奈良 岳さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理を作ること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、ご登場いただいたのは、<流しのビリヤニ>奈良岳さん。
ビリヤニとは、インドを中心に作られているカレーの炊き込みご飯。
幼少期に、叔母さんのパキスタン人のパートナーが作ってくれた、そのビリヤニのおいしさに魅了されたそうです。
現在は、食のポップアップスペース(期間限定の出店スペース)のディレクションや、イベントの企画・運営というメインの仕事に携わるかたわら、
さまざまな店やイベントに出向く「流し」のスタイルで、ビリヤニを提供しています。
そんなユニークな活動を行っている奈良さんに、
ビリヤニや料理を作ることと仕事の広がりについて、お話をうかがいました。

お話をうかがった人/奈良岳さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和 文/岩原和子


母親の料理、そして幼少時からのキャンプ体験で鍛えられた味への試行錯誤力

酒井 まず、奈良さんがお料理を始めるようになったきっかけといいますか、料理に興味を持つようになった原体験みたいなものをお聞きしたいんですが。

「母親がすごく料理好きで、エンゲル係数が高い家だったんですよ(笑)。誕生日にはエスカルゴとパエリアが定番みたいな感じだったりとか。とにかく母親は積極的にいろんな料理にチャレンジしていましたね。
それに叔母のパートナーがパキスタン人でうちにカレーを作りに来てくれて、物心ついたときから家ではスパイスカレーが普通に出ていて、逆に一般的な日本のカレーは給食でしか食べられないみたいな状態でした。

そういう環境ではあったんですが、自分で料理をやらなきゃなと思ったのは、必要にかられて、ですね。僕は幼稚園の頃からボーイスカウトに入ってて、まぁボーイスカウトの団体によっていろいろ方針が違うと思うんですけど、僕は結構ハードコアめの団体に属していたんです。
そこでキャンプする中で、基本的に自分で料理しなきゃいけないんで、うまいものを食べるためには自分でうまいものをつくらないといけない。だから、最初は本当に必要にかられてなんですが、でもそれがすごく楽しくて」

インドから購入したビリヤニ鍋。送料込みで7000円だったそう。

酒井 子供がキャンプで調理するというときに、僕自身の記憶だと、お米が炊けたとか料理というものができた、ということだけで満足なんですけど、うまいものを食うために、というのはゴールが結構高い位置にありますね。

「そうですね。僕が所属していた団体は、一般のキャンプ場じゃなくて、山の中を開拓して生活するみたいな感じのスタイルで、ボーイスカウトの中学生の部になると月に2回くらいキャンプするんですよ。そのペースでやっていると約3年間でかなりの数のキャンプをすることになって、さらに夏のキャンプとかは1週間くらい野山に泊まるんです。

そうなるとキャンプすることがあたりまえで、キャンプ自体は目的になっていないというか、キャンプが生活の手段みたいになっていて。
生活することってあたりまえじゃないですか。じゃあ、それにプラスアルファどうクォリティを上げていくかというのを考えたときに、キャンプのクォリティアップってやっぱり料理なんじゃないかって思って、そのレベルを上げていくみたいなことをやっていたのかなと」

酒井 なるほど。奈良さんはお母様の血を引き継いでいると思うんですが、普段お料理をする際に、使ったことのない調味料を使ってみようとか、そういうのはどうですか?

「たしかに、いろいろなものにチャレンジしてみようというのはあるかもしれないです。
いろんな飲食店に食べに行くんですが、そのときにおいしかったものをどういうふうに作るんだろうって考えたりとか。
あと近所に発酵食品や食材の専門店があるんで、そこで、キャロットラペにいつもと違うお酢を使ってみたいんだけど、なんかいいお酢ありますかって聞いたりとか」

酒井 そのお酢に関してもそうですが、新しい工夫であったり、未知のものをお料理に取り入れてみようっていうのは、やっぱりご自身の中でそういうことを考えるのが楽しいから、なんでしょうか。どういう気持ちがそうさせているんですかね?

「いろんなことを試してみて、試行錯誤を重ねて、何かを作っていくみたいなところは、料理に限らず、すごく好きかなっていうのはあります。
自分は作ることが結構好きなのかなというのは、幼少期から思っていることで。要素と要素を組み合わせて何かしらを作っていくという意味では、今やっていることも、それこそ幼稚園のときのレゴブロックみたいなものと変わんないかなっていうふうに、ちょっと思っていて。その娯楽性というか、自分としての楽しさはそこにあるのかなとは思いますね。

飲食店を食べ歩いて、ビリヤニに活かせそうな要素を見つけるとちょっとうれしくなるし、いろんなところにヒントというか、活かせるものがあるんで、そういうものを組み合わせながら、よりおいしいものができたらいいなとは思っています」

左のずん胴鍋でゆでたバスマティライスをビリヤニ鍋に移す。

進化するビリヤニ、広がって深まる人とのつながり

酒井 そのビリヤニをご自分で作るようになったのはいつ頃からですか?

「大人になって実家を出てからですね。子供の頃、叔母が持ってきてくれるビリヤニがすごく好きで、叔母が来るたびに『ビリヤニないの』ってねだっていたような記憶があるんです。そのことをふと思い出して、そういえば最近食べてないなと思って、それこそ試行錯誤して作り始めた、っていう流れですね」

酒井 それで当時住んでいらしたシェアハウスで、ビリヤニをふるまうみたいな感じで?

「はい。ビリヤニは1回炊くとそこそこな量になるんで、試行錯誤するにも大量にできちゃうんですよ。だから同居人に食べてもらったり、近所の友達を呼んだりして、試食兼消化してもらうというか。
そのシェアハウスっていうのが、自分たちでDIYしながら作っていたんですけど、2階建てで1階部分が半分パブリックみたいな状態で。駅近だったので来やすいというのもあって、日常的にいろんな友達がたまっていたんです。なので、人を呼びやすい空間だったっていうのと、そこにある種のコミュニティみたいなのができていたっていうことで、声をかければすぐに人が集まってくる状態だったんですよね。

それで、あるバーをやっている人が食べに来て、これおいしいからうちの店で出してよ、みたいな感じで呼ばれて、っていうのをずっと数珠つながりでやっているような形ですね」

酒井 そこで奈良さんがビリヤニを披露すると、みんなおいしいと言って喜んでくれる。

「そうですね。おいしいおいしいと言ってくれるんですけど、いや、これはまだ、もうちょっとおいしくなるはずだとか思いながらやっていました」

酒井 でも、そういうふうに喜んでもらえると、すごく張りが出てきたりしませんか?

「まぁ、そうですね。こないだよりおいしくなったんじゃないかとか、改善が評価されるっていうのは、やっぱりうれしいですね」

酒井 なるほど。試行錯誤してアップデートされている実感というか。そういうふうに、改善を続けていく対象としてのビリヤニっておもしろそうですね。

「ええ。ただ、今ちょっとその改善に若干頭打ち感があって。“変数”的な要素が多すぎて。つまり、今までに50カ所くらいのキッチンでビリヤニを作っているんですけど、キッチンによって火加減が違うし、器具も違う。ビリヤニをある程度のクォリティに持っていくためには、そうした環境の違いに対応する必要があって、そこに注力しないといけないんですよね。
だけど、さらに味をブラッシュアップするには改善の、ここをこう変えたらこうなるなっていうのを、きちんと検証しなくちゃいけない。そういう段階にきていると思うんですが、今の“流し”のスタイルだとそこがなかなか難しいなっていうのが、正直な思いです」

酒井 環境の違いをカバーする必要があることで、ビリヤニの進化のさらなる伸びしろのところに、まだチャレンジしきれていないわけですか。

「そうですね。しきれていないところがあると思います」

酒井 おもしろいですね。でも、おいしいビリヤニの基準みたいなものを持っている人って、どれくらいいるんだろう。奈良さんのビリヤニで初めてビリヤニを食べましたっていう方もたくさんいらっしゃるんじゃないですか。

「たくさんいるんで、それはこちらとしてはありがたいです。その人にとっておいしいビリヤニの基準がないんで、ある意味ハードルが低くて、喜んでもらいやすいっていうのはあるかもしれないですね(笑)」

具と米を入れた鍋は、炊くときに小麦粉を練ったものでシーリング。

酒井 でも、その方は奈良さんのおいしいビリヤニから入ったことで、ほかのどこで食べても、あれ? みたいな感じになりませんかね。

「いや、どうなんですかね。僕が作っているのはあまりスパイスが強すぎないというか、入れるスパイスの種類を減らして、一つ一つのスパイスの複雑な風味をしっかり出していく感じなんです。一般的によくあるのは、スパイスがガツンと効いているみたいなタイプで、味わいに関してはちょっと別物なのかなと。そこは好みの差なのかなとも思いますし」

酒井 奈良さんがそういうビリヤニをめざすっていうのは、“ビリヤニは炊き込むことでスパイスの風味が楽しめるものですよ”というような、何か奈良さんなりのビリヤニ論みたいなものがあるからですか?

「はい、そうですね。強いて言えば、ビリヤニって香りがいい食べ物で、香りを生かしていくみたいなところがすごく重要かなと思っているんですよ。
だから、たとえば、これはこうやって食べたほうがおいしいよねという食材を、わざわざビリヤニにしてる感が出ちゃうのは、僕としてはちょっと嫌だなと。ビリヤニにすることによってよりおいしくなる、とくに香りに関して、ビリヤニを媒介にしてより香りが立ってくるようなところをめざしていけたらいいなと思っています」

副業の<流しのビリヤニ>が本業で発揮する説得力

酒井 ところで奈良さんのお仕事っていうのは、やはり何か創意工夫みたいなことを求められるようなものなんですか?

「今メインでやっているのはCOMINGSOONっていう渋谷パルコに入っているポップアップスペースで、さまざまな企画を1週間単位でまわしているのですが、イベントを企画するという意味ではそうなのかな? 一つの軸があって、それをどういうふうにしたら多くの人に知ってもらえるかとか、世間のニュースになるかというのを考えてはいますが……」

酒井 企画を立てて、そこを訪れた人にどんな体験というか、どんな新しいものを見せようかっていう、そういう意味で、何かビリヤニと重なってくるところがありますね。

炊きあがったチキンビリヤニ。

前田 奈良さんの場合、そちらが本業で<流しのビリヤニ>は副業ってことになるんでしょうか?

「そうですね。副業っていう形になるかと思います。まぁ、でも、個人的にはなんか趣味の延長みたいな感覚で、それが結果的に副業になっているというか。
なんかちょっとややこしいんですよ。メインのCOMINGSOONがあって、それから下北沢のBONUS TRACKっていう商業施設のイベントの企画を業務委託でやっていて。プラスアルファの仕事としてビリヤニがあるみたいなイメージですかね」

酒井 これは勝手な見解というか持論なんですが、副業とウェルビーイングはすごく相性がいいなと。メインの仕事の中でウェルビーイングを追求しようとするとしんどい部分がありますが、副業を始めることによって、収入以外の面でも、たとえば人との出会いがあったり、これはビリヤニに活かせるなとか考えて、生活に張りが生まれたり……。

「たしかに視点が一つ増えるみたいな感覚はあるかもしれないですね。
それにビリヤニを呼んでいただくことで、そこのお店のコミュニティの人たちとも関係性が持てるというか、親しい知り合いが増えるというか。ビリヤニを食べに来てくれた人がまた別の店に呼んでくれたりして、ビリヤニによって人間関係が連鎖的にどんどん広がっていくところはあるなと感じています。
それが本業の関係にもつながったり、本業でつながった人がビリヤニを呼んでくれたり、人間関係のいい流れみたいなのができているのかな、というふうには思っていますね」

前田 奈良さんは最初、街づくりに関するお仕事をされていたんですよね。そこから料理っていうと結構跳んでる感じがするんですけど、副業をやりたいなっていうときに、本業に近いことをやるのってあんまりおもしろくないんですかね?

「僕が新卒で入ったのは、街づくりとか建築のプロデュースをやっている会社で、最初、街を楽しくするようなことをやりたいと思って入社したんです。そこでは行政に街の開発の提案をしたり、構想を練ったりとか、街を俯瞰的に見てトップダウンな開発をしていくような考え方をしていて、ある意味、街の開発の上流みたいなところだったんですね。
そういう視点はもちろん重要なんですが、そこから自分の身体感に落とし込んでいくみたいなことが必要だなと思って、それで自分の場所を持ちたいっていう意味で、シェアハウスを自分たちでDIYで建てたりしたんですけど。

空間を作るときにはいろんな人が関わっていますよね。街全体を企画する人はもちろん、物件を紹介する不動産屋もいるし、内装のデザイナーや施工会社もいるし、そこで店をやる人もいるし。いろんなレイヤー(層)の人がいる中で、それぞれのレイヤーに対して自分はどんな関係を持てるんだろう、自分だったらどんなことができるんだろうというようなことを考えていった結果、みたいなところなんですよ、これまでやってきたことって。

一番上流の部分は間近で経験して、空間を作っていくようなことも素人なりに経験して、COMINGSOONでは商業的にPRすることや小売の部分、店舗の運営なんか経験して。その中でビリヤニの立ち位置って一番下流にあって、飲食店の立場で自らコンテンツを育てるみたいな意味合いが強いなと思うんです。

それで、たとえば自分が何かしらの場をつくって、じゃあどんなテナントを入れるか、何のイベントをするかというときに、自分がコンテンツを持っている1プレーヤーだとしたら、最悪自分でやればいいしという意味で、すごく楽だなっていうか。
それに説得力になるじゃないですか。自分が誰かを誘うときに、自分もコンテンツを持っていて、それでそこそこしっかりやれているとしたら、説得力がすごく強いなと。

そんなふうに、いろんなジャンルやレイヤーを横断的に経験することで、全体的に見ることができて、それぞれの人に対して寄り添うこともできるようになれるかなと思ってやっていました」

今回“流し”た場所は下北沢BONUS TRACK。素晴らしい香りが漂い、その香りに誘われてお客さんが続々と。

酒井 やはり、ご自身でちゃんと完結するコンテンツを持っているというのは説得力があると思いますし、今のお話からすると、街づくりにおける奈良さんの中の、最小単位として位置づけられているのがビリヤニなのかなと。

「そうですね。街における一軒の店の価値っていうのは結構大きいなと、昔から思っているんですよ。大学生のときにいろんな地方にふらーっと遊びに行って、地元の人たちが集まる店を探して、そこで地元の人に酒をおごってもらったり、ということをやっていたんですけど、一軒の店からそこのコミュニティに入っていって、自分の居場所を作っていくみたいなことって、街の楽しみ方の一つだなと。
そういう意味で店は重要で、ビリヤニで店をやるのもおもしろそうだとは思っているんですけど。そういった街の楽しみっていうのを作っていけたらいいかなって」

自分の好きなものが自分で作れて食べられるって、すごくウェルビーイング

酒井 では最後の質問ですが、奈良さんにとってお料理とはどういう存在でしょうか? というと抽象的ですが、お料理することでもいいし、食べることでもいいですし……。

「こないだ友達と話してて、ふと言われたことで、ああ、たしかにそうかもしれないなって思ったんですけど、『奈良くんってさぁ、メシと酒のことしか考えてないよね』って言われたんですよ。あの店がうまいとか、この酒がうまいとか、そういうことがいつの間にか頭の中を支配していて、常にそんなことばっかり考えてるのかなって。
料理をすることもたぶんその一つで、それが楽しみでもあるし趣味でもあるし。まぁ基本的に楽しいのかもしれないですね。それは自分が食べることもそうだし、自分が作ることもそうだし、誰かに食べてもらうこともそうだし。……これって答えになってますかね?」

酒井 なっていますよ。すべてがつながっているんだなって思います。料理を改善してビリヤニの進化を考えて、その進化のための気づきを与えてくれる別ジャンルの食べ物も楽しむ。そういったものから奈良さんのビリヤニが進化していくことで、街の中の最小単位としての個性が磨かれていく。そういうことをずっと行き来しつつやっているんだなと。

前田 お料理ができるのは本当にいいことだって、今、奈良さんの話を聞いて思いました。

「僕はいつも好きなものを食べていたいし、おいしいものを飲んでいたいんですけど、それが常に自分で作れたらすごくいいなって、やっぱり思うんですよね。たぶんビリヤニもそれかな。あと、昔からカヌレが好きなんですけど、最近ちょっとカヌレにチャレンジしてみるかみたいなことも思ってて。
自分が好きなものが常に自分で作れて自分で食べられる、というような状況って、すごいウェルビーイングだよなって思うところはありますね」

酒井 なるほど、わかった。奈良さんのお料理ってプロジェクトなんだと思いますね。お料理をプロジェクト化していくってすごくおもしろいですね。

「そうですね。最近忙しくて試行錯誤ができていないんですけど、そういうプロジェクトみたいなことを増やしていけたら最高だなと思います」

ビリヤニにはレモンとヨーグルトを添えて。

流しのビリヤニ
奈良岳
<流しのビリヤニ>は、奈良岳によるビリヤニ炊き出し活動。叔母の配偶者がパキスタン人であったことで、幼少期にビリヤニの美味しさに取り憑かれる。流しのスタイルでさまざまな店やイベントでビリヤニを提供し、その美味しさを広めている。Instagramで今後の出店情報を発信中。
Instagram:https://www.instagram.com/strolling_biryani/