粋でおいしい、江戸あられ。

ワタクシが毎日をご機嫌に過ごせている秘訣。
それは、日々の暮らしに
「好き」がいっぱいあることだと思うのです。

たまに落ち込んで涙したり、
イライラもしますが、
すぐに自分を笑顔にしてくれる
大小さまざまなお気に入りが
身の回りにたくさんあるので
ふと気づくと
楽しく嬉しい気持ちになっているのが常。

ワタクシが能天気で忘れっぽい性格なのでは?
そんなご指摘もツッコミも、ごもっとも。

でも、ワタクシは自分の「好き」を
発見することを
誇らしく日々楽しんでいます。
密かな愛用品、贔屓の店、アガる味。
旅、人、音楽、映画など。
特別なもの、些細なもの、
高価なもの、チープなもの、
もしかしたら、取るに足らないものも!?

そんなワタクシの大切な「偏愛」を
この連載ではご紹介させていただきます。
お付き合いいただけましたら、嬉しいです。

撮影・文/池水みと


東大赤門と東大病院の近く、
文京区・春日通り沿いにある
「江戸あられ竹仙」は
1955年(昭和30年)創業。

こぢんまりとしながらも
昔ながらの佇まいを色濃く残し、
しっかり現役営業されている
この界隈では貴重な存在です。

店正面には
本富士警察署の信号と横断歩道。

信号機ができた時に
店先に人と自転車の往来が
かなり増えたため
入口を店の脇に移動したと
聞きましたが、

かつては通りに面した
木製サッシの戸を開けて
ガラスケース越しに
接客をされていたそうです。

表面が波打ったレトロなガラスの
向こう側にずらりと並ぶ
何十種類ものあられや煎餅には

いつ来ても、いつ見ても
胸が躍ってしまいます。

「江戸あられ竹仙」の
おかきと煎餅は、
米の香りがしっかりと感じられて
ワタクシは大好きです。

醤油や海苔は芳ばしく、
ついつい手が止まらなくなる
飽きのこないお味なのです。

買うことができるのは、
もちろん、ここだけです。

現在の「江戸あられ竹仙」は
客が瓢箪柄の青い暖簾をくぐり、
カウンター越しに店主に声をかけて
あられや煎餅を量り売りしてもらう
スタイルです。

通りに面したガラス戸側には
年季の入った扉付きの特注棚。

今は売れ筋のあられに
種類をかなり絞っているため
店の奥の棚の中は空ですが、

棚の上には、
ガラスの角猫瓶、丸猫瓶、地球瓶。
あられの入った一斗缶や秤、
そして大中小の贈答用箱。

長年ずっと変わらない配置で
静かに持ち場を守る
木製の什器の存在感のせいか、
狭いながらも、
どこか、ゆったりと温かく、
懐かしさの漂う空間です。

現在、常時店頭に並ぶのは
お煎餅 6種類。
あられ 27種類。

特筆すべきは、
海苔が巻かれたあられだけで
なんと6種類もあること!!

・品川巻(しながわまき)
・東男(あずまおとこ)
・紫小町(むらさきこまち)
・江戸錦(えどにしき)
・元禄(げんろく)
・のり羽衣(のりはごろも)

あられの大きさや硬さ、
海苔の大きさが異なると、
食感も香りも食べ心地も大違い。

海苔を巻くのは手作業なので
手間のかかりようは
容易に想像ができますが、

そうした手間と
海苔の使用量の違いから
海苔おかきの値段は
100g390円〜560円と
種類によって差があります。

なかでも
綺麗な女性を想起させる
「紫小町」と名付けられた
店で一番の値段がするおかきは、
細身のあられに
海苔がぐるりと巻かれていて
エレガントです。

長年のお客様たちのお好みと
あられの人気傾向を
お聞きしたところ、

多くの男性には、お酒にも合う
山椒や海老など味がしっかりある
硬めの食べ応えのものが人気で

一方で女性には、
あっさりとした白醤油味や
軽い食べ心地のもの、
ザラメつきなど甘いものが
好まれるのだとか!

ワタクシの場合は、
お気に入り定番2〜3種に
店頭で気になる2〜3種を加え、
つい欲張ってしまいます。

ワタクシがよく購入するのは、
とても軽いあられ生地に
極細海苔がついた「清元」。
三味線やバチのようなかたちを
しているので
常よりお世話になっている
三味線の師匠に差し上げると
いつも喜ばれます。

それから、
甘いお味の「かぶき好み」。
歌舞伎の定式幕とかけた
粋なネーミングで、
ワタクシはお気に入りの
紫色(紫蘇風味)ばかり
つい選んで食べてしまいます。

他には
噛みごたえのある海苔巻き「元禄」
ピリリと効いた「山椒」
そして細長い「素焼き」です。

そもそも
「江戸あられ竹仙」のあられには
化学調味料も添加物も
使われていませんが、
「素焼き」は味付けも塩分もナシ!

「本物のプレーン」なのです。

ですが、味気ないわけではなく、
むしろ素地のあられの風味が豊かで
じわじわと、
なんだか後を引くのです。

「素焼き」は
高血圧、肝臓病、腎臓病を
抱えている方でも
適量食べるには問題がないそうで、
多くのお客様に重宝されています。

店内には、塩分ナシあられに
感激した方からの絵手紙が
大事に飾られて。

病院でチューブに繋がれている父親に
それでも何か食べられるものをと
息子が「素焼き」を買って行き、
湿らせながら口に含むように
食べていくうちにチューブが外れた
というお話や

「江戸あられ竹仙」の
あられが大好きで
いつもたくさん買って周りに
配るほどだった女性が
癌になってしまった時に、
最期に本人の好物を食べさせたいと
ご家族がおかきを買いに来られた
というお話も。

そんなエピソードが山ほどある、
愛されている味、
愛されているお店です。

ワタクシがこちらに通い始めて
かれこれ20年以上が経ちますが
いつ訪れても、
どんな天気の時でも、

お店に立っているのは
店主の橘田晉(きつたすすむ)さん。

言葉少なで、
ニコニコを振りまくタイプの
方ではないので(失礼!)
最初は怖そうな印象でしたが、

実はとっても
律儀なお客様思い。

お店に通い始めた頃に
「いつもご自身がお一人で
店頭に立たれていて、
しかもほぼ年中無休。
なぜですか?
休まなくてもいいのですか?」
とお聞きしたことがあったのですが

思ったより丁寧に、
でもちょっぴりそっけなく

「遠くから上京して
わざわざ寄ってくれる
お客さんもいるからね。
年に数回しか来られない方が
せっかく来た時に
お店が閉まっていたら
申し訳ないからね」

さらりと一言。

その心意気に触れて
俄然ワタクシは
「江戸あられ竹仙」の
ファンになったのでした。

そんな店主は、
今も現役で店頭に立つ
御歳95歳。

実はワタクシの祖父と同い年。
そんなこともあって
お会いするのが嬉しい存在です。

今は妻の紀子さんも
一緒に店頭に立たれていて、

マスク姿で良ければ、と
今回初めてお二人のお写真を
撮らせていただきました。

そうそう
「江戸あられ竹仙」のあられは
包み方も素敵なのです。

いつもこうやって
数袋のあられをまとめて紙で包み、
輪ゴムを1本ぐるり。

シンプルで、無駄がなくて。
美しいなあ。

先日は、
九州の祖父にあられを贈るために
おまかせの箱入りを
ひとつお願いしました。

4種類のあられが入り、
慶事の紅白紐で結んであります。

本郷三丁目駅と湯島駅の間に
ちょうど位置する
「江戸あられ竹仙」には
天神さんのお祭りの行き帰りで
立ち寄る方も多いそうですが

クッキーや洋菓子に比べて
最近はお煎餅やあられが
好んで食べられなくなってきている
とも聞きます。

しかもコロナ禍で
すっかり冠婚葬祭が減り
贈答ニーズも減っているとか。

そう聞くと、つい、
しょんぼりした気持ちにもなりますが、

最近では、
安心したものを食べさせたいと
離乳食としてあられを買い求めに
若いパパママの子連れ来店が
増えているとお聞きしたり、

私が店主から話を聞いている間にも
小学校の頃にこの辺りに住んでいた
という60代くらいの男性が
懐かしんで立ち寄られていたり、

大型バイクに乗って毎月2、3回
決まって日曜日に買いにくる
お客様がいらして、いつも
友達用と自分用の「揚げもち」を
購入されるのよ、なんて
楽しそうなお話を伺うと、
嬉しくなります。

そう、こちらが「揚げもち」
軽い食感でサクサク!
油っぽさやしつこさがなくて、
これまた止まらないのですよ。
毎月はるばる買いに来たくなるのが
よくわかります。

紀子さんは、
「古臭い商売なのよね」と
つぶやかれますが

ワタクシにとって
「江戸あられ竹仙」は
何だか、とても真っ当で
ほっとするのです。

小さなお店ですが
素朴で優しい味わいが
多くの生き様と交差しながら
在る姿に
すごく安心します。

「ここにしかないもの」
「ずっと永く愛されるもの」

ここに来る度に
その価値をワタクシは実感して、
ニマニマしながら
たくさんのお煎餅とおかきを抱えて
帰路に着くのです。

【インフォメーション】

江戸あられ 竹仙(ちくせん)
東京都文京区本郷3丁目41-6

電話番号 03-3811-3268
営業時間 9:00-18:00(土日祝10:00-18:00)
日曜営業、定休日なし、年中無休

都営大江戸線・丸の内線「本郷三丁目駅」から徒歩5分
地下鉄メトロ千代田線「湯島駅」から徒歩10分

池水みと / MITO Ikemizu
鹿児島ルーツの東京育ち。プロデューサー・編集者・ライター。リクルート在職中にアロマセラピスト資格を取得。フリーランスになってから調理師免許を取得。築地・豊洲の目利きと一緒に日本の伝統的な魚食文化の魅力を紹介するワークショップ「おいしい塩干教室」を主宰。「東京すし和食調理専門学校」が欧州に和食文化を伝える研修活動など海外向けプログラムに企画・通訳で関わる。幼少期にフィリピン、高校時代にブラジルに暮らしていたことから、日本文化への興味が強く、趣味は三味線・茶道・和菓子作り。最近の関心事は健康と予防医学。夢は自作絵本の出版。