ウェルビーイングの鍵はライフデザインにあった!

生活者の意識や動向についてきめ細かい調査、実験・研究を長年継続している第一生命経済研究所が2021年10月「ウェルビーイング」に関して執筆した一冊の本が、注目を浴びています。
『「幸せ」視点のライフデザイン』。
コロナ感染拡大を受けて社会のありようや価値観が大きく変わる今、
ウェルビーイングとはいったい何を意味するのか。
私たちが求める“幸せ”は、いったいどこへ向かうのか。
本の執筆に関わったおふたりは、個人と社会全体の両輪で考え続けることが大切だと言います。

お話しをうかがった人/株式会社 第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部長:宮木由貴子さん、QOL・ハピネス戦略タスクフォース長:丹下博史さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/小林みどり


目指す「幸せ」の姿が多彩になった

━━━10月に出版された書籍『「幸せ」視点のライフデザイン』を読ませていただきました。2万人もの大規模調査によるデータがふんだんに盛り込まれ、どの章も非常に興味深いです。こういった本を1995年から定期的に刊行されてらっしゃると聞き、そんなに長く生活者の意識と動向について研究していたのかと驚きました。

「幸せ」についての研究を長年行い、書籍も刊行。左が2021年10月の新刊。

宮木さん(以下:宮木)「幸せとかQOL(Quality of Life=生活の質)、ウェルビーイング(主観、客観両面から見てその人が”良い状態にある”こと。満足、幸せと訳されることも多い)といったキーワードが社会で大きく取り上げられるようになったのは、ここ1年くらいだと思います。

ただ、一部ではずっと前から言われていて、なかなか社会が消化できなかったという背景があります。
実際前号の『人生100年時代の「幸せ戦略」』発行の折は、社内で「幸せが…」と言うと、周りがちょっと構えるというか、気恥ずかしくなるような空気がありました。今はもう普通に、なんのてらいもなく幸せについて語られるようになったので、会社や社会が変わってきたのを実感しています。

特に今、工学系の方、理系の方たちを含めて、多様な領域の人たちが客観的かつ体系立てて、幸せと社会のあり方についてのエビデンスを作り上げていこうとしているので、さらに社会に浸透しやすいのだと思います。
人々が幸せを体感することの意義について、きちんとした根拠や裏付けを示せるよう、いろんな領域の人たちが取り組み始めたというのが、昨今のウェルビーイング研究の成長に非常に大きく寄与しているのでしょう」

━━━そうですね。一般に広がり始めたばかりなせいか、“ウェルビーイング”という言葉もどんなさじ加減で使ったらいいのか難しいところがあります。

宮木「私も、“ウェルビーイング”にどの動詞をつけるのかということを模索しています。
“高める”なのか、“実現する”なのか?

幸せの度合いを表現する際に、はしご型で高めていくものなのか、それともコマのようにバランスをとるものなのか、社内でもよく議論しています。振り子にたとえる方もいらっしゃいますね。
日本型の幸せというと、昨日よりいい自分に高めていこうというよりは、いかに平穏に安心して暮らすかというところに幸せがある、日常に幸せがあるというのが、しっくりくるような気がします」

第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部長、宮木由貴子さん

━━━われわれもよく話すのですが、“高める”という言葉を使ってしまうと、またあらたな呪縛につながりかねないですしね(笑)
本の中では、“ライフデザイン”という言葉を使っていますが、ウェルビーイングとどう結びつくのでしょう。

宮木「“ライフデザイン”という言葉自体は、弊社では30年以上前から使っています。

このライフデザインを、1.0→2.0→3.0と、バージョンアップさせていく表現でいえば、『ライフデザイン1.0』の時代(昭和)は、ほとんどの人が共通に描く設計図があった時代。つまり、一生懸命頑張って勉強したり努力したりして、よい仕事について、お金を稼ぎ、車や家電を買い、結婚して子供をもうけ、孫ができ、老後は悠々自適……というような。その設計図完成に向けて空欄を埋めていくような、雛型があってそれに基づいて説明書を見ながら組み立てていくというのが、当時のライフデザインでした。

続く『ライフデザイン2.0』(平成)は、女性の社会進出が進み、発言力も強くなり、人々の価値観にも多様性が出てきた。ランダムに散らばっている「幸せの構成要素」のいろいろなパーツを自由に組み合わせてよくなった時代。つまり、1.0のときのように、幸せの形は一つじゃなくなったということ。“ここは作らなくてもいい”とか、“この部分はもう少し充実させてもいいかな”、など人によっていろいろなバリエーションがあり、出来上がった幸せの完成形は多彩になったのですが、大震災などの自然災害やリーマンショックをはじめとする不況があり、なかなかうまく完成形にもっていかれない人が多くいました。ライフスタイルが多様化したことで、ロールモデルとなる人を見つけにくくなった時代でもあります。

そして今は、『ライフデザイン3.0』の時代(令和)。
これまでのライフデザインは、100歳まで生きても大丈夫なように備えなくては、という気持ちでやっていたところが大きいと思うのですが、3.0モデルでは、“毎日幸せを体感しながら生きる”ためにはどうしたらいいのかという視点で、“今”も含めた未来をまずは描きましょうというものです。“今の幸せと未来がつながっている”という考えですね。

一人一人が描いたライフデザインの実現に向けて、いろいろな人や社会とつながったりつなげたりしながら、様々な価値観を受け入れ、学んだり調整したりを繰り返す。未来を創っていくプロセスの中で、幸せを体感する日常も実現する、そんなモデルです。そして実際に、ライフデザインをしている人では主観的な幸福感を体感しやすいようなのです。

ライフデザイン3.0時代の「デザイン」は、組み立てるとか、設計図を見ながらつくるのではなくて、まずは自分で描くということ。それはとても自由な反面、難しいことでもあり、実は『ライフデザイン1.0』の時代が疑問を持たずに済んだ分、ライフデザインがしやすかったともいえるかもしれません」

━━━そうですよね。「次は車だ、その次はマイホームだ!」と思っていればよかった(笑)

宮木「何歳で退職金をもらい、何歳で年金をもらってと、なんとなく先が見える感じでした。勝ち組・負け組というのも社会が決めた価値観に沿っていたので、明快だったと思います。

でも、今は何歳からでもやり直せるし、社会的地位が高いとかお金が沢山あるというのが勝ち組のトレードマークではなくなりました。

「勝ち」ではなく、「価値」を目指す。主観的に自分が幸せと思えたら、幸せなんです」

意識的に笑うのは大切なこと。“ハピネス体感スキル”を磨くには

━━━自分の中に“自分なりの幸せのものさし”を作っていくわけですね。ただ、今になっていきなり自由にしていい、そういう時代だと言われても、なかなか難しい人もいるのではないでしょうか。

宮木「おっしゃるとおり、方向性を示されることに慣れていると、何を基準に合わせたらいいんだろうと悩んでしまうかもしれませんね。

ライフデザインが難しいのは、子どものころに自由のあり方とか多様性などの教育を十分に受けていないからだと思うのです。ただ、その教育をすべて学校に求めることもないと思います。親がそれらを踏まえてライフデザインについて考え、その視点で子どもたちに接することもとても大事だと思います」

━━━ライフデザインを自由に描くのが難しくても、社会や日常の中で小さな違和感を持っている人は多いだろうと感じます。『「幸せ」視点のライフデザイン』を読んで、何か気づきを得る人もいそうです。

宮木「そうですね。これまでの価値観を全部捨てて一から作り直しましょうというのは無理な話です。“なんか、居心地が悪いな”“それおかしくないかな”“本当はこうなんじゃないかな”など、日々の暮らしで感じる小さな違和感をひとつずつクリアしたり、違和感を否定しないで“なぜ、私はこれが嫌なんだろう”などと考えて育てていけば、自分に合ったライフデザインにつながるのではないでしょうか。

この本では、できるだけ多くの人が小さな違和感をライフデザインにつなげられるよう、非常に広い範囲のことを取り上げました。ひとつひとつ掘り下げていくとそれぞれ1冊の本になるようなテーマばかりだと思います。

ライフデザインや幸せについては、概念自体がまだ十分社会に届いていない、理解されていない段階です。
だから、誰もが日常と結びつけて読めるようにいろいろな考え方があり、世の中は今こういうふうに変わろうとしているということを、なるべく平易に、データをつけながら編集しました」

━━━ウェルビーイングという言葉を知らなくても、目次を見るだけで興味を惹かれそうです。一般の生活者の行動を変える第一歩になりそうですね。

宮木「一般にはまだ“幸せ”や“ウェルビーイング”を消化しきれていなくて、口にしづらい空気があると思いますが、これからだんだんなじんでいくと思います。すでに“ハピネス”という言葉はすごく使われていますね。

この本にも書きましたが、意図的に笑ったり感じたりすることで、人間はハピネスを体感しやすくなるようです。
“おもしろいから笑うんじゃなくて、笑うからおもしろいんだ”という有名な言葉がありますが、体を動かすとか、あえて笑ってみちゃうとか、おもしろくなくても反応することで、ハピネス体感度が上がっていくし、ハピネス体感スキルを磨いていけると思うんです。

幸せを体感しやすい人は、コミュニケーションでも同調する、うなづく、そういうことも多いといわれています。

口角を上げるだけでも、脳がだまされて幸せを感じるホルモンが分泌されるそうです。
今、コロナ禍で会いたくない人に会わなくてすむ世の中になっていますが、そうすると愛想笑いすらする機会も減ってしまう。すると、愛想笑いでこれまで使っていた神経を使わなくなり、また愛想笑いしなくてはならない場面に遭遇したときにその神経が働かなくなっていたり、苦手な人とのコミュニケーションで保たれていた何かが衰退するかもしれません。
愛想笑いでも、割りばしをくわえるのでもいいのですが、口角を上げるという行動が、心を変えていくみたいです。

脳をだましているだけで元気になっていく。意識的に笑うのは、すごく大切なことなのです。ハピネス体感のスキルは訓練で上がるといってもいいかもしれません」

消費者と企業が共に成長し合う時代

━━━社会全体でライフデザインについての考え方を共有するという点で、この本は企業の側にも役立ちそうです。

宮木「これから生産人口が減っていく中で、自分の会社を盛り立ててくれている従業員がいかに長く会社にいてくれるかは、非常に重要になってきます。エンゲージメントですね。
この会社にいてよかったな、幸せだったな、仲間がいてうれしいなと思える環境であれば、従業員も幸せで、そこにいて長くがんばろうと思える。
それは当たり前のことですが、そこにしっかり気づいて、まずは従業員の幸せを考え、今いる人たちにどう幸せに働いてもらえるかを考えるだけで、だいぶ組織は変わると思っています。

企業と消費者との関係も変わってきています。特に大企業は、消費者のことを考えていないなど否定的な見方をされることも多々ありましたが、消費者のために企業があり、企業は消費者に支えられて活動しています。二項対立の関係ではなく、価値を共有しているのです。
消費者が企業を育て、企業は消費者を支えながら、一緒に成長しましょうというスタンスに変わろうとしているように思いますし、そうあるべきだと思っています」

コロナ禍で自分にとって良いことと悪いことを感じるアンテナが立った

━━━ダイナミックな変化ですが、実はたった数年前のことなんですね。日本の幸福度が2020年に上昇したという調査結果もあるようですが。

丹下さん(以下:丹下)「そうですね、確かに直近の国連の世界幸福度調査では、2020年の日本の幸福度は上昇しています。また世界各国の幸福度ランキングも少しですが順位が上がっています。

しかし、こうした国際比較においては、世界各国共通の指標で幸福度を測るわけですが、ある国では幸せの測り方にぴったりの調査項目が、日本にも適合するとは限りません。

世界幸福度調査では、自分の生活を10点満点中、何点になるかを答えてもらうことで幸福度を計測しています。でも、アメリカ人などは割と高い点数を平気でつけますが、日本人は真ん中の5点を選びがちで、あまり10点をつけようとしません。よくて8点くらい。
自分を振り返っても分かりますが、日本人はたとえ今の生活にすごく満足していても、満点とすると自分が慢心していると思われそう、とか遠慮してしまうところがあります。
こうした文化的な違いにも注意する必要があります。

たとえば、世界幸福度調査では各国の幸福度を説明する要素の一つとして「寛容性」が挙げられていますが、これを測る質問は「過去一ヵ月にチャリティなどに寄付をしたか」というものになっています。ご存じのように、日本人はあまり寄付をしませんが、それだけをもって日本の社会は他人に対する意識が低い、寛容性が低いとは、私は思いません。
日本人は他人に手を差し伸べないと言われがちですが、実は相手に迷惑なんじゃないかなど、相手の事情を二重にも三重にも考えたうえで行動をセーブしているケースが多いですよね。

だから、国際比較は文化的な差異を十分に考慮する必要があると思っていますし、幸福度が上がった下がったというのも、どういった項目で測られているのかを詳細に見極める必要があると思います。」

宮木「長年にわたって生活者の研究をやってきた経験からいうと、災害や今回のコロナ感染拡大のようなことが起きたときのほうが、感謝の気持ちが高まり、幸福を感じる基準が下がります。

だから、コロナ禍の2020年の調査で幸福度が上がったというのは必然でしょう。」

━━━なるほど。コロナ禍があったから幸福度が上がったと。

宮木「危機的な状況になると、普通に生活ができていることに感謝の気持ちを持つようになりますから。幸せのハードルがすごく下がって、本当にちょっとしたことでありがたいなと感じるわけです。最近、緊急事態宣言が解除されて飲みに出かけていく人たちのニュースをよく見ますが、みんな幸せそうな顔をしてますよね(笑)コロナ前の2年前はあんな幸せそうじゃなかったと思うのですが、今は店員さんもお客さんもみんなうれしそう。

何かあったときは基準が下がり、幸せに気づきやすい状況だということです。
まさに今、コロナ禍の最中に幸せについてみんなで考え直すのは、すごく意味のあることだと思います」

━━━このままではマズイという感覚と、自分に大事なものの自覚。このふたつが今、同時に自分の中にある状況ですね。

丹下「私たちが過去に行った研究で、ウェルビーイングや幸せに繋がるような行動を取っている人達に何時間もインタビューを行ったことがあります。その研究の中でも、まずいという状況の自覚と自分にとって大事なものってなんだろうと考えることが、健康づくりであったり、マネープランや自分の自由になる時間をどう有意義に過ごしたらいいかを考えたりするなど、行動に繋がっていくことが分かっています。実際にウェルビーイングを実現していく、幸せを体感していくことのきっかけのひとつになるのではないかと思います。

ふだんは多くの人が「幸せ」ということに注意を向けないし、気づけたとしてもなかなか行動できないんですよね。
でもコロナ禍でアンテナがすごく立って気づきやすい状態になっている。これは人生をライフデザインしていく、ひとつのチャンスだと思うのです」

第一生命経済研究所 QOL・ハピネス戦略タスクフォース長、丹下博史さん

宮木「東日本大震災や阪神淡路大震災のときは、気づきのアンテナという面では限られた地域の限定的なものでしたが、コロナ禍は日本全国どころか世界中で生じています。
こんな現象は今までなかったので、国として共感を得やすい状況であるといえます。今、国でも企業でも、幸せやウェルビーイングをどう計るか、GDP(国内総生産)からGDW(国内総充実)へという動きがありますが、これらを測るための項目として何をチョイスするのかというのは、今後の大きな検討課題です」

国内総生産(GDP)から国内総充実(GDW)へ。
政府や企業からの発信が必要

丹下「GDPからGDWへという流れは、個人の行動ももちろん大切ですが、最終的に社会の大きな仕組みを変えていかないと、定着していかないと思うんです。
今まで国も企業も経済価値やGDPを追いかけてきたのですが、そうではなくてGDWが大切だと発信することが重要です。

政府が掲げる骨太の方針にも、政策目標として“ウェルビーイング”が書き込まれました。今まさに動き始めたところですね。KPI(重要業績評価指数)のような形で指標化されて、これから地方自治体の政策も、ウェルビーイングにどれくらい貢献できるからこの政策をするんだ、みたいなことになっていくと思います。

そうすると、生活の身近なところでいろいろなことが変わり始め、行政や企業も、そしてわれわれ個人の意識も変わっていきます。その中で、ライフデザインの視点から幸せやウェルビーイングについて考えるなど、つながっていけばいいと思いますね」

宮木「幸せやウェルビーイングは、これからあらゆる領域に入ってくる視点だと思います。
税金や補助金を投入する根拠としても、ウェルビーイング的な側面を含めて考慮されるになるのではないでしょうか。」

━━━ウェルビーイングを定着させるためにも、みんなにわかる言葉で伝えたい。ああ、これが私のウェルビーイングなのねと腑に落ちるように、ひとりひとりの中でウェルビーイング的な何かの基準を持てるように、うまく発信していきたいと思うのですが。

宮木「ありがとう、うれしい、よかった、幸せといった言葉を積極的に外に出していくのも、ひとつのアクションとして重要だと思います。

先ほど、幸せの測り方はすごく難しいとお話ししましたが、たとえば笑った量とか、うれしい、ありがとうと言った量で測れないかなと考えたこともあります。
やはり感謝の気持ちを持つというのは、幸せととても親和性が高い。うれしい、ありがとうを素直に口に出せるということは、その人の周りにそういう人が多いだろうと思うので、きっとウェルビーイングが高い状況にあると思います」

丹下「感謝の念を持つというのは、日本だけじゃなく世界のどこへ行っても必ず幸せになるコツとして出てきますよね。日本人は“すみません”という言葉が、どうしても出てきてしまいます。もちろん、感謝の気持ちで“すみません”と言っているのですが、背景には「お手を煩わせて申し訳ないです」というのがあるように思えます。それを“ありがとう”に替えられたら、もっといいと思います。
そうしたこともあり、第一生命経済研究所では職場での取組みとして、今年からピア・ボーナス*を導入し、“ありがとう”を贈り合う活動を始めました。よく似た取組みとしては、昔から「サンクス・カード」と呼ばれる職場における活動がありましたよね。ピア・ボーナスはこれをスマホやパソコンのアプリを通じて行うことで、みんなで“ありがとう”を共有しながら、もっと簡単にできるようにしたものです。
これで職場の幸福度やウェルビーイング、エンゲージメント(社員同士の信頼関係や会社への愛着度)を上げていけないかと取り組んでいるところです。これがけっこうみんな、楽しくやっていて盛り上がっています(笑)」
宮木「社内SNSの一種ですね。“今日コーヒーいれてくれてありがとう”から”ピンチ救ってくれてありがとう“まで、一日の終わりにパーッと投稿が上がってきて、みんなで拍手(笑)わざわざ口頭では言わないようなことを言ったり、ちょっとおもしろくしようとしている人もいたりして、私も楽しんで使っています(笑)」

丹下「社員の方には、“私”を主語にしたアイ(I)メッセージを伝えましょうとお願いしています。
“あなたがしてくれたことで私はこんな風にすごく助かりました、ありがとう”という気持ちを素直に伝えましょう、ということですね。言葉にして渡すことで、相手も幸せになれるし、もちろん自分も幸せな気持ちになれるという、そういうことを運営側として考えながら、工夫してピア・ボーナスの運営を行っています。
これは職場での取組みですが、日常生活でも感謝を心がけるなど、個人でできることも多いと思います」

模索し、議論を活発にすることで気づくこと

━━━とても興味深いですね。そんな御社がつくった本を、多くの人が手に取ってウェルビーイングの気づきを得られたらいいのですが。

宮木「この本がきっかけとなって、議論が起こればうれしいです。この内容すべてに賛同することはないかもしれませんし、それは違うよ、こういう幸せだってあるよと思うかもしれない。それでいいと思います。

読んだ人がいろいろ感じて、その人が主観的に幸せだと思えればいいと思っています。
ただ、他人の迷惑のうえに立つ成り立つ幸せは問題ですね(笑)。社会との調和は考えてほしいですね」

━━━幸せという言葉は、日本人にはちょっと気恥ずかしい。たとえば、関西弁だとぼちぼちでんな、みたいな古い表現もありますよね。

宮木「それもたぶん、人生のコマが、まあまあバランスよく安定して回っているという意味で、おそらく幸せな状態を表していると思うんですよ。

その地域、その業界ごとに幸せの表現はいろいろある。その表現を集めるのもおもしろそうですね。」

━━━人とのつながりにおいても、たとえば独身の人が寂しいかと言えば、いや友達が多ければ大丈夫とか。

宮木「人によってつながりも、量をたくさん欲しい人もいれば、本当に大好きな人がふたりくらいいればいいという人もいらっしゃる。フォロワーが何万人もついているのが幸せと感じる人もいれば、そういうのはうれしくもなんともないという人もいます。
量があればいいとか、質がよければとか、じゃあ質って何だとなります。幸せのあり方は本当に多様で主観的なものですね。
こういう模索のプロセスがすごく大事なんだと思います。議論の過程で非常に多くの情報が出てくると思うので」

丹下「そうですね。つい自分の考えに押し込めたくなりがちですが、議論したり、他の人の考え方を知ったりしていくからこそ、幸せってこんなにいろいろな形があるんだと気づけるのだろうと思います。
研究所としては、そういう気づきとなるような情報を今後も発信していきたいと考えています」

※ピア・ボーナス=「peer(仲間)」と「bonus(報酬)」をかけ合わせた造語。日々の業務のなかの行動や結果を、従業員どうしで賞賛・感謝し、少額の報酬を送りあう仕組み。

【インフォメーション】

第一生命経済研究所
第一生命グループの総合シンクタンクとして、社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野・領域の調査研究を実施。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立った研究を行うとともに、生活者視点での調査・研究にも定評があり、ウェルビーイングやQOLに係る情報発信やセミナーの開催なども行う。2021年10月にシリーズ11冊目となるライフデザイン白書『「幸せ」視点のライフデザイン』(東洋経済新報社)を上梓。