「なぜ今、ウェルビーイングが大切なのか?」(ゲスト:前野隆司さん/慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)

これまでになかった視点や気づきのヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第23回目のゲストは慶應義塾大学大学院教授の前野隆司さんです。同大学のウェルビーイングリサーチセンター長でもあり、来春、武蔵野大学で設置構想中のウェルビーイング学部・学部長就任予定でもある前野先生。ウェルビーイングの第一人者である先生に、ウェルビーイングについてお話しいただく貴重なインタビューになりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


前野隆司 (まえの・たかし)さん
1962年、山口市で生まれ広島県で育つ。’86年、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校機械工学科、ハーバード大学応用科学・工学部門などを経て、2006年、慶應義塾大学理工学部機械工学科教授に。現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長、一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事、ウェルビーイング学会会長を務める。


世界初のウェルビーイング学部創設。科学と哲学・思想の両面からウェルビーイングを考える

酒井:前野先生は大学院の教授であり、ウェルビーイング学会会長であり、一般社団法人ウェルビーイングデザインの代表理事を務められるなど、まさにウェルビーイングの第一人者だと思うのですが、前野先生がウェルビーイングに興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

前野教授(以下敬称略):その前に肩書きがもう一つありまして。武蔵野大学ウェルビーイング学部、学部長予定者です(笑)。

酒井:ああ、そうでした。大変失礼いたしました(笑)。

前野:もともと僕はカメラを作ったり、ロボットを作ったりするエンジニアだったんです。モノやサービスをつくって、人々の幸せに寄与するのが工学でありエンジニア。ところが「僕がロボットを作って、これが本当に人々の幸せに寄与しているのだろうか?」という素朴な疑問があって。幸せの研究をして、人々の幸せに寄与する製品づくり、サービスづくり、あるいは職場や雰囲気づくりをすべきだということに気づいたのが15年か20年ぐらい前です。それがきっかけですね。

酒井:エンジニアからウェルビーイングの研究というと、人々の幸せという目的は同じでも、方向転換といいますか、周囲は驚かれたのでは?

前野:いや、何も転換はしていないですよ。機械工学の中に設計論というのがあって、設計論の中に「設計要求を満たすような設計をしましょう」というのがあるんです。設計要求にちゃんと“幸せ”を入れて、人を幸せにするようなロボット、あるいは人を幸せにするような職場というのをデザインすべきだということですから。それがウェルビーイング中心設計というか、ウェルビーイングを考慮した設計論というのをやっているので、今でも工学のままのつもりなんですけどね。

酒井:なるほど。そして、先ほどおっしゃった武蔵野大学はウェルビーイング学部開設ということで。

前野:学問分野は横断型で、工学的な発想ももちろん入っています。最後のところはやっぱり、人々を幸せにする、あるいは自分が幸せになる製品、サービス、コミュニティのデザインをして、それを卒業プロジェクトとして世に送り出していくとなっています。じゃあ何を学ぶべきかというと、科学としてのウェルビーイング。たとえば「感謝する人は幸せである」ということは科学的に証明されています。実は武蔵野大学は仏教系の大学です。東洋の思想や宗教では「感謝する人は幸せですよ」と仏陀も言っています。科学によるウェルビーイングと、哲学・思想(人文科学)によるウェルビーイングの両方を教える。「人間はそもそも何のために生きているのか」とか、人間の本来の生き方について感性も磨いて。それこそAIがいろいろやってくれる時代ですから、知識よりも人間らしさ、感性・創造性を教育する。そして、最後はイノベーションを起こす。こういう教育が絶対必要だと思うんです。ところが、大学においてそういう学部がないので「自分が作るしかないな」とおもいました。

酒井:日本初?

前野:世界初です(笑)。

酒井:総合的にウェルビーイングを考えていくということですね。

前野:「教養学部みたいなものなんですね」と言われることがあるんですけれど、教養学部には目的はなく「とにかく多様に学んでおけば、後で何かの役に立つでしょう」ということなんです。ウェルビーイング学部は人類のウェルビーイング、そしてあなたのウェルビーイングをいつも中心に置いて、しかもウェルビーイングとモノづくり、ウェルビーイングと哲学、ウェルビーイングと心理学のように、どの領域でも、“いつもウェルビーイングに立ち返る”という学問をやりたいんですよ。昔はそうだったんですよ。アリストテレスとかレオナルド・ダ・ヴィンチの頃は、哲学をやって芸術をやって工学もやっていた。学問を分化していなかったんです。ところが現代社会ではどんどん分かれていって、みんな自分の専門分野だけをやっている。そうするといちばん根本の大事なことを考える人が育っていないんじゃないかと。もちろん、従来型の学問も大事ですけれど、最も大事なところについて学んだ専門家がいるといいのではないか、だから育てようということですね。

「心と体と社会のよい状態」がウェルビーイング

酒井:このインタビューでもいろいろな方にお話を伺ってきたんですが、なかなかみなさんウェルビーイングがわかりにくいと感じていらっしゃるようで。

前野:幸せでもウェルビーイングでも平和でもいいんですけれど、根源的な概念なので、みんながいろいろなことを言いますから。一般の方は「よくわからない」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、私からみると相当わかってきています。

前田:そうなんですか。

前野:ウェルビーイングって美しい言葉ですね。「心と体と社会のよい状態」。こう訳せばいいんですよ。これを健康と訳したり、福祉と訳したり、よき生き方と訳したり、いろいろな人がいますけれど「心と体と社会のよい状態がウェルビーイングです」と言えば、みなさんが言っている概念が入ります。

酒井:ウェルビーイングや幸せについて真剣に考えようというと、真正面から向き合うのがちょっと恥ずかしいような……。

前野:分析すると、日本人には“幸せ”という言葉に抵抗感があって、結婚式で「幸せになります」というときぐらいしか使わない(笑)。ところがアメリカでhappyは“I’m happy to be ○○.”(○○になれると幸せ)とか、happyを日常的によく使う。ウェルビーイングもけっこう使う言葉です。日本人は特に照れくさがり屋というか「幸せなんて言わなくてもけっこうです」みたいな、まじめで謙虚な文化がそうさせてきた面はあると思うんです。

酒井:では、日本人向けのアプローチみたいなものはありますか?

前野:ウェルビーイング学部という名にしたのも、日本人向けのアプローチだと思うんです。「“幸せ”はちょっと抵抗があるけど、“ウェルビーイング”ならカッコいい言葉だからやってみるか」みたいになるかも。これは悪い意味ではなく、日本人は外国から入ってきたものが好きなんです。漢字だってそうだし、仏教だってそうだし。歴史的に、外から入ってきたものを自分たちのものに咀しゃくして新しい文化をつくっている。“幸せ”という概念が、一回ウェルビーイングとして入ってくることで、また日本の新しい文化が拡がる。ただ外国の文化に染まるんじゃなくて、漢字が入ってきたら、そこからひらがなをつくったり、日本の和歌の文化とかつくってきたわけですから。このウェルビーイングの後も、また何か新しいことが起きる、そういう楽しみがあります。

ウェルビーイングには“やりがい”と“つながり”が必要

酒井:ウェルビーイングになるために、日常的に実践できることがあればいいなと思うのですが。

前野:簡単にできることをいくつか言いますと、口角を上げる。無理矢理でも笑顔をつくる。笑顔になると幸福度が上がって免疫力が上がるんです。免疫力が上がるということは病気にもなりにくい。体のウェルビーイングになるわけです。あと、姿勢をよくする。胸を張ってちょっと上を向くと、晴れやかな感じになるじゃないですか。姿勢を悪くして下を向くと、実は幸福度が下がるんですよ。あとは大きな声であいさつをする。目を見て「おはようございます」ってすがすがしいあいさつ。これみんな、小学生みたいじゃないかって(笑)。

前田:小学校の廊下とかに書いてあることばかりですよね。

前野:そう、小学校で教えていることなんですよ。これを大人になってやってくださいと言うと「いやいや、今さらあいさつしなくても、姿勢をよくしなくても」とやらないでいると不幸になっちゃうんで。昔から姿勢をよくするとか大きな声でと言っていたのは、全部一理あるんです。

酒井:ちゃんと理にかなっているということですか。

前野:そうなんです。

酒井:感覚的に理解していたものが科学からのアプローチでちゃんと証明されているという。

前野:そうですね。ウェルビーイングの全体像をかいつまんで言うと、“やりがい”と“つながり”なんですよ。やりがい、生きがい、働きがいみたいなのがある人は幸せで、やらされ感で「やりたくないけど仕事してます」みたいな、あるいは「生きがいが見つかっていません、家でゴロゴロしてます」というのは、残念ながら幸福度が低い傾向にありますね。だからやっぱり自分がワクワクして、夢見て「よし、やりたいぞ」と思うような仕事とか趣味とか活動というのを見つけること。これがおすすめです。

酒井:なるほど。

前野:もうひとつはつながり。孤独というのは不幸せです。もしも、自分が「ひとりでさびしいなあ」とか、SNSを見て「うらやましいなあ、いいなあ」みたいな感情がわいているとすると、これはちょっと不幸になりかけている兆しなので、人と話したほうがいいんですよ。ちょっと頑張って人を誘って食事に行ったりお茶したり。オンラインでもいいから人と話をする。それで「あ、話せてよかった」と思うじゃないですか。つながっていろいろ話していると「じゃあ、それやってみようかな」とやりがいも見つかるかもしれない。何かやっていると「おもしろいね」と人も集まってくるし。個人としてのやりがいとまわりの人とのつながり、この両方がうまくまわると幸せなんですね。

酒井:自分の幸せというのは他人の幸せとつながっていますね。

前野:つながってますね。だから先ほど感謝する人は幸せと言いましたけど、そのほかにも利他的な人は幸せとか、人とのつながりの中で、「ちょっと助けるよ」とか、「助けてもらってありがとう」、という会話のある関係。ありがとうと言われて怒る人はいないじゃないですか。

前田:そうですよね。

前野:「ありがとう」は本当にセロトニン、オキシトシンという愛情ホルモンが出るんです。「ありがとう」という言葉を今まで以上に言うのもおすすめですね。

酒井:やりがいとかつながりを考えたときに、年を重ねていくと、そこを本当に健全にまわしていけるのか、先行きを不安に感じていらっしゃる方も多いのでは?

前野:昔は定年になったら余生が短くて、年金で過ごせた。でも今、長いですからね。ここはやっぱり生きがいがないと。

前田:もたない。

前野:もたないです。生涯の生きがい探しは僕は40歳ぐらいから始めたほうがいいと思います。定年が65歳だったら、なってから考えるという人がいるんですけど、65歳になると「やることがない」。あるいは世界一周するのが夢だったとしても、世界一周って一回やったら終わるじゃないですか(笑)。終わったらテレビを見るばっかりになっちゃう。だから、継続的にやれる、しかも、できれば世の中の役に立つことをやる。ゴルフ三昧みたいな人もいて、それもいいけど、ゴルフプラス社会・地域貢献活動もするといい。こう言うと、優等生的な感じなんですけど、これが幸せになるんですよ。“何か人のためになる活動”をちょっと始めておくというのがおすすめですね。

酒井:それをできるだけ早いタイミングから、コミュニティに入るという感じで。

前野:そう、コミュニティに入るし、いろいろなやり方を覚える。「会社人間なんで、会社のことしかわかりません」、そういう人が、いざ趣味を探そうとして、書道も違う、空手も違う、絵も違うと、もともとやっていないからどれも「今さら」となってしまう。30歳とか40歳から始めていれば「ちょっと下手だけど書道をやってるんです」みたいな感じになって、乗り移りやすいので。会社だけじゃなくて、副業とかプロボノ(さまざまな分野のプロが、その知識やスキルを無償で提供するボランティア活動)とか趣味とか平行で走らせておいて、うまく乗り移るほうがいいです。「会社は退職しました。さあ、ゼロからスタート」ってけっこうキツイですよ。

酒井:そうですよね。

前野:会社でエラかったおじさんが「よし、これからは地域貢献だ」って出ていって、「上から目線すぎるわよ」って女性たちに嫌われてシュンとして「もう地域貢献はやめた」と家でゴロゴロ、テレビを見てお酒を飲んで早く死ぬ。こういう事例、ほんとうに多い。お医者さんがそうおっしゃっています。そうならないためには早めに地域に出て、コミュニケーション能力を磨いたほうがいい。

前田:自分からあいさつをするとか(笑)。

ウェルビーイングは自分をコントロールすること

酒井:性格でウェルビーイングな状態になりやすい、なりにくい、はありますか?

前野:実はあるんです。ビッグファイブという性格分類があって、外交的か内向的か、神経質か情緒安定かとか。これと幸せとの相関をみると、明らかに内向的より外交的な人のほうが幸せ。情緒不安定より情緒安定のほうが幸せ。不真面目で継続できない人よりも継続できる人のほうが幸せとか。内向的な人は集中力があって粘り強くていいかもしれないんだけど、外交的な人のほうが人に好かれるじゃないですか。どっちがいい悪いじゃないんですけれど、でも、幸せになりやすい傾向の性格というのは明らかにあるんです。ただ、いいニュースがあって、性格というのは気質なので、先天的に半分ぐらいは決まっています。でも、半分ぐらいは後天的ですから、意識すれば変えられるんですよ。

※ビッグファイブ……1990年代にアメリカの心理学者、ルイス・R・ゴールドバーグ博士が提唱した理論。人間が持つさまざまな性格は5つの要素の組み合わせで構成されるとしている。5つの要素とは外向性、調和性、誠実性、神経症的傾向、経験への開放性。

前田:半分も変えられるんですね!

前野:そうです。逆に言うと、幸せになりにくい気質を持っている人は、余計気をつけたほうがいいです。たとえば、太りやすい体質の人は人一倍運動しなきゃいけない。それと同じで、幸せも気質に応じて気をつけて対処すると、幸せになれる。

酒井:自分で先天的な気質を意識していると……。

前野:変わってきます。僕なんか内向的で立食パーティーとか苦手だけど、あいさつしておかないといけない人に元気なフリして「こんにちは!」「こんにちは!」とあいさつして、必要なタスクを実行したら「ちょっと用事がありますんで」って帰る(笑)。「苦手だな、イヤだな」と思いながらずっと部屋のすみにいたら「なんだ、あの人は」と思われる。内向的なりにうまくコントロールはできると思うんです。

酒井:自分で自分のことを理解していると、自分をコントロールしやすくなるのかもしれないですね。

前野:ウェルビーイングとは言い換えれば、「自分をコントロールすること」なんですよ。自分がどういうときにどうなるかがわかっていると生きやすいじゃないですか。コントロールできないで急にヤル気がなくなってきたとか、急に腹が立ってきたとか、怒るとか落ち込むとか悲しいとか、いろいろな感情が出てきますけど、これが思わず出ると、生きづらいんですよ。「あ、そろそろ私、腹が立ちそうだな」とか「この成り行きは落ち込みそうだな」という気配をちゃんと感じて、じゃあちょっと休もうとか。ズル休みなんかもおすすめです。真面目な人は「苦しくなってきたけど、ここはガマン」と、ストレスを溜める。おすすめはサボることです(笑)。

前田:そこから一度離れたほうがいいんですね。

前野:「まあいいや」みたいな。“ちょっと適当な自分”みたいなのを開発するのもいいですね。どうしてもダメなときはちょっと旅に行くとか、リフレッシュはすごく大事なんですよ。

美を創造する人は幸福度が高い。料理もそのひとつ

酒井:私たちは食とウェルビーイングもすごく関係があるんじゃないかと考えています。先生はどうお考えですか?

前野:パッと思いつくのはふたつありますね。ひとつは美味しいものを食べるとハッピーになるじゃないですか。ウェルビーイングの中でも笑顔になるのは大事で、「このトマト美味しいね。これはどういう農家さんから来てるんだろう」と会話するみたいに、食を通じた人とのコミュニケーション。人は、食事しながらあまり怒れないじゃないですか。それからレストランでも家でもそうですけど、作った人に感謝をする。日本人は遠慮しているのかあまり言わないですけど、「これ、美味しいですね。どうやって作るのですか?」と聞けば、作った人とのコミュニケーションにもなるし。そういう意味で食というのはものすごくパワフルなつながりとか人々のやりがいを育成するコミュニケーションになる。

酒井:もうひとつは?

前野:栄養バランスですよね。健康と幸せも関係は深いです。やはり、健康な人は幸せなので。ちゃんと野菜を食べる、炭水化物を食べ過ぎない、など食のバランスを知っていて、それをコントロールするというのは体をウェルビーイングに保つためにも必要です。だから科学的エビデンスのある“幸せの知識”と同じように“食の知識”をちゃんと持ちたい。これも体質があるので、太りやすい人は食事を軽くし、尿酸値の高い人はビールを控えるとか。いろいろ気をつけたほうが健康になりますね。それは幸せにもつながると思います。成分的にも、「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンの分泌を促す食事とか。僕、専門ではないので詳しくはないですが。

前田:料理をするという行為はどうですか?

前野:いい質問ですね。料理をする人や美しいものをつくっている人は幸福度が高いんですよ。料理は美味しいもので、要するに五感における「快」であり、「美」でもある。美学の範疇です。視覚で感じる絵や、聴覚で感じる音楽を「美しい」というのと同じく、味覚や嗅覚で感じるおいしさも「美」なんですよね。絵を描く人も、音楽をつくる人も、食事をつくる人も、美を想像する人はみんな幸福度が高いんです。お化粧する人も同じで、自分の顔を美しくするので幸福度を高めるんです。一方、ショッキングだったのは、美味しいものを食べる、美しい絵を見る、いい音楽を聴いている人が、特に幸福度が高いわけじゃなかったことです。もちろん、それをやっている瞬間は高いんですけど、恒常的に幸福度が上がるわけではない。でも、それらを「自ら作る」ことが好きな人は幸福度が高い。料理なら、「作る」と「食べる」両方やることが、たぶんおすすめなんだと思いますね。

前田:作ると知識も増えますしね。

前野:楽しいですよね。料理嫌いという人もいますけど、それなら音楽でも詩を書くでも何でもいいから創造的な行為をするという活動が生活の中にひとつあると、たぶん幸せですね。

前田:オレンジページメンバーズの方々、毎日ごはんを作っている方がほとんどです。「これがクリエイティブな行為」とは思わずやっていらっしゃる方が多いと思うんですけど、何かのきっかけで「これは創造的行為」と気づくことが大切なんでしょうね。自分がやっている料理という行為のすごさを。

※オレンジページメンバーズ……「オレンジページ」読者の会員組織、モニターコミュニティ。

前野:いや、すごいんですよ。毎日やっているからすごくうまくなっているんですよ。「普通に作っているだけですから」っておっしゃるけど、その人の個性がどんどん高まっていて“うちの家庭料理”になるじゃないですか。だから料理にしろ仕事にしろ、3年、5年、10年続けると相当うまくなっているんですね。これは本当に自信を持ってください。今日を境に「私は創造的な料理を創るアーティストなんだ!」と。

前田:ほんとにそうですよね。

酒井:自分で自分をウェルビーイングにしているし、その家庭のオリジナリティができるし。

前野:家族の幸せに役立っているんだから、こんな素晴らしい仕事はないですよね。たとえば「夫は稼いで社会参加しているけど、私は家にいるばかり」みたいなことを言う方もいますが、そんなことはありません。夫婦の稼ぎは共に助け合っているから成り立つ。しかも、健康に関わる料理を作るという大切な仕事をやっているんだから。共働きの人も、みなさん自信を持っていただきたいと思いますよ。

「新しく戻る」。日本独自のウェルビーイングが世界の未来を救う

酒井:ウェルビーイングはビジネスの世界でも拡がり始めていますが、相性はどうなんでしょう?

前野:すべての製品開発、サービス開発とかコミュニティ開発している仕事は、全部ウェルビーイングを考えたサービス、製品になると思うんですよ。同じ何かをつくるのでも、よりつながりを促進する、やりがいを促進するということを考慮すれば。だから僕は「ウェルビーイング産業の市場規模はGDP(国内総生産)と同じだ」と言っているんです。ウェルビーイング産業っていうと、健康産業、スポーツ産業みたいに狭く捉えられがちですけど、すべての製品もサービスも、職場づくりも教育づくりも街づくりも、全部ウェルビーイング視点で考えられる。僕は、日本人に向いていると思うんです。「みんなの幸せを考えて、きめ細かく」ということは。「今までにない新しいものを作って儲けるぜ!」みたいなのはアメリカに負けますけど、みんなのためにウェルビーイングな社会をつくるという「ウェルビーイング・イノベーション」に注力すると、日本は再浮上するんじゃないかと思うんです。最近は少子化が問題と言っているけど、みんなのウェルビーイングが高まれば、未来が楽しく想像できて、結婚する人、「子どもでもつくるか」と考える人が増えて、少子化も止まるんじゃないかと。いろいろな面で、ウェルビーイングをちゃんと社会と産業に取り入れることが日本を救うんじゃないかと思うし、これを広めたいと思っているんですけどね。

酒井:産業に取り入れるということは「人を幸せにするとはどういうことなんだろう」とまずは向き合い直す必要がありますね。

前野:そうです。ついついマーケティングでは「こうやったら売れるだろう」と考えがち。でも、「買った人がほんとうに幸せになっていますか?」ということをもう少し思考の中心に据えてみる。生活者の感覚的には“売るために売る人”からじゃなく、“ウェルビーイングにつながること、社会にいいことをしている人”から製品を買いたい、という流れになってきているので、本気で人々の幸せを考えて作った製品は消費者に響くと思うんです。僕はこれを“ウェルビーイング産業の育成”と言っているんです。

酒井:広告なども少しずつ変わってきてますね。スペック(性能)訴求だけじゃなくて、何かストーリーがあるような。

前野:そうですね。もともと日本の広告というのはやさしい広告で、アメリカのように「これを買ったらお得!」みたいにストレートではない(笑)。日本は日本らしく、「OMOTENASHI(おもてなし)」と一緒で、みんなのウェルビーイングを考えて、きめ細かくつくるということをすれば、きっとうまくいくと思うんです。高度成長の頃も日本の製品はすごくよかったのに、バブル崩壊後のリーマンショックの頃から「これはいかん。日本式を欧米型に変えよう」と間違った方向に走っちゃった。もともと日本はウェルビーイングでサステナブルなものづくりができていたと思うんです。そこに戻っていくというか、新しく戻る、というか、テクノロジーも使いながら、日本人の得意なマインドにちゃんと戻って諸々見直していけば、うまくいくんじゃないですかね。

前田:それにはやっぱり人材が必要ですよね。

前野:そう。だからウェルビーイング人材を育てるんです。早くその教育をしたくてしょうがない。予定では来年の4月からですけど(笑)。いや本当に、今は明治維新とか産業革命以来の大変革時代。いわば、坂本龍馬みたいな人材を育てるわけです。ですから、新しい世界を創っていく人たちを育てるという責任感とやりがいを感じています。

酒井:そういう教育を受けた次の世代が、どういう活動をしてどういう社会を創ってくれるのか。

前野:楽しみですね。もちろん、専門家も必要なんですよ。機械工学とか政治学とかいろいろな専門家が企業とか社会に出て、そこにウェルビーイングの専門家が一緒になっていくと、全部の専門家のスキルを活かして、「ウェルビーイングの世界をつくろう!」となるじゃないですか。それをやりたいんです。ウェルビーイング学部を武蔵野大学にまず一つつくりますけど、全国にウェルビーイング学部ができて、そこと連携して。ウェルビーイング学部と他学部も連携して、世界中の教育機関とも連携する。日本のウェルビーイングというのは東洋の思想をベースにしていますし、おだやかなウェルビーイング観というのが特徴なんです。このおだやかなウェルビーイング観を世界に発信して、世界の平和に貢献する。考えるとすごく大きな動き。まあ、500年後の人にわかってもらえるかなあ、みたいな。「あの頃の人が頑張ってくれたおかげで、世界はよくなったね」となるといいなあと思います。

以下、前野先生がみなさんの質問にお答えします。

Q:ウェルビーイングを妨げる“もったいない言動”ってありますか?

前野:不幸せな言動は「どうせ自分なんて」とか「どうせやったって」とか「でも」とか、ネガティブな言いわけですね。僕は「べき」には言いたいことがあって(笑)、「すべての人は幸せになるべきである」という正しい「べき」というのが倫理学なんですけれど、「マスクはすべき」とかの「べき」です。マスクをすべきは、半分は正しい、それが極端になって「マスクをしない人はダメ」みたいな、屋外で何メートルも離れているのに、していない人を批判するような「べき」の誤解と誤用。ほんとうに「べき」じゃないのに「べき」にしちゃうという思考はよくないと思います。

前田:ありますね。なんとか警察とか。SNSとかでも。

前野:批判精神というのも表裏があって、批判精神が世の中をよくする面もあるけど、文句や悪口ばかり裏で言っているのはどうかと思います。匿名のSNSなんかの誹謗中傷も、人が命を落とすまで追い込んだり。あれはやめたほうがいいですね。

Q:「ひとりでいるほうが幸せ」「人といると疲れる」というタイプの人間も、人と一緒にいるほうが幸せになるのでしょうか?

前野:ひとりでいるのも、“孤独”と“孤高”というのがあります。「ああ、ひとりでさびしいな」という孤独感を感じていると不幸せなんですよ。でも、ひとりで趣味に打ち込んでいて、たとえばプラモデル作って「やった! 完成だ!」というのはソリチュード(孤高)になっている状態で、さびしさを感じていなければ、それは全然問題ないです。ただし「自分は人と会うのが苦手だからひとりでいいんです」という理由の人は、本当は人と会ったほうがいいかもしれない。過去に人と話して疲れた経験があるから、人と話したくないという理由だとすると、それは幸せになるためにひとりでいるんじゃなくて、人と話す不幸せを避けるためにひとりでいることになります。その場合はどうすればいいかというと、ちょっとでいいから、仲のいい人と話をする。一緒にいて、話さずにスマホを見ているだけもいいんです。人と一緒にいるだけでもコミュニケーションですから。人が苦手だからひとりでいるのか、ひとりがすごく楽しいからひとりでいるのか、自分のタイプを知ることが大事。さびしさを感じているのか感じていないのか。これをよく考えて、“ちょっとだけがんばって”人と話す。無理しなくていいんですよ。無理のない範囲で。疲れないで人といる練習をちょっとずつするといいかもしれません。もちろん、ひとりでも孤独感を感じていないならそれでOKです。


前野隆司 (まえの・たかし)さん
1962年、山口市で生まれ広島県で育つ。’86年、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校機械工学科、ハーバード大学応用科学・工学部門などを経て、2006年、慶應義塾大学理工学部機械工学科教授に。現在、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長、一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事、ウェルビーイング学会会長を務める。