『大塚ひかりさん/古典エッセイスト』との対談を振り返って

ウェルビーイング研究の第一人者・石川善樹さんが、各界の俊英と対談をしながら「ウェルビーイングの旅」に出るこの連載は「対談」の後に必ず「それを聞いたスタッフとの振り返り座談会」を行う構成です。なぜか? 「対談」という素晴らしい体験も、振り返って「どう思ったか」など、お互いの解釈を披歴し合わないと流れてしまって経験にならない……そう考えた石川善樹さんの提案によるものです。今までにないこの形こそは「ウェルビーイング」を生活者とともに考える機会を創出するこのサイトなればこそ。
第一回の対談をご覧いただいた方はご一緒に、今初めて第二回からご覧になった方は第一回の大塚ひかりさんと石川善樹さんの対談を、ぜひ、ご一読ください。

第1回 石川善樹×古典エッセイスト/大塚ひかり
『源氏物語』を旅しながら「人と人との間(ま)男女の機微」について話しましょう

(参加者)
石川善樹/予防医学研究者、博士(医学)
(スタッフ)
酒井博基/ウェルビーイング勉強家
前田洋子/ウェルビーイング100byオレンジページ編集長
今田光子/ウェルビーイング100byオレンジページ副編集長
中川和子/ライター

文/中川和子


前田「『平安時代も即レスはまずいらしいよ』と言うと『へえ、今と同じじゃない』っていう反応がいちばん多くて」

前田:「スタッフの振り返りをやろう」というのは石川さんの発案ですが、まず、なぜそれが大事なのか教えていただけますか?

石川:深い意味はないんですけれど、ただ、次から次にやっていると流れていっちゃう。かみしめる時間があったほうがいいかなという単純な理由なんですけど。あと、解釈って人によって違うので、いろんな人の解釈を聞いたらおもしろいかと思って。

前田:解釈は人によって違うし、時間が経つとまた変わったりしますものね。

石川:まず、みなさんが友人なり知人なりに、どういうふうに大塚さんの話をされたか知りたいですね。

前田:私は会社の人とか友達にけっこう話しましたよ。石川さんが対談でおっしゃった、「今よく言われるダイバーシティ(多様性)は人との“違い”に着目させる。ウェルビーイングは人間のことだから、“いろいろ違うけど同じところも多いよね”、という見方のほうがいいと思う」っていう、そのことを話したりしました。あとはいちばんとっつきやすくておもしろい話として「平安時代の上流階級は、同じ女性のところに3回通ったら結婚成立」の話をして、「手紙をもらっても即レスはまずいらしいよ」というのは、この連載を案内する全社メールにも書きました(笑)。

石川:どういう反応がありました?

前田:やっぱり「へえ、今と同じじゃない」っていう反応がいちばん多くて、そこから自分は即レスするタイプだとか、即レスしないタイプだとかいう話に広がっていきました。「そういう駆け引きって、今のマンガの世界なんかでもあんまり変わらないね」っていう話になりがちでしたね。

酒井「昔からずっと男女の関係ってそうそう変わらないものなのかなと思っていたら、意外と時代とともに変わっているんだな、と」

石川:他のみなさんはどうですか?

酒井:僕は前田さんとは真逆で。人と人、特に男女の間の取り方みたいなものが、時代によってこうもすぐに変わっていくものなのかなあと。時代だけではなく、国や文化背景が違うと、またそこに対する価値観も違ってくるんだなあと思いました。世代ごとに男女の間の取り方って「こうあるべきなんじゃないか」っていうのが割と固定観念としてあるんだなと思って。少し気になったんで、そのあと、最近よくいわれる「Z世代」と呼ばれる人たちの、男女の間の取り方って何なんだろう、みたいな感じで聞いてみたんです。すると、ほんとに合コン参加率が激減のようで、合コンは今後なくなってしまうんじゃないかと。あと、スマホを持っていて、一見、人とつながりやすい状況かと思いきや、恋愛といいますか、男女の駆け引きにおいて、あんまりそういう連絡を取らないとか。

*Z世代……1990年代半ばから2010年代生まれの世代のこと。もとはアメリカで生まれた世代を分類する言葉。マスメディアよりインターネットからの情報収集が当たり前になっているのが大きな特徴。

石川:そうなんですか。

酒井:「出会い系アプリみたいなものをけっこう使っているのかな」という印象を持っていたんですけれど、何かの記事で読んでびっくりしたのが、出会い系アプリは少数の人しか使ってなくて、比較的、性に対する好奇心がアクティブな人が使ってる傾向があるみたいで、めちゃくちゃ二極化が始まっているようです。ここ10年ぐらいで一気に草食化が進んでいると思ったときに、通い婚とか、複数の女性との関係があるとか、そういうお話をこの前聞いて、何をきっかけに、人と人との間の取り方って変わっていくんだろうって思いました。昔からずっと男女の関係ってそうそう変わらないものなのかなと思っていたら、意外と時代とともに変わっているんだなって。その変わるトリガー(物事を起こすきっかけ)になっているものって、伝達手段とかコミュニケーションツールの問題なのか、何なのか。平安時代は手紙とか歌に託したり、最近でいうなら電話、インターネット、携帯電話が出てきて、さらには今、スマホになったっていう状況の中で、出会いが激変しているという状況。間を取り持つものであったり、そういうことがすごく変わるんだなっていうことを、逆に考えましたね。

石川:酒井さん自身はどうなんですか? 間の取り方っていうのは?

酒井:僕は大学の教員をしていて学生さんと話す機会が多いので、使っているツールであったり、自分の時代の当たり前が、もう当たり前じゃないんだな、と思います。間の取り方も、同世代とか、いくつ年下か、年上かまでとかなら、自分の決めているルールが通用するけれども、そのゾーンを超えてしまうと、すごい慎重に間の取り方を考えないと、大きなすれ違いや大やけどとかしそうで。お互いのOKサインが違うみたいな感じのことが起こりうるなと。学生が意味もなくLINEにハートマークをたくさん入れてくると、おじさんたちはそれを見て「この子は自分に好意を持っているのか」みたいに思うんでしょうが、Z世代の学生からすると「別にそういう意味でハートって使っているわけじゃないんですよ」というすれ違いがあるんで。すごく違う文化の人とコミュニケーションしてるみたいな(笑)。

石川:ご自身は気をつけてることはあるんですか? 

酒井:具体的なところで言うと、学生さんからコミュニケーションツールの使い分けのような話を聞いて、距離感のとり方の参考にしています。僕の世代だと若い頃のコミュニケーションツールは、まだスマホの世代ではなく、ガラケーとかポケベルの時代だったんで、出会い系っていうとダイヤルQ2みたいな。

前田:ああ、なつかしい(笑)。

酒井:そういったものには、いかがわしい、みたいなイメージがあって。大学でゼミを持っていたことがあるんで、ゼミ生さんが「今の彼は出会い系のアプリで見つけたんだよね」みたいな感じで言うと、みんな普通に受け止めていて「え、出会い系?」みたいなリアクションじゃないんですよ。「え?」っていうリアクションをしたのは僕だけで、学生さん同士は「どのアプリ?」って会話でスムーズに入っていく。ひとりだけ世代が違ったので、明らかに反応が違ったんですけれど。

酒井「今のZ世代の話を聞いていると『合コンなんてしないし、紹介するんだったら1対1で会えばいいじゃん』みたいな。グループ対グループである必要はないんです」

石川:酒井さんの時代はどうやって出会ってたんですか?

酒井:合コンみたいなのが多かったんじゃないかなあと思います。まだ、それが生きていた時代。でも、それが男女の出会いのために、という目的だけではなく、単純に、同性の友達とのつき合いで、人数合わせみたいな感じで行ったり。ただ、人と人が出会う場がセッティングされると、そこでそういう気もなかったのに偶然が起きるみたいな感じの、そういうふうな出会いはありましたね。今のZ世代の話を聞いていると「合コンなんてしないし、紹介するんだったら、1対1で会えばいいじゃん」というように、グループ対グループである必要はないんです。そんなところは割とドライ。偶然の何かを期待するようなグループ同士の出会い方じゃなく、気の合う少人数で会うZ世代は、ある意味お見合いに戻ってるのかなと。僕らは集団対集団みたいな感じの世代でしたね。

石川:それは「おかしかった」ってことなんでしょうか?

酒井:どうなんでしょう。当時は何も考えず、そういうものだと。

石川:合コンの前って、合同ハイキングの時代がありますよね。

前田:ああ、合ハイってありましたね。行ったことないですけど(笑)。

石川:昔の映像とか見てると、2〜3台、バスを借りてバアーと行って。ハイキング以外にもダンスホールに行ってダンスしたりとか。そういう映像を見たことがありますね。

前田:ダンスホール全盛の時代ってありましたもんね。

酒井:石川さんの言葉でいうと、「ウェルビーイング」のbeing(いる)ではなくdoing(する)から入るみたいな。「みんなで○○しよう」みたいな時代があって、その後の世代の合コンはbeing(いる)。「そこで飲み会をやっていると、何か起こるかもしれない」みたいな(笑)。

前田「『結婚します』って言うので『おめでとう。どこで知り合ったの?』って聞いたら『アプリです』って言われたときに、私はもうほんとに驚いたんですよね」

今田:うちの親の若い頃の写真を見ると、フォークダンスの写真が何枚もありました。ダンスホールまでは行けないけど、フォークダンスだったらどこでもできるし。合同ハイキング、ダンスホールみたいな、そういう感覚だったんですかね。昭和30〜40年代の話だと思うんですけど。

石川:酒井さん「みんなで今度、ダンスホールでダンスしようよ」と言われたらどうしますか?

酒井:いや〜、行かないかな(笑)。僕らの世代より10〜15歳ぐらい下の方になると、街づくりとかコミュニティ活動みたいな「街コン」という言葉が出てきて。そことそこが合体しちゃうんだ、みたいな。こういうコミュニティ活動で出会ったカップルは、周りに多いような気がしますね。「楽しいことを一緒にやろう」みたいな感じではなく、価値観が近しい人たちが集まるような場がセッティングされて、そこで出会っているような。

前田:そうですね。私の親戚も地域の清掃活動みたいなのがきっかけで結婚しましたよ。

石川:そういうのはどうして変わってくるんですかね、時代によって。飲み会の時代は終了しているっていうことですよね。

酒井:そういう数字が出ているデータもあるみたいで。

前田:お酒を飲まなくなってますからね。私の知り合いの女性が、それこそ出会い系アプリで良縁を得たんですよ。何年か前なんですけど、その人は20代前半ぐらいで「おめでとう。どこで知り合ったの?」って聞いたら「アプリです」って言われたときに、私はもうほんとに驚いたんですよね。「今、アプリで結婚するんだ」って。酒井さんもさっき「アプリ」って聞いて「えっ!」って言ったのはおひとりだったじゃないですか。私もすごくビックリしたんだけど、その場で彼女は「すごくいいですよ」って教えてくれたんです。女性のほうが選ぶ権利があって、自分の設定条件を満たす男性だけがバアーっと出てくるんですって。

酒井:うちの身内も一昨年、まさにアプリで出会った方と結婚して。それ、僕が学生さんに「えー?」って言った反省を生かして、「アプリって今、違うらしいよ。なんなら、1回、試しにやってみたら」みたいな感じですすめたら、その半年後「結婚しました」という連絡が来てビックリしました。

中川:今の若い人たちはオフ会みたいなのをやらないんでしょうか? 私の場合、若い頃はサブカル、アニメが盛り上がった時代だったので、たとえば、話題のアニメ映画の公開のときに、みんなが徹夜で並びに行って、そこでいろんな出会いがあったりとか、つながりができたりとか。それは、ネットがない時代だったので、好きなもののところにワッと人が集まって、そこでコミュニティみたいなのができたことがあったような気がしますね。前回のお話を伺っていて、ウェルビーイングが共通項を見出すというお話があったと思うんですけれど、自分のことを振り返ってみると、中学からの親友と仲良くなったきっかけが手塚治虫のマンガの話だったんですよ。だからやっぱり好きなものが同じっていうのは仲良くなるきっかけですよね。そういうところから人間関係が発生していくと考えると、今のLINEとかTwitterとかInstagramっていうツールは、好きなものを共有している人たちが集まりやすいツールということは間違いないから、そういう意味では非常にいいんだろうなあと思うんです。

今田:つながりやすいですよね。

中川「即レスをやるとかやらないとかっていうのは、想像力の問題かなと」

中川:たとえば、声優さんの推し活なんかで、自分はいい歳だけど、すごく若い子とお友達になったり、なにかイベントがあったらそこで会ったりできるし、それで人とのつながりが広がっていく。不思議な感じですよね。今の ITツールを介してはいるけれども、好きなものを共有できるっていうところからコミュニティが広がっていくっていうのは、これはいい方法なのかなと思います。一方でLINEなんか、私もすごく抵抗があって、やらない派だったんですね、最近まで。メッセージを送ってきた相手には「既読」と表示されるから、こちらが読んだことがわかる。それでもレスを返さないで無視するっていうのは、なかなかに難しいじゃないですか。最初のお話にあった、即レスをやるとかやらないとかっていうのは、想像力の問題かなと個人的には思っていまして。読んだけど、レスポンスできないような状況は、忙しいのかなとか。あんまり長いこと、何日もレスポンスがないと「あれ、具合が悪いのかな」とかね。そういうふうに思うので、無視されたとかいうよりも、即レスできない状態にあるのかなと思ったりすることもあります。また、こちらも即レスができないから、それを許してくれないような相手とはLINEしないし。

前田:そうですね。若い子みたいにめったやたらとすごい人数とLINEするわけじゃないので。限られた人とだと、だいたいその人は今、こういう状況だろうなとか、想像する時間というのは世代によっては生まれますよね。

中川:即レスとか言われたら「そんなに暇じゃない」と思うんで(笑)。仕事してる最中に即レスなんてしてる場合じゃない。あるいは仕事のメールなんかでも、ほんとにすぐ返事を返してくる方もいらっしゃれば、私みたいにしばらく考えてからしか返事しない人間もいるので。ビジネスメールはもちろん24時間以内に返信しなきゃいけないんでしょうけど。結局、常に時間に追われてて大変みたいなのって、とにかく考える暇なく、ポンと何かを返さないといけないっていう、そういうのってかなり辛いんじゃないかなあと。私自身はのんびりしてるので、慌ててレスポンスすると、とんでもないことを書いちゃう危険性もある。変なLINEとかきたら、その場の感情とかで。だからそういうスタンスは、今の若い人たちとは違うんだろうなと思ってます。でも、大塚さんがお話しされていた、自分からアクションを起こす六条御息所とか、個人的には嫌いじゃないですけどね。自分もアクション起こすほうだからかもしれないですけど(笑)。

※六条御息所……『源氏物語』の登場人物。光源氏の年上の愛人となるが、思うように源氏の愛が得られず正妻に嫉妬する。

石川:それは幸せになりにくいんでしたっけ?

中川:なりにくいと思います(笑)。

前田:そうそう。源氏物語を読むと、藤壺とか、要するに源氏物語でモテる人って、今でいうツンデレ(笑)。

中川:そうですよね。受け身でツンデレみたいな人がモテますよね。

石川「どうしたら人は“胸があく”のか」

石川:最終的には浮舟のように、もろもろ手放した人のほうが心が晴れやかになるという話、僕はあれはすごくおもしろいなあと思って。

前田:私も浮舟って、ふたりの男の板挟みで自殺したんだってずっと思っていたら、実はあれは母親の期待を裏切る&叱られる苦しみだったっていうところが、かなり驚いたところでしたね。でも、すべてを捨て去る幸せって、どうなんでしょう。捨てられるのかしら。とても難しい気がしますけどね。自分をなくすってこと、どうやったらできるんだろう。

石川:「幸せ」じゃなく、当時の表現がおもしろいなと。

前田:ああ「胸はあきたる」って。「スッとした」って。

石川:「あきたる」っていうのがすごい。

前田:「あく」って隙間ができたっていうか、胸ふさがれるに対しての「胸あく」なのかなあ。憂うつなときってもやもやっと心の中がふさがれているような感じがするのが、ふっと隙間ができて空間ができたような、スッとした感じなのかなって思ってます。

石川:そうですね。それが、どうしたら人は“胸があく”のかっていうことなんですが。お金を手に入れたら、胸を埋め尽くせば不安が減るんじゃないかとか。

前田:たとえば、お金を得るためには、胸ふさがれることもいっぱいあると思うんですよね。つまり、仕事ってことですが。不思議なんだけど、自分が満足しようと思ってやっていることで胸ふさがれることって多いですよね。大変だとか、憂うつだとか。ここを我慢しなきゃ、とかね。それが、たとえば浮舟みたいに「もう人並みの生活をしなくていいんだ」とか「親の期待に応えなくていいんだ」と思ったときに、“今ぞ胸はあきたる”と思うっていうのは、わかるとは言えないけど「へえー」って思いましたね。なぜ人は出世しようとか、お金稼ごうとか、よかれと思うことをしているのに憂うつの種を増やしていくんだと。

中川:浮舟までいかなくても、ミニマリストって流行ってるじゃないですか。モノから整理していくんでしょうけど。人間関係も60歳を過ぎたらつき合わなくていいみたいな本がいろいろ出てますけど。何かを整理していって、ほんとうに必要なものとそうでないものを分けましょう、みたいなのが。持たないほうがいいってことなのかな。「あきたる」って心に隙間が少しできる状態、余白があるっていうか、もう手放して、もやもやしているものが減っていっている状態。空間もそうだし、人とのつき合い方もそうかもしれないし。何かで心がいっぱいになっていなくて、まだ隙間がある、入ってくる余白がある状態っていうのがほんとうは必要で、それがもしかしたらウェルビーイングにつながっているのかなあという気はします。余計なものを持ち過ぎていたりとか、余計なことで悩みすぎていたり。今、ほどほどっていうことを知らないっていうか。

今田「『平安時代の女性の幸せって何だったんだろう』と。恋愛や結婚が人生において占める割合が今と全然違う」

今田:対談を聞いたあとに「平安時代の女性の幸せって何だったんだろう」と思って。今ほどやることの選択肢がないっていうか、男性の場合はよくわからないですけれど、女性にいたっては、恋愛の他にあんまりすることがないみたいで。だから、男性との間の取り方とか、恋の駆け引きというか、最終的にどういう結婚をするかというのが人生そのものになっているような。恋愛や結婚が人生において占める割合が今と全然違う。そのことで頭がいっぱいというか。他に特に仕事をしたり、やることがなかったら、もうそれこそが大事という感じで、今以上に男性との間とか恋の駆け引きで幸せになることが、女性に限ってかもしれないけど、ウェルビーイングとの関わりが切り離せないように思いました。
今のように色々な選択肢がなく、幸せのかたちが限られていたのかなと。

石川:そもそも幸せという概念があったんですかね?

前田:私もそこ、前からすごく考えてたんですよ。たぶん、幸せってハッピーの訳語だから、昔は幸せってあったのかな? それと「恋」はあるかもしれないけど「愛」ってなかなかないかなあとか。英語のラブっていうのを訳すのが、明治時代、大変だったっていうじゃないですか。それ以前にも「為合わせる(しあわせる)」っていう言葉があったようですが、今でいう「幸せ」とはきっと違いますよね。

石川:「手放して胸があく」を考えると、執着しないっていうのが仏教的。「ネガティブなことは受容しましょう」というところと「ポジティブなところは執着せず、手放しましょう」みたいな。そういうことをよしとする感覚だったと思うんですよね。で、結果としてスッキリするみたいな話になるのかなと思うんです。今の人といちばん違うのは、未来に対して、そんなに価値を置いてなかったんじゃないかな。未来ってもう死ぬだけだから。

前田:ああ、そうか~~。

石川:未来じゃなくて、どちらかというと「昔は良かった」。そのほうが多いんじゃないですかね。

前田:そうかもしれないですね。『往生要集』なんかをみんな読んで、往生して極楽行くっていうのが未来だったのかもしれないですね。死んだら、自分の思ういいところに行きたいと。平安時代に終活ブームみたいなのがあったみたいですね。どうやったら、自分はよく往生できるか。

*往生要集……平安時代の仏教書で985年に成立。源信の撰述による。阿弥陀仏の浄土に往生するために、必要な経文などを抜粋しており、浄土教信仰の代表的な書でもある。

石川:ハッピーライフよりはグッドライフなんだと思うんですよね。グッドライフとは何かという。で、その時間軸っていうのもどうなんですかね。いつ死ぬかわかんないから、そんなに未来のことも考えていなかったんだろうか?

前田:病気も多かったし。なにしろ京都って戦乱の時代が長かったから。ほんとにはかない、命ってはかないものだというのは、今よりはありましたね、きっと。風邪をひいても死んじゃうしね。

石川「僕の友達で、自分が好きで得意なものをどんどん捨てていってる人がいるんですよね。好きで得意なことに逃げないっていう」

石川:手放すっていうのは、浮舟の話だとすべてを手放すみたいなことですけど、「適度に手放す」の提唱者は近藤麻理恵さんですよね。

*近藤麻理恵……1984年生まれ。片づけコンサルタントとして、2010年に上梓した『人生がときめく片づけの魔法』がベストセラーとなり、「こんまりブーム」を起こす。同書は世界40カ国以上でも翻訳され、世界的にも大ベストセラーになった。

前田:ときめかないものは捨てるっていう方法。ああやって適度に捨てていけばいいのか。

石川:でも、何を残すのかというときに「ときめくものでいいのか」っていうのもあると。僕の友達で、自分が好きで得意なものをどんどん捨てていってる人がいるんですよね。好きで得意なことに逃げないっていう。

前田:たとえば、どういうことですか?

石川:仕事でいうと、研究者としてものすごく物理が得意で、でも、物理をやめて、全然違う、むしろすごい苦手なフィールドにガラッと転職したりとか。

前田:へえー。

石川:大谷翔平が野球をやめるようなものですね。

前田:それはすごいことだなあ。

石川:しばらく前ですが、 NBAのマイケル・ジョーダンがバスケットボールをやめて野球をやりましたけど。

前田:やりましたね。やっぱり、なかなかできないことですね。

石川:好きとかときめくみたいなことは、大事に思われてますけど、そこに執着してはならないっていうか、常に初心に帰るというか、初心者になるというか。

前田:そこって年を取っていくと難しいけど、実は年取っていけばいくほど大事だったりするかもしれないですね。

酒井:そうですね。ミニマリストの話も出ましたけど、ミニマリストの人って、ときめくかどうかっていうより「なくてもよかったものに気づく」みたいな。好きなものだけを置いておくとかじゃなくて「別にこれ、ないと生活していけないと思い込んでいたけれど、別になくても生きていけるか。生きていけるんだ」みたいな感じで。ときめきじゃないような感じですね。

前田:「意外となくても大丈夫」とかね。よく昔の歌謡曲なんかで「あなたなしでは生きていけない」って(笑)。

中川:嘘だ(笑)。

田:なくても生きていけるじゃん(笑)。

酒井:なくてはならないとか、それにとらわれていることが窮屈になって、そこから解放されたときに「胸があく」んですかね。

石川:中毒に似てますよね。好きで得意なことをしてるときは夢中な気がするんだけど、度を越すと中毒になる。

酒井:でも、確かに、コロナ禍でいろんな、「なくてもいいもの」が見えましたね。会議なんてなくてもやっていけたね、とか。こんなに広いオフィスはなくてもやっていけたねとか。通勤電車、なくならないといわれてたけど、在宅勤務で電車に乗らなくなったとか。絶対に崩れないと思っていたものが、意外となくても大丈夫、みたいな。

中川:じゃあ、コロナで社会の断捨離がされたんですかね。

酒井:でも、人間って不思議とまた戻ってきてますよね。

前田:そうなんですよね。だんだん街に人が増えてきていますし。

酒井:胸の中は、あいてもまた埋めたくなるんですかね。

石川「好きでもないし、ときめきもしないけど、新しいことをしてみる」

中川:コロナ禍で、zoomとかteamsでお話ができるようになったことで、可能性が広がったという想いはあります。従来だったら、たとえば私は取材に行ってお話を聞いて、それで文章を書くという仕事をしていますが、なかなかお目にかかれない地方にいらっしゃる方とか、海外の方ともオンラインでお話をして、本をつくることが可能だってことになったんで。実際、可能だったんです、何冊かそれで本を作ったので。個人的にはやっぱり直接お目にかかって、お話を伺って作りたいという気持ちがすごく強いんですけれど、だからといって、zoomやteamsを介して、できないわけじゃない。そういう可能性がみえたのは、コロナの中では収穫でした。

石川:なるほどね。まあ余白を作らないと、なかなか新しい試みってやりにくいですよね。

前田:「いっぱいいっぱい」って言葉がありますもんね。余裕と余白がないから、考え方がそこで停滞してしまったり、まったく違う方法論を探さなかったり、新たなチャレンジをする気持ちになれなかったり。

石川:やっぱり「胸があく」ためには好きでもないし、ときめきもしないけど、新しいことをしてみる。してみてはどうでしょうかってことでしょうかね。

一同:

前田:そうですね。好きでもないことをやってみるというのは、数字が苦手な私だったら、いきなり理数系のパズルをやるとか、そういうことかな(笑)。

石川:結果、それが好きになっちゃうこともありそうですけどね。

前田:ありますね、きっと。

石川:僕はサウナとかそうだったんです。全然(良さが)よくわからなかったんですけど、無理矢理やっていたら、好きになっていったというか。

前田:あれ、水風呂に入ったときに「整う」って感じ、ちょっとわかりますよね。

今田:他人の好きなものに、あまり考えなしにつき合うと、意外に「これっておもしろいんだ」とか「やっぱり私、絶対やらないだろうな」とか。でも、あんまり考えずに、他人の好きに乗ってみるのも、たまにはおもしろいかなと。

中川:他人と会食するのって、そういう楽しみがあるって言いますよね。自分では絶対注文しないけど、他人が注文していると「それ、どんな味?」とか「ちょっとちょうだい」とか、シェアしたりするから、自分の好きなものだけっていう偏りからちょっと幅が広がる、みたいな。でも、他人の好きに乗ってくれる友達はいいですよね(笑)。つき合ってくれるっていうのは。

石川:そうですね。もとに戻ると、偶然を含めていろんな人と出会えるかっていうのが、ひと時代前の合同ハイキングのいいところなのかもしれないですけどね。アプリだと、そういう偶然性が少ないかもしれない。

前田:そうそう、今って、たとえば、映画を観るのでもNETFLIXなどで自分の観たいもの観るでしょ。すごくいい時代になったなあと思ったんですが、実は私はテレビで偶然流れている映画が好きだったりするんですよね。そのときに観たいものかどうかじゃなくて。好きなものをいつでも観られるっていうのは、自分では考えもしなかったものとの出会い、偶然に出会う感動を軽く拒否しているのと同じじゃないかと思って。今の時代って、選択して決定するみたいなことばかりだから。「いつでも、どこでも、あなたの好きなことができますよ」って言われるのも、ちょっとどうなんだろうと最近、思ってます。

石川:う~~ん、やっぱり一つの対談をこうやって振り返るだけで、いろいろ考えるべきポイントが見えてきますね。やってよかったです。また次回もよろしくお願いします。

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