「南風食堂」三原寛子さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理をつくること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、ご登場いただいたのは料理ユニット『南風食堂』を主宰する三原寛子さん。
アーユルヴェーダ(※)の料理教室も主宰し、「食養生」をベースにした料理紹介や、
店舗のメニュー監修・商品開発などを手がける三原さんに、
「料理をつくること、食べること」についてお話をうかがいました。

(※)世界3大医学のひとつで、インド・スリランカで生まれた5000年以上の歴史を持つ世界最古の伝統医学。体質に合った食事・生活養生、薬草学などで心身を健康に整える。

お話をうかがった人/「南風食堂」三原寛子さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/岩原和子


酒井 まず、三原さんがご自身でお料理をするようになったきっかけを教えてください。

「母が編集者をしていて共稼ぎだったので、私は中学生くらいから料理を自分でつくったり、手伝ったりしていました。
それと本が好きだったので、親が読んでいた伊丹十三さんとか嵐山光三郎さんの本を引っ張り出してきて読んでは『ああ、こんなおいしそうな料理があるんだ、自分でもつくってみたいな』と思うような子供でした(笑)」

酒井 じゃあ、中学生でもできるわりと簡単なレシピとかではなく、伊丹十三さんの本とか、そういうところから料理に入っていったんですね。

「そうですね。ものすごく食いしん坊だったんで、よりおいしいものを知りたいし、自分でもつくりたいという欲が、その頃からベースにあったのかもしれないです。
多分、小学生くらいの頃に読んだ『男の料理』という本の中で、岡本太郎さんがオッソブッコっていうスペインの骨の髄の料理をつくられていて、『ええっ、骨の髄を食べる!? どんな味!?』 って、そのときすごく食べたく思ったのをよく覚えています」

「嵐山光三郎さんの本は自由に想像力を羽ばたかせておいしそうなものを考えだしていて、料理ってこんなに自由でいいんだと感動しました。伊丹十三さんの本ともども、何度も読み返しています」

酒井 その頃から、お料理に対するスタンスが今とあんまり変わっていないというか(笑)。ところで、三原さんは普段どのようにお料理を楽しんでいますか。ともかく食べる時間が好きとか、ゆっくり時間をかけてつくるのが好きとか、いろいろな楽しみ方があると思うんですが、何をしているときが一番?

「いくつかあるんですけど、忙しいときに野菜とか食材を触ると、ちょっとリセットするというか……単純に気持ちがいいんですよね。野菜や食材に触れながら、こうやったらおいしくなるだろうなというのを考えて体を動かす、自然に触れているからですかね。その行為が気持ちいい。事務的な仕事で忙しくなったりすることもありますが、料理をしているとそれだけで一回心身を立て直せるような体感がある。それが一番の楽しみかもしれないです」

酒井 では、お忙しいときでも料理をすることが気分転換に?

「そうですね。あと、日によって細かい行程を省きたくなったり、食べたいレシピが思いつかなくなったり、逆に調子がよく何品もつくれたり、味がすぐ決まったり。料理をしている過程の中で、何か鏡のように『今の自分』がわかるところがある。自分をすごく客観的に見られるというか。アーユルヴェーダを学んでから特にそれは強くなりました。自分は今、あんまり食べたいものも思いつかない、しいて言えばお粥が食べたい。ということは、疲れているから消化力が落ちているのかもしれない。だったら、胃腸を動かして、代謝を上げる食材を入れてみようかな、とか(笑)。
己を客観的に見られるというのは、『楽しい』というのとちょっと違うかもしれないですけど、そういう自分を観察できる時間が1日の中にあるのはいいなと思いますね」

酒井 そのアーユルヴェーダのお料理を学ぼうと思ったきっかけは何だったんですか?

「私はもともと中医学薬膳を学び、薬膳の要素があるレシピを紹介したりもしていたのですが、数年前にアーユルヴェーダのセラピストである池田早紀先生にお会いして、『アーユルヴェーダ☓料理』で何か一緒にやってみたいねっていう話になったんです。
やるのであれば、日々の暮らしや食に反映しやすい、生活の質がよくなっていくような実践的なクラスをやりたいね、と話がはずみました。

その日から、池田先生と、アーユルヴェーダ的に日本の四季折々、季節ごとの『ドーシャ(質)』に合う食材を調べ、レシピをつくって食べてみて、身体がどう変わっていくか、どういう影響が現れるのかを、一年かけて、まずは自分たちで実験してみたんです。効果が本当に大きく、ふたりで衝撃を受けました。それで、これを形にしてやっていこうと、生徒さんの募集を始めたんです」

酒井 その効果を体感できたというのは、とくにどういうところですか?

「試作して食べて、その帰り道から足が軽いのがわかる。翌朝すっきり起きられる。身体が必要としているからか、毎日でも続けられる。結構ぱっとわかるんですよ。

あと、大事にしたかったのは、実践的であること。自分の質を自分で知り、セルフコントロールできるようになって欲しかったんです。一年間のクラスなのですが、生徒さんも理屈がわかってくると、自分のアーユルヴェーダにカスタマイズして工夫を始める。そうすると、たとえばアレルギーがあったり、季節の変わり目の不調があったり、心が不安定だったり、そういう不調も改善していくし、一年のクラスが終わる頃には、みんな肌の肌理も美しくなって目もキラキラしていて、人って一年でここまで変わるんだなってびっくりするくらいです(笑)。

あと、『効果』とはちょっと違うんですけど、私がそれまでやっていたのはわりと『足し算』の料理だったんですね。例えば、この国の料理法に、日本のこの食材を足してみようとか、調味料やスパイスを足していって複雑にするのをよしとするところがありました。
だけど、このクラスでお伝えしているレシピは、毎日つくって欲しかったので、どこのスーパーでも売っているような1つの食材に、お塩と1つのスパイスを使うような、ものすごくシンプルで簡単なもの。これでお金をいただいていいのかと思うくらいだったのですが(笑)、でも生徒さんはおいしいと感じて、毎日リピートしてくれる。それは、その季節の身体に合っているからと、身体が食べることで楽になるから。舌が満足するための味ではなく、身体が必要としている味。そのおいしさをつくるためには、こんな引き算でいいんだ、と目からウロコが落ちました。
すごく気が楽になったし、料理の楽しみ方にも変化があったかもしれないです」

酒井 その体が今こういうものを求めているという部分と、さっき三原さんがおっしゃったおいしいものを食べたいという食欲の部分は、重なるのか、違う方向に向いているのか、そのあたりはどうなんでしょう?

「私は、体が求めているもので、さらにおいしければいいなって(笑)。二つが重なるところを目指し、発見していくような感じで今はやっています」

酒井 体が気持ちいいのと、おいしいものが食べたいというのが極力交わるような……それは究極ですね。では、三原さんがお料理を楽しむためにこだわっているポイントは?

「うーん、一つは無理をしないことですね。やっぱり調理時間が限られていたり、ご家族それぞれ食の嗜好や食べる時間も違ったりして、それに合わせてつくらなきゃいけない方もたくさんいると思うので、無理をせず、自分がつくったり食べたりすることを楽しめるような工夫ができるといいですよね」

酒井 何か具体的に工夫されていることはありますか?

「まずはさっき言ったような足し算=おいしいものという幻想を捨てること(笑)。これも話が戻るのですが、自分や一緒に食べる人のことを知っていれば、そこにフォーカスすることで、簡単でも、満足できる味をつくることができるのではないでしょうか。

アーユルヴェーダでは『火』『水』『風』の3つの質で事象をみるのですが、例えば、自分がその3つのうちだったらどの質が強くなっているのかな?質は安定しているかな?乱れているのかな?と観察してみる。

具体的な例をあげてみますと、わたしは家にじっとしていたので代謝を上げたいけど、家族は忙しくて散り散りになってしまっている心を落ち着きたい。だとしたら、自分だけ炭水化物を減らして代謝を上げるような薬味やスパイスを足してみよう、家族にはお味噌汁にギーをちょっと垂らしてみようとか。そのひと手間だけで両方が満足できる料理になるんです。アーユルヴェーダは『アーユル(生命の)+ヴェーダ(智慧の集積)』という語源なので、そういう簡単な生活の智慧がたくさん詰まっています。学べば学ぶほど身軽になるし、難しいことが必要でなくなってくる。そんな良さを感じますね」

「アーユルヴェディックな料理会での料理。季節の質に合う野菜やスパイスを組み合わせて作っています」

酒井 なるほど。ところで、三原さんが最近始められた『南風養生』というプロジェクト、これはどういうところから立ち上げようと?

「母親が病気になったとき、4,5年、食事を毎日のように届けていました。養生のためには、根菜を揃えて、じっくり火を入れていったものを食べて元気を養って欲しい。ただ、食材を買いに行って、食べやすいように細く切って、ゆっくり時間をかけて炒め煮にしていくだけで、半日終わってしまって。

『私、料理人なのに半日かけてまだ1品しかできていない、あーっ!』と落ち込むようなことが日々続いていました(笑)。それで笑顔で母と接することもできなかったりして、落ち込むというループに入ってしまっていました。

その頃からずっと、要介護の方だけじゃなくて、小さいお子さん、体調が優れない方の心身を養い、元気を育む養生食をつくるというのはいいな、そういうごはんは時間がかかるものなので、それをわたしたちがやる分、どこかの家族や関係に笑顔が増えたらいいな、と思うようになったんです」

酒井 それをレシピにして紹介するとか?

「一緒に料理をつくってくれる素敵な仲間と出会うことができて、まずは通販で全国にお届けができたらなと思っています。今、セントラルキッチンになる場所を探しているところです」

酒井 そうですか。それにしても「養生」って言葉、改めておもしろいなと思います。「生きるを養う」。食ってやっぱりそうなのかなと。

「食べて『生きている!』って感じるのには、二つあると思うんですよ。普段の暮らしの毎日のごはんでの幸せと生きているなという実感。もうひとつはレストランで、プロがつくったとても家庭ではできないようなお料理を食べたとき。わくわくして、スペシャルで、『ああ、生きている』って感じがします(笑)」

酒井 やっぱりおいしいものを食べたいという気持ちも解放したいですし、でも健康でありたいって気持ちもあって、「養生」って言葉にはどちらも含まれているような……。

「そうですね。どちらも大事だと思います」

「養生お弁当。調理しながら健康な野菜に触れているだけで、つくり手も健康になってくるような気がします」

酒井 三原さんにとってお料理や食事の時間を楽しむことっていうのは、人生をどういうふうに豊かにしてくれるものなんでしょう?

「ご質問を聞いて思ったんですけど、逆に、もし今、料理や食事を楽しめないのだとしたら、その理由をどう排除していくかが大事なんじゃないかなと思いました。楽しむための時間がないのであれば、時間をつくるようにする。時間が無いのは変えられないと思うかもしれないけれど、もしかしたらその考え方が間違っているのかもしれない。

私は食の仕事をしているし、生産者の方と出会うことも多くて、本当に食べたものが体になっていくなっていう実感や感謝があるので、食べることも、食べる時間も、すごく大事にしているんです。

ただ、今は本当に忙しく働いていらっしゃる方も多いし、その生活習慣の中で食べることというのは、1日3回とか2回とかやらなきゃいけないことなので、どうしても後回しにするというか、そこを大事にできなくなっちゃう気持ちもわかるんですけど。

『料理をつくるのも食べるのも辛いんです』という話を聞くこともあります。いろいろな方がいるので一概には言えないのですが、もしかしたら、自分が消化できる量よりも多く食べていたり、体質に合わない食事をしていたり、食べる時間が不規則だったりで、食物を栄養として、体に摂り入れていくシステムがうまく機能していないから辛いのかもしれない。辛さの原因を探って、向き合ってみれば、もしかしたら何かを少し変えるだけで、時間はかかるかもしれませんが、少しずつ食べる辛さが減って、食べる楽しさが生まれてくるかもしれない。しばらくしたら、食べたいものがどんどん出てくるかもしれない。食べたいものがあったら、もしかしたらつくるのも楽しいと思える日が来るかもしれないと、と思うのです」

酒井 そんなふうに食をベースに人生を考えていくのも、おもしろいかもしれないですね。

前田 以前にネットで三原さんのノートが写っている記事を見たんですけど、そこに「アーユルヴェーダにおける健康とは」とあって、「苦悩や病気から解放され、物理的妨害なく、精神的霊的な幸福を楽しめる状態」ってメモしてあって。これはウェルビーイング的だなあ、と思いました。

「素晴らしい(笑)。アーユルヴェーダは、本当に、その人がその人らしく幸せを感じ、その幸せを広げていくことを大事にしているんです。もしいま、苦悩から解放され、居心地良いと感じる方向に進んでいきたい方がいるのであれば、アーユルヴェーダについて学んでみるのもひとつの方法かもしれません。

あとは自分だけでは変えられないことも世の中には多々あるとは思うのですが、焦らないことですかね。今、辛い方がいるとしたら、その辛い自分をベースに考えるのではなくて、将来の幸せな自分というのを想定して、そこに至るためには何が必要で、何が不必要かという目線を持てば、道中も楽しくなってくるかもしれないです。今はサイトやレシピ雑誌もたくさんあるし、料理が上手な人に簡単でおいしいレシピを聞いて楽をしても全然いいと思います。とにかく、料理をつくることや、食べることを辛く感じないで欲しいです」

前田 自分が何を食べたいのかがわからない、というかたもいらっしゃいますよね。

「いろいろな理由があるのだとは思いますが、ひとつは『消化力』が関係している可能性があるので、何が食べたいのかもわからない、考えられないときには、まず食べる量を少しだけ減らしてみるのも手です。アーユルヴェーダでは、消化は「アグニ」がしていると考えられています。「アグニ」は火の神様の名前であり、消化力を指します。消化の負担をへらすと、消化力が増えてきます。そうしたら、何かおいしいものを食べたいなと思って、その次には食べたいものが浮かんでくるかもしれないです。

あと、もしかしたら、食べ物のことだけじゃなくて、情報とか感情についての消化も連動している可能性もあります。ものすごく嫌なことが続いたり、仕事の負担があったり、消化しきれないことがあるために、食の消化力が落ちてしまうこともあります」

前田 食べ物と情報と感情の消化力。たしかに、いっぱいいっぱいになるとシャットアウトするために食べたくない。それは消化力が落ちているってことですものね。

「いろいろなことがつながっているのだと思いますが、仕事はなかなか変えられないし、感情は相手がいたら、なかなか割り切れないこともある。ただ、食べ物の消化を助けるのは比較的簡単です。わたしは、自分の中の消化の神様に無理をさせないイメージを持ってます(笑)」

酒井 なるほど、消化力は重要ですね。では最後に、ちょっと抽象的な質問になるんですけど、三原さんにとってお料理とは何でしょうか?

「何だろう……私はちょっと極端なのは自覚しつつも、もう料理が生きていることそのものみたいになっているので、食べておいしいと幸せです(笑)」

酒井 幸せの形というか、そのものなんですね。つくること自体楽しいですし、食べることも楽しいですし、料理とウェルビーイングは切っても切れないなと思いますね。

「本当にそうだと思います。やっぱり食は『楽しい』がベースにあるし、食を楽しむための暮らしをこれからもつくっていきたい。年を重ねても、その年なりのおいしいを満喫していけたらと思っています」


三原寛子
料理ユニット『南風食堂』主宰。食に関する企画提案、レシピ制作、飲食店舗のメニュー監修などを行う。インド政府機関BSS認定アーユルヴェーダセラピスト、国際中医薬膳師。アーユルヴェーダの暮らし方と料理の教室『mahat tuning class』を開催中。
instagram:@nanpushokudo