おいしくて、やさしい台湾料理の店でくつろぐ安心感 第十八回「青葉」(東京・新宿)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


「ああ、いつもの麻生さんね」
予約の電話をした時、そう言ってもらえるだけで、なんだか嬉しくなってしまう。僕の定期的に帰りたいお店、歌舞伎町「青葉」である。

初めてお会いする方に「今度、青葉に行こうと思っています」と言われたり、友人からは「青葉に来たよ」と写真が送られて来たりする。まるで僕が関係者であるかのように。最初は、家人と2人で行っていたけれど、一緒に行きたいという人も増え始め4人、大勢でガヤガヤ円卓を囲むのも楽しい。台湾料理はどこか懐かしい味わいで親しみやすく、特に青葉の味や雰囲気は、家庭的な優しさやいたわりがあると思う。メニューもたくさん種類があって、野菜が食べたい、肉が食べたい魚介がいい、様々なニーズに応えてくれるのも、頼もしい。

僕らの世代だと、台湾料理にはあまり馴染みがない。しかし、養親となった高齢姉妹と暮らすようになってから台湾料理がグッと身近な存在になった。昔は、当家のある千駄ヶ谷にも、台湾出身の方が近所に多く暮らしており、食卓の行き来もあった。そして彼女達行きつけの台湾料理屋にはよく志賀直哉がいて、会うと奢ってくれたのよと嬉しそうに言っていた。「わたし、若いとき美人だったからね」と機嫌良く話しながら、焼ビーフンを作ってくれた。「台湾料理って中華とはちょっと違って、懐かしい感じがして美味しいのよね」そのビーフンには、キャベツやピーマン、干海老、ひき肉、錦糸卵がのせられ、とても美味しかった。どんどん台湾料理が身近になっていった時、ある雑誌で菊地成孔さんが「青葉」を勧めていたのを目にする。ずいぶん前に誰かに連れられ出かけた事を思い出して、ある晩に家人と出かけて行った事から、頻繁に出かけるようになった。

歌舞伎町に来る事は、ほとんどないので、目に映る景色は新鮮である。あんまりキョロキョロしてはいけない、緊張感を持って早歩き、ビルの地下に降りて店の扉を開けてホッとする。喫茶店か、ナイトクラブの名残だと思っていたレンガを多用した内装は青葉開店時のもの。台湾にはレンガを使った建物が多くあり、それをイメージしたのだとか。今時の飲食店のスッキリとした内装では感じることが出来ない、重厚な安心感。店内の装飾や調度品も、1968年の開業の頃からほとんど変わらず、時代の変化を見守ってきた。早めに予約を入れると、入口の看板にも「麻生様」と名前を書いてもらえるのも嬉しい。だからと言って、書かれていなくても、落胆したりはしない。

「前菜盛り合せ」は、毎回最初に頼む我が家の定番中の定番。
焼豚・蒸し鶏・クラゲの冷菜・ピータン・白菜甘酢がのっている。僕は色々なお店で、前菜の盛り合せを頼むのが好きだけど、お店によって、焼豚の味がもっときつかったり、蒸し鶏が塩っぱかったり、クラゲが酸っぱかったり辛かったり。青葉のそれはピータンは癖がなく食べやすい、白菜も脇役としての存在感を心得た加減。好みもあると思うが、僕には味の調和が良い一皿。是非、食べて欲しいと思う。

「干し豆腐 セロリ、肉、スルメの客家炒め」
毎回、干し豆腐…と簡単に頼んでしまうのだが、メニュー名にある“客家炒め”という言葉を改めて調べた。現地の表現だと“客家小炒”。客家料理について簡単に説明をするなら、中国大陸の華北地方に起源を持つ人々が、時代の流れの中で台湾を含めたアジア各地に移住し、困難な状況の中で暮らしや文化を守っていく過程の中、食事は干し豆腐やスルメといった保存性の高いものが多用されていった中で形成された、伝統的な料理である。その解釈については様々あり、これを機会に学びたいところだが、難しい事を抜きにすると、僕は青葉で頼んだこの料理で、初めて干し豆腐を美味しいと感じた。

「ニラ饅頭」
餃子や焼売、大根餅、色々ある点心の中、毎回決まって必ず頼むのがニラ饅頭。ニラの香り、風味があって素朴な美味しさ。メニューには2個と表記されているが、人数に合わせて数を調整してくれる。「5人だから5個ね」自然にそう言ってもらえるだけで、嬉しくなる。もちろん、提供の仕方とか状況によっては、そういかない事だってあると思うけど。

「レタス包み」
鶏挽肉とエビを炒めたものと、揚げて砕いた春雨を調味料で和え、食感の良いレタスに包んで食べる料理。恥ずかしい話、今回取材の際に初めて、食感がよいのは揚げた春雨だという事に気が付いた。僕が本当に好きな料理は、何も考えずに食べている。青葉に来たならば、絶対に頼んで欲しい一皿。

「冬瓜スープ」
スープもたくさん種類がある、台湾料理らしい魚団子スープ、干貝柱スープ、懐かしいコーンスープ、アワビにフカヒレまで。しかし、いつもこの滋味深い冬瓜スープを頼んでいる。あっさり仕上げられその塩梅は絶妙、完成度が高い引き算の料理だと僕は思う。ちなみに、風邪をひきそうな時には、朝鮮人参と烏骨鶏のスープという選択肢も良い。

「五目炒飯」
ルーローハン、おかゆ、ビーフン、様々な選択肢があって、2人の時は麺かごはんかで悩み、何人かの時には両方。どちらの場合でも五目炒飯率が高めです。奇を照らわない炒飯は安心して、誰もが美味しいと感じる仕上がり。

いつもの麻生さん、いつもの青葉。

慣れ親しんだ味、次々に運ばれてくる料理をぺろりと食べた。食後に頂いた仙草ゼリーは、仙草の香りがしっかりありながらも食べやすい味で、口の中がスッキリした。

ゆったりとした間隔の客席はどこに座っても落ち着きがあり、100人は入れそうな広い店内、年末年始以外には定休日もなく、営業時間でさえあれば、いつだってここに来れそうな感じがする。少し大袈裟に聞こえるかも知れないが。このお店が近くにあるというだけで、僕は東京で安心して生きていける気がしている。何かあっても、青葉に行けば大丈夫。このお店に関わらず、飲食店との関係性には、そういう力があると思う。何度も訪れるうち、大きな円卓を友人達で囲み、その輪の中で赤ちゃんをお店の方達があやしている様子、台湾から日本へ来たと思われる若者たちが懐かそうに料理を食べている様子、細かな事情は分からなくても、訪れる人達の心の拠り所になっているような場面を何度も目撃した。その度に、僕も同じ気持ちです! と心の中で思った。青葉がこの先も、変わらずここにある事を切に願っている。

春は出会いと別れの季節、人が集まる機会もきっと増えることでしょう。そんな時には、是非「青葉」へお出かけ下さい。僕もこの原稿を書きながら、手帳を開いていつ行こうか、誰を誘おうかと思案中です。

「いつもの麻生さんね」と言ってくれる、店長の渡辺清二さんと。

青葉

1968年創業、新宿歌舞伎町という大繁華街の地下に広がる大スペース、青葉。壁は煉瓦、赤い椅子が置かれた独特のインテリアの店内は不思議に落ち着く。「よく、喫茶店だったんですか? って聞かれるんですよ」と笑う店長の渡辺清二さんは、長年この店の歴史と客の移り変わりを見つめてきた。歌舞伎町の街も創業当時からは様変わりしたが、変わらないのは「青葉」の味。高級宴会料理から、屋台、家庭料理に至るまで台湾の味を伝えるメニューは200種類以上。点心からデザートまで、それぞれが充実して、しかも出てくるのが早い! ランチから休憩をはさんで22:00までの営業で、いつでもあっさりとしてうま味の深い台湾料理の美味しさと、活気に満ちたやさしさで迎え入れてくれる。ほとんどすべてのメニューがテイクアウトできるのもうれしい。ちょっと元気がない日でも、滋味あふれるスープを一口、ふわっと胃があたたかくなるころには、もうこの店に励まされている気持ちになれる。

前菜盛り合わせ 2882円
干し豆腐、セロリ、肉、スルメの客家炒め 1271円
ニラまんじゅう   2個572円
鶏ひき肉、揚げ春雨、えびなどのレタス包み 1155円
冬瓜スープ 924円
五目炒飯 1155円

台湾ビール 715円
アサヒ生ビール 715円
老酒(かめ入り) 5280円
台湾紹興酒(ハーフ) 1386円

飲み放題コースも5500円~ 
*飲み放題コースは要予約
*価格はすべて税込み。
住所:〒160-0021 東京都新宿区歌舞伎町1-12-6 歌舞伎町ビルB1
電話:03-3200-5585

営業時間:月~金曜日
ランチ 11:30~15:00(LO14:30)
     ディナー17:00~23:00(LO22:00)
土・日曜日・祝日 11:30~23:00(LO22:00)


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。最新刊は「365僕のたべもの日記」(光文社)。

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