健康状態にかかわらず「幸せ」を感じられる社会へ

文/水野映子
第一生命経済研究所 主任研究員 
専門分野はユニバーサルデザイン、ダイバーシティ
イラスト・図/ながお ひろすけ


「健康寿命」を延ばすための取り組み

2022年の日本人の平均寿命は、男性81.05年、女性87.09年となりました(図1)。2020年までほぼ延び続けてきた平均寿命は、新型コロナウイルス感染症などの影響により、2年連続で縮小しましたが、依然として世界トップクラスです。今後も平均寿命は延びると推計されています*1。

*1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(2023年4月公表)

「平均寿命」のほかによく聞く言葉には、「健康寿命」があります。健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことです。健康寿命は、最新データ(2019年)では男性72.68年、女性75.38年でした。男女とも2001年から3年前後延びています。

ただし、平均寿命と健康寿命の間には、男性では9年弱、女性では12年以上もの差があります。この年数は、健康上の問題で日常生活に制限がある期間、すなわち健康ではない期間を意味します。平均寿命だけでなくこの健康寿命を延ばすことや、平均寿命と健康寿命の差を縮めることが、長年課題とされてきました。

健康寿命を延ばすために、国をあげた取り組みも行われています。たとえば、2019年に国が策定した「健康寿命延伸プラン」は、健康寿命を2040年までに3年以上延ばし、男女ともに75歳以上にすることを目指しています。具体的には、「次世代を含めたすべての人の健やかな生活習慣形成等」「疾病予防・重症化予防」「介護予防・フレイル対策、認知症予防」の3分野の取り組みが推進されています。また厚生労働省は、食事・運動・けんしん(検診・健診)・禁煙を4つの柱とする「スマート・ライフ・プロジェクト」(https://www.smartlife.mhlw.go.jp/)を展開し、健康に関する情報をWebサイトで発信したり、イベントを行ったりしています。

コロナ禍を経た生活者の健康づくり

また生活者個人も、健康で長生きするためにさまざまなことに取り組んでいます。以前から多くの人が、食事や運動などの生活習慣に気を配ったり、定期的に検診や健康診断を受けたりして、健康づくりや病気・介護予防に励んできました。

ところが、2020年初めからの新型コロナウイルス感染症の拡大は、私たちの健康にも大きな影響を与えました。ウイルス感染による健康への影響はもちろんのこと、健康づくりの基礎となる生活習慣にもさまざまな変化が及びました。たとえば、外出自粛が求められて在宅生活を余儀なくされたことにより、生活習慣の乱れや運動不足などの問題が起きました。また、コロナ禍の影響で体重が増える“コロナ太り”という言葉も登場しました。

感染拡大が始まってから数か月後の2020年5月に当研究所が実施した調査(図2)によると、「運動不足だ」と感じている人は7割強、最近「体力が落ちた」「体重が増えた」と感じている人も過半数にのぼっていました。また、3割前後の人が「生活が不規則になった」「食生活が不健康になった」とも感じていました。

では、人々の生活習慣は、コロナ禍を経てどうなったのでしょうか。
図3は20歳以上の人が「日ごろ健康のために実行している事柄」を、感染拡大の前(2019年6月)と後(2022年6月)で比べたものです。調査項目には「規則正しく朝・昼・夕の食事をとっている」などの食生活に関する項目が4つ、運動・睡眠・喫煙・飲酒の習慣、およびストレス管理に関する項目がそれぞれ1つあります。

2022年の結果をみると、実行していると答えた人の割合は、ほとんどの項目で2019年より減るどころか、わずかながら増えています。つまり、健康の維持・増進のために実行していることが感染拡大の前後で大きく変わった傾向は、この結果からはみられません。

生活者はコロナ禍に翻弄されながらも、健康を保つための生活習慣を徐々に取り戻し、人によっては「新しい生活様式」の中で新たに良い生活習慣も身につけたのではないかと考えられます。

「誰一人取り残さない」ために

このように、国や自治体のレベルでも個人のレベルでも、健康で長生きをするためにさまざまな努力がされています。ただし、いくら努力をしても、病気やけがをしたり、障害をもったり、介護が必要な状況になったりすることはあります。また、生まれたときから病気や障害がある人もいます。

たとえば内閣府は、およそ9.2%の国民に、何らかの障害があると推計しています.*2。 また、要介護・要支援と認定されている人は、700万人に近づいており*3、人口の5%を超えています。これらの統計には含まれていない症状や障害のある人、一時的な病気・けがの人なども含めれば、健康面で何らかの不便さや不自由を抱えている人はもっといるはずです。

*2 内閣府『令和5年版 障害者白書』(2023年6月)
*3 厚生労働省「介護保険事業状況報告の概要(令和5年5月暫定版)」

また、たとえ自分の健康状態は良くても、家族や友人・知人などの身近な人が、介護や医療を必要とする状況になることもあります。「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容・包摂)」の考え方が今後さらに浸透すれば、病気・障害のある人と職場や学校、地域で一緒になることもますます増えるでしょう。つまり、自分自身や周りの人が、一生涯「健常(常に健康)」であることはまれだといえます。

そう考えると、世の中に「健康であることが幸せ」という価値観しかない場合、健康でなくなったときに「不幸せ」と感じることになりかねません。そうではなく、病気・障害をもっても、要介護状態になっても、幸せを感じられる社会を目指すことこそが、人生100年時代においては必要なのではないでしょうか。

国連のSDGs(持続可能な開発目標)では、「誰一人取り残さない」ことが理念として掲げられています。健康状態が良い人もそうでない人も取り残さず、誰もが幸せに暮らせる社会になることを願っています。