僕が生まれ育った街、水戸の忘れられない味 前編「伊勢屋」「加寿美屋」「ぬりや泉町大通り店」

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


長年暮らした街だから、楽しいこと、嬉しいことはもちろん、悲しいことや辛いことだって、たくさんありました。僕が19歳の時に父が亡くなってから、母一人子一人に途中から猫一匹。僕が38歳のときに母が亡くなり、実家を手放したことで、少し縁遠くなっていました。

都会で忙しい時間の中で暮らしていると、ふとした瞬間に故郷が恋しくなる時があります。

高いビルに遮られない広い空、新鮮な野菜もたくさん、お米もとれる。海もあって川もあり、魚貝にも恵まれ、お肉も豊富、蕎麦も名産地。離れて暮らしてみれば魅力がいっぱい、郷里水戸の思い出のお店を振り返る旅。今月はその前編をお届けします。

僕の実家や母方の祖父母の家から近い“ハミングロード513”と名付けられた商店街。513は、商店街の長さを表している。子供の頃はとても賑やかで、八百屋さん、お肉屋さん、魚屋さん、スーパー、本屋さんとたくさんのお店が並んでいた。近くには、備前堀という川も流れて、お盆の頃には灯籠流しが行われ、風情のある街。僕の通学路でもあった、小中学校とそこを歩いて通ったので、思い出深い通りである。小学校から帰ってくるのが、他の子供達よりも遅いと感じていた母が、あるとき小学校から帰る僕を見つけたそうで、川に何の魚がいるのかとしばらく覗いていたり、草花を摘み、野良猫と遊んでいたり。一緒に眺めていた、別のお母さんから「あれじゃあ、帰りは遅くなるわね」と笑われたそうである。

最初に訪れるのは、水戸に住んでいる人ならば誰もが知っているのではないかと思うお店、
僕も子供の頃から、母も祖父母も、三代通っているのが「伊勢屋」である。
この店をひと言で、何屋と定義するのは難しい。お店の歴史を感じる佇まい、店先のショーケースに並ぶのは、団子、おにぎり、稲荷、苺大福、おはぎ、草餅、ドーナツ、干瓢巻き…ガラリと扉を開けて中に入れば、ラーメン、キーマカレーとメニューがかかる。

ひとつ言えるのは、この店が家の近所にあったらどんなに幸せかという事。

小学生の頃、土曜日の給食がないお昼には、伊勢屋のおにぎり、稲荷寿司、干瓢巻き、団子が並ぶ日が多かった。時々、お店で食べる、昔ながらの醤油ラーメンも本当に絶品なのだ。店内に並ぶものは全て手作り、団子もその日に食べないと硬くなってしまうのは、確かな味の証だと思う。いつまでたっても、やわらかいわけがないのだから。

ちなみに水戸駅から、タクシーに乗って伊勢屋の前でタクシーを降りて、少し時間が早かったので周囲を歩こうとすると、タクシーの運転手さんが車から降りて、伊勢屋に入って何かを買っていた。今日のお昼か、家族へのお土産なのだろうか、嬉しそうな顔で車に乗って、また仕事に戻っていった。

僕がいつも恋しくなるのは、きんぴら団子とおにぎり。

きんぴら団子は、その名の通り草餅の中にきんぴらが入っているのだ。その味は濃すぎず、薄すぎずで、塩梅が絶妙。もちもちしたやわらかいお団子と、しゃきしゃきとした歯応えのきんぴらの組み合わせは、あとひきだ。普通の団子や草餅は、どこの店にだってあるけれど、きんぴら団子は伊勢屋が手間暇かけて長年守っている唯一無二の味。作れる数に限りがあり、早く行かないと売り切れ御免、僕もたまに行っては売り切れなんてこともあるけれど、それは次回の楽しみが増えるというもので、皆様どうかへそを曲げないで頂きたい。

おにぎりは、お赤飯の醤油味版とも言える味。これも他所ではなかなかお目にかかれない、しょっぱいのかと言われたらそんなにしょっぱいわけじゃない、こちらも塩梅がよろしい。昨今のフワッとしたおにぎりではなく、しっかりめの握り具合が懐かしい。お皿に盛られて出てきた、きんぴら団子とおにぎりを食べて、ホッとする。

お茶を飲みながら、客席に置かれたおてもとと、コショーの瓶が、どうもこちらを眺めているような気がする。壁にラーメンの品書き、店主の伊勢亀さんがキラキラとした笑顔で「近所に住んでいたなら、ラーメンもよく食べた?」と仰る、そりゃ食べましたとも。ラーメンを追加注文した。出汁もしっかりとって、焼豚も自家製で作っているラーメンは、日本の伝統的な醤油ラーメンの見本のような一杯、あっさりと完食する。撮影が終われば、家人へのお土産を。頼んだものを手際よく包んでくれる様子、いつも見入ってしまう。再訪を誓い、店を出た。温かな見送りがいつまでも、心の中に残っている。

さて、道路を渡って斜向かいにあるのが「加寿美屋」です。ここも、三代通っているお店。

僕の好きなお菓子は、オレンジとココナッツ。オレンジは、サクッとした生地の中にみかんジャムが入っていて、そこに青海苔がふりかけてある。お菓子と青海苔、なんとも不思議な組み合わせではあるが、だからこそ食べたくなってしまう。ココナッツは、ほろほろとしたココナッツ生地の中にみかんジャムが入っている。三日月の形もなんだかロマンティックで、これもなかなかお目にかかれない味わい深いお菓子。僕には、子供時代のアルバムを捲るように話してくれる家族はもういない。だからこそ、こういう幼少期に家族と食べた味が、そういう役割を果たしてくれているのかも知れない。時々、無性に恋しくなって、食べると優しかった母方のおばあちゃんに会えたような気がして安心するのだ。

冷蔵ケースに目を向けると、懐かしいような、見ているだけで幸せな気持ちになるケーキがたくさん並んでいた。水戸に暮らしていた頃から、黒胡麻のシュークリームが好きだった。サクッ、ふわっとした食感、黒胡麻の香り高いたくさん詰まったクリーム。大きいけれど「黒胡麻は身体に良いからね」という、甘いものへの罪悪感に対する、自分への言い訳も成立。家業の会社にいる時には、手土産にもよく利用させてもらった。はじめまして、お疲れ様、ありがとう、ごめんなさい、様々な感情を含んで誰かの元へと届けては、助けられていた。ふわふわした、枕にしたら気持ちよさそうなロールケーキも美味しそう。母も好きで、僕もよく食べていたのは食パンにピーナッツバターを塗ってサンドしたもの。こういうものは、自分で塗るよりも、誰かに塗ってもらった方がずっと美味しいもの。今は、懐かしいと人気のシベリアやジャムロールも、ずっと作り続けている、懐かしい味わい。

最後に僕は、オレンジとココナッツを袋いっぱいに購入。撮影している間も、お客様がひっきりなしにやって来る。美味しそうだなと眺めていた甘食はあっという間に完売。サンドイッチやパン、お菓子も次から次へと売れていく。窓から、伊勢屋に目をやると、あちらにも行列が出来ていた。加寿美屋のお菓子、パンは店主の鷺さんご夫婦らしい実直な味わいだ。
通りを挟んだ、僕の好きだったお店が、誰かの暮らしに根付き、愛されている様子を間近で見ることが出来て、嬉しかった。子供の頃に遊んだ公園で、遊具に乗ってお菓子を食べた。すぐそばに見える、子供の頃に通った歯医者さん、先生はまだ元気かな?

子供の頃、父の帰りはいつも遅かったけれど、ときどき母が遅くなるような日に、父と2人で食事に出かけた。そういう時に出かけるのは決まって「ぬりや 泉町大通り」だった。

ちなみに、先程の伊勢屋と加寿美屋エリアは、下市(しもいち)、水戸芸術館や京成百貨店、ぬりやがあるエリアは上市(うわいち)と呼ばれている。これは明治時代に市制町村制が導入され、水戸市が誕生する前の地名に由来している。僕の家は下市に近く、上市へ行くには、高架道路を通って行く。緩やかな坂を登り、大きなカーブを描く辺りで見える空や街の景色が好きだった。普段あまり顔を合わさない父親と二人で向かう車の中は、気まずさがあった。何を話したらいいのかな、何か話しかけてくれたら良いのにと思ったものだったが、今なら理解できる、あの時、父親だって何を話していいか分からなかったのだ。しかし、うなぎがあれば心配ご無用。「美味しいね」と、自然と笑顔も会話も溢れてくる。水戸に暮らす人の、お祝いやご馳走と言えば、ここの店。僕も水戸にいるとき、遠方から来る友人を連れて行く自慢の店は、ぬりやだった。

最初に鰻の白焼きを頂いた、子供の頃にはこの白焼きの美味しさが分からなかった。わさびをつけて、頂くと格別な美味しさがある。日本酒をきゅっといきたいところだけれど、あいにく僕は下戸。余韻を楽しみながら、美味しい漬物を食べているうち、お待ちかねのうな重が運ばれて来る。蓋を開けると思わずにんまり、見るからにふっくらとしたうなぎが現れる。

間髪入れず、箸を入れて一口頬張ると天にも昇る美味しさだ。肝吸いも上品に仕立てられ、名脇役として一層の満足感を与えてくれる。華やかな香りの風味も一級品な山椒と頂くと、あっという間に完食。もう少し食べたいなあと思いながら重箱のふたを閉め、お茶を頂いた。代々守ってきた、ぬりやの暖簾が誇らしく感じられた。タクシーに乗り込み、まごまごと行き先を伝える我々が走り去るまで、小雨のなか3代目の廣瀬新太郎さんが見送ってくれた。まだまだ、ぬりやの味を楽しむことが出来そうで晴れやかな気持ちになった。

母が亡くなり実家を手放したのは、2015年のこと。それからは、日帰りで気まぐれに水戸を訪れている。懐かしいお店に行ったり、野菜や魚を買ったりしに。2020年にパンデミックが起きて、飲食店は大変な苦境に立たされた。そのような状況の中、今回訪問したお店の暖簾が今日まで守られてきたのには、それぞれのお店の努力、築き上げたお客様との信頼関係があってこそだと、お話をしながら改めて感じた。当地、有名なのは水戸黄門であるが、第9代藩主の徳川斉昭公が重んじた「一張一弛」(いっちょういっし)つまり”時には厳格に、時には寛容に生きるべき”という儒学の思想は、時代や環境の変化に適応して生き抜いていくのには重要な教えなのではないかと受け止めた。斉昭公が創設した弘道館における、学びの精神が今も脈々と水戸の人々には受け継がれているのではないだろうか。店主の顔を思い浮かべながら、そんなことを思った。

旅は次回、後編へと続きますが、都心からのアクセスの良い水戸は日帰りでも十分楽しめます。ぜひお出かけ下さい。


伊勢屋

伊勢屋のみなさんと。麻生さんの右が現3代目のご主人伊勢亀優也さんのお母様の悦子さん。朗らかな悦子さんとともに、親族が力を合わせて盛り立てている。

水戸で三代続く「伊勢屋」は、おだんごやお餅、お稲荷さんやかんぴょうの海苔巻きを売る、昭和時代には日本全国にあった「甘味処」。中に入ればちょっとした軽食も食べられるこういう店は、今はかなり少なくなってしまったのでは。伊勢屋は、その昔の形態と心は大事にしながら、ちゃんと時代の要求にも自然に応える。ラーメンスープだしを使ったキーマカレー、手作りのチャーシューを載せた丼などがそれ。伊勢屋は古くて、ほどよく新しい店なのだ。だからずっとなくならない。何もかも手作りで、添加物や保存料は使用せず、包装にもプラスチックは使っていない。そして、何もかもおいしい。お店の人は手際が良く、見ていて気持ちがいい。目も心も舌も満足する店。

だんご130円 おにぎり180円 いなり130円 おはぎ180円 草もち150円 きんぴらだんご170円 ドーナツ140円 ラーメン700円 キーマカレー750円 チャーシュー丼550円他

住所:茨城県水戸市本町1-5-5
電話:029-221-5266
*予約不可
営業時間:9:00~18:45
定休日:第1.3火曜 第2.4日曜 第4月曜

加寿美屋

ご主人の鷺(さぎ)裕治さん、奥様の美世子さんと。

ご主人の鷺裕治さんは先代からこの店を受け継ぎ、新しいものも作る傍ら、コッペパンや甘食などの昔からの商品もそのまま無くさずに作り続けている。「住んでいる人がだんだん高齢化している中、その人たちの思い出を裏切らないように、いつ来てもこどものころの味がそのままあるように、と思って作っています」というご主人の言葉には深く大きな、地元とパン作りへの誠実な愛が感じられる。無添加のパンはどれもおいしいが、耳が硬めで、しっとりとした食パンの美味しさは特筆すべきもの。サンドイッチは出すそばから飛ぶように売れていく。買う人と作る人の「ありがとう」の気持ちが通い合う、あたたかい街のパン屋さん。

食パン1斤250円 あんぱん170円 クリームパン150円 ジャムパン150円 甘食90円 コッペパン130円 シベリア170円 ごまシュークリーム170円 苺のショートケーキ460円 チーズケーキ420円他

住所:茨城県水戸市本町1-4-23
電話:029-221-3253
営業時間:10:00~18:00
定休日:第1.3水曜日 第2.4日曜日
*営業時間、定休日は変更になることがあります。

ぬりや 泉町大通り

三代目廣瀬新太郎さんと。

泉町の国道50号線に面した、どっしりとした店構えのうなぎの名店。1965年の創業以来、地元の人に愛され続けている。三代目の新太郎さんはオーストラリアに留学後、店を継いだ。
じつは以前、火災に見舞われ店は全焼したが、新太郎さんのお父様がたれを瓶ごと抱えて持ち出し、創業以来の時間が創り出した味を守り抜いたという。うなぎは、愛知、静岡、鹿児島などの産地から、よいものをえりすぐって取り寄せている。厚みがあって、ふっくらと柔らかいうなぎは白焼きでも、蒲焼でもそれぞれの美味しさが存分に味わえ、一口目から幸福感に充たされる。「お客様のために」という心は接客にも表れて、とても親切で行き届いていて、地元の人が、水戸のおいしいもの自慢をするときに使う店、というのも納得できる。

住所:茨城県水戸市泉町3-1-31
電話:029-231-4989
営業時間:11:30~15:00 17:00~20:00
定休日:火曜日


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。2024年には3冊目の書籍「365 僕のたべもの日記」(光文社)を上梓、注目を集めている。

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