職場の世代間ギャップを埋める学び合い

文/福澤 涼子
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 副主任研究員
専門分野は、住まいや地域・職場での世代間交流、子育てネットワークなど
イラスト/ながお ひろすけ


職場での年齢のダイバーシティが進む

定年延長などにともない、職場における年齢の多様化が進んでいます。これまでは10代後半から50代までの社員のみで構成されていた職場も多かったかと思いますが、現在では60代や70代の人と同じ職場で働くことも珍しくありません。
人生100年時代では80歳まで働く人が増えていくことも予想されていますので、職場には20代から80代まで様々な年齢の人びとが集い、コミュニケーションを取りながら事業をすすめていく・・・そのような未来が待っているといえます。

一方で、私たちの多くの人が年齢にもとづく偏見や差別感情を持っています。たとえば、高齢者に対して「新たなアイディアは生み出すのは難しいだろう」「この価値観は理解できないだろう」などと考えてしまった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。逆に、中高年者が若者に対して「最近の若者は根性がない」と感じたことがあるかもしれません。

こうした年齢に基づく偏見や差別感情は「エイジズム」とも呼ばれ、世界中の多くの人が持っている差別の1つだとWHOは警鐘を鳴らしています。こうした差別感情が蔓延する職場では、異世代同士が気持ちよく協力し合って働くことは難しくなります。そのため、年齢のダイバーシティが進むこれからの職場においては、こうした年齢差別をいかになくしていくかが、組織の生産性の向上や職場の魅力向上の意味でも非常に重要な意味をもってくるのです。

世代間のギャップをうめるための会話の機会は減少

当たり前の話ですが、20代と70代では50年ものギャップがあり、経験や若い頃の記憶、それらにもとづく価値観などが大きく異なります。それらの違いが、しばしば職場の世代間ギャップとして扱われ、最近の若者の傾向といって批判したり、逆に中高年の考えを古い価値観と決めつける風潮が見られます。しかし、そうした批判を繰り返していては、年齢差別を助長し「どうせわかりあえない」と世代間の理解を妨げることにつながってしまいます。

そのような世代間のギャップを埋めるために有効なのが、コミュニケーションです。しかし、職場の親睦を図る飲み会やランチといったコミュニケーションの場は減少傾向にあり、特にコロナ禍を経て大幅に減ってしまいました。また、就業時間中であっても、昨今は効率性を求められることが増え、雑談をする余裕がないという人々も多いでしょう。年功序列の色が強かった時代には、双方が望んでいたか否かは別にして、長い就業時間に加えて終業後・休日などのプライベートの時間にも、上司や先輩である中高年社員と若手社員が共に過ごすことも多くありました。近年そうした機会が少なくなり、世代間のギャップを埋める機会が極端に減っているといえます。

では実際に、職場における世代間の交流はどの程度行われているのでしょうか。図1は仕事をしている40代~60代の男女の、「下の世代との会話の頻度(※ただし、この会話には業務上必要な報告や接客は含まれません)」をたずねたものです。どの年代も下の世代との会話の頻度について「ほとんどない」と回答する割合が高く、特に50代は4割以上が「ほとんどない」と回答しています。そもそも職場に下の世代がいないというケースも考えられますが、下の世代との会話の機会を日常的に持っている中高年者はそう多くはないといえるでしょう。

「学び合い」が世代間の会話のきっかけに?

そのような状況でも、「下の世代の人ともっと会話をしたい」と考える積極的な中高年者がいます。それは、下の世代との会話に「学び」があると捉えている人たちです。図表2は、下の世代との会話は学びがあると考えているか否かによる、会話意向のグラフです。「自分より下の世代の人との会話によって学ぶことがある」と思っている中高年者ほど、会話に対する意向が高くなります。学ぶことがないと考えている層と比較すると、その差は明らかです。これは、若い世代でも同様の傾向が見られます。
つまり、世代間の会話や交流を増やす1つのきっかけとして、「世代間の学び合い」を意識することが重要なポイントになるのではないでしょうか。

世代間の違いを活かしたリバースメンタリングとは

従来、職場での学びとは、年長者がその豊富な経験にもとづいて、若手社員に技術や知識を伝達していくことが一般的でした。そのため、「学び合い」と言っても、下の世代から学ぶことなどあるのか?と疑問をもつ人も少なくないでしょう。実際、中高年者のおよそ半数が「下の世代の会話から学ぶことはない」と考えています。

一方で、自分より下の世代から得られる学びの効果が、注目されるようになってきたのをご存じでしょうか。その例として「リバースメンタリング」という制度を取り入れる会社が、世界、そして日本国内の企業でも増えてきました。リバースメンタリングとは、その名の通り職場での立場をリバース(逆転)させて、メンタリングを行うというプログラムのことを指します。

たとえば、月に1回のメンタリングの時間を使って、マネジメント層などの年長社員が新入社員や若手社員からIT関連の知識や最新の価値観、考え方を学びます。この学びを活かして、新しい事業の展開や働きやすい職場づくりのヒントにするのです。変化の激しい時代において、これまでの経験にもとづく経営判断やマネジメントのやり方だけでは十分でないケースが多々あります。若手社員の新しい視点や考え方から学ぶことで、思いもよらない発想や価値観に出会い、イノベーションのきっかけをつかむことも期待できるのです。

また、教える立場の若手社員にとっても、リバースメンタリングに参加することにはいくつかの利点があります。たとえば、ビジネス用語や業界の慣例を学ぶ機会になったり、目の前のタスクだけでなく全社的な視点でビジネスを考えるきっかけにもなります。さらに、年長者に意見を伝えるという緊張感のある経験を通じて、プレゼンテーションスキルの向上も期待できます。
さらに、組織全体にもメリットがあります。特にヒエラルキーが強い組織では、リバースメンタリングに参加する人が増えることで、世代を超えたコミュニケーションが促進されると期待されています。これにより、よりフラットで風通しの良い組織文化が形成されるでしょう。年齢のダイバーシティが高まる職場では、世代間の理解を深めるための有効な手段と考えることができます。

世代間ギャップが大きいほど学びも大きい

リバースメンタリングは、世代間の違いに着目し、その違いから学ぼうという取り組みです。そのため、できるだけ年齢が離れている人をマッチングしたほうがその効果も大きいでしょう。その分、最初はお互いの発言への違和感は大きいかもしれませんが、相手を否定せずに、違いを尊重するコミュニケーションが何より大事になります。

こうしたことは、リバースメンタリングのプログラムに限ったことでありません。互いの違いを尊重し、その違いから何かを得ようという意欲さえあれば、世代をまたいだ会話は沢山の学びをもたらしてくれます。年齢の上下にかかわらず、異なる世代の相手から学びを得る視点で、世代の異なる人と会話をしてみるのはいかがでしょうか。