僕が生まれ育った街、水戸の忘れられない味 後編 「カルマ」「アメリカ屋」(茨城県・水戸市)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


学生の頃から知っている、カレーのお姉さん、インドが大好きな「カルマ」のりつ子さん。

初めて会った時は、僕が高校生くらいだったんじゃないかと思う。本格的インドカレーが流行する前から、水戸に存在した有名なインドカレー屋さんで彼女は働いていた。もちろんお店側とお客さんの関係だから、はじめましてみたいな挨拶があったわけではない。ただ、気がついた時にはカレーのお姉さんという認識だった。広いお店には、何人も働いていたけれど、彼女のキリッとした印象やどこか頼れる感じ、テキパキとした対応が印象に残っていた。

そのお店に彼女の姿が見えなくなって、自然と足が遠のいてしまった。僕が家業の建設会社で働き出した頃、お世話になっている方が「美味しいインドカレーのお店があるから」と、連れて行ってくれたお店が、移転前の「カルマ」だった。広いお店のような気がしていたけれど、改めて話をきいたら車一台分くらいのスペースだったと言うので驚いた。店内の装飾やメニューに音楽、随所からインドの空気が感じられた時々、彼女がお店を閉めてウキウキとインドへ出かけていく様子を羨ましく思っていた。当時の僕は毎日、スーツにネクタイ、建設会社の跡取りとして、誰かの目を気にしながら、やりがいはあるけれど自由のない窮屈な毎日を送っていた。インドから帰ってきた後に作ってくれるカレーは、またひと味違うような感じがして、好きなことを仕事にするという人生もあるんだなと、思ったものだった。

現在の場所に移った頃、友人と訪れたが、僕は新島で宿を始めるのに水戸を離れてしまった。それはもう、15年くらい前になるんだろうか。少し前にNHK・Eテレの「人と暮らしと台所」という番組に僕が出演したあとに、りつこさんから「テレビを見て活躍している様子が嬉しかった」ということが記されたメールを頂いた。しばらく会っていなかったけれど、母とも縁のある人がこうして僕の現在を喜んでくれていた事が、嬉しかった。この連載を始めた頃、いつか水戸のお店を取材をしたいと言っていた時、僕はカルマの名前を挙げていたから、縁があるんだと思った。インドが好き、カレーが好き、私はその好きの中で生きていくんだというりつこさんの生き方が、今の僕にも少なからず影響を与えてくれていたと思っていた。

お店に着いて、久しぶりの再会をした時、あまりに嬉しくて二人で抱き合って喜んだ。
いつもよく食べていたカレーは、マイルドチキンカレー、豆のカレー、他にもエッグカレーや野菜のカレーも食べていたなとメニューを見ながら思い出した。チキンカレーは、優しい味わいの中にしっかりスパイスが効いて美味しい。豆のカレーは、毎日でも食べたい滋味深い味。全粒粉のチャパティは、カレーとの相性が良いのはもちろん、粉の香ばしさが良い。窓辺の席に座り眺める景色はどこか懐かしい、キッチンでりつこさんがチャイを用意してくれているスパイシーな香りが、まだ見ぬインドの雑踏へと誘ってくれるような気がする。

「インドにまた行きたいけれど、今は猫5匹と暮らしているから行けないのよ!」と、彼女は明るく笑っていた。僕は、出会った頃から、高校生、専門学校生、家業の建設会社勤務、カフェ経営、島で宿を運営、養子に入って苗字も変わり、料理家、執筆家と今に至る。「その間、私はずっとカレーを作っている」と言っていたが、僕は同じ事がずっと続けられない、続けたいと願っても途中で大きな力が働いて、何だかよく分からない別な道に進んでしまうのだ、だから一つのことに向き合い、日々の研鑽を積み重ねていく人には敬意を抱いている。カルマには、味にも、メニューにも、空気感にも、そういう厚みがある。また改めて、ゆっくりカレーを食べに来て積もる話をしたいと思い、再会を約束してタクシーに乗った。

家人と水戸へ出かけ「水戸に住んでいた頃、行っていたレストランある?」と尋ねられると、彼が好きそうな事もあり名前をよくあげるのが「アメリカ屋」だ。クリント・イーストウッドが、テンガロハットでも被って出てきそうな、本格的な作りのログハウス、広々とした店内に高い天井、窓の外には開放的な庭が広がり、水戸じゃなくて遠くアメリカの片田舎にでも、来たような感じがしてしまう。

水戸に住んでいた頃、この店には色々な人達と来た。子供の頃に両親と一緒に来た事もある、父が亡くなった後も、母と二人でよく訪れた。友人や会社の人達、親戚一同から仕事上での付き合いのある方達とも、とにかく老若男女誰もが好きなお店、人数が多くても入りやすいのも魅力。あの人、この人、色々な思い出が蘇る。考えてみると、家族3人でよく食事をしたお店が今でもちゃんと存在しているのは、このお店くらいかも知れない。

隠れた名物はサラダバー、自家製の手の込んだサラダやフレッシュな野菜から、フルーツやデザートまで並んで、ドレッシングまで数種類。ツナ大根、パスタサラダが僕のお気に入り、野菜にかけたドレッシングとちょっと味が混ざるのも美味しい。

そしてメインのお肉は国産牛100%を使用した「ワイルドビーフハンバーグ」が人気メニュー、牛挽肉だからレアな火入れ、ふわっとした食感と、しっかりとした旨味が魅力。ごはんとも、よく合う。鉄板にのせられてジュウジュウ言いながら登場し、ソースをかけると一気にジュワーッと盛り上がり、やがて静寂が訪れると、食べ時。ポテトや付け合わせの野菜、下に敷いてある玉ねぎと食べ合わせながら、軽やかに食べられてしまう。嬉しいことにサイズも選べるので、お腹が空いている時にはぜひ、大きなサイズにチャレンジ。

庭先のバーベキューが楽しめる小屋で、会社の懇親会や友人達を集め貸切でバーベキューパーティーをした思い出も蘇った。橋本店長はじめアメリカ屋のスタッフは、いつも感じが良くて誠実な方ばかり。それゆえに平成元年のオープン以来、ずっと人気である。今日も開店時間になると、お客様が次々に入店されていた。

それからエアーズロックと名付けられたメニュー「国産牛もも肉500g」の塊肉を焼いて頂いた。他にも、オーストラリア産のリブロース、ニュージーランド産のランプもチョイス可能。客席に向かいガラスに囲まれた焼き場の様子を眺めていた、お肉を食べに来る側にとっては嬉しいけれど、ここでお肉を焼き続けるのも大変だと頭が下がるが、客席が見渡す事が出来て、お客様の喜ぶ顔が見えることは幸せな環境なのかも知れない。焼き上がりを見せて頂くと、急いで着席してお肉の到着を待っていた。

運ばれてきた塊肉を切り分けて頂くと、綺麗な色目に焼かれていた。ハンバーグを食べたにも関わらず、お腹がキュウッと鳴ったような気がした。頬張ると、しっかりとした旨味があって力が漲ってくる感じがした。ハンバーグとは、違う魅力がここにもある、やっぱり人生にはスタミナが必要だ。ハンバーグが食べたい、ステーキが食べたい、塊肉が食べたい、そう思った時にアメリカ屋が近所にあるのは贅沢である。何せ、サラダバーで野菜もたくさん食べられるのだから。

食後にサラダバーに並んでいた本日限定の、ティラミスを頂きながら、コーヒーを飲んだ。皆さんにお礼を伝え、さあ帰ろうかと思った時、何故だか水戸の実家への帰り道の様子が頭に浮かんだ。故郷だものねえ、今はこの地で静かに眠っている両親へ夜空に向かい「また来るね」と心の中で告げたのであった。家を出る時、今日はごはん作れないかもと言いながら出かけたけれど、帰りの電車ではお腹いっぱいだけど、たくさんの水戸土産を抱えていたから、今日のことを伝えながらこのお土産を食べさせてあげたいと、家人や近所の友人に声をかけ、食卓を囲んだのであった。

駆け足でまわった、”僕が生まれ育った街、水戸の忘れられない味”は、前編・後編に分けてお送りしました。伊勢屋、加寿美屋、ぬりや泉町大通り、カルマにアメリカ屋。どのお店も、本当に温かみのある対応をして下さったことが嬉しかった。共通して言えるのは「お客様に美味しいものを食べてほしい」という気持ちが溢れていること、手間暇惜しまぬ主人の心意気。皆さんも、是非一度お出かけ下さい。僕もまた改めてお礼を兼ねて、それぞれのお店を再訪したいと思っています。

この連載は今回で最終回となります、毎回たくさんの方が読んで下さり嬉しかったです。連載を読んでお店に行きましたという声も励みになったし、お店の方とも距離が近くなる嬉しい機会。いつも笑いが絶えぬ、撮影チームも最高。また新たな連載を通じて、お目にかかれることを楽しみにしています!


カルマ

店主綿引りつ子さんと。りつ子さんはNHKの番組を見るまで、今麻生さんが何をしているか知らなかったそう。

水戸で本格的なインドカレーが食べられる店として、界隈のおいしい物好きの間では有名な名店。店主の綿引りつ子さんは若いころからインドに惹かれ、何度も彼の国を訪れてその文化や料理を学び、同じ水戸市内のインド料理屋で働いた後、「カルマ」を開店。味ばかりでなく、漂うスパイスの薫りや自身で手掛けた内装やインテリアで、五感でインドが体験できる店。カレーの種類が豊富で、チキンカレーもマイルドな味のクリーミー、極辛の南インドのチキンカレーまであり、気分や体調で選べるのもうれしいし、チャイの美味しさがまた特筆もの。また全粒粉のチャパティは注文を受けてから焼く、滋味と香り豊かな逸品。店を出るころにはこの店のことを誰かに話したくて仕方なくなってくる。

ディナー
(ランチタイムは880円~1320円)
ムルガマサラ(トマトベースノチキンカレー)880円
キ―マカレー 880円
豆のカレー 770円
クリーミーチキン 880円
南インド風チキンカレー 935円
チャイ 495円
マハラジャのアイスクリーム 682円
*価格はすべて税込み

住所:茨城県水戸市中央2-6-10
電話:029-232-3213
営業時間:11:30~14:00(13:30L.O) 17:30~22:00(21:30L.O)
定休日:火曜日 第一月曜日

アメリカ屋

店長 橋本健一さんと。静かに、確実にこの広い店内を掌握している橋本さんの物腰は柔らかく、プロのサービスが心地いい。

平成元年から地元で愛されるカジュアルな炭火ステーキの店。まず驚くのがその店の大きさ。堅牢でウッディな造りには清潔感があり、居心地がよい。サラダバーがしっかりとした内容で、野菜も果物もすべて新鮮、並べられたデザートも店の手作りでとてもおいしい。もちろん、ハンバーグや肉のおいしさは言わずもがな。炭火の薫香が鉄板から漂い、そこにかけられるソースが華やかな音を立て、日常の中に訪れた贅沢時間を最高に盛り上げる。肉は外国産、国内産両方があるのもうれしく、そのどちらもおいしい。産地も表示されていて好感が持てる。ネットも口コミも高評価、しかも訪れると期待以上の満足が得られる。働く人が皆気分よく働いていてそこも高評価につながる点。故に行列店でもあるので、ディナーは予約したほうがよい(ランチは予約不可)。必ず「もう一度来たい」と思わせる店。

ワイルドビーフハンバーグ 
Sサイズ150g 1890円
Mサイズ200g 2150円
Lサイズ300g 2790円
Wサイズ400g 3410円

国産牛バウンドステーキ(もも肉) 250g 3280円
国産牛ヒレステーキ 100g 4290円
オーストラリア産ヒレステーキ 100g 2740円
サラダバーセット 530円~

*価格はすべて税込み
*このほかにもハンバーグ、ステーキ共に種類豊富。おつまみなども充実。
ディナーは予約をお勧めします。

住所:茨城県水戸市米沢町304-5
電話:029-247-0588
営業時間:月~金曜日11:30~15:00(14:30L.O)17:00~21:00(20:30L.O)
     土・日曜日、祝日 11:00~15:00(14:30L.O)17:00~21:00(20:30L.O)
定休日:火曜日(火曜日祝日の場合は営業 12/31,1/1
    *毎月臨時休業有。お店に問い合わせてください。


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。2024年には3冊目の書籍「365 僕のたべもの日記」(光文社)を上梓、注目を集めている。

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