白央篤司さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理をつくること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、ご登場いただいたのは、著書『自炊力』が人気のフードライター、白央篤司さん。
オレンジページ本誌では、人気連載「白央篤司のマイペース自炊日記」を隔週で執筆中です。
「自炊力は経済面や健康面にも関わる総合的なスキル」「料理をつくらない自炊力もある」と語る白央さんに、人と料理とのいい関係とはどういうものなのか、料理との向き合い方について、お話を伺いました。

お話をうかがった人/白央篤司さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和 文/岩原和子


「自分でやってごらん」という母の誘導

酒井 今日は白央さんに、お料理とウェルビーイングの関係性についてお聞きしたいと思っています。自分でお料理を作っている人はウェルビーイングの度合いが高いという調査結果がありますが、たしかにお料理したり、みんなと食べたりすることがウェルビーイングにつながる要素が多いとは思います。でも一方で、お料理をしなければいけないという呪縛が自分のウェルビーイングを著しく損ねている、という言い方もできるのかなと。
そういう呪縛から解放されることも大切で、みんなが料理好きで、すてきな料理を作って、というのだけが「料理とのいい関係」じゃない。いい関係ってもっともっと幅広くあって、それぞれの人がいい関係を築けそうなところを発見できることが、ウェルビーイングへの近道なのかな、というふうに思っておりまして、そのあたりについてお伺いできればと。
では、まず、ご自身がお料理に興味を持ち始めたきっかけをお聞きしたいんですが。

「自分自身のきっかけというのは、よくあるパターンだと思うんですけど、母親がすごく料理好きで。小さい頃、家に世界の料理図鑑みたいな10巻組くらいの本があって、その本を絵本みたいに見るのが好きだったんですよ。

それで小学3年生くらいのときに、サラダ作りにハマったんですよね。なんか、きれいじゃないですか。ブロック遊びみたいに、野菜をこう置いたらきれいかな、おもしろいかなってサラダを作らせてもらって。その母親の本にホワイトアスパラガスのサラダが載っていて、これ、きれいだねって言ったら、母親がホワイトアスパラガス缶を買ってきてくれて、同じように作ってみたらって、やらせてもらったのを覚えています。野菜の置き方を変えたりしていろんなパターンを試すのがおもしろかったな。それが原体験ですかね」

酒井 じゃ、お料理に対しては、いいイメージといいますか、恵まれた環境といいますか、そういうところからスタートされた、ということですね。

「そうですね。気恥ずかしいですね(笑)。中学生のときに母親の雑誌にあった抹茶のムースを、食べたいから作ってよって言ったら、材料全部買ってくるから自分で作ってみたらって、また言われたりして。母親にだんだんうまいこと誘導されていったような気がしますが、とにかく母親は、作ってあげるっていうよりも、そこからもう一歩進んで、自分でやってごらんっていう人でしたね。

あと、うちの父親が「作り甲斐がない人でね」って。凝ったものとかシャレたものを好かないんですよ。母いわく「あのひとは湯豆腐とイカリングしか喜ばない」って(笑)。流行のものとかいろいろ試したいのに父は食べたがらない。なので子供は何でも食べる子に育てたかったみたいですね」

趣味の料理から暮らしと身体を管理する料理へ

酒井 それはお料理が好きな人からすると、ちょっと張り合いがないですね。じゃあ、そういうことがあり、そこからずっと白央さんは作り続けて、という感じなんですか?

「いえ。学生時代は楽しみの料理として、パスタに凝ったりタイ料理に凝ったりしてたんですけど、就職すると忙しくなっちゃって、時間の余裕がなくてほとんど作れなくなって。たまにストレス解消的にやることもあったんですが、ほぼ外食頼りでした。

そこから独立して30歳になったときに、とにかくお金をセーブしたいなと。フリーになって1年目に出版不況が強まって、お世話になっていた雑誌が3誌くらい休刊したりして、これは経済的にも考えなければと、自炊を見直したんです。

それまでは結局、趣味の料理だった。それが食材の使い回しを考えたり、その日安いもので料理しようと考えたりするようになって。いろんな食材に慣れていこうとか、余ったものをどうするかと意識的に考えるようになったのが、30代のはじめ頃でした」

酒井 ああ、そういう経緯で、まずは経済的な理由があったと。それでも単純に切り詰めるのではなくて、使い回したり献立を考えたりというところに、何か楽しんでいらっしゃる要素があったのかなと思うんですが。

「そうですね。やりくりする楽しさを感じていました。あれこれ買い込んでうまく使いまわし、冷蔵庫がだんだんきれいに空いていくの、嬉しくないですか? 野菜の保存術や冷凍に向くもの・向かないものとか、その頃よく勉強してましたね。

あと、私が26歳から30歳くらいまで契約社員でいた某出版社で、やっぱりみんな忙しいから飲み食いくらいしか楽しみがなくて、一回り二回り上の編集者たちがどんどん生活習慣病になっていくんです。で、ドクターストップがかかって、皆さん働き盛りで、稼いでもいるのに、食べたいもの飲みたいものが口にできない。
なんてつらいんだろうと。そうならないためには食事の仕方や栄養のことも考えないとな、とは強く思いました」

酒井 フリーランスになると会社に守られているわけではなく、本当にご自身の体が資本というところもあって、さらに健康や食習慣を意識されたんじゃないですか?

「病気によっては長いこと服薬が必要なものもありますし、医療費が継続的にずっとかかるのは経済的にも大変ですよね。食生活を気にしていたら病気に絶対にならないわけではないですけど、気にしていてもなってしまうのと、何もせずになってしまうのとでは違うと思ったんですよ、後悔の度合いが」

「自炊力」は料理ができるできないじゃない「生活総合力」

酒井 なるほど。節約であったり、生活習慣のとくに食生活の見直しというのがあり、では、そこからお料理をどういうふうに楽しまれるようになったのか……。

「基本的には、楽しみや興味を優先していましたよ。あまり厳しくやっても長続きしなければ、ですよね。大いに飲んで食べてでストレス解消することも大事ですもん。ただ、ハメを外したら翌日、翌々日は健康的な食事にする、休肝日をきちんと設けるぐらいの、ゆるやかな感じで。

30代は料理を楽しみつつ、仕事にしていこうと自覚した時期でもありました。いろいろな料理をいろいろな人のやり方で実際に作ってみようと思い、重点的にやっていましたね。そういう経験を増やせば増やすほど、取材したときの解像度も違うだろうと思って。様々な方の料理教室にも行くようになりました」

酒井 では、『自炊力』という、料理以前の食生活改善スキルの書籍刊行にはどう至ったんですか?

「たしか2017年くらい、自分のブログに『若い人たちに持ってほしいのは自炊力』ということを書いたんですね。なぜかと言えば、自分はもっと早いうちに料理する力だけでなく、使いまわして、経済的にも栄養的にも自分をまかなえる力を身に着けておきたかった、という思いがあったから」

「今どんどん社会とか経済とかが悪くなっているし、20代の子たちってお金をセーブする意識も高い。そんな中、高くないもので何か一品なりつくれて、食材を使い回せて、なおかつ栄養もケアできて、さらに自分好みの味つけができれば生活の質はものすごく上がります。

そういう生活総合力を持つことが大事だと思う、的なことをブログに書いたんですね。そしたら出版社の編集者さんがたまたま読んでくれて、これは一冊になると思うと言ってくれたんです」

酒井 おもしろいですね。料理以前の、賢く楽しく自分と向き合っていくサバイバルみたいな感じの。お料理っていうより食生活っていうか、そういう向き合い方なんですかね。

「ええ。最初はたぶん『点』を増やしていくことだと思うんですよ。ミートソース作れる、マーボー豆腐作れる、ギョーザ作れるって、作れるメニューが増えていってはじめて、『きょうはひき肉が安くて、冷蔵庫にある野菜は何々だから、〇〇をつくろう』という発想ができてくる。『点』が『線』になっていくわけですね。その線が縦横無尽になることが、日々の料理上手ってことだと思っていて。

なおかつ日々の料理って、これは足が早いから先に使おうとか。冷凍庫がいっぱいだからこれも使ってしまわなきゃとか、さらにはその日の気分や体の調子とも相談して献立を決めますよね。家族の好みだってある。すごく複合的な作業なんですが、このスキルってわりと世の中で軽視されがちなんです。みんなやってることじゃないの、何が大変なのって」

「誰しも苦手なことってありますよね。もう、考えるのもイヤというようなこと。料理がそうだという人もいっぱいいる。だけど人間、生きていくためには食べなきゃしょうがない。本当はしたくないけど、しょうがなくて料理している人も多いんです。『自炊力』を書くときにすごく大事にしたのは、そういう方たちがちょっとでもラクな気持ちになれるように、ということ」

「数学とか体育が苦手で、向き合うのがつらいって人がいるのは、理解しやすいと思います。私も、どちらも苦手。で、そんなふうにつらいものが、『私にとっては料理』という人もいるんだろうな、みたいに置き換えて考えることが大事だと思うんですね。なんでこんなこと考えてるかというと、『パートナーや子どもを愛しているのに、料理がつらい』『そんな自分はひどい人なんじゃないだろうか』みたいな悩みを抱えている人がいる、それも少なからずいらっしゃる。料理がつらい、苦手であるというケースでも、その原因は様々。そのへんが分かると、ラクも近づいてくるんですけどね。食の情報は世に溢れていますけど、料理が嫌い、という方がラクになれるような情報って少ない。そういう情報を発信することが、自分ができる仕事のひとつかなと今、思っているんです」

前田 家族を大事に思っていることと料理が嫌い、ということは別ですよね。

「自炊力」のゴールは人それぞれ、決めるのは自分

「私は、自分がなんで数学が嫌いかっていうのを言葉にできないです。嫌だから嫌なんですね。理由なく嫌いなもの、苦手なものってある。それでいいですよね。だけど『料理が嫌い』となると、言いにくい感じがありませんか。

『自炊力』を読んでインタビューに来てくれた人たちって、大抵女性でした。『私、恥ずかしいんですけど料理できなくて』というようなエクスキューズをつけて話される。恥ずかしいと思う必要ないはずです。でも、社会がそう思わせてしまう。

逆に男の私が料理をするって言うと、すごいねとか、男なのになんで料理できるの、なんて言われたり。ここ10年ぐらいかな、ようやくほぼ言われなくなってきましたけど」

酒井 お料理ができないことは悪いことではない。一方で、自炊力っていうものを身につけることは大切なことという……。

「そうですね。ある新聞社の女性記者が、私、女として料理ができないのが恥ずかしかったんですけど、『自炊力』を読んでから、大人として自炊力がないのは恥ずかしいなと思うようになりましたっておっしゃっったんです。私としては、恥ずかしいってことはなくて、自炊力はないよりあったほうがいいと思う、ということなんですけどもね。

取材スタッフに作ってくださった白央さんのお母様のふるさと新潟のお雑煮。クルミを擦りつぶし、出汁で伸ばしたものがたっぷり入ります。

私が思う自炊力の理想形って、自分の経済力の範疇で、なるたけおいしく栄養バランスよく作れる、ということ。人と暮らした場合、お互いが自炊力を持っているほうが、わかり合えたり、補い合えたりする。そういう意味でも、自炊力はあるといい」

酒井 自炊力を高めていくことが人生を豊かにしていくことと、どういうふうにつながっていくと白央さんは思いますか?

「その前に私がすごく申し上げたいのが、自炊力のゴールは各自で違うということです。レパートリーを増やして、なおかつおいしくっていうとキリがない。私は2、3品しか料理は作れないけど、そのローテーションで全然かまわないという人もいる。もしくは、ほとんど中食と外食でよくて、たまに気が向いたときに作れるぐらいでOKという人もいる。

『自分のゴールはどこにするのか?』を決めるのが大事じゃないかな、と。とにかく節約優先とか、栄養を第一に考えるとか、みんな違うじゃないですか。私の自炊の形はこれでいい、という方向性とゴールを考えてみる。何をポイントにしたいのか。そうすると足すべきことや、間引くべきものが見えてくるかな、と」

「それをかければ一発で味が決まるもの」を何種類か用意しておけば、あとは食材をゆでるか焼くか蒸すかだけでいいので便利、という白央さんの、嗅覚と人脈の賜物、調味料コレクション。

酒井 なるほどなるほど。自分の中で、ここまでできたら、たとえばサラダ一品できたら100点満点みたいな自己評価基準を決めておくと、すごく気持ちが楽になりそうですね。

「サラダをひとつ作れたら、具材を替えて何種類ものサラダが作れますよね。
うどんでもパスタでも何でもいいんですけど、ひとつできたらバリエーションは無限ですもん。ペペロンチーノが作れたら、トッピング次第でいくらでも派生するわけで。『私、何々しか作れない』って人に、そういうこと気づかせてあげたいな、なんて思いもあります」

前田 もっと言ったら、買ったもの並べても自炊力だ! っていうのは心強いところですよね。コンビニに行っても予算内に、とか栄養バランスとか考えられるようになればそれが自炊力。

白央さんちには猫が2匹いる。手前に写っているのが3歳になるたま子。

料理は自分と社会をつなげてくれるもの

酒井 私と料理の本当にちょうどいい関係って、やっぱりみんな違うんだな、違っていていいんだなと思いますね。

「そうですね。ホント、違っていい。みんなひとりひとり違う人間なんだし。なんなら料理とはあまり関係を持ちたくないって思うような方に届くような発信ができたら、と思っています。そういう人たちにこそ、栄養の情報とかは必要だと思っているんで。

栄養というとね、『こう食べないとダメ!』『栄養をおろそかにすると将来大変なことに』みたいな怖い振りむかせ方があるでしょう。脅迫ビジネスというのかな。私は、そういうやり方はしたくない。ライターとして、発信者として、地道に信用を上げていくしかないなと思っています」

酒井 健康のことやお金のこと、それから夫婦や親子を含めた人との繋がりのことって、人生100年時代の関心事として不安が絶えないところでもありますよね。自炊力はそのすべてに関わっているといいますか、自炊力があれば、10年後20年後も自分の状況、経済状況や健康状態に合わせた暮らしができる。まさに自炊力を高めることはウェルビーイングと深い関わりがあるように、お話を伺っていて思いました。

「作る時間がない、気力がわかないという人は現在もう、いっぱいいるわけです。それなら、作らなくたっていいんですね。無理するのがいちばんよくない。買ってすませればいいことで。ただそのとき、食べものをどう組み合わせるか、この一食内で足りないもの、多すぎるものはなんだろう、的に考えられる力があったほうがいいよね、と。そういう力が、私の思う自炊力なんです。

料理は、したいときに、できるときにすればいい。そういう気持ちでいると、無理なく食とのいい関係が築けていくと思うんです」

もう1匹の愛猫、グジュ。2匹とも保護猫なのだそう。

酒井 では最後に、白央さんにとってお料理とはどういう存在なんでしょう?

「自分と社会をつなげてくれるもの、かな。
日々の料理をブログやSNSに上げていたら、反応してくださる方がいて、そこから仕事にも繋がっていきました。私に書籍の話をふってくれた方はみなさん、SNSの食発信を見て連絡してきてくれた方ですし。

それと、料理は私にとってセルフメンテのツールでもあります。疲れたとき、弱ってるとき、あと……飲み過ぎた翌日とか(笑)、自分の食べたい味を自分で作れるということが大きな助けになっていて。私、みそ汁が大好きなんです。自分のやり方で作ったみそ汁が。それを飲むと心からホッとする。体がほどけるというか、リカバーできるというか」

酒井 その日の自分にフィットする料理がつくれる、組み合わせられるのが自炊力なんですね。で、「ああ、これこれ、この味!」って思うのが、一番幸せかもしれないですね。

「自炊力って、自分が必要なものを自分で調合できる力でもあると思う。そういう力は非常に自分を助けてくれるし、人生を紡ぐ元気をくれますね」


白央篤司 はくおうあつし
フードライター。「暮らしと食」や郷土料理をテーマに取材・執筆。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)などがある。オレンジページ、メトロミニッツ、CREA WEB、朝日新聞withnewsなどでコラムを連載中。