ウェルビーイングの鍵は“おいしいごはん”にあった!

昨年の冬、味ぽん®や鍋つゆで有名な株式会社ミツカンに、
他社にはないユニークなセクションが誕生した。
その名も、『凹んでない課』。
『凹メシ』と称して、ごはんの力でみんなの凹んだ気持ちを癒すのが使命だという。
「人が良くなる」と書いて「食」。
自分で料理する人がウェルビーイングを実感しやすいという研究結果がある。
けれど、自分で料理をする人が減ってきているのも、また事実。
そんな世の中で、果たして鍋で人はウェルビーイングを感じられるのか?
『凹んでない課』の活動と誕生秘話を、鍋のように熱い心をもつふたりの課員に聞いた。

お話しをうかがった人/(株)Mizkan 凹んでない課 課長 田中保憲、川口莉奈
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/小林みどり


右から 田中保憲課長、川口莉奈さん

━━━SNSに『凹んでない課』の発信が流れてきて、歴史ある大企業のミツカンにもついにこんな課ができる時代なのかと驚きました。『凹んでない課』が誕生したいきさつは何だったのでしょう。

川口さん(以下、川口)「ミツカンは実は江戸時代に創業してから220年にもなりまして、すごく長い歴史がある会社です。お酢など体にいい食品を作ってきて、塩分を摂りすぎないように配慮したレシピなども一生懸命考えてご提供してきたのですが、やはり今は時代が変わってきて、”ウェルビーイング“ということを考えなければいけません。”体の健康はバッチリだ!“というだけでは、心も身体も、社会的つながりも考えなければいけないウェルビーイングと言い切れないんじゃないかなと。そう考えたのが活動のきっかけでした。

私たちが提案している『凹メシ』も、その文脈の中で考えました。最初は若い方々と仲良くなりたいと始めた企画なんですが、若い方は特に体の心配よりも、日常の中でちょっと悲しいことがあった、友達とケンカしちゃったとか、気持ちが凹むことが多いんじゃないかなと思ったんです。

もともと私自身けっこう人見知りで、はじめての場でみんなとしゃべれるタイプではなかったのですが、大学に入って友達をつくるとき、一緒にごはんを食べに行くと深い話しができるようになって、今でもつき合いがあるほど仲のいい友達ができたんですね。
両親と大事な話をするにしても、何もない机を挟んで面と向かって話すとケンカになりそうですが、それこそ鍋や温かい料理を一緒に食べながらだと、なんとなく穏やかな気持ちになって、建設的な話し合いができたり。
そんな自分の大事なシーンを振り返ると、ごはんがすごく身近にあったんです。凹んだとき、気持ちが落ち込んだとき、私のようにごはんを食べることで元気になってくれたらいいなという思いがありました。

ミツカンが200年以上考え続けてきた調味料やごはんというものは、心と体、どちらのウェルビーイングも支えられるのではないか。そう考えたのが、『凹メシ』や『凹んでない課』の始まりでした」

━━━いきなり『ウェルビーイング』という言葉がはっきり出てきて、少し驚きました。今、多くの企業がウェルビーイングを意識していますが、最上位概念に位置付けていて、具体的に何を指すのか分かりにくい面があると思います。そこを、『凹んでない課』はあえて前面に打ち出しているんですね。ミツカンの中でウェルビーイングはどう捉えられているのでしょうか。

田中さん(以下、田中)「弊社は5年ほど前に『未来ビジョン宣言』を出しました。ESG経営(編集部注:環境、社会、ガバナンスを重視する経営手法)に関わる指針を示した、中長期的な目標なわけですが、その中のひとつに『人と社会と地球の健康』という理念があります。とても高尚なんですが、ちょっと漠然としていて分かりづらいですよね。
一方で、ミツカンの商品は小売店で日常的に買うような商品なので、生活者からすると身近すぎて、その向こうにあるミツカンという会社があまり見えてこない。

 高尚な理念と身近な商品をつなぐ文脈は何かなと考えたときに、実は『未来ビジョン』で実現したいことの一つは、今よく言われる心と体の健康ではないかと。一方で、我々の商品が提供する価値の裏には、体の健康だけでなく心も温かくする何かがあるんじゃないかと。
そうやって議論した結果、ウェルビーイングがキーワードなんじゃないかとなったわけです」

━━━ミツカンが提供している価値に寄り添うキーワードとして「ウェルビーイング」があり、それを具現化するために『凹んでない課』ができたと。

田中「まさにおっしゃる通りですね。自分たちの歴史を見つめ直してみると、過去220年間やってきたのは本当にまっすぐなことで、お客様のウェルビーイングを実現するために実直にやってきたんだなと。これは胸を張って言えるぞと。

 なので自信を持って、ミツカンとしてガンガン大きい文字で『ウェルビーイング』と書いていいんじゃないかと思ったわけです」

━━━生活者に向けてウェルビーイングを発信している企業は珍しいと思うのですが、ネーミングもまたユニークですね。「凹んでないか(課)?」と問いかけているようで、まさに人の存在に関心をもち寄り添っていくウェルビーイングの姿勢そのものですが、社内ですんなりOKが?

川口「私たちも『凹んでない課』で本当にいけるのか、実は内心ドキドキしていたんですけど(笑)『凹んでない課』のメンバーは田中と私の他に、実は取締役の吉永も入ってくれており、会社としても認めてもらえているんですよね。

 ミツカンの企業理念に挑戦と革新というのがあって、新しいもの、より良いものを一生懸命考える人を応援しようという社風があります。だから今回こういう活動をしようと思い立ったときも、いろいろな課の人やプロジェクト周辺の部署の人たちがすごく協力してくれて、だからこそできている活動かなと思っています」

田中「『凹んでない課』というネーミングはちょっとコミカルですが、ふだんの何気ない不満や愚痴みたいな、もうヤケ酒だーっ! みたいなものに寄り添いたいという思いを表現しました。決して、疲弊や病気のような重いものではないんだと。

 あまりヘビーなものは食では解決できないだろうし、我々は薬ではなくて食で健康をつくっていきたいので、ある程度ライトなところからスタートしたい。”ちょっとライトな凹み”を癒していく、寄り添っていくというのは、凹んでないか? って声をかけるくらいが、身の丈に合っていてちょうどいいんじゃないかと思うんです。

 “ウェルビーイング”も、手が届きやすいように、なるべくライトにしたかった。先ほどの、『未来ビジョン』が高尚過ぎるのでもう少し手が届きやすくしたいというのもあり、『凹んでない課』とか『凹メシ』とか、ちょっとフランクな言葉にしています。

そしてもうひとつ、我々に与えられた“ミツカンのことを好きになってくれる人をつくれ”というミッションについて川口と話し合って、あまり商品を前面には出したくないなとなりました。
味ぽんは知っているけどミツカンは知らないみたいな、身近な商品の背後に会社が見えないという人が多い。そんな中で、”ミツカンそのもの”が自分たちにいいものだと思ってもらうのにどんな方法があるのか考えたとき、モノで見せるより姿勢で見せようとなったわけです。

『味ぽん』がやってる『凹メシ』より、『凹んでない課』がやってる『凹メシ』のほうが、そこに人の存在がにじみ出てくる。我々の姿勢が見えますよね」

━━━『凹んでない課』の活動として、最初に取り組んだのはどんなことでしょうか。

川口「“凹んだときにごはんを食べると元気になる”というメッセージを大々的に世に出すには根拠が必要だと感じたので、心理学者の先生にも監修いただきまずは社内で実証実験をしてみました。
 1日の仕事に疲れていそうな夕方に温かい鍋を社員に食べてもらい、その前後の気分の変化をみるという調査です」

田中「二次元気分尺度といって、快適と不快の間の10段階で今の気分がどの位置にあるか、といったことをアンケートに記入してもらうんです。そうやって、そのときの気分を数値化するわけです。紙をプリントアウトして、けっこうアナログな調査ですよ(笑)

 ビフォーの凹んだ状態から、鍋を食べたあとどう気分が変化するかを見たいので、凹んだ状態を疑似的に作らなくちゃいけないのか? あえて10分くらい待たせる? なんてことも考えたんですけど、作為的なことはしたくなかったし、それならシンプルに夕方に調査すれば多少は凹んでるんじゃないの?ってことで。そしたらしっかり凹んでましたね、皆さん(笑)」

川口「試食調査という体でお呼びしたんですが、え、こういう調査だとは思わなかった、おもしろそう! って、皆さんけっこう前のめりで協力してくださって。こんな優しい人たちをわざわざ凹ませなくてよかったと思いました(笑)」

田中「結果としては、85%の人がモヤモヤしていたのがお鍋を食べることでスッキリしたと。残りの15%の人は、モヤモヤから改善はされたけれどスッキリまではいかなかったという数値が出ていますね。

 だから、鍋を食べることで気分が良くなることは間違いないなと」

川口「お、これはいけるぞ!と(笑)」

━━━確かな手ごたえを得て、具体的なプロジェクトを展開していったわけですね。

川口「はい。2022年の11月にスタートしてから取り組んだことが3つあります。

 まず最初にしたのが、ツイッターの『凹メシキャンペーン』。ちょうど年末だったので、この1年で凹んだ思い出を募集したんです。そうしたら、大事にしていた食器が割れたとかお風呂が壊れたといった凹みコメントが4000件以上も集まって。
どのエピソードもすごく共感したので、当選者100名に『凹メシ便』と名付けたお鍋セットとともに、手書きのお手紙もお送りしたんですね。その気持ち分かります!とか、一緒にがんばりましょうねとか。その手紙をすごく喜んでくださったのが印象的でした。

 次にしたのが、都内で展開した『凹メシ食堂』です。1年間の凹んだエピソードをパネルに書いてもらって食堂の壁に貼り、それと引き換えにお鍋一膳を提供させていただくといイベントです。このお鍋のお代はあなたが凹んだエピソードです、このお鍋を食べて少しでも癒してくださいねと。
 テレビがいくつか取材してくれたのもあり、ありがたいことに大盛況となり。寒空の中、初日は2時間待ちにもなって申し訳なかったのですが、皆さん帰るときには凹んだ気持ちがやわらいだよ、と言ってくださったことが、本当に嬉しかったです。

 3つ目は、弊社のCMにご出演いただいているタレントさんにご協力いただいて、凹みを癒すような動画をつくりました。全部で3本制作し、ミツカンのYouTube公式チャンネルで配信しています。」

田中「その動画の中で、出演者の方がアドリブでめちゃくちゃ素敵なことをおっしゃってくださったんですよ。“鍋は心のお風呂”。なんやそれ! ええこと言うなーと(笑)
 鍋って心をあったかく洗い流してくれる、浄化してくれるというか、ほっとするというか。本当だ、心のお風呂だと。だから鍋は凹メシなのかなと思いましたね」

川口「寒い時期の企画だったのもありますが、鍋ってやさしくてあったかくて、忙しいときでもパパっと食べられていいですよね。
凝ったレシピをドヤーッ!って提案しても、凹んだときにすぐパーッと助けにいけないと意味がないので(笑)」

━━━すべての活動に血が通っていて、とてもいいですね。マスに向けて寄り添うのは、効率面ではかなり大変だと思いますが、ファンをつくる、仲良くなる、距離を縮めるとはこういうことなんですね。

川口「ツイッターのキャンペーンでお手紙を書いたときも、企業って本当に読んでくれてるんだというようなお返事をいただきましたし、凹メシ食堂の店頭で皆さんとお話ししたときは、ミツカンってこういう感じなんだと共感していただいたり。

 私たちが生活者の皆さんともっと近づきたいという思いで行動すると、皆さんもこちらに寄り添ってくれる。お互いがお互いを気にし合うような、そんな関係がつくれたら素敵ですよね」

田中「何か凹むようなことがあったとき、“ミツカンさん助けて!”がセットになる状態までもっていけると、我々としては大成功ですね。ティッシュと一緒にお気に入りの服を洗濯しちゃった! 助けてミツカン!みたいな(笑)」

食事後、98.3%の人があたたかい鍋を食べて元気になったと回答

━━━いろいろな企業がウェルビーイングの取り組みに悩んでいる中で、『凹んでない課』のような事例が増えてくると、世の中の空気がもっと変わっていきそうですね。何より、担当のおふたりがすごく楽しそうに前に出てやっている感じがすごくいいと思います。

田中「企業がSDGsを考えるとき、たいていエコからスタートしますよね。想像しやすいし、商材にもからめやすい。弊社にもSDGsを推進するプロジェクトがあり、色々な議論をしていると聞いています。
『凹んでない課』の活動は、SDGsを起点に考えたウェルビーイングではなく、生活者視点で考えた結果、辿り着いたウェルビーイングなんですよね。結果的にSDGsだと言ってもらえるんですが、特に意識したわけではなく、蓋を開けたらそうだったと。そういうところが、自然体で楽しんでいるように見えるんでしょうね」

川口「ミツカンの社員には、ごはんでみんなを元気にしたいと漠然と思っている人が多いような気がします。私が『凹んでない課』の活動を始めたとき、同期から、自分が就活の面接で言ってたことなんだよコレ!なんて言われたこともありました。
ミツカンは220年も長く実直にやってきて、こういう思いをもった人たちが集まった会社だから、『凹んでない課』も活動できているのかなと思いますね」

田中「実際に参加したいと言ってくれる社員もいますしね。

実は、我々の活動は外向けだけじゃなく、インナーブランディングにもなるんじゃないかと思ってるんですよ。社員が凹んでいる状態のとき、『凹んでない課』がどんな形で寄り添っていけるかを考えたい。
 たとえば、凹んでいるときに鍋を食べるための休日をとれるような制度、福利厚生はつくれないだろうかとか。
そこまで踏み込めば、社員がミツカンをすごく愛してくれたり、新しく仲間になる人たちがそこを決め手にしてくれたり、そんないいスパイラルが起きてくるんじゃないかと。

 対外的なPRにとどまらず、こんなこともしたいんだと話すと、広報も総務も人事もみんな乗っかりたいと言ってくれるんですよ」

━━━立ち上げてまだ半年ですが、かなりのハイペースで展開されてらっしゃいます。今後はどんな展望をお持ちでしょうか。

川口「立ち上げた当初はもう無我夢中でしたが、がんばった『凹メシ』をさらに広げていきたいです。お鍋だけじゃなく、さらにごはんのジャンルを広げていきたい。

 あとは、仲間ですね。『凹んでない課』は3人しかいないので、社内外で仲間を広げていきたいです」

田中「仲間という面では社外に増やすことが重要だと思っています。いろいろなところでこの取り組みについて話すと、総じて皆さんウェルカムなんですね。

 ミツカンのPRとしてミツカンだけで終わらせる方法もあるかもしれませんが、せっかくいいことをやるんだから、みんなで日本中に広げていくほうがいいじゃないかと。
 行政、メーカー、小売り、いろいろなところに仲間を増やして、『凹んでない課』の輪を広げていけると素敵だと思うんですね」

━━━『凹メシ』のロゴを見ると、その凹みに、受け止めてくれそうなニュアンスがあっていいですね。そこの凹みにみんな入りたいんじゃないですか(笑) 逃げ場、受け皿になってくれそうな。

田中「そう思っていただけるとすごくうれしいですね(笑) このロゴは、蓋の部分をピタッと閉じると『凸』ができるんですよ、実は。凹んでいた気持ちが凸になると(笑)」

川口「『凹』と蓋の間をミツカンのマークで埋めるという話しも(笑)」

田中「このロゴの裏話はまだ企画化してないんですけどね。いつかやりたいですね、アニメーションとかでね(笑)」

【インフォメーション】

『凹メシ』プロジェクトについての最新情報は、公式ホームページや公式ツイッターで随時配信中。2023年夏の展開もお見逃しなく!
・凹メシホームページ:https://www.mizkan.co.jp/hekomeshi/
・ミツカン公式Twitter:@mizkan_official