第五回 コーヒーとサンドイッチと乾物が並ぶ親戚のような二人の店「HORAIYA」(東京・神宮前)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


「神宮前にある、麻生さんの本が置かれているサンドイッチ屋さんって親戚なの?」そう言われる事が、最近増えた。

神宮前2丁目の路地裏、パッと見た印象は、木とガラスで構成された外観と、アンティークの家具を活かした落ち着いた店内。歩いて通りかかれば、ガラスケースに並ぶサンドイッチに見惚れて、引き込まれそうである。店内に入って棚に目をやると、どんこ、切干大根、ひじき等の乾物が並び、そこへ麻生の本が一緒に並んでいる。本の表紙には「おかめ蕎麦」、どんこの存在感が際立っている。サンドイッチやコーヒーと乾物は結び付かず、乾物と麻生の本が妙に結びついてしまうので、その棚はまるで麻生の特設ブース、そこで親戚なのかとなるようだ。最初は、親しい友人だと説明していたが、最近ではその関係性から「親戚だよ」で済ませている。

最近では、僕のオリジナルグッズのエプロンを二人でしてくれているので、より親密さを醸し出していて、親戚ではないという方が、状況をややこしくする。

ところで、なぜ乾物が置いてあるかと言えば、麻生が無理矢理に本と一緒に置いた訳ではない。店主である河野さんのご実家は、大分県別府市にある、昭和7年創業の老舗乾物店「宝来屋」なのである。そこで乾物の魅力を、自分達の好きなサンドイッチを通じて広めて行こうと、店名は表記を変えて「HORAIYA」。初めてご夫妻にお会いしたのは、ご主人が独立前のお店へ出かけたのがきっかけ。当時はまだ二人も入籍前、トモミさんが僕のInstagramを熱心に見て下さっているという話をしてくれたので、家も近いしお店も近い、せっかくのご縁という事で、一緒に食事へ出かけるようになって、交流がスタートした。
我が家の乾物使用量は、通常のご家庭と比べると、倍ではきかないかも知れない。麻生がケータリングするお弁当には、どんこと切り干し大根が入らない日はないのだから当然である。そんな中で現れた、乾物屋さんを実家に持つ友人というのは、僕にとって何より心強い存在となった。

ガラスケースに並ぶ、色々なサンドイッチ。どれにしようかと、悩むのも楽しい。切り干し大根を使ったバインミーは、すっかりHORAIYAの名物になった。生ハムとカマンベール、プロシュートとルッコラ、アンチョビとたまご、フレンチトーストやクロックムッシュ、ヴィーガン対応のスコーンまである。僕は、プロシュートとルッコラが好き。こだわりのコーヒー、大分のかぼすを使った「かぼすスカッシュ」も季節になると登場する。

僕のパートナーの英治さん(HADEN BOOKS:)と、二人で出かけてカウンター越し、近況報告をしたりする時間も楽しい。サンドイッチはとても軽やかに仕上がっていて、手に持つと大きいかなと思うけれど、あっという間に食べ終わってしまう。シンプルな食べ物だけに、フィリングの素材の良さ、パンそのものの美味しさ、それぞれのバランスが重要。お腹を空かせた子供にも、安心して食べさせられると言っているママもいた。

我が家から近い事もあって、乾物が必要な時、たくさん頂いた何かをお裾分けをしに、小腹が空いた時に出かけては、心地良い時間を過ごさせてもらっている。可愛いパッケージに入ったどんこは、誰かに会う時の、ちょっとした手土産にも良い。ちなみにパッケージや、お店のロゴデザインは、トモミさんの手によるもの。

以前、居合わせたお客様と話していると、僕がやっていた小さな宿に来て下さった方だった事が分かり、宿を閉めてからもう8年も経っているのに、覚えて下さっていて嬉しかった。周りの友人達も、食事やお茶のついでに、乾物を買いに出かけたりしてくれていて、それも嬉しい。

二人と話をしながら、天気が良い日、外のベンチに座りながらサンドイッチを齧っていると、どこか懐かしい気持ちになる。きっと、僕のやっていた宿と、HORAIYAに流れている空気はどこか似ているのかも知れないと思った。取材をさせてもらっている間にも、お馴染みさんが入れ替わり、立ち替わり、利用して行くのが、街に根付いている感じがした。昨年は、2人の結婚パーティーにお弁当を届けた。どんこや、切り干し、ひじきを使って、両家の胃袋へ納めて頂いた。そういう人生の節目のイベントに、裏方として参加する事が出来たのは、掛け替えのない悦びだった。おめかしをした二人の様子は、まるで七五三のようで、今も真面目に接客をしている姿を見ながら、思い返している。

出会った頃、宝来屋のどんこを頂いた際、養親の姉に渡したところ、「私、宝来屋さんて、知っているわよ、何度も頂いた事あるの、懐かしいわねえ」と笑顔を見せた。
完全に余談となるが、養親姉妹の父親は苺が大好きで、季節を問わず食べたがったそうである。今のように、何でもいつでも手に入る時代ではなく、紀ノ国屋、千疋屋、高野フルーツパーラーに依頼、入荷があれば知らせてもらうようにしていたらしいのだが、ご本家の温室が別府にあり、そこで苺の栽培が始まった事により、苺探しの苦労が無くなったと言っていた。その頃、苺と一緒に、宝来屋のどんこが届いたのかも知れない。そう考えると、僕らのご縁はずっと前から続いていたんだなと思う。

ちょっと、乾物が欲しい時、サンドイッチが食べたくなったら、ぜひHORAIYAの扉を開けて欲しい。次は、クロックムッシュにしようかな。


HORAIYA

HORAIYAのサンドイッチは、このバゲットのものもすべて注文後にグリルして焼いてくれる。食感も、フィリングも一層おいしくなり、とてもうれしい気持ちに。

2021年の9月開店。河野寛史さん、トモミさんご夫妻で切り盛りする、コーヒーとサンドイッチの店。バゲットは新宿の「La Baguette」、コーヒー豆は大分県のスペシャルティ・コーヒー豆専門店「スリーシダーズコーヒー」のものを使用。パン好きもコーヒー好きも大満足と、短期間にその評価はどんどん上がっている。
河野さんのご実家は、麻生さんの文章中にあるように、昨年開店90周年を迎えた、大分県別府市の老舗乾物店「宝来屋」。「母と兄が営む乾物屋と、東京の店をつなぎたいなと思って」、河野さんは切り干し大根をマリネし、ひじきのラタトゥイユなども作り、おいしいパンにはさみ、温め、ふくよかな味のコーヒーの香りにのせて見事に別府と神宮前をつないだ。
季節ごとにサンドイッチの新たなフィリングが登場するのも楽しみ。

コーヒー各種 550円~ サンドイッチ各種650円~ 
住所:東京:都渋谷区神宮前2-19-10 原電ビル1F-C
営業時間:8:30~19:00
定休日:火曜日
電話:03-6804-5432


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさ!と評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得、料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。今年新たな書籍も刊行予定。

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