繊細で美しくておいしい、大人のメキシコ料理 第十一回「エルカラコル」(四谷三丁目)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙織理


メキシコ料理に、心惹かれる。

レストランへ出かける理由は様々あるけれど、自分では絶対に出来ない料理を堪能したいという一点に尽きると思う。料理家の端くれ、和洋中と、好きな飲食店のそれには劣るが、一通りの料理は作れる。しかし、メキシコ料理はどうしたって出来ないのである。

若い時、旅好きな友人がメキシコへ出かける時に、持って行った大きなスーツケース。旅を満喫して、スーツケースが2個に増えての帰国、エネルギーに満ち溢れていた。彼女から、旅の話はたくさん聞いたけれど、メキシコが一番楽しそうだった。きっと魅力のある国なのだろう、僕もいつか旅してみたいと思っている。

そんな彼女の影響か、時々メキシコ料理が食べたくなっては、どこかのレストランに出かけ、それなりに満喫していたが、ある時に仲の良い夫婦が連れて来てくれた、四谷三丁目の路地裏にある「エルカラコル」は、それまで食べたメキシコ料理とは一線を画す繊細な味わいがあって、すっかりファンになった。

お酒が飲めない体質で、乾杯までのタイミングはどこか居心地が悪い。モヒート?ビール?という楽しげな声の中で、ウーロン茶なんて水をさす事もなく、ミントがたくさん入った、ノンアルコールのヴァージンモヒートをいつもオーダー。もちろん、テキーラにメスカル、お酒のメニューだってたくさんある。

お店に入った時、きれいな青々としたヤングコーンがたくさん並んでいるのが目に入った。本日のおつまみ3種盛り合わせには、先程の艶々としたヤングコーンのグリル、ハイビスカスのタキートス、ワカモーレ。季節の味わいが食べられるのは嬉しい、ヤングコーンは何とも言えぬ夏の味がする。大人も、子供も大好物。タキートスは、スペイン語で小さいタコスの意味、ハイビスカスが入っているというので、ひょっとして酸っぱいのかなと食べてみれば、全くそんな事はなかった。しっかりとした食感があって、クセになる味わいだった。ワカモーレは定番中の定番だが、食べない事には、はじまらないという感じがする。

以前、大勢の食事会に誘われて、広々としたメキシコ料理屋へ出かけた。参加者の誰も声が大きくないというのに、高い天井、大きな音で音楽がかかり、会話が全く成立しなかった。コース料理には、トルティーヤチップがやたらついてきて、全員が口の中がバリバリして、柔らかいものが食べたいと言っていて、可笑しかった。その時に、改めてエルカラコルの素晴らしさを思い知った。家人とも「エルカラコルのチリコンポテトが食べたい」と、言いながら帰った。

赤エビとホタテの海鮮マリネ•アグアチレも、毎回頼むメニュー。鮮やかな見た目、繊細で緻密な味わいが、エルカラコルの醍醐味である。もちろんアグアチレは、メキシコの定番な料理方法かも知れないが、他よりも垢抜けている。初めて食べた時に、新鮮な味わいで、あまりに美味しくて、4人で分けないで、一人占めしてしまいたいと思ったほど。唐辛子で、辛いというよりも、キリッとした風味が、素材を引き立てる。自分で料理をしたら、どちらもただの刺身になってしまう。それだって、美味しいけれど、こんなに素敵にしてもらえて、赤エビもホタテも幸せだと思う。

そして何より好きなのが、茹で牛タンのサルサヴェルデである。サルサヴェルデは、トマティージョという、ほおずきに似た果実、青唐辛子を使った煮込み料理。実際にトマティージョを、見せてもらったけれど、本場の味を再現する為の、食材の一つ一つの調達も大変だと感じた。しっかり煮込まれた柔らかな牛タン、サルサヴェルデの風味、それをジャガイモがまろやかにまとめている。夏に限らず、寒い時期にも食べたいメキシコ料理。

僕は牛タンが好きで、焼肉屋さんでは当然頼むけれど、フレンチのお店でも、誕生日にワガママを言って塊のタンをローストしてもらったことさえある。洋食の王道タンシチュー、様々なタン料理を味わったけれど、この一皿が一番好きだ。ちょっと具合が悪いとき、食欲がないときでも、ぺろりと食べられそうな味わい。辛くないけれど、唐辛子がしっかり効いていて、元気になる。“人生の一皿”みたいなものがあったら、僕はこの一皿を選ぶだろう。そして、仕込みから仕上がりまでの道のりを想像すると、手間暇かかるだろうなあと思い、ゆっくり味わおうという気持ちとは裏腹に、あっという間に食べてしまう。

そして、3種タコスセットの登場。メインの具材はたくさんある中、好きなものを選べる。海老のフリット、かじきのフリット、牛タンというチョイス。また牛タンと思われるかもしれないが、タコスにフレッシュな野菜とアボカドと巻いて、ライムを絞り、サルサをのせた味わいは、これまた最高なのです。そして、焼きたてほかほかのトルティーヤが本当に美味しい。3種の具材、アボカド、ライム、香味野菜、サルサソースが一皿に盛られた感じは、誰かと一緒に楽しみたい。テーブルに運ばれると思わず、待ってました! と、声が出そうになる。あれ、これと組み合わせながら食べると味の変化があり、止まらない楽しさがある。

エルカラコルを営む平塚夫妻は、夫婦揃って生粋のメキシコ好き。二人の出会いもメキシコ料理屋さんだったのだそう。何でもそうだけど、好きという気持ちが一番強い。お店の中に置いてあるものも、料理も二人のメキシコ愛が伝わってくる。ちょっとしたソースに至るまで、きちんと手作り。それは、本当に日々の努力の積み重ねだと思う。またメキシコを旅したいと言っていた。奥深いメキシコの魅力、まだまだ知らない味を、届けて欲しいと願っている。

まだまだ暑い日が続きます、「エルカラコル」へ是非、夏バテも気がつけばどこかへ飛んで行きそうです。


エルカラコル

「エルカラコル」は地下鉄丸ノ内線四ツ谷三丁目から少し歩いたところにある、本格にして繊細なメキシコ料理屋であり、豊富なメキシコのお酒を愉しむことができる、全国でも数少ないメキシカンバル。メキシコ料理はソースが多彩で、アボカドのワカモーレをはじめとして、燻製唐辛子チポートレのソース、さらっとした青唐辛子とライムのソース、豆とカカオのソースなど、その仕込みの大変さがうかがえるものばかり。トルティージャもとうもろこし100%の手作りだ。ご主人の平塚雅行さんが何事にも日々手間を惜しまず作るその姿勢はすべての料理に表れ、美しく、こまやかで、軽やかで、しかも豊かな食後感に充たされる唯一無二のメキシコ料理。それをサポートし、メニューのアイディアやヒントを出すのが奥様の友里子さん。メキシコ料理店で出会い、結婚したお二人の何よりの栄養は、メキシコ旅行だそう。テキーラをはじめ、メスカル、プルケなどメキシコのお酒でじんわりと酔いながら、するするとお腹に納まる不思議においしいメキシコ料理を味わうのは、まさに大人の楽しみ。
https://elcaracol.owst.jp/

前菜3種盛 1200円、赤海老と帆立のアグアチレ1450円、牛たんのサルサヴェルデ2300円、3種のタコセット2400円、モレのチキンエンチラーダス1500円~など
ドリンクはメキシコビール780円~、モヒート880円など各種 

住所:東京都新宿区四谷4-10
電話:03-6273-2358
営業時間:水~土曜日17:00~22:30(L.O.21:30)
     日曜日 15:00~21:30(L.O.20:30)
定休日:月、火曜日


麻生要一郎(あそう よういちろう)
料理家、文筆家。家庭的な味わいのお弁当やケータリングが、他にはないおいしさと評判になり、日々の食事を記録したインスタグラムでも多くのフォロワーを獲得。料理家として活躍しながら自らの経験を綴ったエッセイとレシピの「僕の献立 本日もお疲れ様でした」、「僕のいたわり飯」(光文社)の2冊の著書を刊行。現在は雑誌やウェブサイトで連載も多数。今年新たな書籍も刊行予定。

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