気分よく生きることと暮らしのリズムとは、どんな関係がありますか?(ゲスト:作家・角田光代さん)

これまでになかった視点や気づきを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。記念すべき第1回は、直木賞作家の角田光代さんをお迎えしました。角田さんの日常生活と執筆活動の裏側、そして、お酒を愛する聞き手ふたりと、お酒トークでも大盛り上がり。角田さんのお話には、気分よく生きるためのヒントがたくさんありました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


10月1日に行われた公開インタビューの様子。視聴者からもたくさんのご質問が寄せられました。
「ウェルビーイング100大学」では、毎月インタビューの様子をご希望の方に無料LIVE配信しています。

「芸術家は夜起きている」の思い込みから、眠いのに徹夜の20代

酒井:本日は「気分よく生きることと暮らしのリズムは、どんな関係がありますか?」というテーマです。よろしくお願いいたします。
角田さんは作家というお仕事をされていますので、時間が自由なかわりに生活リズムは不規則なのかなあという勝手な思い込みがあるのですが。

角田:恐ろしいぐらい規則正しいです(笑)。

酒井:それは毎日、何時に起きて、何時から仕事を始めるとか、決めているんですか?

角田:そうですね。30歳のときからなので、20年以上になりますが、平日の9時から5時まで仕事をして、5時になったら残業なしで家に帰るという毎日です。土日は仕事をしないというのが基本で、すごく仕事が忙しくなったときは、残業はなしで前倒しに。9時から始めるのを6時から始めるとか、土日のうち、土曜日は仕事をしてもいいとか、そのへんは変えながら。でも、このパンデミックになってから、外に出たり、人と会ったりしなくなった分、規則正しさが筋金入りみたいになっています。

酒井:自分のリズムで、よりマイペースになったということですか?

角田:そうですね。以前だったら、二日酔いで10時、11時まで起きられなかったということがあったんですけれど、そういうことがない分、毎日6時半に起きています。

酒井:30歳のときからそうするようになった、何かきっかけがあったんですか?

角田:ほんとうにくだらない理由なんですけれど、30歳のとき、交際していた人が会社員で、会社員って、土日休みで平日6時ぐらいまで仕事をしているじゃないですか。なので、その人と、たとえばごはんを食べようとか、どこかに行こうとすると、それに合わせないといけないので、社会人の生活に合わせて執筆時間を決めたんです。

酒井:なるほど。じゃあそれまではバラバラだったんですか?

角田:そうですね。特に20代のとき、作家というか、芸術家に対してすごくあこがれがあって、芸術家は夜は起きているものだろうという思い込みがありました。カッコよくしたかったんですよね。ほんとうは眠いけど、徹夜してみるとか。そういうことをわざとやっていましたね。

酒井:深夜まで語り明かしたりとか。でも、20代って、それが体力的にもできちゃう。

角田:まったく平気でした。

酒井:会社員の方に合わせたのがきっかけということですが、角田さんご自身が、それが性に合っていたということなんですか?

角田:まさに性に合っていました。その会社員の人とはすぐにつき合わなくなっちゃったんですけれど、その時間の使い方が多分、すごく性に合っていて。同時に30代になって「どうも私は芸術家タイプじゃないな」と気づいて。「(アイデアや文章などが)降ってくるというタイプじゃない」と気づいたのがよかったかもしれないです。

酒井:規則正しい自分のリズムがあるほうが、作家としてのお仕事が、気分よく進められるとわかったということですか。

角田:気分でワーッと盛り上がることはないんだと諦めて、9時になったら机の前に座る。書けなくてもとにかく机の前に座っているほうが性に合うと気づいて。そっちのほうが割とダサイじゃないですか。

酒井:規則正しいクリエーターって聞くと、ちょっと安定志向の芸術家みたいで、確かに不思議な言葉の組み合わせみたいな感じがありますよね。

角田:でも、それを認めたら、すごく楽になったんです。

自分の生活スタイルを守るか破るかは精神の安定にも影響

酒井:それは作品にも影響しますか?

角田:作風には関係ないと思うんですけれど、そうやって時間を決めて始めたことで、こなせる仕事の量が多分、50倍ぐらいに。

一同:ええー!

酒井:そのリズムの中で、ルーティーンみたいなことはあるんですか? たとえばデスクにつく前はコーヒーを飲むとか、こうすると自分に対して「執筆の時間だよ」というシグナルを送るみたいな。

角田:仕事場が家から徒歩15分ぐらいなので、歩いて仕事場に行って、コーヒーを飲んで、ネットとかいろいろ見て、それから始めるというのが毎日の決まりみたいになっていて、5時になったら帰る。そして、帰ったら飲むという毎日です。

酒井:お酒もとてもお好きだとうかがっています。

角田:そうですね。5時以降、絶対残業しないというのは、その後、絶対飲むと決めているので。

酒井:調子がよくてもズルズルと仕事をするんじゃなくて、5時を区切りとして、それまで集中力をキープしていくような感じなんですか?

角田:絶対5時以降は仕事場にいたくないんですよ、ソワソワして。仕事が終わっていなくても帰ります。

酒井:そのリズムが崩れそうなとき、何か工夫されたりしますか? 無理せずその日は休むとか。

角田:休まないです。休むのが怖くて。性格的なものがあると思うんですけれど、キチンキチンとルーティーンを決めて20年以上やってしまうと、それから大きくはずれることが怖くなってしまって。
たとえば、10時に起きる、11時に起きるのはいいと認めたんですね。朝方4時ぐらいに寝たとしたら、遅くなるのはしょうがないって決めたんですけれど、それがたとえば昼過ぎに起きたら、もうショックで立ち直れないぐらい動揺するんです。だから「11時に起きたからその日は休む」なんてことをしたら、怖すぎて動悸がしてたかも。とりあえず午前のうちに仕事場に行って、どれだけ酒が残っていてもパソコンを立ち上げて、仕事のメールの返事を書き、何か原稿を書こうとするというのは、平日ならばやります。

酒井:それをやめてしまうほうが自分にとっては気分よくその日を過ごせない、みたいな。もうご自分でわかっている?

角田:そうです、そうです。

酒井:自己理解が深いというか。やっぱり「いい作品を創りたい」とか、そういう想いがあるからなんですか? 

角田:生活時間を変えたとしても、執筆スタイルを変えたとしても、書く小説の内容は多分大きく変わらないと思うんですね。できる仕事量の増減はあると思うんですけれど、書く小説自体の質は変わらないと思うんです。ただ、自分にとって向き不向きの生活スタイルを守るか破るかによって、ものすごく精神的な安定が変わってくるんです。その向き不向きがあるというのも、やっぱり最初は気づかないわけで、20年続いているから「ああ、これが合うんだな」と気づいたということもあります。

酒井:『ウェルビーイング100』のキーワードとして「自分の向き不向きをちゃんと理解すること」って、とても心の安定につながると思います。

酒井:まわりの作家さんはどうですか?

角田:私が時間を決めて書き始めた20年ぐらい前は、そういう方は非常に珍しくて。朝から始めて5時で帰るって、一見、まじめに見えるじゃないですか。編集者が別の作家さんに「角田さんを見習ったほうがいい。あの人は朝の9時から仕事をしているんですよ」と言ったらしく、同業者に「角田さんを見習えって言われるから、あんまり9時から仕事してるって言わないで」と冗談で言われたりもしました。でもそんなことを言う編集者に対しては「それは違うだろう!」って思っていました。小説の質と時間は関係ないですから。でも、最近は、昼型の作家の方が増えてきたというのはよく聞きます。

始める時間より「終わる時間」を決める

前田:コロナ禍で在宅業務の人が増えて、最初は「わーい、もうちょっと寝坊しても平気だ」と思ったはずなんですが、具合が悪くなった人も多いという。それはどういうことなんでしょうね。やっぱり、今までのリズムが崩れたから?

角田:そうですね。あと、終わり時がわからないとか。

前田:そうか、自分の家だと終業のチャイムとか鳴らないから(笑)。

角田:多分、いつまでもやっちゃうとか。

酒井:会社だとみんなが席を立ち始めると「あ、そろそろ自分も帰ろうかな」みたいな雰囲気、気分みたいなのがあると思うんですけれど「どこまでやっていいかわからない」というのは、確かにあるかもしれません。

角田:でもきっと、始める時間より、終わりの時間を決めておいたほうが人間は楽だと思いますね。だって、終わりさえ決めたら、あとは何をしてもいい。家で何をしてもいい時間って必要じゃないですか。何をしてもいいというのは、言い換えれば何もしなくてもいいということでもあるし。終わりがあれば、次の日のことも「明日はちょっと間に合わないから、6時に起きればいいか」とか「明日はゆるいので、8時過ぎでも大丈夫」とか。終わりさえ決めておけば、時間は延びる気が私はするんですね。

前田:仕事にもペースがあって、私は「ちょっとのってきたな」というときにやめるのがつらいんですよね。角田さんは、すごく筆が走って、話がいい感じに進んできて、主人公が動き出したときに「あっ、でも5時だから」とやめられるんですか?

角田:それがですね。私の場合、筆は走らないし、気分も盛り上がらない。登場人物もしゃべらないし、話も動かないし。だから、静かにチーンとしてるんですよ。チーンと書いて「あっ、4時45分だ!」と思って、コップを洗ったりして帰り支度。だから「もっとやりたい」とか「ここで終わったら、この続きが……」とか盛り上がらないんです。それがあったら、多分、前田さんの気持ちがわかるかな。「これだけ書いちゃえば」となるかもしれないけど、それがないんです。

酒井:じゃあ、いつも一定のモチベーションでお仕事をされるんですか?

角田:そうです。チーン……と仕事してます(笑)。

5時以降にもあるリズム。夜ごはんは絶対に7時!
じゃないと機嫌が悪く

酒井:気になるのが、5時以降の時間の使い方なんですが、そこからはフリータイムで?

角田:コロナ前は5時に終わって、だいたい編集者の方とか友達と飲みに行くか、家に帰って飲むかだったんですけれど、コロナになってからは5時になって、たいてい買い物をして5時半ぐらいに家に着いて、料理の支度をしながら飲み始めて。7時からごはんを食べて、飲んで。8時ぐらいに食事が終わって、あとはずっとNetflixを見てます。この1年半ぐらい。

酒井:Netflix!

角田:Netflix見ながら飲みます。飲むのは寝るまで。

酒井:そこもリズムがあるんですね。

角田:夜ごはんは7時じゃないとイヤなんですよ。前倒しで6時でも6時半でもいいです。でも、8時はイヤだ。8時はとんでもない!

酒井:わかるような気がします。8時とか9時からごはんを食べ始めると……。

角田:なんかもう、失敗した一日というか、居残りみたいな。

酒井:好きなお酒とか、好きなお料理とか、それもその日の気分に合わせて?

角田:コロナになってから、著しく料理をする気がなくなってしまって。ほんとうに簡単なものしか作らなくなって。あとはテイクアウトを利用して。飲むのは最近はレモンサワーか、赤ワインをときどき飲みますけど。料理に合わせるとか、そういう繊細なこともなく。

酒井:でも、毎日飲まれる?

角田:毎日飲んでいたら、今年の人間ドックで肝臓値がヤバイことになって。精密検査に来いとまで言われたので、9月から休肝日を入れるようにしました。

酒井:それも自分の新しいリズムを作ろうとしているんですか?

角田:それがまだ作れていなくて。今、苦しんでいます。

酒井:まさに新しい習慣、リズムを作ろうとして、今のところうまくいっていないという……。

角田:いってないです。

酒井:新しい習慣を作るとき、どういうふうに工夫されるんですか。炭酸飲料を買ってくるとか。今、ノンアルコール飲料とかあるじゃないですか?

角田:ノンアルを買って、気を紛らわす作戦なんですけれど、ちょっとそれがまだ自分の中で折り合いがついていなくて、「チッ」って気持ちがあるので。多分、「習慣づける」というのがいちばんよくて、私の性に合っていると思います。たとえば、火曜日と木曜日はノンアルと決めたり、ジムに行った日は飲んでいいとか。習慣みたいに決めて守っていけば、多分、2〜3ヶ月でできるようになるんですけれど。   

酒井:わかります。僕もコロナになってから、毎日飲んでいて「このままじゃよくない」と思って、休肝日を作ろうとしているんですけれど、でも、何かしら理由をつけて飲んじゃう。

角田:そうですね。疲れたからとか、今日は頑張ったからとか。

くらしのリズムにも人それぞれの向き不向きがあるようで……

前田:自分のリズムって大切だなと思います。コロナ禍でそれが崩れて、会社に行かなくなったからダラダラして「私ってダメな人間だわ」と自分を責めたり、人としゃべれないからすごくモヤモヤした気持ちの人も大勢いるようで。

角田:でも、極端な話ですけど、私はキチンキチン派で、会社員みたいな生活のほうが楽なんですけど、私の夫(ミュージシャンの河野丈洋さん)が正反対で、それこそ仕事を始めたら終わりたくない。それが一晩でも二日でも三日でも一ヶ月でも。だから仕事に行ったら帰ってこないんですね。私からすると想像を絶する仕事のやり方ですけれど、多分、それが合っているので変えられないんです。一時期、結婚する前、私のやり方を見て、彼にはすごく効率が良さそうに見えたんでしょうね。私の生活を真似したんです。朝起きて仕事場に行って、夜、帰ってくるというのをやっていたら、倒れちゃったんですよ。

一同:えー!

角田:そのとき私は初めて「人にはこんなに合う合わないがあるんだな」と気づきました。朝型夜型というのもそうだし「一日でこれだけの仕事をして帰る」みたいな流れで、こんなに人に向き不向きがあるというのを初めて見たんですよ。
私は割と早いうちに自分に合う生活スタイルをたまたま見つけたし、その生活リズムが世間一般的には健康的な、割と学生みたいなものだから、すごくよかったけれども、それが合わない人間がいるんですよね。会社勤めをしている方でも、ほんとうは夜中に起きて仕事をした方が効率がいいのに、朝起きなきゃいけない。それがつらいのは自分が悪いんだと思う人がいたら、「えー、一回、体質を考えたほうがいいですよ」とか、言いたくなります。

酒井:それぞれに向き不向きがあるんですね。それにリズム。リズムって人によって違うんだという。規則正しい生活を送るのが人間にとっていいことだ、みたいなのがあるんですけれど、自分のリズムを理解して、自分のリズムでやるほうがいい。規則正しい生活を真似して倒れた旦那様のように、規則正しいということが、人によっては毒になることがあるんですね。

角田:そうなんです。

酒井:それ、興味深いお話ですね。ひょっとすると角田さん、休肝日をつくると体調を崩すこともあるかもしれない。

角田:そうなったら「しょうがないなあ」って思うしかないですね(笑)。

自分に合うリズムかどうかは“小さなサイン”を見つければいい

酒井:合う合わないの見極めって、どういうふうにすればいいでしょう?

角田:自分が一日、すこやかだったかどうか、自分がいい気持ちだったかどうか。寝るときに「ふーっ」って気持ちよく寝られるかどうかとか、ちょっとしたサインがあるんじゃないですか。今日がすごく心地いいとまでは言わなくても、そんなに邪悪じゃなく生きられたとか。

酒井:なるほど。

角田:私、7時に夜ごはんを食べないとイヤなので、夫の帰りが8時半になるといえば、もっと若い頃だったら、多分、待って一緒に食べたんですけれど、今は待つのがイヤなんですよ。夫が帰る前に自分は食べて、8時半に帰ってきたら、ちょっと料理を出す。そっちのほうが面倒じゃないんです。
「50代になって、そんなことをそこまで死守している自分って何なんだろう?」ってときどき思うし、たった一時間半も待てない自分をちょっと「えっ」って思うときもあるんですけれど、「待たないほうが自分は気持ちが楽に生きられる」と気づいてよかったなと思うこともありますね。

酒井:『ウェルビーイング100』というこのメディアを起ち上げるときも、「これが正しいから、こうじゃなければいけない」という呪縛が世の中にはすごくたくさんあるんじゃないか、みたいなことを考えていたんです。今、おっしゃった「たった1時間半だったら、一緒に食べるように待とうよ」とか。それもひょっとしたら呪縛かもしれない。

角田:1時間半待つのが、自分にとっては実はすごいストレスだったんですね。

酒井:それで15分とか30分でも帰りがずれこんで、1時間半待てばいいと思っていたのが、2時間になると……。

前田:もう、口を開いたら不機嫌(笑)。

酒井:文句を言うために待っている、戦闘モードになっていますね。

前田:よくテレビの健康番組などで、規則しい生活がすごく重要で、朝8時くらいには交感神経と副交感神経が入れ替わると言うから、それに向けてすごく努力している人っていると思うんです。水を飲まないとダメ、と聞いて無理矢理水を飲んだりして。でも、合わないものは合わないんでしょうね、きっと(笑)。

角田:そうですね。合わないものは合わない。

「長生き」を目的とするのではなく「ちょっと先」を楽しくしたい

前田:先日オレンジページで「人生100年時代」について、アンケートを採ったんですけれど*、6割以上の方が100歳まで生きるのはあんまりよくないと思っているみたいなんです。それはなぜかというと、健康でいられるかどうかわからないし「今の私のお金じゃ、とてもじゃないけど100まで生きられないわ」という方も多くて、その二大心配があるので。角田さんは100歳まで生きてみたいと思われますか?

角田:思わないです。

酒井:即答ですね。

前田:それはなぜですか?

角田:みなさんと同じように、健康でいられるかわからないというのは怖いし、ただ漫然と生きているんだったら、どうだろうと思うし。100歳までとは思わないですね。

前田:「ずっとこの人には書いていて欲しいわ」とファンは願っていると思うんですけれど、それはつらいですか?

角田:多分、つらいです。書けなくなっていると思うんですよ。自分が書きたいと思うようなものと時代が、ある時点でどんどんズレていくと思うので。そのときにやっぱりつらいんじゃないかなあと思うんです。「こういうものを書いていくんだ」っていうのを何かひとつ決めないと。

酒井:でも、人生100年時代って、今のお話をうかがっていると、長生きすることが目的じゃなく、今、いろいろ我慢して長生きしようではなく、今という時間をどういうふうに気分よく過ごすのか。そこに自己理解を深めながら、自分の向き不向きみたいなものを知り、自分のリズムを作っていくということがすごく大事なのだなあと感じました。

角田:そうですね。1歳でも長く酒を飲んでいられるには、やっぱり、今はちょっとセーブしたほうがいいっていうのは、現実としてあるじゃないですか。すごく健康的な生活をしなくてもいいけれど、ちょっと先まで楽しく、自分にとって楽しいことをしたいと思うならば、今から生活を整えておいたほうがいいし、みたいなことですよね。

酒井:今を犠牲にしすぎるのもどうかな、と。それは角田さんが5時に仕事を終わらせようみたいな感じの世界観と似ているような。仕事は5時までと決めることによって、頑張れるみたいな感じとか。

前田:今日は「あっ」と思うことがたくさんありました。特に「終わりを決めておく」ということ。

酒井:向き不向きとか。

前田:健康とかそういうことで、正しいとか不正解というのはあんまり関係ないところが人間にはきっとあるんですね。で、たまたま人間にとっていいといわれている規則正しい生活が、角田さんの性に合っていて、50倍も仕事ができるようになったけれど、ご主人は倒れちゃう。

酒井:それ、すごく興味深いです。

●以下、角田さんが皆さんのご質問にお答えします

質問:「筆は走らない」というお話、意外でした。ランナーズハイ、アドレナリンが出る、そんな体の反応がない中庸なのかなあと感じました。その中庸さの秘訣、コツはありますか。あくまで性分でしょうか? それとも生活リズムと関係あるでしょうか。

角田:多分、性分ですね。同業者の方の話を聞いていると、アドレナリン派がいますし、波がある人もいるし。

前田:さっき私もその点をうかがいたかったんです。「ずっと筆は走らないし、主人公はしゃべらないし、静かにチーンとしてるんです」っておっしゃったでしょう。そのチーンとしていても、話は進んでいく瞬間は、一歩踏み出すみたいな?

角田:多分、小説を書くときに、自分がロボットに乗ってロボットを動かしている、という方もいると思うんですけれど、私はそうじゃなくて、ロボットはずっと遠くにいて、その動きを最初から見て書いているんですね。つまり起承転結を全部プロットで書いていて、たとえば、連載だったら、起承転結12ヶ月を3ヶ月ごとに分けて、そこで計算しているので。もう今、5ヶ月目なのに「転」になっていないということはあるんですけれど、そこで登場人物の心情がわかってワーみたいになったりとか、話が逸れて、こっちに行ってワー、みたいなことはないですね。
「リモコンで遠くのものを動かしている」イメージです。

前田:それ、すごくおもしろいです!

角田:だから、ときどき話していると、やっぱり自分がロボットの中に入って動かして「え、実はこっちに行くはずだったのに、こっちに行っちゃったけど、まあいいや」みたいな書き方をしている人がいると「ワー、カッコイイな」と思いますね。

前田:それもいろいろな仕事のリズムに係ることですかね。

質問:9時5時で執筆しているあいだ、メールを見たり、ネットの情報を見たりして、ついリズムが崩れてしまう、機嫌が悪くなってしまう、ストレスを感じるなど、乱されることはありませんか?

酒井:これ、けっこうあると思うんですが。

角田:私ね、多分、乱されるほうが平常で。集中力が非常に低いんですね。たとえば、小説を書いていて、ちょっとでも、一瞬でも煮詰まった瞬間にメールチェックをするんです。だから、ほんとうに集中力が切れまくっているときは、3分に1回ぐらいメールチェックしていたりとか。で、気分がのらないときは、献立レシピを延々見ていたりするんですよ。で「あ、いけない、いけない」と思って、仕事に戻るっていうのが逆に普通すぎて。それでイライラしないんですけれど。ときどきすごく集中力がもつときがあって、30分、1時間ぐらい「あー、メールチェックしなかった」とか「レシピ検索しなかった」というので、自分をほめたいときがあります。集中力が切れちゃってるほうが通常運転です。

酒井:中庸な状態を作るように、物事をご自身で解釈するようにされているのかなあと思ったんですが。

角田:いえ、そんなことはないですよ。パソコンを使って仕事をするというのが長くて、その前の時代も知ってるじゃないですか。ネットにつながらない状態というのが当然あって。それがパソコンが入ってきて、今みたいにいろいろなものが検索できるようになれたのはここ10年ぐらいのわけで。そうすると自分の執筆スタイルもしょうがなく変わっちゃう。「あ、昔、こういうのはなかったから、どうしてたんだろうな」とか、逆に分析できるんじゃないですかね。

質問:何事も時間を決めてとのことですが、お酒もNetflixも、毎日これだけと決めているのでしょうか? のって基準を超えることは一切ないのでしょうか?

角田:お酒の量は、人間ドックであんなに悪い数値が出るまでは決めていなくて、寝るまでどれだけ飲んでもいい感じ。ただ、パンデミックになってからは、12時前に寝たいというのがあって。飲み会でもないのにひとりで部屋で2時3時まで飲んで酔っ払っているっていうのは、何か悲しい気がして。だから12時前に寝てますけど、以前だったら、友達と飲んでいると、12時に寝るとかはなくて、逆に「もういいや」みたいな感じで2時3時までみんなで盛り上がっちゃう、っていうのはありました。逆にそれがない去年今年は、多分、すごく気持ちがすさんでいると思うんです。自分に「もういいや」みたいなのがないので。やっぱりそういうのがときどきないと苦しい。

質問:自粛期間中、外でお酒を飲めなくなり、お酒に対する向き合い方が変化しましたか?

角田:緊急事態宣言で、外でお酒が飲めないという期間が長かったじゃないですか。私は宣言があけたときに、酒が弱くなっていたくなかったんです(笑)。緊急事態宣言のせいで「あ、こんなに弱くなっちゃった」って絶対言いたくないと思っていて、鍛えたんですね。鍛えすぎて、それで人間ドックの数値が悪くなったんだと思うんです。だから、おっしゃる通り、向き合い方が変わって、ちょっとストイックになりすぎて。自分で酒を鍛えすぎて、ちょっと今、修正して肝臓をいたわっている。「休んでいいよ」って言っているところですね。

一同:なるほど。

酒井:外と家の中で飲むのと、量が違うじゃないですか。

角田:私の記憶では、外で飲んでいたときのほうが、たとえば7時から飲み始めて、1時か2時まで飲んでたじゃないですか。飲んでる量もわかんないぐらい飲んで帰ってきて、帰ってきて1杯飲んで寝る、みたいな。絶対、量は多かったんです。でも、家で鍛えるように筋トレのように、そんなに量は多くないはずなのに、肝臓が悪くなっちゃったというのは何かがある?

前田:それ、どうしてでしょう。ストレス?

角田:ストレスもあると思うし、何かあるのかな。ウェルビーイングと関係するかもしれないですね。

質問:Netflixで見ている作品の世界観が、執筆中の作品に影響することはありますか?

角田:ないですね。たぶんNetflixで私が見ているものが、現実逃避なんですよ。なので、割と影響を受けるみたいなことが精神的にあっても、小説のヒントになるとか、こういうものが書きたいとか、あんまり関係ない気がします。

酒井:作品の世界観に影響するような時間は?

角田:意識していないんですけど、「わー、こういう小説いいな」と思うのは、やっぱり読書をしているときが多いかなと思います。

質問:すごくおもしろかったです。角田さんの料理のエッセイが好きです。最近、はまっている料理など、あれば教えていただきたいです

角田:それがね。私、ほんとうにパンデミックになってから、料理がイヤになってしまって。

前田:どうしてでしょうか?

角田:多分、毎日、自分の作ったものを食べたくないんです。前は選択肢があった。「今日はあそこに飲みに行こう」とか「今日は作ってもいいかな」とか。「作ってもいいかな」のときには「じゃあ、あれを作りたいな」みたいな夢があったけれども、今は選択肢が3つぐらいしかなくて。「あそこのテイクアウトかあそこのテイクアウトか自分メシ」みたいな狭い中で、自分のごはんがつらくてつらくて。それで電気無水鍋を駆使してますね。材料を入れてパンと押すと勝手に作ってくれるものを。

前田:やっぱりつらいですよね。毎日、自分のごはんを作るって。

角田:もう飽きちゃってつまらないし、全然、意外でもないし(笑)。

酒井:みなさん、いろいろご質問ありがとうございました。角田さん、いかがですか。振り返って。

角田:楽しいですよね。そもそも人と会ってしゃべっていなかったので。人に会えてしゃべれるだけでうれしいです。

酒井:本日の公開インタビューはこれで終了したいと思います。角田さん、ありがとうございました。

角田:ありがとうございました。視聴者のみなさん、ありがとうございました。

*オレンジページくらし予報2017年11月調査報告リリース
https://static.orangepage.net/media/news/167/files/20180118193237.pdf


角田光代(かくた・みつよ)さん
1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1990年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞してデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞受賞。2020年、現代語訳の『源氏物語』(全3巻、河出書房新社)を完成させた。