「お金とどのようにつき合っていけばよいのでしょうか?」(ゲスト:荻原博子さん/経済ジャーナリスト)

これまでになかった視点や気づきのヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第25回目のゲストは経済ジャーナリストの荻原博子さんです。人生100年時代、お金をどう貯め、どう使えばいいのかは切実な問題です。長年、各メディアで、私たちの生活に即したわかりやすい解説を発信し続けている荻原さん。投資や夫婦のあり方まで、お金とライフスタイルを見直すヒントがたくさんありました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


荻原博子 (おぎわら・ひろこ)さん
1954年、長野県生まれ。大学卒業後、経済評論家の亀岡太郎氏に師事。1982年、ルポライターを志して独立。翌年、満州開拓者を取材した『満州・浅間開拓の記』を脱稿するも、ルポライターを断念。フリーの経済ジャーナリストして活動を開始。女性誌で女性のためのマネー・ビジネス記事の連載も担当するなど、難しい経済と複雑なお金の仕組みをわかりやすく解説し、テレビ、雑誌、WEBなどの各メディアで活躍中。『年金だけで十分暮らせます(PHP文庫)』『老後資金なしでも幸せに生きられる(宝島社新書・森永卓郎と共著)』など著書多数。最新刊は『マイナ保険証の罠』(文春新書)。トラブル続きの「マイナ保険証」のリスクなどDX政策の罠を、利用者目線でわかりやすく解き明かす本。


将来のお金の不安は“資産の棚卸し”で現実と向き合えば解消できる

酒井:ウェルビーイング100大学では、これまでお金の問題と向き合ってきませんでした。ようやく機が熟してきて、お金について考えるなら、荻原先生におたずねしてみようということで、楽しみにしておりました。

荻原:ありがとうございます。お金は山のようにあっても、人間、いつかはみんな死にます。あの世にまでお金は持っていけない。一生何とか暮らせるくらいのお金は、自分で持っておいた方がいいですね。あとは心の豊かさ。これがあれば、人生ほぼほぼ幸せにいきます。私はいつも色紙に「愛と勇気と少しのお金」と書いているんです。「愛と勇気」だけではちょっと心許ないじゃないですか。あとは少しのお金。一生懸命貯めたお金を目減りさせないことが大切ですね。

酒井:老後に2,000万円必要とか、投資をするべきだとか、いろいろいわれていますが、実のところ、何をすればいいのかわからない。だから不安しかないのですが……。普通の生活であったり、本当に必要なお金、何とか食べていけるお金って、人によって金額も異なりますし、まず、どこから考えればいいのでしょう?

荻原:独身の方もいらっしゃると思いますが、例としてご夫婦ということにしましょうか。まず、自分たちの資産を洗い直してみる。これを“資産の棚卸し”といいます。自分たちにはどれだけ貯金、株や債券があるだろうと。それから、借金があるのであれば、どれだけ住宅ローンが残っているんだろうかと。生命保険でイザというときにはどれだけのお金がおりるんだろう、そういうことを1枚の紙に書いてみる。これ、1枚の紙というのが大切なんですよ。

前田:どうしてなんでしょう?

荻原:何ページにもわたって書いていると、あっちのページを見たり、こっちのページを見たりしなければならなくなって、俯瞰できないんです。1枚の紙に全部書いてじっと見ていれば、自分たちがどういう状況なのかが見えてくるんです。

酒井:なるほど。

荻原:「貯金はあるけれど、借金も多い」となれば、貯金を取り崩して早く借金を返したほうがいいじゃないですか。借金は利息をつけて、必ず返さなければいけないものですからね。それなら、これを繰り上げ返済してしまおうとか、株は持っているけれど、現金が少ないから、株を少し整理して、現金にかえておこうとか。1枚の紙を見て、ご夫婦で相談すればいいんですよ。

酒井:ご夫婦どちらかが財布の紐を握っているということもあります。得意なほうがやればいいのでしょうか?

荻原:いちばんいけないのは、ご主人だけ、奥さんだけがそれをやっているご家庭。ご家庭で子どもさんがいるあいだは、子どもの学費をどうしようとか、もう少し貯金をしておかないといけないとか、話をしているはずなんです。それが、子どもが独立した途端、それぞれ別の方向を向いてしまう。同じ方向を見るのはテレビの連続ドラマを見るときだけ、みたいなことになってしまいがちです。でも、財産の一覧表を2人で見ようということになったら、真剣に見るじゃないですか。こんなに貯金が少ない、こんなに借金がある、って。それが現実ですからね。「もうちょっと働いて、この借金を減らさないといけないよね。あなたは働くのはきつそうだから、私がパートに出ます」と奥さんが言ったら、「じゃあ、オレも少し家事をバックアップするよ」と。これですよ。これが黄金の老後生活です。

一同:

荻原:再び2人が同じ方向を向く。うちの家計をどういうふうに良くして、明るい老後をどうやって築いていけばいいか。子どもさんが独立してからそっぽ向いていた2人が、同じ方向を向く、これが大切なんです。

酒井:なるほど。共通の目標ができるんですね。

荻原:そうやって計画が立てられれば、やることは明確になってくるわけです。「私がパートに出て、この住宅ローンを早く返済してしまおう」とか、もうちょっと貯金を増やすように節約しようとか。そういう目標が定まれば、あとは2人でそこに向かえばいいんです。

酒井:不安も解消しますね。

荻原:よく「幽霊の正体見たり枯れ尾花」って言うじゃないですか。向こうで白いものがチラチラしていて、幽霊のようで怖いと。怖い怖いと思ってよく見ると枯れ尾花、つまりススキだとわかると、その瞬間に怖さはなくなるんですよ。それと同じことで、みなさんも老後に対して不安をいっぱい抱えていると思いますが、抱えていながら、現実を見るのがイヤなんですね。

前田:確かにそうですね。

荻原:一度、自分の現実と顔をつきあわせなければ。ずっと避けていると「怖い、怖い」で不安を抱えたままでいくことになりますよ。計画を立てて、あとは計画通りに進めば、安定した老後が迎えられるわけです。

今~将来のマネープランは夫婦2人で話し合うことが重要

酒井:最近、フィナンシャル・ウェルビーイングという、お金の世界にもウェルビーイングという言葉が使われるようになってきたのですが、私たちの幸せって何なんだろうということを考えると、お金とのつきあい方も見えてきそうですね。

荻原:政府や金融機関が言っていることではなく、みなさんの本当のウェルビーイングは
みなさんが決めることなんです。資産を1枚の紙に書いて、自分たちの状況を見ながら2人で決めることがいちばんいいんです。チラシの裏に書いてもいいし、どんなやり方でもいいんです。

酒井:自分たちはどういうことで心が満たされるのだろうという、これをお二人で話し合えるといいですね。

荻原:現状を直視したうえで「じゃあ、こうすれば2人で幸せになれるよね」と話し合いができる夫婦は、2人で1杯のかけそばを満月を見ながらすすっていても美味しいんですよ。それができない夫婦はステキーを食べていても、お互いにそっぽを向いていたら美味しくない。お金を仲介にして話し合いができて、それぞれ役割分担ができて「オレも頑張るよ」「私も頑張ろう」って1つの目標に向かっていける。それはすごくウェルビーイングだと思います。お金の不安もなくなるし。「妻も頑張っているから、オレも頑張らなきゃ」と思えるし、お互いに支え合おうと思えるし。それが本当の幸せを呼び込むのだと私は思います。

前田:お金がたくさんあるから幸せというわけでもないですよね。

荻原:お金があると、むしろ不幸になっている人が多い。グッチ創業家のお話※、知っていますか?

※グッチ……グッチオ・グッチが1921年にイタリアで創業したファッションブランド。3代目の時代に一族で経営権をめぐり争いが起き、暗殺事件まで勃発。その結果、グッチ一族はブランドの権利を失い崩壊する。

前田:はい、知っています。

荻原:殺し合いをしましたよね。それでブランドには誰もいなくなってしまった。あんなお家は不幸のどん底じゃないですか。

酒井:お金がなければ不安や不満を感じますが、お金がたくさんあっても不安や不満が消えるわけではない?

荻原:そうですね。お金はある程度あって、2人でこういう風に努力していけばいい老後が迎えられるという目標があれば、振り回されなくてすむんですよ。それがないと、国が投資をしろといえば投資をしなくちゃ! とか、振り回されます。自分たちの方針があれば振り回されないし、振り回されないということは、心の平安につながりますよね。

100万円の株が50万円になったとき、寝込むような人は投資はやらないほうがいい

酒井:※NISAとか、来年から新NISAが始まるという話で「低金利時代に投資を」という風潮があるように思いますが、荻原さんはどのようにお考えですか?

※NISA……個人投資家のための税制優遇制度。通常、株式や投資信託などの金融商品に投資をした場合の配当金や売却益には20%の税金がかかるが、NISA口座で金融商品を運用すると、一定金額の範囲内までは利益が非課税になる制度。2024年からは新NISAが始まり、NISAの拡充・恒久化がはかられる予定。

荻原:その件でみなさんにお伝えしておきたいのですが、投資を勧めるフェイク広告に私の名前が勝手に使われて困っています。私はFacebookもLINEも、SNSは一切やっていませんので、ご注意くださいね。私は『投資なんかおやめなさい』という本を出している人間ですから。

酒井:人生100年時代で、政府も「投資はすべき」みたいな……。

荻原:それは政府のプロパガンダですよ。みなさん、そういうのに煽られて「やらないといけない」と思われるかもしれませんが。いいんですよ、証券会社にお勤めしていて、お金に詳しいという人はやれば。でも、ほとんどのみなさん、「投資って何?」というところじゃないですか、そういう人はしないほうがいい。投資は少しのお金でラクして儲かるようなものじゃないんです。儲かるかもしれないけど、なくすリスクもすごく大きいですよね。

前田:ちょっとギャンブル的?

荻原:もし「余ったお金が100万円あるけど、これ、どうしようかな」と思ったときに、投資をやってみたいなと思うなら、その100万円で株を買ってみればいいんですよ。それが150万円になれば嬉しいけれど、問題は50万円になったとき。買った100万円の株が50万円になったときに寝込んでしまうような人は、一生投資なんかしないほうがいい。

前田:私は寝込むタイプですね(笑)。

荻原:100万円が50万円になるだけではなく、0になる可能性もあるわけです。そういうことがあっても気持ちを立て直せる人でない限りは、やらないほうがいいと思います。貯金をしてある程度の金額が貯まると、自分がそれでどれくらい生活していけるかというメドが立ちますよね。投資のお金は上下動するので、メドが立たないんです。2倍になるかもしれないけど、半分になってしまう可能性もあるわけですから。

酒井:確かにそうですね。

荻原:若いうちなら投資をしてもいいと思います。独身で子どももいない、独身貴族という方なら。そういう方なら投資をして痛い目にあったほうがいい。痛い目にあっておくと、自分で判断がつくようになったり、騙されなくなったり、いろいろ知識がついてくるから若いうちならいいと思います。でも、年を取ってから痛い目にあうと取り戻せないんですよ。だから、ほんとうに気をつけたほうがいいと思いますね。

酒井:100万円余っているから投資しましょう、みたいなイメージが全然わかないんですが(笑)。将来に向けて貯蓄だけではなく、投資にまわしましょうみたいな感じで、※iDeCoとか。

※iDeCo……自分で決めた掛金を積み立てて運用し、60歳以降に受け取る年金。公的年金にプラスできる「もうひとつの年金」で、税制優遇がある。

荻原:「みなさん、節税になりますから」って、そもそも所得税をそんなに払っていますか?
払っていない税金は取り戻せませんからね。それに、iDeCoって60歳までお金を引き出せないんです。今、お若い方は20年先、30年先、何が起こるかわかりませんよね。40代、50代になって会社が倒産して失業した。生活が苦しいというときに、あのiDeCoの200万円があれば何とかなるのにと言っても、出せないんです。自分で貯めているお金だったらすぐに出せますよ。それから、NISAでも、あれは投資商品ですからね。「節税になりますよ」と言われても、目減りしたら自己責任ですということになりますから。

酒井:確かに自己責任ですし、ほとんどの方は100万円が50万円になったら寝込むでしょうね。

荻原:たとえば住宅ローンも返済し終わったし、子どもも独立したし、あとは何かあっても、夫婦2人で1、2年は食べていけるというぐらいの貯金があったら、その他のお金は投資にまわしてもいいんですよ。それだけ確保していれば。ウェルビーイングな生活に必要なのはまず安定だと思います。経済的な安定は、これだけのお金があって、これくらいの収入が見込めて、こうやっていければ大丈夫という計画が立てられてから。そうすると、まず心の揺らぎがなくなりますよね。金銭的には大丈夫、何とかなるという根拠があれば、普段の生活でもお金のことをあまり考えなくてすむので、自分の趣味を一生懸命やるとか、そういうことに専念できるじゃないですか。これは本当に必要なお金、これはいろいろなことに使ってもいいお金とか、組み立てて考えて、いざというときに、本当に困らないようにしておいたほうがいいですよ。

以下、荻原さんがみなさんの質問にお答えします。

Q:30代です。貯金のコツを教えてください。

荻原:みなさん、貯金というと難しいと思われるかもしれませんが、月に千円からでもいいんですよ。千円貯金するクセをつけていけば。貯金は登山だと思ってください。登山の1合目が100万円なんです。一生懸命貯めて100万円になったら、ものすごい達成感があります。それが自信につながって、実は100万円まで貯めた人は、半分は目的を達成したようなもので、300万円、500万円、3合目、5合目とどんどんいけます。千円からでいいので、まずは貯金の習慣をつけてください。

井:貯金しても金利がつかない時代ですが。

荻原:そうおっしゃる方もいます。でも、0×0=0ですからね。貯金しなければ、1合目も3合目もないのです。1合目で100万円までいけば、3合目、5合目がありますよ。これからもし、金利が高くなったとき、仮に2%になったら、貯金していた人は、持っていたお金に2%の金利がつくわけでしょ。でも、0の人は0です。貯金が0の人は金利は関係ないんですよ。

Q:荻原さんも無駄使いしてしまうことはありますか?

荻原:夏、アイスクリームを食べたいなと思うんです(笑)。犬の散歩の帰りにコンビニに寄ってアイスクリームを買ってきてしまう。冷蔵庫に入れておいて、いつ食べようかな、なんて思いながら(笑)。そういう小さいことはいろいろやっていますが、大きな無駄遣いはあまりないかもしれないです。冬なら肉まんを買ってきて、犬たちと分けて食べるとか。そういう小さな楽しみですね。節約節約って、いつも自分を締め付けるときつくなるので、小さな楽しみをたくさん用意しておくといいですね。「自分にご褒美」は禁句です(笑)。一度に散財ではなく、小さく、小さくですね。ちなみに私は「ガリガリ君」が大好き。アイスだけは譲れないですね(笑)。