ウェルビーイングの鍵はカスタマーサクセスにあった!

食べたいものを自分で決めて、食べたい食材を自分で選ぶ。
人に感謝する気持ちも芽生えるし、食卓では人と人とのつがなりも深まる。
そんな暮らしの中の小さな幸せが、料理にはいっぱい詰まっている。
なのに今、料理をする人が減っているという。
これは由々しき問題なのでは⁉
その課題に、自社で運営するオウンドメディアを介して解決に導こうとチャレンジしているのが、味の素社。
オウンドメディア『AJINOMOTO PARK』はいったいどんな活動をし、どこへ向かうのか。
ただのレシピ提案だけではない、独自の哲学をインタビュー。

お話しをうかがった人/味の素(株)マーケティングデザインセンター カスタマーサクセスグループ長 野沢与志津
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/小林みどり


━━━味の素社が2023年の春、組織を再編したとニュースになりました。どういった再編だったのでしょうか。

野沢さん(以下、野沢)「簡単に言えば、縦割りの事業体に横串を刺すためです。生活者と向き合いながら、必要とされるものを届けていくという原点に立ち返るために、各部署それぞれが生活者の声に直に触れられる機会を作ろうとしています。

そこで、広告部と生活者解析・事業創造部を統合したマーケティングデザインセンターを新設しました。その組織下で、生活者のみなさんに対して多方面から立体的にコミュニケーションを設計・推進していくのが、コミュニケーションデザイン部です。

私たちが運営しているオウンドメディア『AJINOMOTO PARK』は、もともと調味料事業のアフターサービスのような位置づけでしたが、新設したコミュニケーションデザイン部に引っ越し、これまで以上に生活者に寄り添い、そこから価値を生みだすカスタマーサクセス、つまり顧客それぞれの“ありたい姿の実現”へのお役立ちを目指すこととしました」

━━━自社で運営するオウンドメディアは、どういった経緯で誕生したのでしょう。

野沢「味の素社では60年代から、『奥様手帖』というレシピ冊子を発行していました。2000年頃になって、蓄積してきたレシピを誰もが自由に見られるようにと、『レシピ大百科』としてwebコンテンツ化。それが大きく成長して、2012年頃にオウンドメディア『AJINOTMOTO PARK』を立ち上げました。

「AJINOMOTO PARK」創設時、オウンドメディアで企業と生活者がダイレクトにつながれるんじゃないかという期待感があり、サイト内でより楽しんでいただけるようなコミュニティも同時にスタートしました。その結果、会員は100万人規模まで成長しましたが、やがてSNSの時代になり、人はメーカーのサイトではなくSNSを見て行動を変えるようになったのです。その流れの中、サイト内コミュニティは一度クローズさせ、私たちもSNSへ注力を始めましたが、つながる場としてのオウンドメディアも、一定の規模感を保ちながら運営を続けました。

メディアを維持する理由の大事なポイントとして、味の素社が扱う調味料は、売ったら終わりではない、ということがあります。むしろ売ったあとが顧客にとってのスタート。その調味料をどうやって使うのかをコミュニケーションの中でお伝えしないと、『ほんだし®』はいつまでも粉のまま……(笑)。『AJINOTMOTO PARK』というメディアで調味料の使い方や、食べる楽しさを発信することは私たちの大切な役割です。」

━━━『AJITNOMOTO PARK』は一度リニューアルしていますね。さらにその後、生活者が直接投稿できる場所ができたりイベントのお誘いがあったりと、人々との交流が盛んなところが目を引きます。

野沢「そうですね。レシピ検索によってたまたまここに来た、という偶然性に頼らず、『AJINOMOTO PARK』をもっと深く生活者とつながる場所にしたい、能動的に訪れていただける場所にしたいと考えて、3年ほど前にリニューアルしました。直近は毎月約800万人規模のアクセスがありますが、来訪者と両想いの関係になれるようにするには、踏み込んだコミュニケーションを図る必要があると思っています。

『AJINOMOTO PARK』食べる楽しみを、もっと。TOPページ

企業のオウンドメディアとしては、どうしても企業起点の情報発信になってしまう。そこを、生活者起点へと逆回転させたい。“伝えた情報=顧客のありたい姿“につながっているのかどうか、そこを考え抜きたいですね。そのキーワードは『供給から共創へ』。共創の形にどう持っていけるかが、次の勝負所です。そこで、今年2023年から私たち運営のグループ名を「オウンドメディアグループ」から『カスタマーサクセスグループ』へと変えて、主語が生活者であることを明確にしました。サイトの中にもう一度ファンコミュニティをオープンし、ファンのみなさんとつながりながら、コンテンツを作っています。また、ファンから寄せられる声だけでなく、サイト訪問によって集まる来訪者のデータから、さらに顧客の解像度を高め、顧客がより良い状態になるコンテンツ配信やサービスを可能にする。そういった流れを作ることが、今後オウンドメディアとしてやりたいことですね」

━━━なるほど、興味深いお話しですね。手応えはいかがですか?

野沢「今年の3月からファンコミュニティサイト『味のもト~ク』を新たにスタートさせ、少しずつではありますがファンの顏が見える関係ができてきました。昔で言うとアナログな顧客リストを作る作業のようなものです。ファンは100人、1000人と、数で言えば小さな規模ですが、内容は濃い。一時は、月々『AJINOMOTO PARK』に来てくれる数百万人すべての方々が、能動的に訪れていただけることを目指してトライしたこともありました。でも、あまりにも規模が大きく、背景もさまざまな個々のニーズをとらえ切って次のアクションにつなげるのは難しいということが見えたのです。

『味のもト~ク』はファンの声がダイレクトに集まる“小さくて濃い”場所

来訪者すべてではなく、何度も訪れてくれる人、SNSやLINEで、『AJINOMOTO PARK』に、自分の意思でつながってくれる人、そんな人達との関係性を大事にするコミュニケーション方法を採用する。そうすると数は数百万人に減り、そこからさらにレスポンスのある人、双方向の矢印を戻してくれる人、コミュニティ登録で継続的につながっていただける人と絞っていくと、規模は小さくなっていきますが、関係性は濃密になっています。コミュニティ『味のもト~ク』は現在、数百人程の規模ですが、ここは凝縮された人たちとつながる場所なのです。運営の担当者は、発話してくれる人がどんな人なのか、顏まで見えていたりしますから。そして、次はその関係性からカスタマーサクセスを実現したい。生活者がまだ気づいていないことや、困っていることをコンテンツの中に還元したり、コンテンツではできないことをサービスや、製品開発で答えていったり。カスタマーサクセスの実現方法は、今後さらに検討していかなくちゃいけない、それが今の立ち位置です」

━━━濃い人、いわば味の素社の熱烈なファンですね。どのような方々なのでしょうか?

野沢「そうですね。皆さん味の素社が大好きで、すごく長い歴史をご一緒している。私たちの製品をよく使ってくれている50~60代、70代の方々が中心ですね。味の素製品の使いこなしも出来ているこの方々の知見を、今後は若い世代に還元したいと思います。企業発信ではなく、“お料理の先輩”発信の情報のほうがスッと受け止められるのでは、とも思います。また、現在のコミュニティのファンが料理のベテラン世代ということで、私たちが若年層の多い料理初心者への入り口を作っていなかったということも明らかになりました。

━━━これから料理を始める方々へのアプローチとして、どんなことが考えられるでしょう。

野沢「おそらく、単純にレシピサイトの運営だけでは不十分なのだろうと思います。私個人の感覚ですが、このままあと5年続けても料理を楽しむ暮らしや世の中にはなかなかならないのでは? と少し焦りを感じています。なぜなら、いくつレシピがあっても、それを再現して終わり。そこでリセットされてしまうので次の日にまた悩む。レシピの提供だけでは料理や食べる楽しさは伝えきれていないのです。必要なのはレシピの提案と同時に「料理の基本スキル」や「料理モチベーションのきっかけ」をインストールしてもらえるような仕組みの提供なのだと思います。味の素社は、何がどうおいしいのか、何をするとおいしくなるのか、ということを長年にわたって解像度高く研究を重ねてきているので、私たちなら基本のスキルセットやプログラムを準備できるんじゃないかと思うのです」

━━━自炊料理家の山口祐加さんと一緒に、若い世代向けのワークショップを開催したと聞いています。

野沢「はい。学生さんを対象とした全8回の「レシピのない料理ワークショップ」です。基本的にレシピで生活者とコミュニケーションしている味の素社なのですが、山口さんから「レシピのない料理教室をやってみたい」とご提案をいただいたんです! グローバルなビッグデータの研究で、「料理とウェルビーイング」は関係があることが分かったと言われています。データだけでなく、味の素社としても確かな手ざわり感をもって料理とウェルビーイングの相関性を実感したいと、山口さんの熱い想いにも共感し、一緒に取り組みましょうという話になりました。

ウェルビーイングの鍵は料理にあった!「料理とウェルビーイングについての共同研究」レポート|【味の素パーク】たべる楽しさを、もっと。 (ajinomoto.co.jp)

ワークショップの実施に向けて、味の素社の食品研究のメンバーも交えて、何を教えるか、何をインストールすると料理ができたという感覚になるのかという仮説を立ててプログラムに落とし込み、手探り状態でなんとか開催に漕ぎつけましたが、結果的には思った以上の手応えがありました。

参加した学生からは、次回のワークショップまでの間に、前回習ったことをやってみたとか、少しずつ意識が変わってきているという声があり、全8回が終了する頃には、「自分は料理ができるという感覚になった、食生活から得る満足度が高まった」と言うんです。「料理ってフライパンでジュワ―ッ! とか、かっこよく“煽る”とかしなくてもいいんですね」、「置くだけで肉って焼けるんですね」、「だしを飲んだことなかったけれど、そのまま飲んでもおいしいですね」と。このワークショップで気づいたのが、料理をするというハードルをそれぞれがとても高いところに持っていたということです。ワークショップは、確実にそのハードルを下げるお手伝いができたと思っています。

社会人として自立を迎える学生さんが自分でご飯を作れるようになってほしいと思ってこのワークショップを始めましたが、それ以上の学びを得られました。料理と向き合うことは自分が何を食べたいかを知ることだから、自分の状態をモニタリングできるとか、食材が料理に変化することの達成感が毎日味わえるなど、想像していた以上に広がりのある言葉が彼らから出てきたんです。

このワークショップで得たことをもとに、料理をしない人たちがどうしたら料理の基本スキルやマインドを獲得できるのか。これをとことん突き詰めていけば、料理のハードルが下がり、料理を楽しむ世界へとみんなが漕ぎ出していけるんじゃないかと思っています」

━━━料理をしたいとみんなが自然に思えるようになったら素敵ですね。心に余裕のある、生きやすい世の中になりそうです。

野沢「私の個人的な体験なのですが、来る日も来る日も家族のご飯を作るのがすごく苦痛な時期があって。一週間分の料理を作り置きしてくれる家事代行サービスを利用してみて、ちゃんと子どもたちに食べさせられているという満足感はありましたが、私が自分で料理をしたいという気持ちは一向に芽生えなかったんですね。

一方で、コンシェルジュサービスを利用してみたこともありまして、何でも気にかかっていることをチャットで相談できるんです。すると、その分野のスペシャリストが私に代わっていろいろ調べてくれる。すると、たとえ提示された方法を自分が実践しなくても、ふだんからモヤモヤして頭をいっぱいにしていた懸案事項がすっきり解決して、心がスッと軽くなったんです。

そうしたら、料理をしようという気になりました。久しぶりに料理が楽しいと思える自分に気づいたんです。私も含めて、現代の人たちは忙しく、食のこと以外で頭の中がいっぱいになりがちですよね。そういった頭の中の重荷を取り除いて、時間と心の余裕を生み出さないと、料理や食を楽しむところまでは行けないなと思うのです。

では、私たち味の素社は何ができるのか。それは、料理スキルや料理マインドを底上げすることなんじゃないかと。毎日の料理に高いハードルを感じず、自分が食べたいものを自分で好きなように作って食べられる“選択と自己決定”のある状態、それがウェルビーイングなんじゃないかと思っています。

『AJINOMOTO PARK』を運営する私たちの部署は『カスタマーサクセスグループ』という名称ですが、サクセスとは何かというと、顧客のウェルビーイングだと思っています。キャッチフレーズの『たべる楽しさを、もっと。』の“楽しさ”は、料理を作ること、食べることはもちろん、知る、やってみるなど、いろいろな手段で獲得できます。それらをテーマに、引き続き生活者とコミュニケーションしていきたいですし、そこから得られたヒントを、味の素社の製品やサービス、コンテンツに還元してもう一度顧客に戻していく。その流れの基盤が、オウンドメディアである『AJINOMOTO PARK』だと捉えています。まだまだ道半ばですが!」

【インフォメーション】

『AJINOTMOTO PARK』には、日々の献立に役立つレシピのほか、食が楽しくなる情報やイベント体験など、毎日訪れたくなるコンテンツが盛りだくさん。
★『AJINOMOTO PARK』はこちら!
 https://park.ajinomoto.co.jp/
★『AJINOMOTO PARK』公式ファンコミュニティ『味のもト~ク』はこちら!
 https://community.park.ajinomoto.co.jp/view/home
★山口祐加さんとのワークショップのレポートもぜひ!
 https://park.ajinomoto.co.jp/special/wellbeing/research/article_1/