高齢ドライバーのライフデザイン

文/宮木由貴子
株式会社第一生命経済研究所 常務取締役 ライフデザイン研究部長 首席研究員
専門分野はウェルビーイング、消費者意識、コミュニケーション、モビリティ
イラスト/ながお ひろすけ


高齢ドライバーの増加と交通環境

交通事故による死者数は、長期的にみると減少傾向にあります。1970年には年間で16,765人が交通事故で死亡していましたが、交通安全対策基本法の制定や車両の安全性向上などにより大きく減少してきました。近年は高齢者の事故死者数が増加しているような印象を受けますが、こちらも数としては減少傾向にあります。ただ、事故死者に占める高齢者の割合が54.7%と高いので、結果的に「高齢者の死亡事故が多い」ように見えるわけです。

高齢化に伴って、高齢ドライバーも増加しています。特に人口減少と高齢化が著しい地方部では公共交通が不足しているうえ、減便や廃路線が続いており、ますます自家用車が生活に不可欠となっています。そのため、高齢になっても免許返納が容易ではないのが課題です。自主的な免許返納数の推移をみると、2019年の池袋自動車暴走事故の影響で一時的に急増しましたが、その後は減少傾向にあります。

一方で、公共交通が充実している都市部に住んでいても、「駅やバス停まで行くのが面倒」「階段の上り下りが足腰に負担」という理由から、これまで公共交通を使っていた人が高齢になったことで自家用車利用に切り替える例もあり、単に公共交通があれば高齢期の移動手段に問題がないというわけでもないようです。

高齢期の移動は、今後ますます大きな課題となってきます。そのため、自分の住んでいる地域でどう移動手段を確保するかという観点からのライフデザインも、今後は重要となります。

高齢ドライバーの課題

高齢ドライバーが抱えやすいリスクについては、75歳未満の運転者で「安全不確認」「内在的前方不注意」といったものが多いのに対し、75歳以上の高齢運転者ではブレーキとアクセルの踏み間違いなどの「間違い」による事故が多く見られます。軽微な事故は本人に自覚がないことも多く、車にこすった跡や傷がついていることから、運転が危なくなっていることに家族が気づくケースもあるようです。ヒヤリハットの段階で対策をすることは、将来的な大事故を未然に防ぐうえで重要ですが、ヒヤリハットや間違いに本人が気づいていない場合は周囲の気づきと注意喚起が求められます。

とはいえ、高齢ドライバーが運転をやめるのは容易ではありません。地方部では代替の交通手段が乏しく、自家用車がなければ買い物や通院に困ることになります。ある調査によると、3~4人に1人が「身近に運転免許を返納したほうがよい人がいる」と回答しています。特に「自分の父親」が運転を続けることに悩む人は少なくありません。しかし、男性の免許保有者の場合、年代が上がるにつれて「運転への自信」が高まることが確認されており、70代では約8割の男性が「運転に自信がある」としています。無理に運転をやめさせることで、生活の移動手段を失うばかりか、認知症等の心身の不調につながるケースもあることから、葛藤を抱えている高齢ドライバーの家族は少なくありません。

これから生じる高齢ドライバーのさらなる課題

現状、男性の高齢ドライバーが圧倒的に多いですが、今後は女性の高齢ドライバーが増加していくことが予測されます。図表をみると、現在の60代くらいからドライバー数の男女差が小さくなっていることがわかります。つまり、これからは「母親の運転が心配」という人が増えてくると考えられます。一般的に男性より女性の方が長生きで、現在92,139人(2023年9月)いる100歳以上の約9割が女性です。今後は高齢女性の運転継続が課題となってくると考えられます。

また、今後一人暮らしが増加し、2050年には全世帯の44.3%に及ぶと予測されています。未婚率の高い世代が高齢期に入ることで、単身高齢者が増加していくのです。2050年時点で高齢単身世帯に占める未婚者の割合は男性で60%、女性で30%に及ぶと予測されています。これまでは「家族タクシー」として病院やスーパーに送迎してくれていた同居家族がいた人もいるでしょう。しかしこうなると、送迎どころか、「父親の運転が心配」「母親の免許返納が難しい」などと悩んで一緒に対策を考えてくれる親族がいない状況が広がることになります。

高齢期のモビリティ・ライフデザインを考える

このような中、生活者自身が行える対策にはどのようなものがあるのでしょうか。高齢期は交通の便が良いところに転居をと考えている人もいるでしょうが、実は「高齢期は、今住んでいる地域に住み続けたい」と考えている人が60代の7割に及びます。まずはそれを前提に、自家用車以外の自分の移動手段について現状を把握することが重要です。公共交通の状況に加えて、買い物や通院に関するアクセスなども考慮する必要があります。

そのうえで、ライフスタイルを変えることができるかどうか検討することがスタートとなります。高齢になって急に公共交通を使う生活に移行するのは難しいことです。しかし、普段から徐々に多様な移動手段を暮らしに取り入れておくことで、自分の選択肢を拡げておくことができます。特に、都市部に比べて地方在住者は歩く距離が少ないといわれていますので、健康の維持・増進という観点からも自家用車依存を見直す余地がありそうです。歩いて行かれるところには歩いて行く、という行動変容で健康増進も期待できるかもしれません。

とはいえ、国土の7割が中山間地域である日本においては、自家用車がないと暮らしが成り立たない地域が少なくありません。それについては、クルマ自体の安全性を高めることを検討しましょう。現在、国土交通省を中心に、「第7期ASV(先進安全自動車:Advanced Safety Vehicle)推進計画」が進められています。その中で注目されるのが、「衝突被害軽減ブレーキ」や「ペダル踏み間違い時加速抑制装置」などの技術を用いたクルマの安全性の向上です。

衝突被害軽減ブレーキ(「自動ブレーキ」といわれることもありますが、必ず自動で停止するものではありません)は、国産の新型車を対象に2021年11月から搭載が義務化されており、輸入車の新型車(2024年7月より)、国産の継続生産車(2025年12月、ただし軽トラックは2027年9月)、輸入車の継続生産車(2026年7月)という形で順次義務化が進められています。また、「ブレーキとアクセルの踏み間違い」を回避する技術「ペダル踏み間違い時加速抑制装置」も搭載義務化が検討されています。

自動車保険を販売している損害保険会社各社が「ASV割引」を行っている点からも、これらの技術によって安全性が高まることは間違いありません。高齢期にクルマを買い替えるのはそれなりにハードルが高いですが、ペダル踏み間違い時加速抑制装置は機能を後付けすることも可能ですので、高齢期に運転を継続するのであれば、是非搭載したい機能です。

個人がモビリティ・ライフデザインの視点をもって自分の移動の未来について考え、多様な選択肢や技術の力を借りて意識や行動を変えることが、これからの交通安全と人生100年時代の暮らしの両立において非常に重要であるといえます。

*ASVについての詳しい情報は以下のサイトなども参考にしてください。

〇サポカー(安全運転サポート車)のWEBサイト(経済産業省)
https://www.safety-support-car.go.jp/

〇先進安全自動車 ASV推進計画 普及啓発ポータルサイト DriveSafe!(国土交通省)
https://drivesafe.jp/

〇ASV搭載義務化に関する情報(国土交通省)
乗用車等の衝突被害軽減ブレーキに関する国際基準を導入し、新車を対象とした義務付けを行います。~道路運送車両の保安基準の細目を定める告示等の一部改正について~
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha08_hh_003618.html

〇自動車アセスメント | 自動車総合安全情報 (mlit.go.jp)
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/02assessment/index.html

〇守る(JNCAP)/独立行政法人自動車事故対策機構 ナスバ(交通事故) (nasva.go.jp)
https://www.nasva.go.jp/