『品田知美さん/早稲田大学総合人文科学研究センター招聘研究員・社会学者』との対談を振り返って

ウェルビーイング研究の第一人者・石川善樹さんが、各界の俊英と対談しながら『ウェルビーイングの旅』に出るこの連載。「対談」の後には「それを聞いていたスタッフとの振り返り座談会」を必ず行っています。せっかく「対談」という素晴らしい場にいても、それを聞いてどう思ったか、お互いの解釈を披瀝し合わないとその場で流れてしまっていい経験にならない……という石川さんの提案によるものです。ということで第4回の対談をお読みいただいたかたはもちろん、これから初めてご覧になるかたは、vol.7の品田知美さんと石川善樹さんの対談を、ぜひ、ご一読ください。

第7回 石川善樹×早稲田大学総合人文科学研究センター招聘研究員・社会学者/品田知美
「社会と家族、食のあり方から、ウェルビーイングを考えましょう」

(参加者)
石川善樹/予防医学研究者、博士(医学)
(スタッフ)
酒井博基/ウェルビーイング勉強家
前田洋子/ウェルビーイング100byオレンジページ編集長
今田光子/ウェルビーイング100byオレンジページ副編集長
中川和子/ライター

文/中川和子


石川:家事時間だけでなく「今、あなたは一週間の時間をどう使っていますか?」と聞いたときに、ほとんどの人はよくわからないと思うんですよね。

前田:まず、品田知美先生と石川さんのお話を伺って、私たちが印象に残ったことからお話ししてよろしいでしょうか。

石川:お願いします。

前田:まず、日本人の家事時間がグローバルな比較で見て、実はすごく短いということに驚きました。短いのが日本と韓国で、その次が中国とおっしゃっていましたが、これはほんとうに知らなかったんです。ここにいるみんなも同じような感想を持っていました。そして30~40代の日本の共働き家庭では、夫婦併せて週に75時間働いても世帯年収が500万円程度にとどまるケースも多く、これは問題だ、という話もありました。「時間とお金の使い方、生み出し方を誰かがちゃんと教えてくれるといいのに」と石川さんがおっしゃったのも印象的でした。

石川:品田先生は「日本人の家事時間はメチャクチャ短い」とおっしゃっていましたね。

前田:「そんなに短いんだ!」ってほんとうにビックリしました。中川さんも同じところが気になったとか。

中川:そうですね。家事時間が長そうな印象を持っていたので。でも、よく考えてみると掃除はロボット、洗濯は乾燥機付きの洗濯機、食器洗いは食洗器を使えばかなり時短にはなりますよね。でも、自転車に子どもを乗せて走っているお母さん、すごくスピードを出している人がいて「忙しいんだろうな」と思うことがあります。一方で自炊している人はウェルビーイングが高いというお話を伺って、自炊をあまりしていない身としては非常に耳が痛くて。でも、それはすごく納得できます。自分で食べるものを自分で作るという満足度とか、健康と料理が結びついているというお話もありましたけど、その通りだなと思って、ちょっと反省しました。

前田:酒井さんも自炊の話、されていましたね。

酒井:自炊している人ほどウェルビーイングの実感値が高いというお話はすごくおもしろいなと思いました。僕も毎日終電が当たり前みたいな働き方をしていたとき、疲れているはずなのに自炊がしたくて、夜中にハンバーグをこね始めたり。一日中メール対応や打ち合わせが続くと、主体的に行動する時間が持てない。するといっそう疲労がたまる。主体的に行動している実感がいちばんわかりやすく得られるのが自炊ではないかと。今田さんも、忙しいときに限って魚をさばいたりすると聞き、なるほどと思いました。

今田:品田先生が「中国の男性は料理ができる人から結婚している」という話をされていましたよね。自分の息子には、冬休み中、毎日なにかしらの家事や料理をさせるようにしています。家事や料理ができないと本人が大変だし、結婚してからも困る。でも、できるようになると、日々の生活で幸せをより実感できるようになると思うので。「めんどくさい」と言われたりもしますが、伝えていきたいですね。

酒井:「テレビや雑誌で時短特集が多いのはなぜ?」「なんのための時短?」と考えさせられます。僕は「家事時間が長いから時短特集が多い」と思っていましたが、実は家事時間は短かった。それをさらに短くしようとする必要はあるのかと。節約のためとか、自炊が「しなければならない」ネガティブなものになっている。確かに、義務感だけでやるなら短いほうがいいはずです。でも、自炊や家事を主体的に楽しむものと考えると、時間はあまり気にならないはず。オレンジページさんの雑誌でも、あまり「時短時短」と言わない印象ですが、前田さん、どうですか?

前田:ずいぶん前ですが、オレンジページ本誌で生活特集などを担当していたときは、「いかに短い時間で何をやるか」は大事でした。当時の印象として、料理はともかく、家事をするのがイヤな人が多い。特にアイロンかけとか、洗濯物をたたむとか

中川:結局、時短によって生じた時間を、どのように有効に使うかが大事だと思います。子どもとふれあう時間を増やすのか、自分が自由に使える時間を増やすのか。「時短しよう」というかけ声はあっても、その先が見えていないような気がします。

石川:「何のために」という理想は描きにくいところもありますから。それよりも「今、時間をどう使っていますか?」と聞いたときに、ほとんどの人はよくわからないと思うんですよね。たとえば「テレビを一週間で何時間ぐらい見ていますか?」「スマホをどれくらいの時間、見ていますか?」と聞かれたときに、パッと答えられる人はいないと思うんですよ。今、現状、どうなっているかもよくわかっていないから、それをどう改善するかもたぶん、あんまりわからないんですよね。

石川:「忙しさ」と「充実」の感覚の違い、これは明確にあって、「この時間にこれを終了する」「いつ終了するのか」を決めている人は充実感を持っている人が多い。

石川:以前ダイエットの研究をしていたのですが、ダイエットって要は生活習慣をどうつくるかという話なので、その人に一週間の生活を書いてきてもらうんです。そうするとだいたいみんな「自分ってこんな生活だったのか!」ってビックリするんですよ。

酒井:それ、すごくわかります。僕もコンサル会社出身の友達と一緒に仕事していたとき、時間の感覚を徹底的に刷り込むことを、最初に訓練させられました。一日のうち、メールに何時間かけたか、各プロジェクトに何時間ずつかけているのか、業務が変わるとき、全部、ストップウォッチで計る。まあ、そういうアプリがあるんですけれど。一ヶ月間計って、何に何時間かけているのかというのが可視化されると、自分の実感とギャップがあってビックリ。可視化されると、何を圧縮して、何に時間をかけるべきかがわかって、改善ができる。コンサルって工数に対して見積もり出すので、時間の感覚がないと正確な見積もりが出せないんです。それでたたき込まれるんですね。だから「時短する人って、何のために時短しているんだろう?」と不思議に感じました。自分の生活習慣って、何にどれくらい時間をかけているのか、ちゃんと言える人って圧倒的に少ないんだろうなと思いました。

前田:酒井さんはストップウォッチで計ってみて、その結果に驚きました?

酒井:それはすごく驚きましたよ。「これは時間をかけている」と思っていたものが、意外と時間がかかっていなかったり。みなさんが「日本人の家事の時間が短い」ことに驚いたのも、時間をかけている実感があったのに、データでは「短い」と示されたギャップで、それと同じかと。

前田:そうですね。やっぱり好きな家事と嫌いな家事ってあるから、嫌いな家事時間の1時間と、好きな家事の1時間はきっと違いますもんね。

中川:洗濯、料理、掃除の中でどれが得意でどれが苦手かというのは人それぞれあるでしょうね。オレンジページの読者さんは料理が好きな人が多いでしょうけれど。でも、料理の時短も、品田先生が「つくりおき」を例に出して「1週間の家族4人分の作り置きは不可能です」とおっしゃっていたじゃないですか。確かにそう言われれば、結局、1日1時間かける時間を土曜日とか日曜日に何時間かかけてやっているわけだから、同じといえば同じだなあという気もするし。

石川:これまでに、数千人ぐらいのスケジュールを見てきました。それで「忙しい」という感覚がある人と「充実している」という感覚のある人の違いが何なのか、ひとつ気づいたことがあります。与えられる時間はみんな一緒で、みんな何かしているんですよ。「忙しさ」と「充実」の感覚の違い、これは明確にあって、「この時間にこれを終了させる」と、作業の終了時間を決めている人は充実感を持っている人が多い。決めていない人はダラダラして、なんだか忙しく感じてしまう。スケジュールを見ると、忙しいと言っている人はざっくりしていて、充実している人は細かく予定を入れている。
家事も同様な気がしますね。充実している人は、掃除は「終わったら終わり」じゃなくて、「この時間までに終える」と決めている。なぜかというと、次の時間から始めたいことがあるからなんです。やりたいことがあって、それをどんどん入れているんです。やりたいことがない人は特に区切る必要がないから、ダラダラ過ごしてしまう。ランチでも飲み会でも、人は楽しみにしていることがあったら、その前にキッチリとやるべき事は終えるはずですよね。

今田:確かにそうですね。たとえば仕事を始めるまでに、必ず洗濯物を干してしまおうとか、見たいテレビの時間までに家事を全て済ませてしまおうとか。予定通りに終えて自分の自由時間がとれると、気持ちがすっきりして、すごく充実感が得られると思います。

前田:以前、作家の角田光代さんにお話を伺ったときに驚いたのですが、生活リズムがすごくきっちりしている方なんですね。最初は無理矢理夜中まで仕事をしていたけれど、あるきっかけで9~17時の生活リズムに合わせて仕事をするようにしたら、それまでより何十倍も仕事がはかどるようになったそうです。

酒井:作家さんってクリエイティブな職業だから、終了時間とかなくて、不規則な生活になるんじゃないかというイメージでお話を聞いたら、サラリーマンよりも規則正しい生活をされていた。何時に仕事を始めて、何時に終えるかを徹底しているとおっしゃっていましたよね。

前田:仕事を終えて何がしたいかというと、角田さんの場合は絶対に飲んで食べたいって(笑) 17時にはごはんを作ってお酒を飲むというのが決まりだそうで。

酒井:ただ、そのきっちりとした生活を角田さんの旦那さんが真似してやったら、体調を崩されたとか。そういう規則正しい生活が合う人と合わない人がいるんだなと思いました

石川:脳は「やり残したことを忘れない性質」があるんです。

今田:今、在宅勤務が増えて、社用スマホも持っていて、見ようと思えばいつでもメールが見られるし、常に持ち歩いていないと不安な感覚に。そうなると、「今日の仕事はここで終わり」と自分で決めないと、区切りがつけられないですね。

前田:昔のようにチャイムが鳴って「ああ、終わった!」って会社を出るみたいな感じがないですよね。

今田:以前はパソコンを切ったら「終了」で、翌朝出社するまでは、何が起きていようと知るよしもなかったのですが。

石川:脳は「やり残したことを忘れない性質」があるんです。仕事自体は、やることがいくらでもあるので終わりません。それでも脳に「終わった」と認識してもらうには、次の日の計画を立てるといいみたいです。やり残したことを次の日にどう処理するのか計画を立てると、脳は「仕事を終えた」気になるんです。「ああ、まだこれが終わっていない」状態だと、脳は「終わってない」と認識してしまう。仕事はやろうと思えばいくらでもやれるので、終了するテクニックみたいなものがあるといいですね。家事についても同じかもしれません。昔は時間が来たら強制的に終了して、次の日から始めようと思うしかない。脳はそれで強制終了できたんだと思うんですが。

前田:昔は強制終了だったんですね。確かに仕事を終える頃にやり残したことを書き出して、「これは今すぐやらなくていい」「これは明日の何時までだから今やってしまおう」と整理がつくと、あまりモヤモヤしない気がします。脳の性質なんですね。酒井さんとかきちんと「明日はこれ」とかやっていそう(笑)。

酒井:僕、そこだけは徹底してやっていますね。手元にはToDoリストを置いていて。どういうときに忙しいと感じるのか、自分の中でようやく理解できたので。いつまでにやるべきことがどのくらいあるのか、整理整頓できていないときが忙しい、ストレスだと感じるときなので、とにかくToDoを全部書き出します。それぞれをいつまでに終えるかも明確に決めて、視覚的にも目に入るように手書きで目立つように書いて、終えたものから×をつけていくと、満足感が得られる終わり方になる。これをやるようになってから、働いている時間が長くても、忙しいという感覚はなくなりましたね。

中川:私も酒井さんと同じように手書きでToDoを書いて、終わったら消しているんですけれど、忙しい感覚はあります(笑)。

酒井:それに加えて、朝起きてから、今日は何にどれだけの時間を使うのかをけっこう細かく脳内でイメージして、優先すべきことを朝イチで、ふとんの中からスマホで自分にメールを送ります。「これができたら今日はおしまい」という最低限の設定をする感じで。

酒井:最低限やらなければいけないことを、最低限のハードルとして、それを越えた喜びと明日の分のハードルまでちょっと越えちゃった、みたいな感覚が大事。

石川:今、酒井さんがポロッと言ったことがすごく重要で。「これができたら今日はおしまい」と思えるかどうかがけっこう重要な気がするんです。「今日、自分は最低限、何をしたら、何があったら満足なのか」ってことなんですよ。人はほんとうに欲張りだから、やりたいことは尽きないんですけど、「最低限」どうしたら満足なのかが大事で。たとえば「朝、筋トレをしたらもうその日は一日満足」と決めている人とかは、やっぱり楽しそうにしていますし。

酒井:それはすごく意識しているかもしれないですね。自分の中の格言は「明日できることは今日やらない」という(笑)。いちばん前提となるルールはそこにあって「何とかなるさ」というものは今日はやらない、みたいな。最低限やらなければいけないことを、最低限のハードルとして、それを越えた喜びと明日の分のハードルまでちょっと越えちゃった、みたいな感覚が大事。

今田:優先順位は高いのに、苦手意識があってやりたくないことを速やかに終えるいい方法ってあるんでしょうか。

前田:私は前に「朝起きたらまず、いちばんイヤなことからやっちゃえばいいんだよ」って教わったことがありますね。

酒井:僕はやりたくないことに出くわす野生のカンみたいなのが、すごく鍛えられていると思います。やりたくないものに遭遇するのはどういうケースだろうとか、何が要因になっているんだろうとか。ただ、それが上司に起因することだった場合はどうしようもないんですけど。

前田:ほんとうにそうなんですよ(笑)。やっぱり会社勤めで人は野生のカンがかなり鍛えられますよね(笑)。

酒井:「この人には近づかないほうがいい」とか。

前田:そういった野生のカンも及ばないのが「今日はもう私、ここまでやった。ああよかった、成し遂げた」で、おしまいだと思ったことを翌日、一から上司に覆されること(笑)。『シーシュポスの神話』※ってあるじゃないですか。石を永遠に運び続ける人みたいな。ああいう気持ちになることが、ときどきありますよね。

※『シーシュポスの神話』……フランスの作家・アルベール・カミュが「不条理」について考察した哲学的な随筆。神々の怒りをかったシーシュポスは、罰として大きな岩を山頂に運ぶことを命ぜられる。シーシュポスが山頂に岩を運び終えると、その瞬間、岩は転がり落ちてしまう。同じことを何度繰り返しても、結局は同じ結果になるという話。

今田:家事の常識のレベルがわからないから「自分はできていない」とか「今日もダメだった」とか「これはできなかった」というふうに思うのかもしれないですね。

酒井:お話を聞いていて、なぜ日本の生活情報誌が時短を推すのかというメカニズムがなんとなくわかってきたような気がします。家事においても日本人は完璧にやらないといけないという、優等生的なものを求められるのが強すぎて、そもそもTo Doリストが多すぎてそれに押しつぶされているから「それを全部クリアするんだったら、時短しなければ」となってしまう。それを石川さんがおっしゃったような「これだけクリアできればいいんだよ」みたいな感じで家事と向き合って、自分の家事To Doリストを決めていくと、ひょっとすると時短なんかよりよほど解放されるかもしれませんね。「ここがきれいになっていれば私は満足」とか。

前田:「どこまでやるか」「終了のさせ方」って、ちょっと考えたいテーマですね。

今田:たぶん、みんな他の人の家事の常識というかレベルというか、知らないんですよ。うちの母は一日の終わりに毎日床を拭くのが当然という人ですが、私にはできない…。どこまでやるのが当たり前なのか。トイレにはマットを置いてこまめに洗うのが当然、ワイシャツにはアイロンをかけるのが当然という人もいるけれど、うちにはマットはないし、ワイシャツも、太っているからアイロンかけなくてもシワなんて伸びるかなと…。

一同:

今田:家事の常識のレベルがわからないから「自分はできていない」とか「今日もダメだった」とか「これはできなかった」というふうに思うのかもしれないですね。

前田:先日自炊料理家の山口祐加さんにうかがったのですが、料理を始めようとしない人はSNSなどで他人の料理を見て「私はあんなふうにできないから、料理なんてしない」と思う人が多いらしいんです。

酒井:ここからここまでが料理なんだっていう、固定観念がすごすぎて、逆に手をつけられないみたいなことでしょうか。レシピの最後に「七味をひとふり」とあると「うちには七味がないからこれは作れない」と思い込んでしまう、みたいな。

前田:中川さんは料理は苦手とおっしゃるけど、それはどうして? やっぱり忙しいから?

中川:締切に追われていると精神的な余裕がないんでしょうね。それから、夕食後も仕事をしているので、自分ひとりのために作って片付けるという時間がもったいないのかもしれません。

前田:石川さんは料理をなさるんですか?

石川:よくしますよ。簡単なものですけど。家では自分の食べる分とか子どもが食べる分しか作らないですけど。

前田:私はもう何年も長い間料理をやっているから、何のプランもなくても慣れたものなら手が自然に作っていて、自分が驚くことがあるくらい。正直、嫌で仕方ないこともありますが、料理には気持ちを落ち着かせる何かがありますね。

石川:家族のための料理は、自分が食べたいものをつくるっていうのがやりにくいんでしょうね。僕は食べたいものを作ればいいから楽しいですけど。

前田:ああ、そう、だからさっきの自炊料理家の山口さんも、最近、結婚なさったんですけれど、ご主人に「今日は何が食べたい?」なんて聞かないっておっしゃっていましたよ。いつでも自分が食べたいものを作っているって。

石川:今日は重要なキーワードがたくさん出ました。

前田:脳がどうやったら「これで終わり」と思えるかどうか、考えてしまいますね。石川さん、今日も本当にありがとうございます。

石川:こちらこそありがとうございました。