「食の循環とウェルビーイングの深い関係とは?」(ゲスト:たいら由以子さん/ローカルフードサイクリング株式会社代表)

これまでになかった視点や気づきのヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第31回のゲストはローカルフードサイクリング株式会社代表/LFCコンポスト代表のたいら由以子さんです。「栄養循環」をキーワードに、バッグ型コンポストを考案したたいらさん。自分たちが少し行動を変えることでどんな成果が見え、社会にどんな良い影響をもたらすのか? 考えているよりも試したくなる、ステキなお話がうかがえました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/登 万里子
文/中川和子


たいら由以子(たいら・ゆいこ)さん
福岡市生まれ。大学で栄養学を学んだ後、証券会社に入社。結婚後に地元の福岡に戻り、父親との別れをきっかけに「栄養循環」を半径2㎞単位で作ることで持続可能な食の仕組みを構築することを決意。1997年よりコンポストの普及とコンポストの人材育成事業を展開する。ローカルフードサイクリング株式会社代表、LFCコンポスト代表を務める。


都会の人も参加しやすい「バッグ型コンポスト」

酒井:たいらさんは「半径2㎞の栄養循環」という言葉を掲げて、そのためのさまざまな活動をされているということですが、活動内容やお仕事内容を教えていただけますか?

たいら:はい。私は台所から始まる栄養の循環をつくる活動をしています。食事を作ると生ごみが出ますが、それをコンポストで土に変えて、その土からおいしい野菜を作る。この循環をつくるためのコンポストを専門とした仕事です。

酒井:半径2㎞という範囲はどうして?

たいら:30年ほど前から活動を続けている中で、自分ごととして捉えられる範囲で循環を実感していくことが、参加者を増やしたり、楽しさが広がると考えたんですね。最初は主婦が感じる生活圏がスタートだったのですが、いろいろ調べてみると、地産地消だったり、昔の生ごみが捨てられていた貝塚も、だいたい1.5㎞単位であるということがわかりました。バス停でいうと2〜3停留所くらいで、自転車でもまわれる距離で、人の顔が見えるということで「半径2㎞」に定義づけました。デイケアセンターの送迎サービスやスポーツセンターも半径2㎞を基準にできているみたいですし、生活に必要なインフラはほぼ半径2㎞にあるなというのが、実感としてありますね。

酒井:コロナ禍になって在宅ワークが増えてから、身近な生活圏内を大事にしようみたいな流れができた印象があります。半径2㎞といわれると、すごく腑に落ちました。

たいら:嬉しいです。最初は「そんな小さな話」みたいに言われたこともあるんですけれど、震災とかコロナとか、いろいろなことがあるたびに、私たちの畑に来る人が増えたり、コンポストに参加してくれる層が広がっているという実感があります。

酒井:具体的な行動としてはどういうことをされているんですか?

たいら:私は生ごみを堆肥にするところに特化して、そのオタクになろうと決めました。日本は肥料は輸入しているのに生ごみは焼却しています。これを変えるとみんなが幸せになるんじゃないかと思いついたんです。地域の中で堆肥を作って、それを地域の野菜を変えるために使う。その野菜を地域の人が買えるような仕組みをローカルフードサイクリングプロジェクトとして、いろいろな実証実験をしてきました。

酒井:関心を持って始められたきっかけは何かあったんですか?

たいら:私の父が肝臓がんになって、余命3ヶ月と言われたのです。それでもうどうしようもないので食養生をすることにしました。父を病院から連れて帰ってきて、私は食事係をしたのですが、食養生をするといっても、当時、無農薬野菜が全然手に入らなくて。福岡市内を2時間かけて探しまわっても全然なかったんです。私は父と一緒に映画を観に行くぐらい仲が良かったので「もう死ぬんじゃないか」という焦りと、「どうしてこんなことになっているんだろう」と。それでも口コミとか自分で土を耕し始めたりして、無農薬野菜が手に入るようになったら、父がみるみるうちに元気になって。真っ黒だった顔もどんどん白くなって、透き通るようにきれいになったんです。それとともに外に一緒に散歩に行ったりして、すごく幸せに暮らすことができました。命も2年間伸びて。そのとき初めて「食べ物が命なんだ」と気がついて、当時、娘がまだ赤ちゃんだったんですけれど「今でもこんなに苦労して無農薬野菜を手に入れている。今後はもっと環境が悪くなるだろうに、どうやって手に入れて食べるんだろう」という疑問がわいたんです。それが活動の大きなきっかけですね。

前田:人って、自分が循環の中にいるということを実感するには、いろいろなプロセスがあると思うんです。よく考えてみたら、生ごみってごみじゃないんですよね。紙の袋に生ごみを入れながら「あ、これはごみじゃないんだ」と思って。そういうことから自分で発意して、たいらさんのような活動に広がっていくというのは尊いと思います。

たいら:自分ではよくわからないですけれど、やっぱり昔よりそう言ってくださる人が増えたように思います。以前、「すごく頑張ってるよね」と言ってくれる友だちも、家に帰ったら生ごみを捨てるんじゃないかと考え始めた時期があって。それで、もっと都会の人が参加しやすいようにと考えて、バック型コンポストに行き着いた経緯があります。いくら環境にいいといっても、やりたくなかったり、しんどかったり、大変そうだったら参加する人は増えないし、そこはもっと自分が考えていかないといけなかったと反省しました。

酒井:バッグ型のコンポストで堆肥を育てるというのがすごいですね。

たいら:2ヶ月から3ヶ月、生ごみを入れ続けて、それが全部堆肥になって、栄養ある土が濃縮するんです。できた堆肥を半径2㎞以内のマルシェに持って行ったら、農家さんに堆肥を渡して、野菜と交換できるような仕組みを作りたいと思って、バッグ型にしました。

酒井:ウェルビーイングって心と体の健康だけじゃなく、繋がりというところで実感できることもたくさんあるので、今日、そういうお話もうかがいたいのですが。前田さんが「生ごみはごみじゃない」と言っていましたが、昔はごみという概念がなかったはずですよね。やっぱりプラスチックとかどうしてもごみになるものは、プロダクトとしてデザインとして、まだまだ未熟だなという気がするんです。

たいら:そう、地球が誕生した時には、ごみという概念はなかったはずです。全ての生き物が代謝したものとか出したものとか、死んだ後も全部循環に組み込まれているのが当たり前だったのだと思います。

前田:たいらさんが「循環」に「栄養」をつけて、「栄養循環」と呼んだこと、いろいろな意味でハッとしました。それを思いついたのってすごい!

たいら:長年「資源循環」と言ってきたんですけれど、「栄養循環」と言った瞬間に全てがやっぱり腑に落ちたんです。活動を始めたのもコンポストを作ることが目的じゃなくて、安全で安心して食べられるものが毎日の食卓にあがることを目指しているので、やっぱりそこは楽しくできる要素が必要なんです。義務的ではなく、趣味的にできるような仕組みが必要だというのは、早い段階で考えました。

前田:楽しいというのはすごく重要ですね。

たいら:楽しい循環生活を拡げて、コンポストをもう1回、日本の文化にしたいというのが私たちの考えなんです。

地球温暖化も止めることができる!

酒井:お父様のことから始まって、活動される中で何かたいらさんご自身が充たされるものががあったという感じですか?

たいら:充たされるというよりは、まずは自分でできることがひとつでも増えるというのは、大人になってすごく嬉しいことだし、人に自慢したくなったりします。それでまた教えた人がそういう新たな行動を起こして喜んでくれたり。高齢の方にも教えたりしてきたんですけれど、コンポストは温度管理が重要なのですが、温度計で測って毎日グラフにつけて、私に見せてくれたり(笑)。「昔の理科の実験を思い出した」という感想いただいて。すごく嬉しかったですね。

酒井:そうやって自分で選択し、自分で没入していくのは、喜び大きいだろうなと思います。でも「これはなかなか難しいな」という困難に直面されたこともあるんですか?

たいら:もちろんです。それを話し始めたら明日までかかります(笑)。最初、60年以上堆肥作りをしている82 歳の母(2024年現在)と始めたときは、自分たちの活動費ぐらいはなんとかしようとコンポストのハンドブックを作って販売し、活動費や交通費にあてていたんです。そのうち助成金を申請しようとしたときに、20〜30年前は、山を緑にするとか、そういうところには投資するんだけれど、ごみがその後どうなるかという静脈のところは誰もわかってくれなくて、すごく時間がかかりました。窓口の男性にとっては、台所の生ごみの話をする、そういうことが好きなおばちゃん、というイメージがあったようですね。

前田:今年の夏の暑さが特別ということではなくて、来年はもっと暑くなって、5年後はもっと暑くなって……ということになると思うんです。ごみだって、日本の焼却率は世界一だとたいらさんのご著書で知りました。ごみを燃やしてCO2を出しているのが、実感として怖いです。

たいら:今、家庭ごみは年間748万トン捨てられているんです。その生ごみは9割が水分なんですよ。だから、火の中に748万トン×0.9の水を捨てていることになります。福岡の私の住んでいるところは今年、40日以上雨が降らなくて。この暑さで畑がカラカラのとき、雑草を取っても捨てませんでした。雑草にも水分があるから。やっぱり水のこともちゃんと考えたいですし、それにごみを燃やすのに、日本は年間、燃料費を1兆円も使っていますからね。

酒井:その数字を聞くと愕然としますね。

たいら:すごくもったいない。それをうまく循環したらいいじゃないかというと、今度は行政のお金が必要になるので、人口が多いところではなかなか仕組みが作りにくいんです。日本の自治体は1,700を超えていますが、そのうち生ごみを回収して資源化しているところは292自治体だけ。しかも、その292の自治体の8割以上が人口10万人以下の自治体です。大きな都市では全然、集めていないんです。

酒井:だからこそ、人が集まる都市の中で、いちばん効果がありそうなやり方をたいらさんは模索されているんですね。

たいら:そうですね。「今まではなかった堆肥が都会でできても、使い道がない」という声もありますが、私はもっと余れと思うぐらい。そうなれば一生懸命考えて、あそこで使ったらいいじゃないかといろいろ考えることができる。最大のサムシングニューを生むと思っているんです。それを自分ひとりで考えるのではなく、いろいろな人と話し合うことによって、新しい仕組みや新しい場所、いろいろな開発ができてくると思うので、可能性に満ちています。今、9割は焼却されているから、地球温暖化を止める可能性は生ごみだけで考えると9割は改善できるんです。みんなでやりましょうよ! 

前田:やります!

コンポストが心にも好循環をもたらす

前田:この暑さとか変な台風とか、ほんとうに他人事じゃないですよ。そう考えると「環境にいいことがもし自分にできるんだったら、何をしたらいいか言って」と思っている人はいっぱいいると思うんです。そう思いながら野菜を刻んでいたら、皮も「これはごみじゃないよね」という感覚ができてきて「あ、コンポストを始めればいいじゃん」と気づくと、ちょっと自分に対していい感じ、それこそウェルビーイングな感じになってきそうですね。

たいら:コンポストの中は小宇宙だから、生ごみを入れて本当に混ぜるだけで癒やされるんです。

酒井:コンポストをやることによって、自分の気持ちが満たされていく感覚が芽生えたとか、コンポストを始めてからこういうふうに変わったみたいな声がたくさん寄せられると思うのですが、印象に残っているエピソードはありますか?

たいら:「こんなに簡単だったなら、もっと早く始めればよかった」というのがいちばん多いですね。あとはやっぱり繋がりが見えるようになったということで、スーパーに行ったときに野菜を見る目が変わったとか。料理を作るとき、その人が何を選ぶかというのは家族の健康とすごく関係があるので、それがコンポストによってより良くなるということもたくさんご連絡いただきます。毎朝、朝礼のときにそういう感想を読むようにしているんです。

酒井:たとえば野菜で言うと、どういうところが変わってくるんでしょうか?

たいら:野菜の旬を感じるようになったり、誰がどこで作ったものか見るようになったり。コンポストで混ぜているときに、「この土が野菜の土になって〜」と、野菜が大きくなるところまで想像してしまうんです(笑)。

酒井:想像力が働くようになって、暮らしがどんどんクリエイティブになっていくんですね。

たいら:そうそう。妄想するときってすごく楽しいじゃないですか。妄想が広がるんですよね。だんだんコンポストが愛おしくなってきて「生ごみを捨てる」から「コンポストに何を食べさせようか」と言い方が変わったり。外食したときに残したものを持って帰ったりするとか、次の行動につながっていますね。

以下、みなさんの質問にたいらさんがお答えします。

Q:分解しやすいものとしづらいものってありますか?

たいら:成分とカロリーが関係していますけれど、ダイエットするときに「これはちょっとやめておこうかな」と思うようなものは、だいたい分解が速いです。微生物も人間と同じで、美味しいものと甘いもの、脂っこいものは大好きなので、ちょっと水分があったりするとぐんぐん分解してくれます。あと発酵食品なんかも。納豆を捨てることはないと思いますが、冷蔵庫でミイラになったようなものが出てきたら、コンポストに入れてください。

酒井:ちなみに、始めるのに適した季節などありますか?

たいら:夏はコンポストを始めるベストシーズンです。部屋の臭いがなくなりますよ。

酒井:へえ、意外。逆かと思っていました。

Q:たいらさんご自身がウェルビーイングを実感されるときって、どういうときでしょうか?

たいら:季節のものが出始めた頃に染み渡るような美味しさを感じたときや、小さいものを植えているときとか。そしてウェルビーイングと言えば、何より82歳の母です。すごく元気だし発想力もすごいので、これがウェルビーイングの集大成なのかと思いますね。

Q:少しずつ世の中が地球にやさしくなっていく気がしています。たいらさんもコンポストの拡大や意識改革に希望を感じていますか?

たいら:もちろんです。宇宙人にも広めたいぐらい(笑)。本当にコンポストをやればいろいろなことがわかるから、たくさんの人にやってみてもらいたいです。コンポストはスポーツと同じで、参加したほうが楽しいので、多くの方に参加して欲しいなと、今日、改めて思いました。ありがとうございました。