ウェルビーイングの鍵はパーソナルモビリティにあった!

コロナ禍でつくづく実感したのが、移動を制限される日常の退屈。
ずっと前からそんな思いを心の奥底にしまい込んで、我慢を強いられてきた人たちがいる。
脚に不自由を抱えていたら。
運転免許証の返納を迫られたら。
年齢を重ねて歩行がつらくなったら。
何歳になっても自分の意志で自由に移動したいと思うのは、決して贅沢ではないはず。
そんな私たちの思いを、近距離モビリティの会社WHILLが叶えてくれるかもしれない。

お話しをうかがった人/株式会社WHILL:赤間 礼さん(事業開発・戦略室)、菅野絵礼奈さん(マーケティングコミュニケーション部)
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/小林みどり


━━━WHILLは電動車椅子の会社だということですが、まずは創業ストーリーからお聞かせください。

赤間さん(以下、赤間)「『100m先のコンビニに行くのをあきらめる』という一人の車椅子ユーザーの声がきっかけでした。車椅子でコンビニまで行く道中には悪路や段差などの物理的なハードルに加え、“車椅子に乗っている人”として周囲から見られる心理的障壁がありました。

テクノロジーとデザインでそれらを解決できると考え、杉江をはじめとする創業者メンバーで、誰もが乗りたくなる、革新的な一人用の乗り物(パーソナルモビリティ)を作ろうと決心し、WHILLが創業しました」

株式会社WHILL:赤間 礼さん(事業開発・戦略室)

━━━“すべての人の移動をスマートにする”というビジョンが新鮮ですね。

菅野「世界中のプラットフォームを作ることを最終的なゴールにしています。
移動の大切さを多くの方が実感したのは、コロナ禍のときだったのではないでしょうか。世の中で移動が制限されることで、メディアでもうつ病や認知症、フレイルが進行するといった話題がよく上がっています。

“移動”が脳の幸福の神経回路を強化するという海外の研究結果がありますが、感覚的にも、「移動」が心身の健康のためにいいことは、コロナ禍を経てさらに実感できるようになったと思っています。

昨年、経済産業省が実施したプロジェクトで、全国の5地域で電動車椅子を利用する実証実験をしました。実証実験の使用前では、「電動車椅子に乗ると歩けなくなってしまうんじゃないか」というイメージをもっていた被験者のみなさまも、実際に使ってみて「外出頻度が上がった」「外出する自信がついた」といった結果が出ています。

またWHILLも新たな実験をしようとしています。実は、車の運転は、周囲の状況に気を配り、適度な緊張感を保つ必要があるため、注意力や判断力を鍛える効果があると言われていて、そのため運転免許を返納した人が急に認知症を発症したり、その症状が進行したりすることもよくあるそう。WHILLの運転時も同じように脳が活性化されるのではないか、車の運転時と同じ脳の動きをするのではないかという仮説があり、比較検証する調査研究も始めたりしています。

人生100年時代、自動車の免許返納の問題は避けて通れない問題です。70歳、80歳を過ぎて免許返納した瞬間から移動手段が制限されてしまいますが、クルマ社会でクルマがないと生活に困ってしまう地域も日本にはまだまだたくさんあります。そういった方々の移動を助けたいとも考えています」

菅野絵礼奈さん(マーケティングコミュニケーション部)

赤間「移動手段というだけでなく、WHILLを使うことで、その先のライフスタイルがどう変わるか、に注目しています。“移動”の先にある“移動の自由のあるライフスタイル”をもっと楽しんでもらいたい。そこを見据えて、商品やサービスの開発を行っています。」

━━━ライフスタイルを見据えるというビジョンが、テクノロジーだけでなくデザインも重視しているところに現れているのでしょうか。

赤間「そうですね。ただ単に移動できるだけでいいのなら、無機質なデザインでAからBに行けるだけの単なる便利な製品になりますが、それでは楽しくありません。

自分が好きなデザインや色の製品を使うのは、ライフスタイルを楽しむ上では欠かせません。使っている時にワクワクするような、外に行きたくなるようなモビリティで楽しく移動する。移動をライフスタイルと捉えると、デザインは非常に大切です」

━━━「ついに私も車椅子に乗るようになってしまったか」という最後の乗り物ではなく、新しい世界につながりたい、日々の暮らしを楽しみたいからパーソナルモビリティを選んでいると。

赤間「はい。よくメガネにたとえるのですが、かつてメガネは視力が落ちてしまい仕方なく使っていて、周りからからかわれることもあったネガティブなアイテムでしたが、今はおしゃれなファッションアイテムとして、ポジティブなアイテムに変化しています。さらにARスマートグラスなども出てきて、本来のメガネの域を超えたものになっています。
電動車椅子も、そういう道をたどってアイテムの価値自体が進化してほしいと思っています」

「WHILL Model F」はコンパクトで軽量、小回りもきき、折りたたみもできる最新機種。

━━━ユーザーの方からはどういった声が?

菅野「外出頻度が上がった、より外出したくなった、などのお声をよく聞きますね。
それに、外出する目的を探すようになった、お出かけしたいからどこへ行こうかなと行く場所を探してしまう、といったお声も非常に多くいただいています。

まだ歩けるのに電動車椅子を使うというと、歩けなくなるのでは? と思いがちですが、WHILL社のアンケート結果では実際には「歩行能力が変わらなかった」という方が8割以上でした。むしろ、リハビリに行くために利用したり、公園で運動するための移動手段として利用するといった使い方ができます。
なので、車椅子というよりは自転車のような存在。電動アシスト付き自転車に乗って体力が落ちると感じる人はあまりいないと思います。それよりも、電動アシスト付き自転車に乗って自分の行きたい場所に行けて、自分の活動範囲が広がると前向きにとらえるのではないでしょうか。

━━━移動できるようになったから目的を探すようになった、というのがおもしろいですね。目的があるから移動するのが一般的で、従来型の車椅子はそれを助ける移動手段だと思うのですが、WHILLはそれとはまったく逆のベクトル。そこから目的を広げ始める、だからこそパーソナルなモビリティなのですね。

赤間「そうですね。A地点からB地点への移動手段ではなく、WHILLを使った移動自体もライフスタイルととらえる所以(ゆえん)がここにあります」

菅野「新製品の『今日はWHILLでどこ行こう 折りたためるモビリティ、WHILL Model F』というキャッチコピーが生まれた背景にも、そういった想いがあります。
軽量で折りたためるWHILL Model Fがあると、あえて目的を探しに行く、お出かけがもっと増えるなどといった、心身ともにより軽やかなライフスタイルを送ることができる。マイナスからゼロじゃなくて、ゼロからプラスになるような毎日を送れるんだ、ということを伝えたく、実際にお客様の声から発せられるような言葉をメインのコピーにしました。

また、日常はもちろん、非日常のシーンにも気軽に使える日額制のレンタルサービスを2021年11月からスタートしています。

弊社は創業時からユーザー様のお声を聞いて製品を作りたいというのを徹底していますが、WHILLを旅行に使いたいという声を非常に多くいただいていました。国内旅行ですと二泊三日がボリュームゾーンなので、一ヵ月ではなく日額でのサービスをご提供したいと開発しました。

自分が歩くのが遅いからと家族との旅行をためらってしまったり、旅先での長距離移動を伴う観光のときに“私は部屋で待ってるわ”と言ってしまう方も、家族と一緒に行動でき、気を遣わず、ためらわずに旅行に行けるようになったらうれしいですね。

日額レンタルは、ご自身で先方に確認していただければホテルや現地での受け取りも可能です。自宅で受け取ってタクシーに積んで空港へ行き、飛行機に乗ることもできますし、旅行先のホテルで受け取ることもできるので、旅行プランに応じて柔軟に活用できるのではないでしょうか」

━━━なるほど。それはいいですね。近距離移動ということですが、WHILLで移動する距離はどのくらいでしょうか。

赤間「1回のお出かけで往復2~3kmの距離を乗られる方が多いですね」

菅野「近所の買い物や通院のために、という使われ方が多いですね」

赤間「今後は、自転車や自動車に代わる新たな移動手段としても、安心安全に、楽しく移動できるWHILLをもっと普及させるとともに、さまざまなユーザーの方に使っていただけるようなモノとサービスを展開していきたいです」

━━━自動車の免許返納にもかかわってきますね。私も地方に住む両親を説得しているところですが、自転車は転倒が心配ですし、本人はまだまだ元気、まだまだ歩けると思っているのに車椅子をすすめるのもためらいます。そんなときの代案になりそうですね。

菅野「免許返納については弊社もいろいろ推し進めています。
自動車ディーラーにWHILLの代理店になっていただいていまして、2021年6月は16社だったのが3か月で全国31社に拡大、今もどんどん取扱い店が増えている状況です。

自動車ディーラー各社では、免許を返納した方の顧客離れが起きていて、その先の75歳、80歳以降の移動手段としてWHILLをご提案いただいているわけです。

この秋、全国31社の自動車ディーラーと一緒に、『クルマって、〇〇だ。WHILLだって、クルマだ』という免許返納をポジティブに後押しする取り組みも行いました。“クルマって、〇〇だ。”とし、○○にあたる言葉を各社自由に入れていただいたところ、○○には「エナジー」や「自由」など各社特有の車への想いを表現していただき、全社一丸となって盛り上げていただきました。免許返納が増えている一方で、ほかの移動手段がなく街中に行くのに抵抗がある、ためらうという方もいらっしゃいます。
直感的に運転でき、悪路も室内も走れるWHILLを、そういった方々に重宝してもらえたらうれしいですね。

代表の杉江は日産の出身で、他社の自動車メーカーのデザイナーも開発に携わっています。見た目や乗り心地に、クルマのワクワク感が継承されているのではないでしょうか。走りの楽しさとか乗るワクワク感を継承した“WHILLだってクルマ”なんだぞ、と(笑)。もちろん実際の走行距離などは自動車とは比べられないのですが、免許を返納した方が近距離を移動するときの手段にはなります。」

赤間「WHILLは“安心安全”も非常に重視しています。頑丈で壊れないといったハードウェアの安全面はもちろん、それに付随する安心サービスとして、充実したアフターサポートや緊急時に駆けつけてくれるロードサービス、保険などをご提供しています。
このようなWHILLのサービス全体で、安心安全な移動を提供していきたいです。すべての人の移動を楽しくスマートにするというWHILLのミッションを達成する上で、安心安全は必要不可欠な要素だと考えています。」

━━━そうなると、道路の状況や制度なども変わっていってほしいですね。

菅野「そうですね。杉江はよく、つるつるの地球が理想だと言っています。道路の問題やさまざまな障壁すべてがなくなって、国内でも外国へも、自分の行きたいところに自由に行けるという意味の、つるつる。どこまでもシームレスに、ストレスなく行けるような地球が理想ですよね」

赤間「現在、国内にとどまらず20以上の国と地域でサービスを展開しています。

制度としては、速度に関してですね。現在、国内では電動車椅子は時速6km、小走りくらいのスピードが法律上の上限速度となっています。今まで時速60kmで自動車を運転していた人が急に時速6kmになると、速度の面で物足りなく感じてしまう。
移動は目的地に早く行くということも大事になってくるので、もう少し速度をあげられたらもっと便利になるのではないかと思います。

最近は電動キックボードなど、電動のモビリティに対する規制緩和の動きがあるので、電動車椅子の制度も変わっていくのではないかと感じています」

━━━制度が変わればつるつるの地球の実現も早そうですね。御社には電動車椅子の製造販売のほかにMaaS*事業部があるというのも、つるつるの地球のビジョンをうかがうと納得です。

赤間「自動運転モビリティサービスと言いまして、空港や病院に WHILLが独自に開発した自動運転・衝突回避機能などを備えた自動運転モデルを展開しています。
実際に導入いただいている羽田空港はターミナルが広く、搭乗ゲートによっては保安検査場から歩いて10分ほどかかる距離がありますが、自動運転モデルではWHILLに座っているだけで搭乗口まで楽に移動することができます。自動運転なので、車椅子を押す係の人や介助者がいなくても1人で搭乗ゲートに行くことができます。」

菅野「導入した時期がちょうどコロナ禍で、ソーシャルディスタンスを保てるという意味でも注目をいただいています。介助者が近づかなくても、自分ひとりで移動できるので」

━━━それは新しい試みですね。ほかに競合している企業はあるのでしょうか。

菅野「弊社と同じ価値を提供している会社としては、競合はいないと思います。競争相手のことを研究してそれよりいいモノを作るというのではなく、自分たちが提供したい価値をしっかり製品にのせて届けるという発想がとても強いです。新たな市場を創っていくという意識ですね」

赤間「世界を見ても、電動車椅子の企業はたくさんありますが、WHILLのようなビジョンを持ち、サービスを展開している企業はありません」

━━━御社の社員が疲れた日はWHILLに乗って帰ると聞いたのですが。

赤間「そうですね。私も通勤で使っています。」

菅野「私も疲れたときに乗りたいなとよく思っています(笑)」

赤間「言葉ではなかなか伝わり切らないと思うので、一度ぜひ試乗してみてください。楽しいですよ」

WHILL Model Fのカラーは全5色。好きな色が選べるというのもWHILLならではの発想。

※MaaS(マース)=人の移動をより便利にするサービスや仕組み

【インフォメーション】

WHILL株式会社
2012年に創業。近距離モビリティ(次世代型電動車椅子)の開発・販売と、それを利用した各種サービスを展開。個人向けのレンタルサービスのほか、空港や病院向けに近距離をスマートに移動できるプラットフォームを提案。
https://whill.inc/jp/