お弁当がつないだ縁、「旬」を堪能する串揚げの名店 第十三回「六角亭」(東京・代官山)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙織理


僕がお弁当作りを、大変だもうやめようかなと言いながら続けているのは、お弁当を介して、誰かとの素敵な出会いが待っているからに他ならない。

南青山の「call」で、お弁当の販売をした時のこと。お弁当を予約して下さった方の中に、ひときわ目立つ素敵な女性がいた。チャーミングな大人のファッション、ショッキングピンクのネイルが、とても似合っていた。それが、代官山にある「和食と串揚げ 六角亭」のあかねママとの出会いだった。その雰囲気からいかにも、都会の大人の女性という感じがした。彼女のInstagramを見てみると、美味しそうなものを食べている。しかも、コメントは辛口。その様子を眺めているには良いけれど、食べてもらう側になると急にドキドキしてしまい、お弁当が口に合わなかったらどうしようかなと不安になった事を覚えている。

食べ終わった後に「唐揚げが冷めていても美味しかった!」と、連絡をもらえたのがとても嬉しくて、ホッとした。彼女ならきっと、お世辞は言わないはず。何の下積みもなく始めたお弁当作り、太鼓判を押してもらえたようで、ちょっと自信がついた。

それから少し経ってから、パートナーと友人と一緒に、六角亭へ串揚げを食べに出かけた。メニューを眺めてみると、串揚げだけではなく、気が利いた季節の一品料理が充実している。お造りも、魚の活かし方、気持ちの良い包丁遣いでとても美味しかった。初めて伺ったつもりなのに、どこか懐かしく感じるのは、長年営まれているというだけではなく、お店から近い場所にマンションを借りていた頃、来た事があったのを思い出した。今年で創業36年、二代目が厨房に入られるようになって、メニューのラインナップが増えたていったと言う。最近、代官山の他、中目黒にも新しいお店が出来た。

先日、友人の誕生会で新しい中目黒のお店にも押し掛け、普段はお店にいらっしゃらない、あかねママに世話を焼いてもらった。僕はあまり人に甘えたりする事は苦手なのだけれど、彼女にはちょっと何かをお願いしたくなるような、気風の良さがあって、色々と我儘を聞いてもらった。ただ黙って行けば良いものを、ついつい声をかけて手を煩わせている。きっと長年のお客様には、僕と同じ気持ちの人が多くいるのではないだろうか。

串揚げはコースでお願いすると、その日のオススメをひと通り揚げて、こちらが止めるまで出してくれるので大変な満足感がある。薄衣な串揚げは一口で食べられるし、次は何が出てくるかなと思うと、止めるのも何だか名残惜しい。先日伺った際、皆が止めた後も、家人は一人延々と食べ続けていた。次から次へと出てくるのが、楽しかったらしい。既に、止めた我々だって会話をしながらも串揚げが運ばれて来ると、そっと目を向けては、美味しそうだなと固唾を呑んで見守っていた。

今回撮影の時には、秋を彩った季節の前菜が美しく盛り付けられて登場。一つ一つの料理が吟味されており、茶会席を手がけられていた二代目の匠の技が伺える。僕には、到底真似の出来ない繊細さを感じながら、箸を進めた。焼き栗やほおづきの存在感が、季節を感じさせる情緒があって、可愛らしい佇まいは見ているだけで嬉しくなる。

お造りは、真鯛にかつおに水蛸。素材をよく吟味されているのは勿論のこと、綺麗な包丁捌きは実に惚れ惚れとする。包丁捌き次第で、魚の美味しさは途端に半減してしまうと思う。美味しい刺身が食べたくなったら、ここへ来ようと思う程に上出来である。

串揚げは、旬の松茸に始まって、銀杏、天使のえび、白子紫蘇巻き、うずら味玉と頂いた。「麻生さんは、串揚げ何がお好きですか?」と質問されて、えび!と答えようとするうちに、松茸を食べれば、松茸になり、銀杏を食べれば、銀杏に変わる。白子紫蘇巻きを食べようものなら、おかわり! と声を上げたくなってしまう。どの串も、それぞれの魅力があって美味しいので甲乙付け難く、何が好きかという問いに対しては、急に優柔不断となり、どれも好きという答えになってしまう。

頃合いを見て、松茸の土瓶蒸しが運ばれてきた。初物の松茸は、まずはそのままに香りを楽しんでから、酢橘を一絞りして、すっきりした味わいを楽しんでから、土瓶の中で待っている松茸を頂く。僕は松茸の香りだけではなく、他のきのことは違う独特の食感も好きである。運んでくれたあかねママが「最近中身を食べない方もいるのよ」と、言っていた。土瓶蒸しというものが、もう馴染みのないものになっているのかも知れない。食材の繊細な香りを味わうという頂き方は、風情があって、日本文化そのものとも言える。こういう料理が、食卓から忘れられないようにしたいと感じた。

〆には、「雲丹と蟹の土鍋」ご飯を頂いた。雲丹と蟹という贅沢な組み合わせ、炊き立ての土鍋ご飯には、至福の喜びが詰まっている。さっぱり派には、お蕎麦という選択肢もある。お腹いっぱいかなと思いながら、あっという間にぺろりと食べてしまった。

ご主人とあかねママが築かれたお店を、2代目のご主人とお嬢さんが暖簾を引き継いでいる。僕にとってママの存在は大きいけれど、取材当日に足を打撲して歩くのが辛かった僕の為に、お嬢さんが道路に出てタクシーを捕まえて下さった。普段ならば遠慮して、自分で捕まえるか、アプリで呼ぶのに、足が痛かった事もあり、ついついご好意に甘えてお願いした。しかしその方が、良い運転手さんに当たりそうな気がしたのだ。思った通り、とても感じが良く道も詳しい、気分が良くなるような運転手さんだった。大事なものはしっかり、受け継がれているなと感じた帰り道。まだまだ長いお付き合いが出来そうだと感じて、とても嬉しかった。

食欲の秋と申します、松茸が旬なうちの再訪を心に誓い、皆様も、そろそろ今年の忘年会を考え出す頃ではないでしょうか、ぜひ六角亭に足をお運び下さい。


六角亭

麻生さんの原稿中の「あかねママ」は、金子あかねさん。代官山で36年間続く串揚げの名店「六角亭」の名物女将。若いころ売れっ子のモデルだったという金子さんは立ち居振る舞いも美しく、また、おいしいもの、美しいものの目利きでもある。その昔「何か商売でもやろうか」というご主人に「串揚げ屋さんがいい!」と提案したのはあかねさん。その意見を受けてご主人は根津の老舗「はん亭」に修行に出かけたそう。この一見普通のエピソードも、よく味わうと、道を切り開き、歩く段取りを整える夫妻の姿が際立ってくる。二代目のご主人は、お嬢さんである麻美さんのご主人大家幸治さん。茶懐石の料理人だった大家さんにより、六角亭は串揚げのみならず、旬を味わう和食の一品料理も充実、それに合わせた酒の種類も豊富に、常連から初めての客まで、多くの人の舌をうならせる店となった。春夏秋冬訪れたい店。

コース
ランチ
六角亭ランチコース(串揚げと土鍋ごはんのお得なコース)  3800円
ランチ・ディナー共通
「六角膳」(先付けから串揚げ、ごはんまで楽しめるコース)  4500円
ディナー
「特撰 六角膳」(本各和食から串揚げ、土鍋ごはんが楽しめるコース) 5500円

他にもお任せ串揚げ(1本280円~)特撰串揚げ(1本600円)お造り、一品料理など
日本酒、ワイン、ビールなど各種ドリンクも豊富
*値段はすべて税込み

住所:東京都渋谷区恵比寿西1-36-5
電話:03-6303-0331
営業時間:月~土 17:00~23:00(LO22:00)
     日・祝日 16:00~22:00(LO21:00)
定休日:正月


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。2024年には3冊目の書籍も発行予定。。

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