「人生はスパイスが多いほど豊かになりますか?」(ゲスト:水野仁輔さん/AIR SPICE代表)

これまでになかった視点や気づきを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第18回のゲストはAIR SPICE代表の水野仁輔さんです。カレー専門の出張料理人として全国各地で活動し、カレーに関する著書は60冊以上。カレー用スパイスのサブスク販売サービスなど、スパイスカレーブームを牽引してきた水野さん。LIVE配信にゲストとして登場するのはまれだそうです。カレーに魅了された原点や、カレーの学校の話、聞いているだけでカレーが食べたくなる楽しい取材になりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


6歳の時に行った『ボンベイ』というインド料理屋の扉が未来に通じていた

酒井:そもそも水野さんが、カレーやスパイスにはまっていったきっかけからうかがいたいのですが。

水野:僕、今49歳なんで、もう43年前になっちゃったか。なんだかせつないな。6歳、小学校1年生のときに、生まれ故郷の浜松市に『ボンベイ』というインド料理のお店があって。当時、東海地方で最初にタンドールという窯を導入したといわれているお店で、両親に連れて行ってもらったのが最初なんです。6歳だからスパイシーなインド料理は食べられない。たぶん、ナンだけかじるとか、辛くないカレーをちょっとつけて食べるぐらいだったと思うんですけれど、両親がボンベイを気に入ったのか、外食というとボンベイだったんです。そうして家族でときどき行っていたから、いつの間にかボンベイが好きになって、中学に入ったら、自分の小遣いで行くようになったんですよ。

酒井:お小遣いで?

水野:だからたぶん、はまっちゃったんでしょうね。大分後になって僕がカレーの活動を始めてからボンベイのオーナーシェフの永田さんに会ったときに「あなたのせいですからね。あなたがボンベイを始めていなかったら、僕はもうちょっと清く正しいサラリーマンをやっていたはずなのに」と言いました(笑)。

一同:

水野:ボンベイは浜松駅の近くにあって、僕が住んでいるところは隣町で、電車で20分くらいかかるところだったんです。中学生になると、土曜とか日曜に友だちと「街に行こうぜ」みたいな感じで浜松へ遊びに行く。ゲームセンターに行ったり、CDショップに行ったりして一日遊ぶわけです。お昼になると、たぶんファストフードとか、安く食べられるところに行くんだけれど、「オレ、カレー食べてくるから」と、ひとりだけボンベイに行くんです。当時800円ぐらいでした。

前田:当時の中学生に800円は高いですよね。

水野:そうなんです。ゲームセンターで使うお金や、洋服を買うお金をセーブしたりして、ボンベイ代にしていたんですね。高校はそのボンベイに近いところになったので。あ、ボンベイに近いからその高校に行ったわけじゃないですよ(笑)。高校はお弁当とか学食でみんな食べてたんだけど、僕は毎週水曜日はボンベイの日と決めて、自転車で通いました。でも、高校から片道15分で往復30分かかる。昼休みだけでは行って帰ってこられないから、昼ひとつ前の授業をサボって行きました。その授業が政治経済で、毎週授業に出ないから赤点。だから未だに僕は政治とか経済が苦手なのかも(笑)。でも、ほんとうにおいしかった。未だにボンベイがいちばんうまいと思っています。それはおふくろの味みたいになっているから。特別な味で、他とは比べられないですね。

酒井:じゃあ高校の同級生にすれば、水野さんが今やっている活動は納得(笑)。

水野:そうそう。大学で上京してボンベイから離れたわけですけれど、ボンベイが閉店するとき、高校の同級生から下宿先に電話がかかってきたんです。「水野、おまえ知ってるか。ボンベイが閉店した!」って。

酒井:カレーにはまるというより、ボンベイにはまっていたんですね。

水野:僕は高校卒業まではボンベイファンなんです。高校を卒業して上京してからカレーファンになった。そういう意味では、浜松にもたくさんカレー専門店はあったけれど、高校を卒業するまでは一軒も行ったことはないんです。ボンベイが好きだったから。だからそのときはカレーを食べているという意識じゃないんです。高校を卒業して上京するときに、いちばんの不安はボンベイのない東京生活を過ごせるかどうか。それで、ボンベイの代わりになるお店を東京で見つけようと思って食べ歩きを始めたんです。

前田:東京にはカレーのお店、いっぱいありますからね。

水野:浜松でボンベイでしか食べていない人間が東京に来て、ガイドブックを見ながらカレーを食べ歩いたら「カレーってこんなにいろんな種類があるんだ!」とそのとき初めて知って、それで楽しくなっちゃったんです。「カレーってこんなにおいしいんだ!」と。しかも東京にはこんなにたくさんお店があると知って、片っ端から行きました。行っては「これもうまいけど、でもやっぱりボンベイには勝てないな」と。

前田:ボンベイのスパイスに何か麻薬みたいなものが入ってたんじゃないですか(笑)。

水野:でも、ボンベイの永田さんは東京の湯島に本店がある『デリー』っていうで修行をした人だったんですよ。

前田:ああ、そうだったんですか! デリー、大好きです。

水野:まあいろいろあったけど、僕はそのデリーに通うことで、ひとまずボンベイのない東京生活に耐えられた。

僕の「カレーの学校」は「カレープレーヤー」を養成するところ。

酒井:水野さんの肩書きって、カレー研究家ですか?

水野:カレー研究家とは名乗っていないけど、カレー研究家ということにされていますよ。「お店もやっていないし、全然カレー研究家じゃないんだけど」と思いながら。

酒井:そこはご自身では決めていない?

水野:一応「カレーの人」ということで。メールのあいさつ文とか、初めて会う人には「カレーの水野です」と言ってます。今は『AIR SPICE』という、スパイスセットとレシピのサブスクのサービスを始めたから、「AIR SPICE代表」ということに。それともうひとつメインの活動で「カレーの学校」というのをやっているので「カレーの学校・校長」。でも「カレーの学校ってどこにあるんですか?」「カレーの学校って何なんですか? 料理教室なんですか?」と聞かれて「いや、料理教室じゃないんです」と。カレーの学校のことを説明するのがまた難しい。

月替わりで届く、スパイスとカレーのレシピのサブスクリプション「AIR SPICE」。
パッケージには各スパイスの分量が記載されているので、「もう一度あれ作って食べたい」と思ったときに役立つ。
http://www.airspice.jp/

酒井:水野さんはカレーの捉え方がすごく独特ですよね。

水野:20年以上「コミュニケーション・ツール」と言ってきたので。僕はもちろんカレーが好きなんですけれど、僕はカレーというものを持っていると、行きたいところに行けたり、会いたい人に会えたり、楽しい時間が過ごせたりするので、そういうコミュニケーション・ツールという意味で。サッカーが好きな子にとっては、サッカーボールがひとつあれば誰かと仲良くなれる。そういうのに近い感じなんです。

酒井:「カレーの人」と名乗ったり発信していると、思いもよらなかった出来事とか出会いに恵まれるということですか?

水野:そうそう。それをかなり早い頃に僕は見つけちゃった。ボンベイのおかげでカレーを好きになって、カレーを自分で作ったり食べ歩いたりを始めたけれども、このカレーというのはただの食べ物じゃないぞと、気づいたんです。それをいちばん最初に思ったのは大学生のときに、友だちを集めて自宅でカレーパーティーをやったら、なんだかやたらと盛り上がるわけです。僕がカレーを作る、友だちがやって来て、みんなでそのカレーを食べながらワイワイやるだけで、異様な盛り上がりをみせる。「これは何なんだ?」と。僕がパスタを作るとかラーメンとかハンバーグを作っても、きっとこういうふうにはならないんじゃないかと思って。「カレーだからだ! カレーって不思議だ、いいものを見つけたかもしれない!」と。それを言葉で説明しづらかったのが「コミュニケーション・ツール」という、当時頑張ってひねり出したカタカナが、自分にとってはしっくりくるものだったんですね。

水野さん考案のスパイスパズル。

酒井:カレーの学校に話を戻すと、私が参加した集まりで、ある人の自己紹介の「カレーの学校に通ってました」というひとことに、みんな「えーっ」と前のめりになって。

水野:卒業生がいたんですね。もし、その人に「カレーの学校に行ってたんだ。じゃあおいしいカレーを作ってよ」という展開になったとしたら、「いや、おいしいカレーは作れません」となる可能性があります。なぜならカレーの学校で水野校長はカレーのおいしい作り方はあまり教えていないから。「カレーってこういう見方をしたら面白いよね」みたいなカレーのもつ力をあらゆる角度から授業するのがカレーの学校で、「このレシピどおりにこうやるとおいしいカレーができるます」みたいな授業はほとんどないんです。

前田:料理教室とは違うんですね。

水野:カレーの学校で、来てくれる生徒さんたちに必ず言っているのは「おいしいカレーを作るとか、おいしいカレーを食べるというのをゴールにしないで欲しい。それはゴールではなく手段だ。おいしいカレーを作れるようになったら、その先であなたは何がしたいのか。その先でしたいことを想像したり、考えて実行できる人が、僕は仲間に欲しい」と。おいしいカレーを作りたいんだったら、料理教室に行ったり、いろいろな人のレシピ本が山ほど出てるから、それを見てくださいと。カレーの学校に来る人は、おいしいカレーを作ることを手段にして、その先の目的とかゴールを自分なりに見つけられる人だといいなと思っています。僕自身がそういうふうにカレーを楽しんできたので。さっき言った「行きたいところに行ける、会いたい人に会える、この空間をみんなで盛り上げることができる」は、自分がおいしいカレーを作ると、その先に自分が手にすることができたことだったから。それを僕は今、「カレープレイヤー」と呼んでいます。

カレーをツールとして「会いたい人に会う」実践。フランスのスパイス調合の天才シェフに作ってもらった海藻の薫り高いスパイスミックス。

カレーの学校でも初回の授業のときに「みなさんにはカレープレイヤーになってもらいたい」と言うんです。するとみんなキョトン? とする(笑)。カレーの学校は6回授業をやるんですけれど、その間、ずっとカレープレイヤー、カレープレイヤーと言っていて。卒業するときに「みなさん、これからのカレープレイヤーとして、好きなことをいろいろやっていってくださいね。そして、それが楽しそうなことだったら、たまには僕もまぜてください」みたいな話をして。今、700〜800人の卒業生がいるんですよ。代々木のほうに「ルーム」と呼んでいる僕の作業場、授業をやっている場所があって、そこはカレーの学校の卒業生にはすべて無料で開放しているんです。「ルーム」があいてるときはいつでも自由に使っていい。今、この時間も10人ぐらいが集まって、カレーを作ったり、チャイを作ったりしてワーワーやっているんですよ。

酒井:ルームには何が置いてあるんですか?

水野:僕のスパイスとかカレーに関するものすべてがそこに置いてあります。海外にある希少なスパイスから普通のスパイスもあるし、資料関係もカレーとかスパイスに関する洋書を含めて何百冊かあるし、調理器具も全部揃っているので。

前田:そこでみんなでカレーを作って。

水野:カレーを作って、みんなで食べてワイワイやっているんですよ。

酒井:今日もいろいろスパイスを持ってきていただきましたけど。

水野:そう、このスパイスも、カレーの学校の卒業生とみんなで作っているバーベキュー用の塩の入ったスパイスミックスなんですけれど、これがあると、アウトドアとかバーベキューが楽しめるから、スパイスを配合することが手段。そしてアウトドアでワーワーやるってことがゴール。

「みんなで楽しく配合」が手段、「アウトドアが盛り上がる」ことが目的。人とのつながりを生むスパイスミックス。

酒井:カレーの学校の卒業生とスパイスとかカレーを通じて、プレイヤーとして何かプロジェクトをつくっていくみたいな。

水野:そうそう。そういうのが勝手に起こってくるんですよ。今日もルームに集まっている人たちは2期生と10期生と20期生とか合計10人くらい。何かをきっかけに誰かがイベントをやったりすると、そこにみんな行って、「8期の○○です」とか「21期の○○です」とか、そこでコミュニティが生まれて、みんなで楽しくやっていますね。

日本人に知らないうちに寄り添っている料理は、肉じゃがや蕎麦よりもたぶんカレーなんですよ

酒井:このメディアは「食とウェルビーイング」をテーマにしているんですけれど、ウェルビーイングは体の健康ももちろん、こころの健康と、もうひとつ大事なのは人とのつながり。こころと体が健康でも、自分が存在して何か役割を持っていたり、誰かとつながって必要とされていたり。そういうことがあって初めてウェルビーイング、いい状態になれるみたいなことなんですけれど、水野さんのお話をうかがっていると、カレーはウェルビーイングのつながりをつくる最強の食べ物なんじゃないかと思います。

水野:「コミュニケーション・ツール」ですからね。たぶん、カレーって、小さい頃から家庭の味、給食の人気メニュー。林間学校とか行くとみんなで作る料理。大きくなってたとえばひとり暮らしを始めたら、いろいろな料理は難しいから、とりあえずカレーを作るとか、恋人ができて最初に作ってもらったのがカレーだったとか、ずっとカレーという料理が、日本人のいろいろな場面に見え隠れしている。今、僕が言ったのを全部ハンバーグに置き換えたら、家庭のハンバーグ、学校給食のハンバーグ、林間学校でハンバーグを作る、イメージしにくいじゃないですか。それがラーメンでもパスタでも、なかなか成立しにくいですよ。僕がカレーという食べ物がいろいろな盛り上がりをみせる不思議な存在だと思ったのは、ほとんどの人にとってカレーというものは小さい頃からホッと落ち着く、楽しい、そういう場面とリンクしているから。ラーメン屋さんなんてカレー屋さんよりはるかに店の数は多いけれど、そういう尺度ではなくて。日本人に知らないうちに寄り添ってきた料理は、味噌汁、肉じゃがより、蕎麦よりもたぶんカレーなんですよ。

前田:カレーを食べたときのシーンがひとりひとりの中にあって、家族との思い出があったり、初めて作っておいしいと言われたり、いろいろな幸せがあるんでしょうね。

水野:そうそう。僕、昔からいろいろな人の「カレーの思い出」を収集しているんですよ。イベント会場でアンケートを書いてもらったりして。他の料理の思い出はなかなか出てこないんだけど、くだらない思い出でも何でもいいからというと、カレーの思い出はだいたい何かある。カレーは日本で食生活を送っているすべての人に、見えないところで共通項があるんだと思うんですね。それがあるから、人が集まったときに盛り上がる。それはラーメンでもパスタでもなくカレー。カレーってほんとに不思議ですよね。

僕は“僕のおいしい”は語れる。でも、“誰かのおいしい”については語れない

酒井:水野さん、「カレー脳」とよくおっしゃいますよね?

水野:僕がいつも言っているカレー脳というのは、たとえば、対談の相手がジャズの人だったら、ジャズの話をしてくれます。和音の進行がどうだとか、音の構成がどうだという話を一所懸命してくれたときに、それを聞いた僕が「ああ、それはカレーで言うとこういうことですよね」と置き換える。スパイスのブレンドとその和音ってそうだねとか、いったん不協和音をちょっと鳴らしたあとに、和音で解決するとみんなが気持ち良くなるというのは「ちょっとだけ苦みを加えておいて、甘みでうまい! となる。カレーでもそれはやります」みたいに、求められていないのに、全部カレーで解釈するのがカレー脳なんですよ。

前田:それ、すごく面白いです!

水野:ウェルビーイングの話で言うと、人とのつながりを重視するとか、人とのつながりによって気持ちを穏やかに整えるみたいなことがあるとすると、それはカレーでコミュニケーションをとる、あいだにカレーというものを置いておくといろいろな人とつながれる。「ウェルビーイング」ってものが僕にはピンとこなくても、中身を説明してもらえばカレー脳で「それ、カレーでやってます」みたいなことですよね。

酒井:今日ボンベイの話を聞いて、デリーと比べれば圧倒的にボンベイのほうがおいしいと。でも、どっちがおいしいと決めているのは水野さん。

水野:僕は“僕のおいしい”については語れる。でも、“誰かのおいしい”については語れないんです。いろいろな人が僕のところに「おいしいカレーの作り方を教えてください」って来るわけじゃないですか。僕は「わからない」って言うんですよ。基本的にカレーの世界には“おいしい、まずい”は存在しないと思っているんです。正解不正解もない。唯一あるとしたら、自分の中にだけあるんです。だから、自分の中にある正解は他の誰にもわからないというか、伝授できないので、僕は「おいしいカレーの作り方を教えてください」という問いに対しては「それはあなたの中にあるから、自分で探してください」と言うしかない。

前田:ああ、そうか。

水野:あなたの中にある“おいしさ”に、どのあたりまで近づいているのか。あと何が足りないのかは僕にはわからない。わからないけれど、今、僕が一所懸命やっていることは、そこに着くためのあらゆる手立てをアウトプットすること。カレーを作ろうと思ったときに、「これをやったらこうなる、これをしたいんだったらこのアプローチもあるしこのアプローチもある」と教える。それを出せるだけ全部出す。それがどの人にどうはまるかわからないです。だけど、自分の中の答えを自分で見つけようと思った人は、僕が差し出したアプローチと手立てに、道筋は全部あるから、きっとどれかがその人にはまると思うんですよ。その提案は60冊も本を書くぐらいあるんです。僕がお店のシェフと違うのは、「おいしいカレーはこういうのだ」という結論がないこと。「ともかく全部手立てを出しておくから、どれか選んでください。ここから先は自分で考えてください」ということ。とにかく知っていることはすべて提出する。そうすれば提出した側、つまり僕にもっと大きくなって返ってくるから。

酒井:でも、今の「おいしいカレー」を「幸せ」と置き換えたら、ウェルビーイングになりますよ。「どうやったらウェルビーイングが高まりますか?」と「どうやったらおいしいカレーになりますか」は一緒ですよね。ウェルビーイング研究者の石川善樹さんも全く同じことをおっしゃっていました。「ウェルビーイングは高めるものじゃなくて、実感だから」と。

水野:そのときに「あなたの中にあるんだから、あなたが探すしかないんですよ。あとは自分でやりなさい」ではあんまりだから、いろいろなパターンを用意して、質問されたことにも自分なりに答えるけれど、でも「これをやっておけばいいんだ」というのはないんです。

前田:「おいしいカレーを作るにはこうしなさい」と言われたほうがラクですよね、きっと。でもそれは自分が求めていたものとは違うかもしれない。そういう意味でも、今水野さんがおっしゃったことは人生の話と置き換えられる。普通の人生には「カレーの学校」の水野さんみたいな人はなかなかいないわけです。とりあえず様々な手立てとアプローチを並べてくれるだけだってすごくありがたいはずです。人生に水野さんみたいな人がいるといいなと思う。

水野:結論を出さずに、自分なりにアプローチの提案だけをしているから、いくらでもできるんですよ。「これがおいしい」と決めてしまうと、結論はひとつしか出せない。その違いだと思うんです。カレーをおいしく作りたい人が100人いたとしたら、100種類のおいしいカレーがあるわけじゃないですか。そうするとその時点で100の提案があるから100冊の本ができるわけです。それはもう楽しくてしかたがない。

前田:いやもう、たまらないですね、それ。

水野:ほんとうに楽しいですよ。

以下、水野さんがみなさんのご質問にお答えします。

Q:これまでにやっていないことで、カレーでどんなコミュニケーションをとりたいですか?

水野:今年の1月に結成したいちばん新しいグループが「タイカリ〜番長」 というんです。1月にタイを旅したときにレゲエっていうタイ人と知り合って、その彼はすごくうまいタイ料理を作るんです。その彼と、一緒に旅したシェフ仲間とタイカリ〜番長を結成しました。今度、そのレゲエが2ヶ月ぐらい日本に来ることになったので、タイカリ〜番長でレゲエにタイカレーを作ってもらってイベントをやろうと盛り上がっているんです。僕は旅が好きだから、あっちこっち行くので、海外で知り合った人とカレーのユニットを結成するということをどんどんやっていきたいですね。実は僕、3日前までペルーとメキシコに行っていたんですが、ペルーもメキシコもカレーがないんです。

前田:え、ないんですか? あ、そうか、ないか。

水野:ないんです。今回は知り合えなかったけど、メキシコでサルサを上手に作れる人と知り合えたら、メキシコカリ〜番長でも結成して、僕がカレーを作るからサルサを付け合わせにするとか、海外の人とそういうグループを結成して、楽しいことがやれたらいいなと思っています。

酒井:ワールドツアーですね。

水野:僕はすぐにグループを結成したがるんです。23〜24年前にいちばん最初に結成したのが「東京カリ〜番長」というグループですけれど、その後、今日までにいろいろなグループを20くらい作っています。その最新がタイカリ〜番長。僕は何かひとつ面白いものを見つけたら、次にやることは「これを一緒に面白がってくれそうな人は誰だろう」と自分の身の回りにいる人で想像するんですよ。そして、その人に声をかけて「いいね、面白いね」となると、グループ名を決めてグループを結成する。結成したら次はロゴマークをつくる。ロゴマークをつくったらステッカーをつくったりTシャツをつくったりしたくなるわけですよ。それで、だんだんみんなの気分が盛り上がって「イベントでもやろうぜ!」みたいな話になってくる(笑)。

Q:カレーの次に好きな食べ物は何ですか? 興味があります。

水野:カレーの次に好きどころか、とんかつとか豚肉の生姜焼きとか、カレーよりはるかに好きです。あと、讃岐うどんとか。カレーより好きな食べ物はいっぱいありますね。それは公言しているんです。「最後の晩餐に何を食べたいですか?」と聞かれたら、麻婆豆腐です。

前田:ボンベイじゃないんですね(笑)。

水野:カレーは別物なんですね。おいしい食べ物という競争のワクの中にいないので。だから、カレーよりも好きな食べ物はいっぱいあります。

酒井:そろそろ時間になりました。

前田:いやあ、面白かった。水野さん、カレーを見つけられてよかったですね。

水野:カレーに出逢えてこんなに幸せなことはないです。

前田:みなさん、それぞれに水野さんのカレーみたいなものがあるといいですね。

水野:それぞれにあると思いますよ、僕にとってはカレーだけど。

酒井:水野さん、本日はほんとうにありがとうございました。

このTシャツも水野さんが作ったグループの中の一つで作ったもの

水野仁輔(みずの・じんすけ)さん
1974年、静岡県出身。AIR SPICE代表。1999年に「東京カリ〜番長」を起ち上げ、全国各地で1,000回以上のライブクッキングを実施。毎月スパイスセットやレシピを届ける「AIR SPICE」を起ち上げ、コンセプトから商品、レシピの開発まですべてを手がける。「カレーの学校」校長も務め、『スパイスカレーの基本』(バイ インターナショナル刊)や『極めるシリーズ スパイスカレーに夢中』(オレンジページ刊)など、カレーやスパイスに関する著書は60冊を超える。世界を旅しながら「カレーとは何か」を探求する“カレーの人”。