ソースの薫りに導かれて広島の友人たちと繰り出す「国泰寺焼き」の店 第十七回「花子 飯田橋店」(東京・飯田橋)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


「お好み焼きが食べたい!」
普段ソース派ではない僕だけど、衝動的にそう思う事がある。

丸っこい形、芳醇なソースのかかった、お好み焼き。突然、何かの拍子にそれが頭に浮かんでしまったら、もう他の何を食べても満足しない。こう書いているだけで、どこからともなく、良い香りがしてくるようだ。そういう状況になってしまうと、美味しい旬の魚の刺身だろうが、厚切りの味わい深いお肉が運ばれようとも、代わりはきかない。もう何を食べたところで、僕はお好み焼きが食べたいんだ! となってしまう。そんな時、僕が駆け込んで行くのは「花子・飯田橋店」である。

お好み焼きと言っても色々ある。僕が好きなのは、麺が入った広島風。子供の頃に食べ親しんだのは、色々な具材を混ぜて焼く関西風だった。混ぜる関西、重ねる広島と言うように、その作り方は全く違う。広島風のお好み焼は、生地を鉄板上で薄く伸ばして、その上にキャベツ、豚肉などをのせ、焼そばや卵を重ねていく、重ね焼き。関西のお好み焼は、小麦粉をだし汁で溶いた生地にやまいも、キャベツや肉などの具材をすべて混ぜて、円形にまとめて鉄板で焼いたもの。麺が入るのは、モダン焼きと言うらしい。

広島焼きが確立されていったのは、戦後のこと。配給の小麦粉を、一銭洋食(小麦粉と出汁を溶いて焼いたものに薬味とソースをかけて一銭で販売されていた)をベースに、海産物や野菜を加え、ボリュームを出すためにキャベツ、そこへ腹持ちをよくするために麺を加えたそう。戦後の苦難を乗り越える人々を支えた味、店名に人の名前が多いのは、戦争で散り散りになってしまった誰かの帰りを待つ目印として、また戦後の大変な時期を生き抜く覚悟を込めてという事情があったようだ。鉄工所も多い地域、鉄板の調達も容易であったとか。広島の力強さが、そこにあるようにも感じた。僕は、広島焼きが誕生してきたその背景にも、魅力を感じているのかも知れない。

僕が公私共に信頼を寄せる大好きな友人で写真家の前君、名刺のデザインや本の装丁もお願いした吉田君、僕がまだ駆け出しの頃に色々アドバイスをくれた戸野さんも、広島出身。いつもお弁当に入れている瓜の粕漬け、日章冠は広島の呉市にある。よく買い物に出かけるeatrip soilにいる岡崎姉妹も広島、気が付けば広島出身者が周りに多くいる。そして忘れてならないのは、出身というわけじゃなくても世に多くいる、広島カープファンの面々だ。音楽家の友人、世武ちゃんは生まれも育ちも、広島じゃないかと思ってしまうほどカープ愛に溢れている。ヨガとアーユルヴェーダの先生、いつもカッコいいHIKARUさんも大のカープファン。こうして、数年前から、広島との距離がどんどん近づいていた。

花子に初めて訪れたのは、何年前だろうか、まだ今の場所に移転する前、今より少し小ぢんまりとしたお店。家人と二人、お好み焼きが食べたいと思って、誰かに教わって出かけて行った。お好み焼きはとても美味しかったし、一品料理も何を頼んでも美味しく、店内に溢れるカープ愛も旅情感の演出をしてくれていて、ほくほくした気持ちになった。それ以来、僕らのお好み焼きは、花子一択である。

今回も、いつものオーダーを。

“シーザーサラダ”
野菜やベーコン、チーズが入った具沢山なサラダは、お好み焼きの前にもりもりと野菜が食べられて嬉しい。花子のサラダは、健やかでのびのびたした味がしていて、僕の好み。

“がんす”
広島料理と言えば、”がんす”でがんす。魚のすり身をフライにしたもの、名前の由来は広島弁の「がんす」(~でございますの意味)、目上の方に対して扱う謙譲語とのこと。フライと言っても、とても軽い仕上がり。初めて見た時は不思議な食べ物だなあと、惹かれなかったけれど、一度食べたら好物になった。蒲鉾好きにはたまらない、そして酒の肴にももってこいの一品。

“せんじがら”(花子 飯田橋店特製)
せんじがらとは、何ぞや? と思うかも知れないが、簡単に言うとホルモンを揚げたもの。一般的には豚のホルモンを使った料理を指すようですが、花子は牛のホルモンを使用。メニューには「噛めば噛むほど旨みじゅわ~」とある。本当にその通りの美味しさで、味わい深い、あとひきなメニュー。

“牡蠣バター”
広島といえば牡蠣、これを食べずには帰れない。鉄板でジュッと、牡蠣を焼くこて捌きが格好良い。素材が最も重要、バターの風味が効いていて、食感がプリプリ。家のフライパンで同じ事をしても、なかなかこんなにぷっくりと仕上がらないと毎回思っている。

広島焼きとひと口に言っても、地域によって、庄原焼き(お米が入りポン酢で食べる)、呉焼き(海軍由来の二つ折り)、府中焼き(キャベツにミンチが入る)、尾道焼き(砂肝とイカ天)、三原焼き(鶏モツが入っている)、他にも、まだまだ県内のそれぞれの地域で独自性を持っている。一度、それぞれを食べ比べる旅でもしてみたい。

そして花子は“国泰寺焼き”である。

生地を鉄板に伸ばしたら、うず高くキャベツをのせ、卵、他では豚バラ肉を使うお店が多い中、豚トロをのせて、麺をかりかりに仕上げるのが、国泰寺焼き。そして、これを焼く姿がまた凛々しくて格好良い。鉄板上のショータイム、こて捌きの技に固唾を呑んで見入ってしまう。こんなにたくさんキャベツが入っているのだから、ヘルシーな食べ物じゃないかと思は思っている。キャベツが高騰なんて時の事を、ついつい考えて心配してしまう。焼き上がりに、お好みソース、マヨネーズを足しながら食べ進めると、あっという間にぺろりと食べてしまう。麺も普通の麺、辛い麺、うどんもある。他にも、肉玉、貝割れがたくさんのったものや、海鮮がたくさん入ったものやチーズ。我が家では、国泰寺焼ともう一種類を気分に応じて頼んでいる。種類も豊富、トッピングも色々、いつか全メニューを試してみたい。

先日、広島で広島焼きを食べた時に、鉄板の縁で初めてお箸ではなく,こてで食べたが、使い慣れていないので食べるのが下手くそで、ちょっと格好が悪かった。今年は、こて捌きがカッコいい、広島出身の小林店長を見習うべく、花子に通おうと思っている。夜にワイワイ行くのも良いけれど、気軽にランチで訪れるのも良い。ぜひ、皆さんも頭にお好み焼きが浮かんだ日には「花子 飯田橋店」にお出かけ下さい。かく言う僕も、もう行きたくなって来ました。

店長の小林健太郎・奈緒子さんご夫妻と

花子 飯田橋店

具材を粉に混ぜて焼く関西風のお好み焼きと違い、まるでミルフィーユのように具を重ねて焼く広島焼。「これでないとダメ」というファンに支持されているが、「花子 飯田橋店」の名物「国泰寺焼き」は豚バラの代わりに豚トロとそばをカリカリに焼き付けて仕上げる広島でも人気の一品。卵の黄身の絡んだパリパリの麵、キャベツ、豚トロを、意外におだやかなソースの味がすべてをまとめ上げて口の中が幸せで一杯になる。理屈じゃない美味しさに軽やかに抑え込まれる喜びが、国泰寺焼きにはある。そして、その鉄板を使っての数々の一品料理もレベルが高く、広島ならではの食材や名物を次々に頼んで、友人たちと宴会がしたくなる店だ。
店長の小林健太郎さんは本店のある広島から上京、この店を任されて16年。ちょうど結婚直前だった奥様の奈緒子さんと二人三脚で店のクオリティを守り続けている。その継続の力が味になって表れているこの店は、ランチも夜もにぎわう東京の広島焼きの名物店となった。

サラダ・一品料理
焼きたてベーコンのシーザーサラダ 930円
三宅水産のがんす(白身魚のすり身フライ) 730円
牡蠣バター 1150円
せんじがら(揚げた牛ホルモン*飯田橋店のみで提供) 980円
A5広島牛サーロインステーキ 5800円

お好み焼き
国泰寺焼き 1050円
カイワレたっぷり国泰寺焼き 1350円
花子スペシャル 1700円
店長スペシャル 1550円
など
各種トッピングは280~450円

他にも焼きそば、餃子、ホルモン炒めなど充実の品ぞろえ
ドリンクも種類豊富
*価格はすべて税込み。
住所:東京都千代田区九段北1-10-5 サンブリッジ九段ビル1F
電話:03-6380-8024
営業時間:ランチ 11:30~14:00(LO13:30)
     ディナー17:30~22:30(LO21:30)
定休日:日曜・祝日


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。2024年1月には3冊目の書籍「僕のたべもの日記 365」(光文社)を刊行。

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