年の初めのウェルビーイング考

文/宮木由貴子
専門分野はウェルビーイング、消費者意識、コミュニケーション、モビリティ
イラスト/ながお ひろすけ


今年の自分のあり方を考える「一月」

2024年は辰年。辰(龍)は十二支の中で唯一私たちが目にすることのない生き物であり、大きな力を持つとされる想像上のものです。何しろ実物を見たことがありませんので、幼少の頃、自力で描くのに最も難儀した干支イラストが辰年向けだったのを覚えています。

「一年の計は元旦にあり」という言葉があるように、年が改まった1月は、これからの計画や目標をたてる人も多いことと思います。「あれをやってみよう」「これに挑戦しよう」と奮起する人もいるでしょう。初詣に行き、手を合わせて「幸せになれますように」と祈ったり、絵馬に書いたりする人も少なくありません。このように、1月は自分のあり方や「幸せ」について考えたり祈ったりすることが非常に多い時期です。

そこで、本稿では人生100年時代の3つの人生資産「健康」「お金」「つながり」について、それぞれどのような視点で幸せを考えるのか、考察してみたいと思います。

健康と幸せ

そもそも、健康とは何なのでしょうか。健康診断で指摘がない?障害や持病がない?通院していない?だとすると、人生100年時代は高齢者の比率が高い社会ですから、当然不健康な人が占める割合が高い社会となってしまいます。

今、身体に関する数値を一定の範囲内におさえるとか、健康診断でひっかからないとか、「健康であること」自体が目的化されてしまっている部分があるように思います。世界保健機関(WHO)は、健康を「病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態にあること」と定義しています。この「満たされた状態」というのは、「自分がどう捉えるのか」という主観に大きくかかわってくるものといえます。

もちろん、身体的な課題や病気についてはケアや治療で適切に対処する必要がありますが、それだけで健康は実現できるものではないということになります。大切なのは「満たされた状態を感じる」こと、すなわち「幸せの体感」です。自分自身で、今の自分をどう「満たされた状態」に持っていくかという視点が、実は健康面での幸せの実現において重要であると考えられます。ちょっと乱暴な言い方ではありますが、数値がイマイチだったり、障害や持病があったり、通院しているとしても、うまくそれらと付き合いながら自分が「満たされている」と感じる状態を作ることで、「健康である」と胸を張れるということです。

お金と幸せ

ではお金についてはどうでしょう。実はお金が多ければ多いほど幸せをもたらすというわけではないということが、諸外国を含む様々な調査からも明らかになっています。どう稼ぎ、どう使い、どう貯めるか、すなわち「働き方」「消費・投資の捉え方」「貯蓄の仕方」といったことを、それぞれの人に合わせてライフデザインすることが、幸せの体感につながります。

例えば、“どんな働き方がその人にとって幸せなのか?⇒バリバリ働いて稼ぐ?最低限の働きで自分のために時間を使う?お金よりやりがい?”“どんな消費スタイルがその人にとって幸せなのか?⇒安いモノでよいからいっぱいほしい?ミニマリストとして最小限のものだけ持ちたい?”“どんな貯め方がその人にとって幸せなのか?⇒増やしたい?地道に貯めたい?貯める目的は?”・・・など、価値観は人それぞれです。

もちろん、人生100年時代においてお金は重要ですので、金銭的備えとしての保障や貯蓄は重要です。ただ、お金は稼ぎ方・使い方・貯め方などによっても幸せを感じることができます。例えば、働きがいのある仕事でお金を得る、意味を感じられるところに消費や投資をする、困っている地域や企業を助ける形で消費や投資をする、寄付やクラウドファンディングに参加するなど、お金を通じて「いいことをしている」「社会とつながっている」という満足感と幸せを体感できることがあります。これも主観ですから、誰もが感じることができるわけではありませんが、このようにお金についても幸せを「主体的に感じる」ことができる側面があります。

また、学びやチャレンジにお金を使うのも、幸せで豊かなお金の使い方です。本屋さんで語学や資格のテキストを買いたくなることはないでしょうか。ちょっと勉強してみようかなと思う時、ワクワクしたり満たされた気持ちになったりしませんか。自分を成長させるというのは、多くの場合に幸せを感じることであり、気持ちのよいことだからだと思います。健康や美容にお金をかけることも、単に必要性だけではなくてワクワクや嬉しさを伴います。このように「成長する自分」「バージョンアップする自分」にお金を使うことも、幸せと関連があるといえます。

このように、「お金」を多角的に捉えてみると、持っているお金の量だけで幸せが決まるものではないことがよくわかります。お金の面での幸せ、すなわちファイナンシャル・ウェルビーイングも、自らのありたい未来を考えてデザインすることで、積極的に体感できる側面があるのです。

つながりと幸せ

人と人とのつながりというのは非常に多様です。健康とお金のように「あるべき」ものと違い、つながりについてはその価値やありようが複雑です。健康やお金を拒絶する人はほとんどいないでしょうが、つながりは要らないという人もいるでしょう。つながりのあり方についても人それぞれで、ベストなあり方はありません。

とはいえ、今後一人暮らしはますます増加していきますし、長寿化により老後を家族・親族だけに頼れない時代が到来します。これからの時代は、今まで以上に「助けるスキル・助けられるスキル」が必要となります。特に人に助けを求めるのを躊躇する人は少なくありませんが、これからの時代は「助けて」と言えるかどうかも、スキルの一つとなるでしょう。これは普段から人とかかわっていないとなかなかできないことです。

人との1対1のつながりが苦手でも、「所属する」というつながりの持ち方もあります。暮らしや地域の中のつながり、職場でのつながりなど、ゆるくつながっておくこともつながりの作り方の1つです。そうした人や場を、つながり先としてできれば複数持つようなライフデザインが理想といえます。これにより孤立化を避け、いざという時に助けを求められる場所を得られるとともに、うまくすれば日々の暮らしに「嬉しい」「楽しい」といった幸せを体感できる人や場を持つことにもつながるでしょう。

ウェルビーイングを実現するライフデザインを

今、社会で「ウェルビーイング」が注目されています。それは、私たち一人ひとりが「幸せ」と感じることが、社会のエネルギーになることがわかってきたからです。

少子高齢化や独居化の課題、生命寿命と健康寿命のギャップ、経済の活性化と老後資金の課題といったものについて、従来はこうした課題を解決していくことが人々のウェルビーイングの向上につながると考えられてきました。ただ残念ながら、長年これらの課題解決のために打ち出された施策の多くは、期待されたほどの結果を出せていません。むしろ私たち一人ひとりが暮らしに幸せを見つけて活力を上げることが、社会のエネルギーとなり、結果として豊かで持続性の高い社会を創り出すことにつながると捉える人が増えてきたといえます。このように考えると、私たちが初詣で祈るべきは、「日々幸せを感じられますように」なのかもしれません。

想像上の生き物であり、最もパワフルなイメージのある龍の年。活力と飛躍をイメージしつつ、私たちは私たちの日々の幸せをどうデザインするかを考えたいものです。

第一生命経済研究所では2023年10月に書籍「ウェルビーイングを実現するライフデザイン」(東洋経済新報社)を発行致しました。「主観的健康感」「ファイナンシャル・ウェルビーイング」「つながりの価値体感」といった視点から、これからの「人」と「社会」を元気にするヒントについて、データと事例からまとめていますので、是非ご覧いただけますと幸いです。

ウェルビーイングを実現するライフデザイン | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)