと思って。単なる長生きとは違う。長く生きることが目的ではなく、毎日をアップデートしながらどんどんトランスフォームしていって、気がついたら100歳、みたいな(笑) そういう状態になれたらいいなって思うんですね。

でも、長生きはリスクだととらえてしまうと、将来に備えなくちゃ、という方向に思考が進んでしまう。今ものすごくそういう風潮があると思うんですよね。老後2000万円問題もしかり、健康でいなくちゃとか。

確かに、不安も変化もあるし、絶対に変わっちゃう部分はあると思うんです。でも、ただ将来を憂えるのではなく、これはもう仕方がないと思ってちゃんと不安と向き合い、それをため込まずに日々ちょっとずつ解消していくと、不安や迷いとうまく折り合いをつけられるのかなと思います。

毎日少しずつ変化する、その変化を受け入れて楽しみながら、不安や葛藤ともうまく折り合いをつけながら、でもまあ、だいたい毎日楽しいよねと今を精一杯楽しむ。そんなふうに、ちょっとマインドが変わるといいかなって。

そのヒントをつかむために、皆さんのお話しをひたすらひたすら聴いて聴いて傾聴を続けて、そこから編み出されていく発見を、うまく社会に還元したいなと思っています。そのためのひとつの場としてこの3月、東京・巣鴨に『100年生活カフェ』をオープンしました。《聞く》ではなく《聴く》というのが大切ですね」

「一方向ではない”対話“こそが大きな潮流をつかむ方法なのではないでしょうか」

━━━《聴く》という姿勢に着目されたのはなぜでしょう。

大高「大きくふたつありまして、ひとつ目は変化の激しい今の時代性です。仮説を立ててもその仮説は間違いなくすぐに崩れてしまい、本当に正解がない世の中なので、自分の内々で何か考えて作ろうとしても、世に出る頃にはおそらく古くなっているか、ちょっと方向性の違うものになっている可能性が高いなと。何かひとつのおもしろいアイデアにぱっと飛びついても、それを具現化するのは難しい時代かなと思うんですね。小さな現象ではなく、生活者ひとりひとりの声を丁寧に聴いて、大きな潮流のようなものを見つけていかないと、うまくいかないのではないのかと考えました。

もうひとつは、ファシリテーターを20年やってきた私の出自に関わります。ファシリテーション(編集部注:会議などが円滑に進むように舵取りするスキル、進行役)には、《ひきだし》、《うみだし》、《みちびき》という3つの能力が必要で、多くは《ひきだし》にかかっています。いい《ひきだし》がないと、いい《うみだし》も《みちびき》もできないので。

この《ひきだし》力は自分なりに20年間ずっと大切にしてきたスキルで、当初から今後はこういう時代になるだろうという予感があり、まさに20年たった今こそファシリテーションがいかに大事かを実感しています。

以前、生活者共創マーケティングの仕事で数多くのワークショップを開きましたが、生活者に来てもらうワークショップはもう驚きの連続。発見がないときはありませんでした。立場も思いも異なる人たちが一堂に会することのパワーはすごくて。イノベーションってやはり多様性から生まれるんだなという、いい証になると思いました。思いが違う人たちが集まると、対話から対流が起きて、やがて竜巻になっていくというのを何度も目にしていて、巣鴨のカフェでもいい竜巻が興せたらいいなと思っています。

だから、対話というのはものすごく大事。ただ自分が聞きたいことを聞くだけではなく、相手の言うことを丁寧に聴いて、理解して、その人が何を言いたいのかをきちんと引き出して、それを私の考えともしっかり結びつけて。そこに新しい発見が生まれると思うんです。

ただ聞くだけなら、今やネットで拾えない情報はなくて何でも分かってしまうし、普通のアンケートでもある程度は拾えると思うんです。でもちゃんと対話して、お互いに思いをくみ取ってぶつけ合うことでしか引き出せない情報は確実にあります。

巣鴨のカフェも新しい試みなので、どんな対話が生まれるのかとても楽しみです。その人の個の中にある、言語化はできないけれど“なんとなく好き”とか、憧れ、などに近い気持ちもそうですし、年を重ねてできなくなったことがあるからこそ気づくことがたくさんあるはず。それを丁寧に丁寧に引き出したいのです」

「デジタルこそはシニアライフの世界を広げてくれる道具」

━━━『100年生活カフェ』での対話がすごいことになりそうで楽しみですね。今は《老後》という言葉があいまいになっている感じがありますが、今後はどうなっていくと思いますか?

大高「そうですね。私、“老後”という言葉はなくなると思っています。老も後もない、両方なくなるのかなって。 “人生で今日が一番若いんだからさ”ってよく言われますが、本当にそうだと思います。

私も朝鏡を見て、あーまたこんなところに白髪が! なんて騒いでいますが、でもそれは当たり前じゃないかと。そのかわり、もっと上手なカバーの仕方をマスターしてやる! とか、新しいヘアスタイルに挑戦しよう!とか。日々ポジティブなマインドセットへと切り替えていくと、たぶん不安も少しずつなくなるのではないでしょうか」

━━━デジ活シニアを増やす活動も展開していくそうですが、それもそのために必要なことだと。

大高「そうです。デジタル化は、もう絶対に後戻りしない技術で、進むしかないんですよね。残念ながらそこに乗り遅れると、単に肉体的な加齢から受けるリスクよりも、さらに失うものが多い気がします。もったいない!

現実には70代後半にもなると、デジタルアレルギーというか、“デジタルのことなんて一切分かりません! 知らなくていいです!” と気持ちをシャットダウンしてしまう人が多いようです。

私の母も、テレビで有料配信番組を見ようとしているので、“この三角形、これ再生のマークだから”と教えても、“え、どの三角形、どれどれ⁉”みたいな(笑) 目の前にあるのに、やっぱりなかなか理解が体に入っていかないらしいのですね。

でも、そんな母にホームボタンを教えると、“ホームボタンって何?”と。“ホーム、家でしょ?” “ああ、家ね” “これ、家だから。困ったら家に帰ればいいから”と説明するとようやく納得して、それからは何か変なボタンを押しちゃっても、落ち着いてホームボタンを押すようになったんです。

つまり、ほんのちょっとしたことだと思うんです。そういう、上の世代の人たちもちゃんと理解できる“喩え”や例の出し方、言い換えの仕方があるのじゃないかと。それは研究して見つけたいと思っています。

そうそう、大崎博子さんという90代でツイッターをやっている方がいらっしゃって、この大崎さん、78歳でツイッターを始められたんですよね。最初はつぶやいても反応がないし、つまらないわ、と思っていらしたのが、だんだん少しずつ世界が広がって、それで楽しくなったそうなんです。

やっぱりレスポンスが無いと、そのおもしろさはピンとこないかもしれませんが、世界が広がる感覚を肌で感じられると、ひとつ乗り越えるきっかけにはなるのかなと思いますね。できないと思っていたことが、“なんだ、できるじゃない!”っていう感覚ですかね。

大崎さんは本当にすごくて、『100年生活カフェ』のオープニングお披露目会のゲストにお招きしたのですが、その打合せで“あとでメール送ります”と言うと、“めんどくさいからLINEでつながりましょー”って(笑) ZOOMのミーティングなんてスマホとタブレット2台つなぎで(笑)

歳をとるほど、デジタルを活用できる場面は多いと思いますよ。旅行もスマホで行けますし、手紙もチャットGPTで書いてくれますし、字幕も出るし(笑)。シニアライフこそはデジタルがもっともっと暮らしに浸透すれば、ずっとラクになると思います」

*チャットGPT……必要な条件を入力すると、文章を作成する人工知能(AI)。質問に対し、わかりやすい自然な文章で答えてくれることで注目を集める。

「ウェルビーイングの起点は人と町、そして暮らし、だと思います」

━━━『100年生活カフェ』は、”おばあちゃんの原宿“と言われる東京の巣鴨にあるわけですが、100年生きる時代に町に求められる機能はどんなことでしょう。

大高「その分野の研究はこれからさらに進むと思いますが、ひとつは、町が“人の思いを引き出せる機能”を身につけたら、もっと発展するのかな、と思っています。

町は基本的には、人が便利に暮らせる方向に動いていると思いますが、便利ということ以上にもっとそこに住む人の能力とか思い、心の奥にしまっているものを引き出せるような機能をつけると、さらにすごい発展をするのではないか、という期待があります。

人の能力や思いを引き出せる町づくりってどんな町なんだろうって、そこはまだちょっと答えはないんですけど、ずっと考えていきたい課題です。

人財マッチングなんかもいいですね。これからの時代、特に若い人はなかなか増えない時代になっていくとき、リソースポートフォリオと言って、人材の再分配が行政の一番の課題なんじゃないかなというのはすごく感じています。能力を引き出して最適に配分する、うまい町づくり、制度、システムがこれから新たにできていくといいかなと思います。

『100年生活カフェ』も、お客さんとして来てくださった方が、いずれ研究員になっていただけるといいなと思います。オンラインのラボもあって、LINE上でたくさん発言してくださる方も研究員になっていただくとか、いい感じで皆さんと一緒に育てていけるといいなあ! なんて(笑)」

━━━「まち」を漢字で表現するとき、《街》ではなく《町》なんですね。

大高「あ、そういえば…。無意識でした(笑)。ただ、いつも思うのは、ウェルビーイングって人と町から始まるんじゃないのかなということです。

企業の方から、私たちもウェルビーイングに取り組みたいというご相談であったり、SDGsとウェルビーイングのどちらに取り組むべき? というご質問をいただくことがあります。私は、SDGsとウェルビーイングは大きく違うと思っています。ウェルビーイングはまずは人であり、さらには町、暮らしが基点であると。だから私たちは、人に、さらに、その基盤である町にちゃんとフォーカスしたい。大ぐくりに、ざっくりと考えるのではなくて、小さいところからしっかり編み目を作っていく活動ができたらいいなと思っています。そういう意味では、広くとらえる概念的な《街》より、ピンポイントのリアルな《町》ですね。

じつは『100年生活者研究所』を立ち上げる際に、全国の老人ホームを回ってスマホ教室をやろうかという話もあったんです。でもそれはなんかちょっと違う、シニアをひとくくりに大きくとらえて考えようとしているところが私の中で引っかかって……。いやいや、“やはりひとつの町にちゃんと根をおろそう”ということになったんです。ウェルビーイングには《居場所》をつくることも大切だろうと。

その場所が、こちら側からの一方向的なアプローチではなく、お互いに力を貸し合いながら育てていける場であるとハッピーですよね。私たちがただ質問するだけじゃなくて、来た人もいずれは質問者になってもらって、みんなで語り合っていくつかの答えを重ね合わせてつくっていく。『100年生活カフェ』がそんな場になったらいいなと思っています」

「”高齢化した社会の可能性”を広げられる国こそ世界をリードできる」

━━━みんなが100年生きたいと思えるようになったとき、世の中がどのように変わると想像していますか?

大高「そうですね、間違いなく明るくなります(笑)! 年を重ねることは悲しいことではなく新たな楽しみが増えることだという風潮が広がれば、きっと良い循環が生まれると思います。

う~~ん、だってね、高齢化って、必ず続けて《問題》がつくんですよね。え、問題なの⁉って(笑) 仕方がないですよね。人間は必ず年をとるし、高齢化はもう誰にも止められない。中でも日本は世界の中の最先端を行っているのだから、そこは問題じゃなくて可能性ってとらえられないか? とすごく思うのです。

高齢化社会の可能性を広げられる国が、これからの世界をリードしていけるんじゃないでしょうか。100年生きたい人が日本にどんどん増えて、それは問題ではなく可能性の拡大なんだとみんなが考え始めて、新たな動きが生まれていくような世の中になるといいなと思っています。

今、20代の若い人に話を聞いても、“えー、私100年なんて全然生きたくないです”って平気で言うんですよね。なんで? と聞けば、“いやー、生きてどうするんですか逆に?”とか言われて(笑) “いやいやいや、楽しいこといっぱいあるよ、これから!”と言っても、“いやーそうですかねー。この先あんまりいいことありそうな気がしないんですよねー”みたいな。

もう、なんてことだと(笑) 私はバブル時代入社の世代なので、今日より明日のほうが絶対にいいと思って生きてきたタイプなんですけど、いやぁ、今の若者の閉塞感はいかんともしがたい。生きることは楽しい、毎日を変化しながら生きることはとてもワクワクすると、早くそうなるといいなと思います。

そして、100年後といえば環境のことも見逃せません。省庁など、いろいろな研究機関が発表している未来予測のデータベースがあるのですが、ほぼほぼ環境のことしか載ってない。このまま温暖化が進んだとして、たとえば北海道が一番の米どころになるとか、たくさんの島が沈没して消滅するとか、かなり衝撃を受ける内容です。私たちは日々、信頼できる情報に基づいて、“自分にいいことと環境にいいこと”の両方をすべきなのだと、あらためて思わざるを得ない。少しでも明るい100年後のために」

━━━私も巣鴨のカフェで大高さんとゆっくり話してみたくなりました(笑) 100年生きたいと思う社会をぜひリードしてほしいです。

大高「ありがとうございます。『100年生活者研究所』を立ち上げるとき、博報堂生活者総合研究所の元所長に何か訓示をくださいと言いに行ったら、“あなたはリーダーの語源が何か知っていますか?”と。もともとは登山の用語らしく、リード、ひもですね、そのひもを持つ一番先頭の人のことをリーダーと呼ぶそうなんです。だからリーダーと言うのは、何があっても絶対にひもを放しちゃいけないんだと。絶対に手放すな、と言われて、もう震えて“わかりましたー!”って(笑)

私はこの仕事ができることを、とてもありがたいと思っています。だからこそ、自分が今までやってきたこと、得てきたものの全てをここで発揮したいと強く思います。

私のキャリア……マーケティング、ファシリテーション、PR会社での経験、会社を立ち上げて起業もしましたし、会社を解散するという、人生で一番ショックな辛い経験もしました。それもこれもがあって『100年生活者研究所』をみんなと一緒に作っていけるという、これ以上の幸せはあるだろうかと今、毎日思いながら過ごしています。やってきたこと全部、無駄じゃなかったなと。

まずは、巣鴨の『100年生活カフェ』でどんな方に出会えるのか、竜巻を起こせるのか、今からすごく楽しみです」

【インフォメーション】

100年生活者研究所
ザ・ウェルビーイングカンパニーを標ぼうする博報堂DYマトリクスから誕生した、人生100年時代の生活者について調査・研究するシンクタンク。“100年生きたい”を創出するための事業として、2023年3月21日にオープンした東京・巣鴨の対話型カフェ『100年生活カフェ』をはじめ、デジ活シニアの育成や100年生活者の町づくりについて研究・提案する。
https://well-being-matrix.com/100years_lab/

Vol.2の記事もご覧ください!
https://www.wellbeing100.jp/posts/3302