「身体と心をうまくコントロールするには?」(ゲスト:林久仁則さん/身体教育家)

これまでになかった視点や気づきのヒントを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第22回目のゲストは身体教育家の林久仁則さんです。NHKで2022年に放送された『趣味どきっ! 古武術に学ぶ体の使い方。』の講師をされていた林さん。身体と心のコントロール術やウェルビーイングとの関わりなど、盛りだくさんのインタビューになりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/中川和子


林久仁則 (はやし・くにのり)さん
身体教育家。東京藝術大学非常勤講師。筑波大学大学院で姿勢制御における中枢神経系の研究に携わる。体育科学修士。武術研究家の甲野善紀氏の身体操作に触れ、武術の身のこなしや脱力に興味を持つ。2005年よりつくば身体操法研究会の世話人を引き継ぎ、現在も継続中。身体研究家として、文京区、世田谷区、吉祥寺、板橋区などや企業内で身体の動きに関する講座の講師を多数務めている。2022年にNHKの『趣味どきっ! 古武術に学ぶ体の使い方。』に出演。


ガリガリに痩せた「えじゃぐりっ子」の自分の身体がコンプレックスだった

酒井:最初に白状してしまいますが、僕は林先生の教室に通っているので、どうしても林先生とお呼びしてしまいます。今日はそれで通させてください(笑)。林先生は“身体教育家”と名乗られていますが、あまり聞き慣れない言葉のように思います。

林:身体教育家、あえて「身と体」としています。これは動物のからだの場合は「体」の一文字でいいんですけれど、人にだけは「身体」という文字を当てはめるんです。

酒井:「身体」は人だけなんですか?

林:そうなんです。「身体」には精神的なものや心も含めるとされています。私もからだのことだけではなく、からだの動きに伴って心の部分にもアプローチができるものとして捉えていますので、漢字は身体を使います。今、あちこちの教育機関や、都内でも複数の教室を持たせていただいています。「教育家」と名乗るとちょっと偉そうな感じなんですけれど(笑)。

前田:いえいえ。

林:どちらかと言うと、教えるというよりも「共に気づいていく」「共に学んでいく」、そういうプロセスを楽しんでいけるような存在になれたらいいなと思っています。病院で医師に診ていただく時は、病気や症状を診断してもらっているわけですよね。でもその人の生身の身体が今どういう状態にあって、うまく働いていくヒントを自ら学び合う機会はほとんどない。日常の中にもないですし、社会の構造の中にもまだまだ少ない。ジムの会員になって身体を鍛えるというものとは一線を画した、地域の中で私たちの身体の魅力や発見を伝えていきたい。そういうことを念頭に置いて「身体教育家」と名乗らせていただいています。

酒井:僕は先生の教室に通ってまだ数回ですが、座学と実技のあいだのような感じでとても楽しいんです。「自分の身体なのに、こんなにもわかっていないんだな」ということに毎回気づかされます。

林:私自身も毎回気づかされることや、「どうしたらその境地にいけるんだろう」と思うような身体の使い方の巧みな方々、達人の先生方がいらっしゃいますので、まだまだ修行中の身で、一所懸命に研鑽している状況です。

酒井:そもそも身体に興味をもたれたきっかけは?

林:実は私、中学生になったタイミングの身体測定の結果が、143センチで34キロ。ガリガリのもやしっ子でして。思春期の男の子としては、自分の身体がコンプレックスで。当時、私は奄美大島に住んでいたんですけれど、親からは「えじゃぐりっ子」って言われていました。「えじゃぐり」は方言で極端に細いことなんです。まあ、親にえじゃぐりっ子と言われたからというよりも、自分の中でたくましいお兄さん方に憧れがあったり、自分の中のコンプレックスを解消したいということで、身体のことにすごく興味をもちました。当時は自分の身体をいかに大きくするかとか、風邪で休むことも多く、どうやって丈夫にしていくのか、そこが入口だったんです。

酒井:今の先生とは全然違ったんですね。

林:それで、いろいろ努力した結果、高校に入るタイミングで身長が30センチ以上伸びて170センチ以上に、体重は35キロぐらい増えました。もちろん、第二次性徴のタイミングと重なったといえばそれまでなんですけれど、「自分を変えたい」という気持ちがまず原点にあったんです。自分の身体を使って実験するように、体にいろいろ働きかけると変化することを感じられたときに、おもしろいなあと。自分の身体を思うように作りかえていくことができるという実体験が根底にあったんですよね。中学生のときに憧れの体育の先生の存在もあって、高校に入る頃には「体育の教師かスポーツトレーナーになりたい」と考えていました。私のように身体のことにコンプレックスを抱いていたり、運動能力に自信がないような人を手助けできるような職業に憧れたのが、身体のことに興味をもつきっかけになりましたね。

前田:すごく成長されたんですね。食事面でも努力されたとか。

林:当時は今のようにネットで情報が得られるわけではなかったので、いろいろな本を読んで。高校生のときは器械体操をやっていたので、無駄な筋肉をつけたくなくて、同級生が購買部でパンを買って食べている横で、脱脂粉乳(スキムミルク)を溶かして飲んでいたり、かなりの健康オタクでしたね(笑)。本に書いてあることを自分の身体で実験して、確かめた結果「ああ、これは本当にいいな」とか。そういう変わった子でした。

前田:ティーンエイジャーの頃からとは、すごいですね。

林:筑波大学の体育の学部に進学してから本格的に学びました。運動生理学という学問の門を叩いて、生理的な身体の仕組みを知るということで。「生理学とは、生き物の命の理(ことわり)の学問だよ」と当時の教授や先輩方から習って、「理(ことわり)」に興味を持ち、人の身体の原理にさらに踏み込んでいったというのが大学から大学院時代です。

酒井:物理という言葉があるように。

林:そうですね。それは物の理ですね。

酒井:じゃあ料理は料の理。

前田:料(はか)る理。もうちょっと調べてみます。

林:推測ですけれど、食材や調味料、火入れのタイミングなど含めて「はかる」ことがありますので、美味しく食べるための「はかる理」かもしれませんね。

甲野善紀さんに倒されて「身体の使い方の技術」に関心を持つ

酒井:十代のころ身体を大きくしようとしていたことと、今、先生が身体教育家として活動されている方向性は違うような気がしますが?

林:変わったきっかけがありました。大学時代、体育会系のアメリカンフットボール部にいて、休みも少ないような厳しい部活動でしたので、当然、体つきも変わりましたし、より一層、筋肉とか鍛えることに対して貪欲になりました。それに、自分が学んだことを活かして部の中でトレーニングリーダーという役割を担っていたんです。部員全体の筋力を高め、パフォーマンスを上げるためには、身体を大きくするだけでなく、動き方を変えるためにはどうするかということに視野が拡がって、そういうことにも取り組んでいたんです。ちょうど大学を卒業して間もない頃に、武術研究家の甲野善紀先生、古武術の世界で第一人者の達人ですけれど、大学に講演にいらっしゃったんです。スポーツ方法論学会で壇上で講演をなさって、その後、「誰か私の技を受けたい人はいますか?」とおっしゃったので、真っ先に私が手を挙げました。

前田:学生代表で立ち向かったわけですね。

林:甲野先生は大柄の方ではありませんし、当時の私は甲野先生を止められるぐらいの筋力はあったはずなんです。それなのに、甲野先生の技であっけなく腰から崩されました。あまりに見事にやられてしまったので「先生、もう1回」とお願いして、絶対に倒されないように力をこめたのですが、結果は同じ。力の考え方とか、先生の体術そのものに全くついていけない自分がいたんです。そのときに「本当にこういう世界があるんだ」という驚きと「どうやっているのか?」と、とにかく知りたいと思いました。

前田:アメリカンフットボールの試合ですごい選手を止めているのに、自分よりも小柄な人にやられてしまったことが衝撃だったのですね。

林:そうです。「なんでこんなことができるのか?」と。そこから武術、武道の世界にある身体の使い方に関心を持ったんです。甲野先生はそのあと「これは身体の使い方の技術です」とおっしゃいました。そこでもし、変な説明を受けていたら、乗り気にならなかったと思うんですけれど、はっきりと「身体の使い方の技術」とおっしゃったので、「技術であれば、それは学べるだろう」と思いましたし、身につけることもできるんじゃないかと思いました。

前田:なんだか怪しいものじゃなくて。

林:そうですね。ちょうどそのタイミングで、甲野先生のもとに足繁く通われていた高橋佳三先生、当時、運動力学をなさっていた大先輩ですが、筑波のほうで研究会を立ち上げました。そこは甲野先生のもとで学んできた方々が、みんなで技を研鑽し合って学び合うという場だったんです。どなたかひとり先生がいるというのではなく、みなさんが自分たちの興味のおもむくままに、身体の使い方や働き方を相互に研究するという、まさに名前の通り研究会だったんです。そこに参加して間もなく、高橋佳三先生が滋賀県のびわこ成蹊スポーツ大学で教鞭を執られるということで、私が世話人を引き受けることになり、それが今でも続いています。関東一円から、指導者ができるような達人級の方たちが月に1回集まっています。

目線の先が同じ者同士の、身体性を伴うコミュニケーション

林:甲野先生は弟子を取るというスタンスではなく「研究家」と名乗られて、「よければ見に来てください、参考にしてください、主役はあくまでも学びに来たあなた方なんです」というスタンスなんです。私はこのスタンスのあり方もすごくいいなと思っていまして。右へならえで「こうしなさい」ということを一対多数でやるのではなく、各々が独立した自分の身体をもっているひとりの存在、ひとりの研究家といいますか。自分流の開祖になりなさいというようなメッセージを甲野先生はお持ちなので。そういう学びのあり方を私たちは組み入れさせていただいて。

酒井:なるほど。

林:今日のウェルビーイングのお話にもつながるんじゃないかと思うんですが、習っている方たち同士って、目線が同じ方向を向いているんです。自分の身体のことについて興味があるとか、肩こりや腰痛をどうにかしたいとか、少なからずご自身の身体のことについて何か課題だったり問題意識だったり、あるいは純粋に興味をもっていらっしゃる。その方たちがひとつの技とか、ひとつの困難な問いかけのようなものに対して「こう押さえられた時、どう押し返せばいいのか」とか「自分が崩れないようにやさしく押すにはどうしたらいいか」とか、難問を問われているようなものなんです。その問いに立ち向かったときに「自分の身体ならこういう解決ができるんじゃないか」とか「私だったらこういうふうに動いてみる」とか、そういう試行錯誤のプロセスはみなさん各々の中にあるんですよね。先生の真似をしてうまくいくこともありますし、そこで感覚がつかめないなということもあるんです。そのことを善し悪しとして評価しないというのを大切にするんですよ。「できたからいいね」とか「それができているからすぐれているね」ではなくて、自分の積み重ねてきた動きの表現、あり方の表明みたいなものとして「自分の動き」というものがあるので。そこをいかに気持ちよく楽に、相手にも動きが気持ちよく伝わるか、それはどういう世界なんだろうということを探究し合うんですよね。習いに来た方々をひとつのコミュニティとして捉えますと、参加者さん同士の交流ですとか、「僕は今こうやっているんだけど、ちょっと今、肩に力みが入るんだよね」とか。技を受けたときにどうかとか、身体性を伴うコミニュケーションがそこに生まれてくるんですよ。

前田:身体性を伴うコミュニケーション。

林:そうです。原点にあるのは、他人と言葉でコミュニケーションを取る以上に、触れるとか、相手のぬくもりとかいろいろなことを含めて、生身の交流でつかみとれるものってすごく多いと思うんです。そう考えたときに、自分の身体にも向き合うし、不調にも向き合うし、人との関係性や間合いのあり方みたいなことも含めて、共に学び、気づきがあればそれを共有していただいたり。一般的に武道の世界は、先生が上座に座り、先生の言うことに従うヒエラルキーの構造になりやすいのですが、我々はそれとは違うあり方なんです。

前田:時代劇みたいに「わからずば去れ!」みたいなのではないのですね(笑)。

林:その善し悪しもあると思うんですけれど、今の社会にうまくフィットさせて楽しく学んでいける場があったほうがいいなと。身体についてのおもしろい発見を伝えるには、甲野先生のスタイルとか、各自の主体性をうまく引き出していくやり方というのがいいなと思うんです。

前田:それはウェルビーイングですね。

頭で心をコントロールするより、身体から順に調(ととの)える

酒井:ウェルビーイングにとって身体はとても大事な要素なんですけれど、お医者さんに健康という側面からウェルビーイングにアプローチするのとは違う方法を考えたいと前田さんと話していたんです。それで林先生に白羽の矢が立ったわけですが、最初に「人間だけ身体という字を使う」と教えていただきました。身体に対する考え方、捉え方は、日本は海外と比べて違うんでしょうか?

林:古武術の稽古を通じて、日本の中で培われてきた身体性というのは、内面的な充実感とものすごくリンクしていると感じます。内面の充実感というのは、脳とか頭で考えた満足感ではなく、自分の「内側の身体」から広がっていくような充実感です。私の場合の「内側の身体」とは、腹とか腰の胴回りで、ここが頼るべき、自分を支える軸・基準のようなもので、ウェルビーイングとも深くかかわると実感しています。

酒井:体と心のコントロールが今日のテーマなんですけれども、林先生が最も重要だと考ええていらっしゃる要素は何ですか?

林:これは僕も習ったことですけど、禅の教えで『調身・調息・調心』という言葉があるんです。「調身」は身を調える、次の「調息」というのは呼吸を調える、最後の「調心」は心を整える。大事なのはこの順番で、身というのが姿勢ですとか、まず外側にある身の部分ですね。次に呼吸を調えて、そうすると自ずと心のほうも調っていくというのが禅の世界では言われています。たとえば、緊張してしまっている人が緊張しないようにしようと「緊張しないように、緊張しないように」と繰り返せば繰り返すほどあがりそうじゃないですか。要するに、頭でもって心をコントロールしようというのは限界があるんじゃないかと。

前田:やっぱりそうですね(笑)。

林:でも、身体とか呼吸とか、自分の大本にあるのは身体ですから、心を整えるために身体から入っていくという発想は、生理学的にも理にかなっていると。例として出した緊張ですが、緊張してドキドキしている時って、呼吸って浅いか深いかどちらだと思います?

前田:浅いでしょうね。

林:呼吸が浅いということは、呼吸がしっかり下まで入っていない。横隔膜がちょっと上がってしまっているような状態。そのとき、深い呼吸をひとつするだけでも、横隔膜がグーッと下がる。そのときにしっかり呼吸が入っていきますので、深い呼吸を何回かすることによって、緊張した横隔膜の位置をぐっと下げていく、下に落としていくという働きがあります。あがる状態って、言葉の通り、気があがっているとか、地に足がついていない状態になっているわけですよね。

前田:胸のほうが上がっているから、足がつかない。

林:横隔膜を下げると落ち着く実感は得られると思います。緊張だけでなく、怒りや衝動的な感情に対しても、身体の力を抜くことで、うまく抑えることはできると思うんです。

酒井:そこも心と身体がリンクしている。

林:はい。仕事ですごく重大なプレッシャーがかかっていて、すごく肩が凝るというようなときは、私の古武術をやってきての解釈ですと、今の自分が抱えきれないキャパシティを身体も共有して、力んだ状態で受け止めてしまっている状態じゃないかと思うんですよ。

前田:力んで受け止めていると。

林:要は緊張感や「こうしなきゃいけない」「あれもしなきゃいけない」という思いが、無自覚な力みにつながってしまい。それに気づかずにいると、やっぱり身体の凝りとかにあらわれます。自分の身体のそうした状態に気づくことが大事で、気づいたら姿勢や呼吸などを整えて無理な状態をまずは身体からほぐすことが更に大切だと思います。やらなくてはいけないことに対し、いい距離感で、真摯に取り組めるようになると思います。

前田:ちょっと姿勢をかえるだけとか。

林:姿勢をかえてみるとか、一度両手を下げて肩の力を抜いてみるとか。自分の身体をいい状態にチューニングしていく技術は、武道や武術に通じるもので、自分との向き合い方に長けてきますと、本来の身体を取り戻すことにもつながります。
今、身体教育家という肩書で、みなさんが自身の身体を手に入れて、それをいろいろな物事に応用していくお手伝いが少しでもできればいいなという想いがあります。

酒井:自分自身の身体の不具合に気づき、対処できるようになるんですね。
林先生の講座の受講者が最も苦労する点って何でしょうか。

林:身体にあらわれる反応と、それを認識する思考とが、うまくかみ合わない点でしょうか。身体は適した刺激を与えるとよい反応が出るのに、思考のほうが「いや、そんなはずはない」と認めないというような。せっかく感じていたのに、「無かったこと」にして、可能性に自ら蓋をしてしまうんです。

前田:「そんなことで楽になるわけがない」とか。

林:身体が得ている、触れられている実感とか、重さの質感とかに注意を向けてほしいのですが、頭で否定してしまうと、なかなかうまくいかないというのはありますね。

酒井:身体がもともと持っている可能性に対して閉じることなく、自分を開放していかないと。

林:まさにそうです。自分の解釈で受け止めきれないと、それを排除したり、見なかったことにしてしまおうとする。そうすると、それ以上の理解、コミュニケーションが難しくなってしまう。

酒井:仕事とかコミュニケーションと全く一緒ですね。

前田:本当にそうですね。

外部とやわらかく接する意識

酒井:林先生ご自身が身体と心のコントロールにおいて実行していらっしゃること、今日、参加してくださっているみなさんが、今日からできることがあれば教えていただけますか。

林:私たちの身体は必ず何かと接している。人であったり、物であったり。今の我々ならイスの座面ですよね。あるいは歩いているときであれば足の裏とか。そこを凝り固めずにやわらかく使うということが大事かと。自分が外界と接しているところ、自分と他との境界、そこに「やわらかさ」を意識するだけでもかなり変わると思います。

前田:たとえば座っているときもやわらかく、座面にお尻を置く、というような?

林:逆を言うとわかりやすいのですが、座っているときにお尻にギュッと力を入れて、かたさをもって座った瞬間に、身体全体に力が入る。その方法と逆ですね。イスの上に座っているんだれけど、フワフワの雲の上に座っているような、やわらかなところに自分がいるとなってくると、力めなくなるんですよ。すごくおもしろい状態が出てくると思いますので、それを試していただくと、身体を意識するひとつのヒントになると思います。

酒井:接触面を意識しながら、力みを手放していく。

前田:それと呼吸。

林:そうですね。私は常に腹式呼吸で、腹、腰回り全体がしっかりと”充ちる(みちる)“感じと、全身との繋がりを意識しています。充ちた感覚と吐いてしぼむ感覚とがわかると、緊張した時にそれと同じゆったりした呼吸をすれば、上がった横隔膜が下がって重心が低くなり、身体がリラックスするほうに向かうんです。

以下、林さんがみなさんの質問にお答えします。

Q:年代で身体への意識のしかたは変えたほうがいいですか? 年齢を重ねるにつれて、特に大事にしたほうがいいことがあれば教えてください。あと、痩せたいと思ったら、何からしたらいいでしょうか?

林:加齢に伴う体力の低下とか、身体の可動域が狭くなるとは必ず感じると思います。それは私も感じます。ただ、年齢はただの数字だと思っていただいて、そのときどきに合った、自分の身体にとって少しだけ背伸びをするぐらいの負荷をかけてあげるというのは、自分の身体を大事にするという意味合いではとても大切な要素だと思います。年齢を重ねたから動かないほうがいいとか、より楽をしたほうがいいんじゃないかというのは大きな間違いで、身体活動量は年齢とともに基礎体力も基礎代謝も落ちていきますので、むしろ年を重ねた方ほど日常の中で積極的にこまごまと身体を動かす機会をつくっていただいたり、とにかく身体を動かされたほうが健康につながると思います。自分の体力のレベルは個々人によって違ってきますので、一律にウォーキングが何歩とかいうことではなく、今のご自身の身体にとって、少し「背伸びしたかな」というくらいの強度で続ければいいと思います。

前田:痩せるほうは?

林:まず食べる量との兼ね合いがあるので(笑)。ビールが好きな人なら、それによって胃が刺激されて普段よりも食べられてしまうので、そういうことをちょっと知っておくだけでもいいと思います。あとは、代謝とかカロリー消費ということで言うと、身体の中でも大きな筋肉を動かしたほうがいいです。運動がいいよと言っても、手指のグーパーでは何万回やっても痩せることにはつながらない。身体の中で大きなウエイトを占める大臀筋などの下半身の大きな筋肉を効率的に動かしていただいたほうが代謝レベルは上がっていきますので。それは階段の上り下りなど、暮らしの中での動きでも意識すればできます。でも、食べる量をちょっと見直すことは考えていかないといけないでしょうね(笑)。

Q:自分の接しているものに対して、やわらかく接しましょうというお話を聴いて、他人に対してもやわらかく接したほうがいいのかなと感じました。林さんが様々な人に接する中で、気をつけている心がけなどはありますか?

林:私は話すと長いと自覚しているので、心がけとしては相手の話を聴こうとしていますね(笑)。

前田:

林:相手のウェルビーイングを高めるという意味では、相手の話とか、相手が何を気にしているか、何を考えているかを注目するほうがいいなと思っていますので。あとは根底的にすごく大事にしているのは、絶対に否定しないということ。その人の人生の中で積み重ねてきたものがあってこその、お考えだったり、価値観があるので、それはそれでよしなんですよ。特に他人に何かを伝える時というのは、慎重になります。「自分はこう思う」という、主語が「I」で話すときはいいのですが、「あなたはこうですよね」と主語が「You」で話すときは、“敬意”を自分の中に持って話すように気をつけていますね。

Q:ウェルビーイングに生きるために、身体面からみて一番大切なことは何ですか?

林:身体を固めないことですね。固めるということは「居着く(いつく)」という武道の表現になりますが、居着きを武道は嫌います。凝り固まってしまっているとか、とらわれてしまっているということですね。身体の中もそういう滞りとかとらわれがない状態をよしとしますので。とはいっても、居着く、とらわれてしまうことはあると思うので、自分を客観的に俯瞰的に見られる目線が養えているかどうかがすごく大切だと思います。とにかく固めないことですね。

酒井:身体とウェルビーイングの関係性は相当深いですね。

前田:接する面をやわらかくするというのは、自分に対してもきっとそうなんでしょうね。

林:ああ、それは素晴らしい。

前田:ついつい「私ってダメだなあ」とか否定みたいなことを思ったりするじゃないですか。よくないですよね。

林:反省は大切だと思うんですけれど、否定はしなくていいと思いますね。よりいい状態をめざしているからこその反省だと思いますので。ただ、自分をダメだとかさげすむようなことはやらないほうがいいと思います。

酒井:固めないということが、心にとっても身体にとってもとても重要だということ、ウェルビーイングにも大切だということがよくわかりました。あっという間の90分でした。本日はありがとうございました。