想像力がもたらす幸せな「消費」

文/宮木由貴子
第一生命経済研究所 取締役ライフデザイン研究部長兼主席研究員
専門分野はウェルビーイング、消費者意識、コミュニケーション、モビリティ
イラスト・図/ながお ひろすけ


「消費者」の位置づけが変わってきた

私たちは、日々の衣食住において、世界のどこかで誰かが生産・採集したものを手にし、暮らしています。地球上の資源や植物、生物などが、さまざまな人の手によって加工され、移動し、私たちに届いているということです。それぞれの過程に「仕事」があり、モノを運ぶ人がいて、報酬を得ることでそうした人々の暮らしもまた成り立っています。

従来、消費者は「エンドユーザー」という言葉で、最終的に商品を手に取ったりサービスを受ける立ち位置とされてきました。消費者というゴールに到達したモノは、消費された後、生産や流通とは別の流れで「ゴミ」として処理されます。消費者はあくまで「受け取る人」「捨てる人」であり、そこから何かをつなぐ媒介とは捉えられていませんでした。

しかし今日、消費者はこうした商品・サービスの流れのゴールという位置づけではなくなってきています。たとえばそれは、「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」という考え方にも表れています。サーキュラーエコノミーとは、消費者をゴールとする生産から消費までの一方通行の消費経済ではなく、消費者自身も次にバトンをつなぐような循環型の消費サイクルです。

「エシカル消費」とは何か

このように、他者や環境のことを考えて消費を行う動きは「エシカル消費」と呼ばれ、消費者庁などでも推奨しています。「エシカル(ethical)」は「倫理的・道徳的」という意味ですが、エシカル消費は「地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動」であり、「私たち一人一人が、社会的な課題に気付き、日々のお買物を通して、その課題の解決のために、自分は何ができるのかを考えてみることが、エシカル消費の第一歩」とされています。

「エシカル消費」という言葉は以前からありますが、その認知度は高くありません。しかし、「売り上げの一部が寄附につながる商品」「障害者支援につながる商品」「フェアトレード」「地産地消」「食品ロス削減」「エコバック・マイボトル」「省エネ」などに関わるものがエシカル消費の一種だというと、身近に感じる人は多いと思います。特に近年、急速にこうした考え方が浸透してきました。

その背景の1つとして、SDGs(持続的開発目標)の考え方の拡がりがあります。SDGsにおけるゴール12に「つくる責任、使う責任」があり、消費者としての意識のもち方が訴えられています。消費者が消費行動を通じて社会の一員としての責任を担い、社会や環境に思いを馳せることが、これからの消費スタイルのあり方のスタンダードになっていくことが求められています。

実際、エシカル消費に関連する言葉を知っている人を対象に、エシカル行動をどのくらい実践しているかをたずねた消費者庁の調査によると、「実践している」(よく実践している+時々実践している)は36.1%で、2016年度調査と比較すると「実践している(計)」が7.1ポイント上昇しています。性・年代別にみると、「女性 50代・60代」では「実践している(計)」が45.0%と最も高く、女性を中心にエシカル消費への意識が徐々に浸透していることがわかります。

消費における「つながり」意識

こうした変化は、消費者が未来に配慮「しなければならないもの」のようにも思えますが、実はそのメリットは消費者自身にもあります。未来を考えて行動することは、自分の将来や次世代にメリットがある(もしくはデメリットを回避する)という意味で、消費者にメリットがあるのは当然ですが、それだけでなく、即時的なメリットがあります。それは、「つながり体感」による幸せです。

たとえば、「支援・応援消費」。これは、困っている被災地の商品やサービスを積極的に購入することを通じて、その地域を支援・応援するもので、東日本大震災の際に拡がりました。震災の被害で困っていた農家や事業者の商品・サービスを積極的に購入することで、人々は「必要なものを得る」という自分のメリットと生産者・事業者の支援を同時に行いました。コロナ禍でもこうした支援・応援消費が起こったのをご記憶の方もいるのではないでしょうか。これらは、誰かが困っていることに対し、「自分に何ができるか」という想像力を働かせ、身近な行動でできることを受け入れたことによるものです。

そうした消費行動で救われたのは、実は困っていた農家や事業者だけではありませんでした。支援した側の消費者にとっても、様々な面で救われた面があります。震災後やコロナ禍においては、直接的な被災者・被害者だけでなく、周囲の多くの人たちも不安感や孤独感・孤立感といった精神的ダメージを受けました。支援消費・応援消費を通じて農家や事業者、社会とのつながりを体感することで、そうした感覚が緩和されたり、見失いそうになっていたものを取り戻した人は多かったようです。「誰かを助ける」ことは自分自身にとっても意義があり、嬉しさを感じるものなのです。

想像力が創造する明るい未来

大昔、消費経済は物々交換でした。それが貨幣経済となると、互いが必要なものを交換していた物々交換の時代とは異なり、貨幣と交換されるモノの価値が「妥当かどうか」という点が非常に重要になりました。「コストパフォーマンス」といってよいでしょう。一般には、いかに安く良質のものをたくさん手に入れられるか、という観点でコストパフォーマンスは捉えられます。しかし、これからの消費における価値は、交換されることで多様な関係者にどれだけの付加価値やハピネスが生み出されるかどうかも、1つの評価基準となっていくように思われます。

こうした変化においてキーとなるのが「想像力」です。自分の手元に来た商品やサービスは、どんな背景で誰がどんな思いをもってつくったのか。ここに来るまでに、誰の手を経てどのようなプロセスを辿ってきたのか。もちろん、それらのすべてが目に見えるわけではありません。想像にとどまる部分も多いでしょう。

しかし、消費者がこうしたことに関心をもつようになれば、プロセスに関する情報を生産者や事業者が従来以上に発信することが期待できます。それまでサーキュラーエコノミーにあまり関心のなかった事業者も、その活動スタイルを変えるかもしれません。このように、消費者の想像力と選択基準の変化が、消費の循環の流れを変えたり活発化させる原動力になるのです。「エシカル(倫理的)とは何か」を突き詰めるのは難しい側面がありますが、消費者庁のいう「自分は何ができるのかを考えてみることが、エシカル消費の第一歩」とは、正にこのことなのではないでしょうか。

つながり消費がもたらすウェルビーイング

消費者が消費スタイルを見直し、自分の手元に来るモノの過去に思いを馳せつつ、未来につなぐアクションを意識することは、環境に対する大きな貢献です。しかしそれは決して何かを犠牲にすることではなく、むしろ売る側と買う側が「共同で何かを生み出す」消費、売る側と買う側が「つながる」消費です。

消費とは、対価を支払うことで商品やサービス得ることです。しかし、消費することで「誰かを助けた」「成長や支援に貢献した」という、つながりの実感をもてることは、消費者自身がサーキュラーエコノミーのプレイヤーとなる大きな動機になるでしょう。日々の暮らしにおいて、「買う」「消費する」という行動を通じてつながりを感じられるようになれば、私たちにはこれまで以上に多様なハピネスがもたらされるものと期待されます。

人は、こうした消費を「しなければならない」という意識をもつことはあっても、そこにつながり体感による幸せが存在することにはなかなか気づきません。しかし、自分に届く商品やサービスのプロセスを想像しながらつながりを感じ、幸せを体感することが積み重なることは、その人のウェルビーイングの向上に大きく寄与するのではないでしょうか。