「ウェルビーイングな人の心の状態って?」(ゲスト:星野概念さん/精神科医 など)

これまでになかった視点や気づきのヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第24回目のゲストは精神科医であり、ミュージシャンで、文筆家でもある星野概念さんです。多才で多忙な星野さんが考えるウェルビーイングとはどんな状態なのでしょうか? 星野さんの肩肘張らない語り口のおかげで、自分の本心や「違和感」について、改めて深く考える時間になりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/中川和子


星野概念 (ほしの・がいねん)さん
精神科医として臨床の現場に立つかたわら、音楽活動や執筆も行う。雑誌やWebでの連載の他、寄稿も多数。いとうせいこう氏との共著『ラブという薬』『ラブというサプリ』(共にリトル・モア)、単著に『ないようである、かもしれない〜発酵ラブな精神科医の妄言』(ミシマ社)、最新刊に『こころをそのまま感じられたら』(講談社)などがある。


「心って、全部なんですよ」

酒井:星野さんは、普段から精神科医としていろいろな方と対話をされていると思うんですけれど、その方たちは何か悩みを持たれていたり、ウェルビーイングとは真逆な状態にあるというか……どんな感じなのでしょうか。星野さんのお仕事の内容も含めて、そのあたりからうかがえますか。

星野:僕の仕事からお話しすると、何かしら困りごとがある人とお話しすることがめちゃくちゃ多いです。その人の「困りごとがどういうものなのか?」ということを教えていただく。

酒井:困りごとですか?

星野:その困りごとは本当に人それぞれ。例えば、精神科だからといって、心のことばかりではなく、体のこともあります。今日、僕は訪問診療で内科のご病気がある患者さんを診たんですが、体の痛みが続くと、やはり気持ちもつらくなっていくというか、体と心って相関しているので。

前田:確かにそうですね。

星野:心にはカタチがなくて「心とはなんぞや」って、難しい話なんですけど。要するに、心って全部なんですよ。つらさとか、喜びでも嬉しさでもいいんですけど、必ずついてまわってくるものだと思うんです。だからいろいろな困りごとに対して、その時の心の状態っていうのも必ずある。

酒井:切り離せないですよね。

星野:「こういう困りごとがある」というのがちょっとずつ把握できてきたら、僕は医療者なので「医療ではこういう応援ができるような気がします。もし、お薬を使うんだったら、こういう効果と心配があります」とか「お話をしていくとしたら、1回何分で、こうやってお話ししていきましょう」みたいな方向性を考えていく。もし、医者じゃない人が関わった方がよさそうだったら「福祉のシステムを使った方がいいと思うので、そこにつなげてくれる人に入ってもらいましょう」などと言って、その人の困りごとがなるべくゆるむようなことを考えていくんです。

酒井:困りごとに対峙するお仕事なんですね。

星野:僕が仕事で会う多くの人は困りごとのある人なわけです。困りごとがあるということは、やっぱり何かの流れに滞りがある。すべて淀みなく流れていれば、困りごとってあんまり気にならないと思うんです。でも「ここがうまくかない」とか「ここでつまづいちゃうんだよな」といった困りごとがある場合、「じゃあ、こうしてみますか」と、一緒に考えていきます。

「滞りが少ない」のがウェルビーイング?

星野:そもそも「ウェルビーングって何なんだろう?」と考えると、けっこう難しくて。僕もわかるようなわからないような感じなんです。ウェルビーイングっていう言葉でしか表せないイメージが自分の中にあるというか。それを別の言葉で表すのはすごく難しい。滞りなく日々を過ごせる状況というのがウェルビーイングなのかな。でもウェルビーイングを「めっちゃ満たされた状態」と考えると、ちょっとハードルが高くなりすぎる。なので「滞りがない」「滞りが少ない状態」なのかなと思うんです。

酒井:なるほど。

星野:そういう意味で考えると、僕が仕事でお話をする、関わらせてもらう方々というのは、ウェルビーングとは言えない状態にある人なのかなと思います。何か気になることがあって朝起きたくないとか、仕事で会いたくない人がいるから仕事に行きたくない、という状況はウェルビーイングとはいえないと思います。

酒井:われわれもずっとウェルビーイングのインタビューを続けていますが、うまく説明できるようなできないような、いまだにそんな状態です。ウェルビーイングな状態にある人でも、困りごとがないわけではない?

星野:0ではないと思う。困りごとがないって、無理なんじゃないかと。「困りごとが0」というのは、無理して、フタをして0であることにしている気がするんです。困りごとがあっても、そこでグルグル滞らなければいいわけで、困りごとをカバンの中に入れながら過ごしていけるみたいなほうが、自然な気がするんです。

酒井:困りごとの置き場所が、整理されているということでしょうか?

星野:そうでうね。困りごとがあっても、滞るほどじゃない場所に置かれていて、本人も置き場所がちゃんとわかっている。

酒井:それ、すごくわかりやすいですね。

星野:困りごとがないとか、満たされていることがウェルビーイングで、そこが理想だと考えると、絶対に無理が生じる。そこにとらわれずぎると、あまりよくない。

酒井:それ、健康という言葉も当てはまるような。健康に対してすごくストイックな人と、逆にすごく不健康そうな行為をしているのにとても健康そうな人が世の中にはいて。さて、どっちが本当に健康なんだろう? 

星野:そうなんですよね。健康にしても、自然、ナチュラルみたいなものにしても、突きつめすぎるとめっちゃ不自然。視野が狭くなっちゃう。食べるものにしても、絶対に添加物はなしとか、絶対に無農薬のものしか体に入れないとなってくると、それは難しいし、そのことにとらわれてしまうような気がするんです。で、とらわれてしまうと、やっぱりそこでグルグルしますよね。グルグルするっていうのは滞りなんです。だから、「ちょっと添加物が入っているけど、まあいいか」とか「今日はポテトチップスを食べたい」ということがあってもいいんじゃないかと。そのほうが心の負担は少ないと思います。

酒井:星野さんはウェルビーイングという言葉をどういう感じで捉えていらっしゃいますか? 

星野:「楽」とか「苦しくない」という感じですね。僕、ちょっと前までは「心地いい」だと思ってたんですよ。でも「心地いい」だとハードルが高いというか、尊すぎるみたいな気がして。

酒井:確かに心地いいって言葉、すごくステキな言葉ですけど、そのイメージに引っ張られると、ちょっと負荷がかかりそうな。

前田:あと、ちょっと、うっとりしなきゃいけないんじゃないかと思う。

星野:そう、うっとり。うっとり感が言葉から出てるんです。でも、言いたいのはそういう感じじゃなくて、もっと「ただ楽な感じ」で。だから苦しくないとか、楽っていうほうがしっくりくる

ウェルビーングな状態って「ひとりでも大丈夫」みたいな

酒井:その人の気質によって、ウェルビーイングを感じやすい、感じにくいというのはあるんでしょうか?

星野:あると思いますね。ウェルビーイングな状態ってどんな状態かと考えると、これは難しいけど「ひとりでも大丈夫」みたいな。

酒井:それはどういう?

星野:人って孤立すると、めちゃくちゃつらいと思うんですよ。でも「孤立」と「孤独」は違う気がしていて。「孤立」はひとりぼっちみたいなイメージで、ひとりじゃいられない状態。誰かに助けてほしいし、話を聞いてほしいし、自分の居場所を探したりする。居場所というのは、たとえばお気に入りのバーかもしれないし、趣味が見つかればそれも心の居場所になる。居場所があれば、別に誰かと会ったり、連絡を取ったりしなくても、安心して孤独でいられるから、心は孤立していないというか、自分の中で、ある程度満たされている。たとえば、読みたい本がある、観たい映画がある、やりたい趣味がある、取り組みたい何かがあると、ひとりでも安心していられる状態ですよね。

前田:安心は大事ですね。

星野:そうですね。もちろん、別にずっとひとりでいたいわけじゃないんですよ。ひとりの時間もあるし、人とも接するし、人と接してちょっと疲れたらまたひとりの時間に戻れるといったように、そこらへんをシームレスに行き来できるのがいいと思うんです。

酒井:なるほど。ある意味「強さ」のような。

星野:そうかもしれません。やはり不安とか滞りがあるとひとりじゃいられないと思うので、安心してひとりでいられるっていうのは、かなり心が安定していないと難しいですね。

「腐敗」する違和感と「発酵」する違和感

酒井:星野さん自身が、医療の専門家として、ご自身の心の状態で気をつけていることはありますか?

星野:自分で自分を知ることってすごく難しいんですよ。物理的に客観視できないから。ただ、だんだんわかってきたのは、やっぱり無理なことには取り組めない。自分をごまかし続けられない。例えば「違和感があるな」と思ったら、気のせいとかじゃなくて、絶対に違和感はあるんです。

前田:「気のせい」ではすませられない?

星野:「違和感があるけど、勉強になるしなあ」とか、「そのうち馴染むかな?」と思おうとしても、やっぱり違和感はあんまり消えないんです、僕の場合は。

酒井:そういう違和感を感じている時って、どうやって自分の機嫌を取っていくといいのでしょう?

星野:違和感があって、でもその違和感をなくすことが何かをやめることつながる場合は難しいですよね。そういう場合は結局、自分を説得するしかない。「これは大事なことなんだ、必要なプロセスなんだ」と。でも自分にフタをし続けていると、突然爆発したりすることもあるので、違和感は違和感として持っていながら、なるべくそこで滞らないように自分を説得したい。「違和感があるのでごめんなさい。できないです」と言えるのが理想ですが、社会とか組織の中にいると、それは難しいので、つい無理しちゃうんですけどね。

前田:自分に「がんばれ!」なんて言っちゃって。

星野:そうなんですよね。僕は「これも修行のうちだ」と無理しがちで。

前田:違和感がだんだん腐敗してきて、爆発して身体に出るというのはよくありますよね。

星野:あります。僕、まさにそれで、3~4カ月1日も休まずに仕事をしてたんです。そしたらめちゃくちゃ発熱して、蜂窩織炎(ほうかしきえん)という感染症が悪化して、リンパにも細菌が入ってけっこう大変だったんですよ。やっぱり身体は嘘をつけないですね。

酒井:違和感がある時は、「発酵」する場合と、「腐敗」する場合があるんですね。

星野:そうです。僕みたいに「腐敗」して身体を壊しちゃう時と、次につながる過程に「発酵」する時と。

前田:やっぱり違和感とか、困りごととどう向き合うのかというのはすごく大事ですね。

星野:人って、成長の過程でずっとそれを繰り返して「みんなが学校に行くから学校に行こう。みんながこの授業を受けていて、この遊びをやってるから、ちょっと違和感があるんだけど、みんながやっているからやろう」って思ってやっているうちに、自分の違和感がいろいろな場所で腐敗してきて。でも、ほとんどの人は自分でそれに気づくことができなくて、無理がどんどん重なっていくからダメージも大きくなるというか。

酒井:確かに気づけないとダメージが大きくなりそう。

星野:だから、自分がどういう状態が楽だったり心地よかったりするのかを知ろうとする「マイウェルビーイングの探求」は、すごくおもしろい気がします。

酒井:マイウェルビーイング。

星野:そう、ウェルビーイングのカタチは、人それぞれですよね。

以下、星野さんがみなさんの質問にお答えします。

Q:違和感を感じながらも、長年仕事を続けてきてしまいました。でも、本当に合わないなら、長年続かなかったと思うし、続いているということは、フタをしていい違和感なのでしょうか?

星野:おっしゃる通りじゃないですか。僕、詳しくないですけど、すごくいい香りの香水とかにも、めっちゃ臭い匂いが混じっているっていうじゃないですか。違和感のある香りが何かしらのスパイスというかいい刺激になっているのかもしれないし。続いているというのは、その違和感、悪くないものなんじゃないですかね。

酒井:続いているっていう状態って、すごく大事なことですね。

星野:すごく大事だし、何よりの証拠のような気がします。無理を重ねると体に症状が出たり、その場にいられなくなったり、何かしらで続けられなくなると思うんです。

Q:自分の機嫌を自分で上手に取れるようになりたいです。まず何から始めたらいいですか。

星野:自分の機嫌を自分で取れるようになるということはすごく大事なことだと思うんです。それは、自分がどういう時に不機嫌になるのか、そして、不機嫌になった時にどういうことをするとちょっとでもゆるむのかっていうことを知ろうとすることじゃないかなと。不機嫌になるときというのは、お腹がすいてる時とか、身近な人からの連絡がスムーズに取れないときとか、応援しているスポーツのチームが負けているときとか、人それぞれで、しかもそれは1個じゃないと思う。だから、どんな状況が自分を不機嫌にさせるのか、どうすると機嫌がよくなるのかを、本当は書いておくといいんですよね。自分のトリセツを作るみたいに。これは、ストレスコーピングといわれるストレスの対処法なんです。不機嫌なときって、自分の機嫌の取り方がわからなくなるんですよ、イライラしてるから。だから、そういうときに、書いておいた自分のトリセツを見て、自分の機嫌を取れると楽ですよね。楽そうな人は、それが上手なのかと思います。

酒井:そろそろ終了の時間ですけれども、星野さん、今日、振り返ってみていかがでしたか。

星野:すごく気づきが多いような気がしました。ウェルビーイングということに関して、なんとなくしか捉えてなかったんですけど、こんなに時間をかけて考えさせてくださったっていうのは、ありがたいことだなと思いました。自分でも思ってなかった、気づいてなかったような言葉が出てきて。本当にありがとうございました。