地域のつながりとウェルビーイング

文/福澤 涼子
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 副主任研究員
専門分野は、住まい(特にシェアハウス)、子育てネットワーク、子どもの居場所
イラスト/ながお ひろすけ


ウェルビーイングと「つながり」は密接に関連しています。その「つながり」には、家族や友人とのつながり、職場や学校の仲間とのつながり、地域社会とのつながりなど、さまざまな関係性が含まれます。中でも今回は、なかなかイメージしにくいかもしれない「地域のつながり」に焦点を当てます。

地域とのつながりをもっていますか?

皆さんの中には、家族や職場、学校とのつながりは大切にしているけれど、地域とのつながりにはあまり関心がないという人が多くいると思います。「地域とのつながり=町内会、まちづくり活動」といったイメージから、「自分とは無関係」「面倒そうだ」と考えている人もいるでしょう。
確かに、当研究所で2023年3月に実施したアンケート調査によると、若い層ほどこうした地域活動に参加していないことがわかります(図表1)。その背景には、地域活動が必ずしもポジティブなイメージばかりではないことに加えて、現役世代が仕事や子育てに忙しいライフスタイルを送っていることがあると考えられます。地域活動の時間がないだけではなく、そもそも地域に目を向ける余裕がない、地域に関心をもつ必要性も感じないという人が多いからかもしれません。

地域の大人と地域をつなげる奈良県生駒市のユニークな取組み

本稿では、そうした働き盛りの現役層が地域にかかわるきっかけとなっている取り組みを2つ紹介します。

舞台となる奈良県生駒市は大阪府と京都府に接する人口約12万人の都市です。大阪中心地へのアクセスの良さから、就業者のおよそ半数が県外で就業しているいわゆる「ベッドタウン」ですが、生駒の地域のために活動しようという住民が多く見られるようになってきました。

市民目線でまちの魅力を発信するPRチーム

そのひとつのきっかけとなっているのが、「いこまち宣伝部」という市民PRチームです。「いこまち宣伝部」は「部員」と呼ばれる市民が、それぞれの視点から発掘した生駒市の魅力について、市公式SNSで発信することを主な活動とした市民グループです。その活動は2015年から始まり、メンバーが1年毎に入れ替わるため、OB・OG含めると100名以上の市民がこれまでにその活動に参加してきました。

「いこまち宣伝部」誕生のきっかけは、生駒市で公式SNSの立ち上げが決まった際に、生駒市の広報担当者が「行政情報」を伝えるためではなく、市民との協働で「まちの情報」を伝えるツールにしたいと考え、市民が発信の主体となるPRチームをつくるアイディアを思いついたことでした。また、メンバーは公募することにし、さらにその対象を18 歳から 49 歳までの比較的若い市民に絞ることで、その年代の人たちが地域に関心をもつきっかけを提供することを狙いました。加えて、市民の負担や参加のしやすさなどを考慮し、<1年間の期間限定での活動>や、初心者でも記者としてのスキルを身に着けることのできる<無料の撮影・ライティング講座>などのアイディアを盛り込みました。こうした工夫が功を奏し、募集がはじまると、「カメラについて学びたい」「地域の魅力を見つけたい」などの動機で、毎年定員(およそ10名)を超える応募があり、「いこまち宣伝部」は市の人気企画になっていきました。

市の公募で集まった部員たちはカメラや編集について学んだあと、取材先の選定、アポイント、取材、撮影、文章作成などを自ら行い、市公式SNSで記事を発信します。取材や執筆については初めてで、仕事や子育てに忙しい年代である市民たちが、「月に1本以上記事を発信する」ことを目標にするのですから、大変なことも沢山ありますが、市の広報担当職員や部員同士の関係が彼らを支えています。たとえば、取材先が見つからない時には、職員も取材先を提案したり、書かれた記事の校正やアドバイスを提供したりします。同期部員同士も共に助け合い、励まし合います。このような関係性が1年間の活動をやり遂げる支えになっています。

地域の魅力に気づいた大人たちは、地域の魅力をつくる側に

こうした関係性に支えられながら、地域に飛び出した部員たちを待っているのは、自分の知らない地域の魅力や、地域で活躍する人びととの出会いです。慣れ親しんだ公園やお店なども「記事になりそうなところはないか」という視点で改めて見つめると、見過ごしていた地域の魅力に気づくことができるようです。

さらには、取材という名目があることで、相手から思いがけず深い話を聞くこともあります。いつも行くお店の主人が、人生の紆余曲折を経てこのまちで商売をしていると話してくれれば、愛着や応援したいという気持ちが芽生えるでしょう。部員たちは1年間、このような経験を繰り返していきます。ある元宣伝部員は、「いろいろな人の人生を聞くことで、相手のことを好きになる、そのうち生駒自体が好きな人の集合体のような感覚になり、まちがものすごく好きになった」と心境の変化を振り返ります。

こうした宣伝部の活動を通じて、地域への愛着や人とのつながりができた部員の多くは、任期終了後も、取材先のサークルや子ども食堂に関わるなど、地域で何かしらの活動を続けています。地域の魅力探しに奔走していた部員たちが、今度はその魅力をつくる側にまわり、自分自身が地域の魅力となっていきます。もちろん、想いがあっても実践するにはハードルがあるでしょう。しかし、宣伝部での経験を通じて、活動場所や人とのつながりが生まれ、仲間を手伝うような気軽さで、地域に参加することができるようになっているのです。

駄菓子屋のかたちをした、魔法のような子ども食堂

同じく奈良県生駒市で行われるもう1つの取組みとして、「生駒の地域のために何かをしたい」と考えた大人たちが立ち上げた、一風変わった“駄菓子屋”の活動を紹介します。

生駒市の中心駅である生駒駅からほど近いビルの1階に、「まほうのだがしやチロル堂(以降:チロル堂)」はあります。2021年にオープン以来、多い日には1日に200人以上の子どもたちがチロル堂を訪れるというのですから、驚きです。

その人気の背景には、一般的な駄菓子屋とは異なる数々の仕掛けがあります。たとえば子どもたちはお金で直接、駄菓子を買うのではなく、100円をガチャガチャの機械に入れて、出てきたチロル札(1枚あたり100円相当として使うことができます)という店内通貨で駄菓子を買います。100円を入れるとチロル札は1~3枚出てくるため、時には100円以上の価値となることがあるのです。

さらに駄菓子屋の奥は飲食スペースにもなっていて、カウンター席やくつろげる座敷が広がり、大人にもコーヒーやケーキなどを有償で提供するほか、子どもにはカレーや飲み物といった飲食物も1チロル(100円相当)で提供しています。
子どもたちはその場を使って飲食だけではなく宿題をしたり、本を読んだり、ゲームをしたり、スタッフと談笑したり…と、思い思いに過ごしています。駄菓子屋であると同時に子どもにとっての多目的な居場所となっていることがわかります。

チロル堂が生まれたきっかけは、生駒市の公民館で活動していた「子ども食堂」がコロナ禍でその場所を利用できなくなってしまったことでした。新しく常設の子ども食堂をつくるにあたり、子どもたちが情けない思いをすることなく気軽に利用できるようにとの考えで、駄菓子屋の形態を思いつきました。子ども食堂が全国的に広がる中で、「経済的に貧しい家庭が利用する場」といったイメージも広がってしまい、子ども食堂を利用することに躊躇してしまう子どもや親がいるということがその背景にありました。チロル堂は駄菓子屋ですから、子どもたちは駄菓子屋に遊びに行く延長線で低額でご飯を食べることができるのです。

魔法をかけるのは地域の大人たち

100円を入れると、時には100円以上のチロル札が出てきたり、子どもであれば誰でも100円でカレーを食べられるという“魔法”のような仕組みは、なぜ実現できるのでしょうか。
そうした魔法は、実は地域の大人からの寄付で成り立っているのです。

チロル堂では、可能な限り企業や自治体からの助成金に頼らず、地域で仲間を増やしながら寄付を募り、「地域の大人が地域の子どもを支える」という姿を体現したいと考えています。しかし、冒頭に述べたように、地域で活動しようという大人がそう多くはない現代において、地域の大人を巻き込むのはそう簡単なことではありません。

そのため、チロル堂は、地域の大人たちの居場所という役割をもたせると共に、彼らが自己犠牲や義務感ではなく、「楽しい」からかかわることのできる仕組みを埋め込みました。

その役割を担っているのが、夜のチロル堂で開店する「チロル酒場」という大人向けの居酒屋です。カウンター席では、若手スタッフや見ず知らずのお客さんとの会話が弾み、普段行く居酒屋のようにチロル酒場に赴くだけで、自ずと地域の人とのつながりが生まれやすくなります。加えて、チロル酒場での飲食代の一部は、チロル堂へ寄付することになり、自分が楽しむだけで、地域の子どもたちを支えることになっているのです。

また、チロル堂に寄付することは、「チロる」という遊び心のある名称で呼ばれています。寄付を受けとる際も大げさな感謝はあえて伝えずに、「ナイスチロ!」と返答します。これは、施しを与える・受けるという寄付の印象を薄め、子どもたちを支える地域の仲間として認め合うことを意図しています。

そんな風にチロル堂に関わり始めた大人たちの中からは、寄付のみならず実際に活動をしたいと申し出る人も現れるようになりました。たとえば、「フィリピンナイト」や「ラーメンナイト」と題して、チロル酒場でフィリピン料理やラーメンの提供を企画し、その売上の全額を寄付してくれる人々や、絵本の読み聞かせなどのワークショップを子どもたちのために開催する人もいます。

このように、チロル堂は、子どもたちだけの居場所を目指すのではなく、大人たちも含めた地域全体を巻き込むことで、多様な大人の力を結集して子どもたちを支援しようと試みています。そして、実際にチロル堂を通じて、楽しみながら地域に関わり、子どもたちを支援するための寄付や活動に発展させる大人たちが現れているのです。

楽しくかかわることのできる場所・人を地域に見つけていく

生駒市で行われるこれらの取組みは、人びとが地域に関心をもち、仲間と一緒に地域で活動をする大きなきっかけとなっています。もちろん、彼らも忙しい年代ですが、仲間を手助けしたいという気持ちや、自分自身の楽しみのために、地域に参加していることがうかがえます。きっとそうした活動で新たな出会いがさらに生まれ、より自分の住む地域への関心や愛着も高まっていき、地域をもっと良くしていきたいと思うようになるでしょう。そうした良い循環によって、地域と関わる楽しさや喜びがますます大きくなりそうです。

一方で、昔に比べて地域との関わりがなくても不便なく生活できる現代ですから、「負担だな」「居心地が悪いな」と思いながら地域に参加してしまうと、長続きしないかもしれません。そのため、自分自身が楽しく関われる場所や人を地域に見つけることが大切です。そうした楽しさの先にあるつながりだからこそ、自身のウェルビーイングを向上させることになるのです。

その意味では、自分にとって居心地の良い場所はどこか、興味をもつ人はどんな人かという視点をもつことが、地域とつながる大切な1歩になるかもしれません。