「東村アキコの漫画の中で“食”はどのような素材ですか?」(ゲスト:東村アキコさん/漫画家)

これまでになかった視点や気づきを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第16回のゲストは漫画家の東村アキコさんです。『東京タラレバ娘』『かくかくしかじか』をはじめ、数々のヒット作で知られる東村さん。現在連載中の『銀太郎さん お頼み申す』では着物や日本文化の修行をする主人公を描いています。着物のこと、東村漫画における“食”のこと、サービス精神旺盛な東村さんのユーモアあふれるお話に、抱腹絶倒の取材になりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


友達や知り合いがポロッと言った言葉がトリガーになって「こういう漫画を描いたらおもしろいかも」とイメージが広がっていくんです

酒井:東村さんが「こういう漫画を描きたい」というのは、どういうときに思いついたりするんですか?

東村:私、新連載を毎年のように始めているんです。あんまりよくないことではあるんですが(笑)。今、連載しているのに、それをお休みしても次のを始めたりするクセがあって。描きたいなと思うことを見つけてしまったら、担当編集さんに喋っちゃうんですよね。で、「こういうのを描いたらいいと思うんですけど」って言うと、だいたい編集さんは「じゃあそれ、一回やりましょうよ」「今の連載3ヶ月休んでそれやりませんか」みたいになるんです。

酒井:編集の方がそうおっしゃるんですか。

東村:そうです、そうです。描きたい話ができてしまうんです。たとえば、今、連載している『銀太郎さん お頼み申す』という着物の漫画の場合も「着物の漫画をいつか描きたいな」ぐらいの感じで編集さんに言ったら「今、やりましょう」って返事で。本当は、新連載をやるとすごく仕事が増えるし、起ち上げるのってすごく大変なんですよね。キャラクターのビジュアルとかお洋服とか舞台設定とか、ゼロから全部創っていかないといけないから。漫画家って今やっている連載をずっとやるほうが楽なんですよ。だけど、「あ、このテーマ!」って思うと、つい担当編集さんに言っちゃうから(笑)。「何かいいネタはないかな」といつも探しているわけではなく、お友達とか知り合いが何気なく言った言葉とか、ポロッと言った言葉にインスピレーションが湧いてきて「こういう漫画を描いたらおもしろいかも」となるんです。

酒井:それって、東村さんの中にマグマのようにたまっているものがあって、そのひと言がトリガーになってあふれ出るような感じ?

東村:そうですね。トリガーっていう言葉がいちばんピッタリかと思いますね。たまっているものはあるんでしょうね。

酒井:先月、この『銀太郎さん お頼み申す』が出て、これは着物漫画ですね。

『銀太郎さんお頼み申す』第一巻(集英社)毎月28日発売『ココハナ』https://cocohana.shueisha.co.jp/で連載中

前田:あの銀座の慎太郎ママをモデルにされている?

※慎太郎ママ……休店中の、政財界、各界の一流の著名人が集まるパワースポット「サロン・ド慎太郎」を経営。現在、その審美眼で選んだ「慎太郎ごのみ器」を全国で展示、販売するなど、活躍の場を広げている。

東村:そうです。慎太郎ママには事後報告でした。着物の漫画で呉服屋さんの話だと、主人公が着物を買う話になっちゃう。売ったり買ったりしなきゃいけない話とは、ちょっと違うのかなと思っていたんです。でも、和文化に携わっている仕事じゃないと、と思ったとき、器屋さんはすごくいいかもと。銀座の慎太郎ママという、ネットで調べていただいたらわかりますけど、すごい傑物がいらして、コロナになってから器展をよくやっていらっしゃるから、ママにラインして「器屋さんの女の人の話みたいなのを描きたいんだけど、私も詳しくないから、いろいろ聞いたりするかもしれないけどいいですか?」みたいに伝えたら、いろいろ教えてくださって。それでほぼモデルのようになって。

前田:設定がステキですよね。昔、京都の名物芸妓だった人というのが。

東村:芸妓さんと器って切っても切れない縁らしくて。芸妓さんを卒業された後、何の仕事をするかというときに、やっぱり和の世界、中でも器は相性のいいもので、それを扱う仕事をなさる元芸妓さんも多いということです。慎太郎ママに様々な話を聞きつつですね。

前田:その世界に迷い込んだのが主人公のさとりちゃん。

東村:そうですね。読んでいない方、是非お願いします。読んでくださった方に「銀太郎さんがアキコ先生なんでしょ?」ってよく聞かれるんですけど、そんなことはなくて、私は田舎から出てきた、着物のことを何も知らないメガネのさとりちゃん。私も宮崎出身で、和文化とはあまり縁無く育ったので。たとえば、着物を着て何かするというカルチャーはなかった。少女漫画とか見て、着物は好きだったけど、自分とはかけ離れた世界だと思っていたので、最初は何も知らなくて。何も知らなかった頃の私自身がアイデアのもとになっています。

やっぱり趣味は持ったほうがいいのではと、私は自分の体験から思うんですよね。人生が深くなると言うか……。

東村:今回のテーマ、ウェルビーイング、直訳すると「いい感じでいる」みたいな。

酒井:心の健康と体の健康と、それだけではダメで人のつながりもあって、この3つの要素が満たされてる状態といいましょうか。

東村:大人になって、仕事はずっと楽しくやっているし、暮らしでも食べたいものを食べて、子どももいて、やっぱり楽しくやってたんです。でも35歳くらいの時かな、子育てがいったん落ついた頃から、毎日描きながら、漫画家ってクリエイティブな仕事だし、これで100%満足だと思ってはいたんです。でもある時、締切が終わったあとに「やることがない!」と気づいたんです。「今日夜まで暇だな」とか「明日休みだな」みないなときに「あれ? 私何をやればいいんだろう?」という時期があったんですね。虚無感のようなもの、と言っていいと思います。私は仕事が趣味で、それって幸せなことだなって思っていたんですけど、やっぱり違いますわ。仕事は仕事! 趣味は全然違うことをやらないとダメだと。それで6年ぐらい前に茶道を習い始めて。そこから着物に関心が向いたんです。

前田:ああ、茶道からだったんですね。

東村:歴史漫画の取材で、茶道を習わないといけなくなって、最初は一日体験からでしたがその後も続けて行くようになりました。そこの茶道の師匠が私の着物の師匠でもあるんですけど、その方に全部教えてもらったんですね。その方は誰よりも着物に詳しくて、本とかネットにのっていないことを教えてくれる。茶道という趣味によって、憧れだった着物が着られると、茶道にはまっていったんです。で、初めて自分の人生に欠けていたピースがカチッとはまって、パーフェクトなかたちになった! と感じました。週末茶道があるから、仕事もダラダラやらず早く終わるようになったし。だから今、ウェルビーイング状態なんですよ、私。人生初!

前田:それはすごいですね。

東村:はっきり言って、茶室に入った瞬間、仕事のことはどうでもよくなる。初めは漫画のための取材だと思っていたのに、そういう空間じゃないんですね、あそこは。行くと仕事のことはパンと忘れてしまいますね。もちろん、日々教えてもらう着物や日本文化のあれこれが自分の中にたまっていって、ポン!と作品として出てくることもあるから、趣味と実益を兼ねてるといえば兼ねてるけど。やっぱり「趣味は別に持ったほうがいい」のではと、私は自分の体験から思うんですよね。人生が深くなると言うか。もちろん、仕事だけで本人が幸せならいいんだけど、私は漫画だけ描いていたら絶対に知り合わないような人たちと茶道で知り合ったんですね。その方たちに仲良くしていただいて、いろいろ今まで知らなかったことも教えていただける。

酒井:仕事とは全然違うつながりができたっていう。

東村:習い事でしか味わえないことがたくさんありますから。子育てを終わったママ友とかに「暇なんだよね。どうしたらいい?」って聞かれると「習い事をしたほうがいいよ」って勧めてるんです。「○○道」ってつくものは、習得が大変だけどやっぱり独学じゃダメで、ちゃんとお月謝を払ってお教室にちゃんと通う、というのが大事。絵を自由に描くとか、どちらかというと個人クリエイティブ作業のようなものは、3つめぐらいの趣味でいい(笑)。ウェルビーイングを考えると、ちゃんとメソッドがあって、基礎から入ってだんだん上達していくような習い事をするのはとてもいいと思います。

食べることって漫画の中では、デートシーンとか、主人公が誰かと親睦を深めるときに描くといいんですよ。

酒井:東村さんは漫画の食のシーンについてどう思われますか?

東村:私が子どもの頃に読んでいた漫画作品でも、美味しいものが出てきたのはすごく憶えてるんですよ。たとえば、一条ゆかり先生の漫画に出てくる、マキシム・ド・パリのナポレオンパイ、田舎者はみんなあれを食べに東京に出てきているみたいな(笑)。「こんなものが世の中にあるのか!」と仰天するわけですよ。とにかく、漫画作品や、漫画家さんのおまけ漫画に出てきた「このお店のこういうもの」ってものすごく憶えているので、漫画に美味しいものを出そうという意識はあるんですね。私の『美食探偵』っていう漫画は、サスペンスなんですが、主人公の明智五郎は高級フレンチコースを堪能する美食家だし、もう一人の登場人物の女の子は家庭料理の美味しいものを作るとか、いろいろな「美味しさ」を出すようにはしていて。やっぱりグルメ漫画とかすごく人気ありますしね。私もすごく読んでます。漫画と食は切っても切れないですね。

酒井:東村さんご自身が描くときっていうのは、どういう演出のときなんですか?

東村:漫画の中のデートシーンとか、親睦を深めるときとかに描くといいんですよ。小説とかでもそうですよね。主人公が誰かと何かを一緒に食べる、というのは重要な場面です。私、すごく料理するのが好きなので、なんなら「漫画より料理のほうが得意説」というのがあるぐらい(笑)。私、ほんとにオレンジページは大学生のときからかなり長期間ずっと買ってましたよ。

前田:ありがとうございます!

東村:オレンジページのレシピ、何百個作ったかわからないです。カレー特集とか絶対買うし。カレーにチョコ入れろとか、オレンジページが最初じゃないですか? あれを言い出したのって。もう 25年ぐらい前ですかね、ひとかけだけキャラメル入れろとか(笑)。オレンジページはすごくレシピが良くて、みんな買ってましたよ。

酒井:お料理、ほんとにお好きだし、得意なんですね。

東村:作るのは宮崎の料理が中心。田舎料理ですけど、かなり凝ってるというか好きですね。毎日してますね。味噌も毎年自分で作ってますし、カチカチの大豆から納豆も自分で作っています。発酵食品づくりが好きなんですよ。かわいいカップケーキとかじゃなくって、納豆とか糀とか、化学変化を起こすようなものが好きですね。

前田:カッコいいですね!!

東村:あとは宮崎料理をすごく作ります。チキン南蛮とか。まあ、有名な宮崎料理ってチキン南蛮しかないんですけど(笑)。

前田:(笑)そんなことないですよ~。

東村:チキン南蛮も各家庭の味があるし。あと、いなり寿司とか。東京のいなり寿司ってお揚げの中は酢飯だけでそのごはんには何も入っていない! 私の田舎だといなり寿司のごはんには、ゴボウとかこんにゃくとかレンコンとか、鶏肉とか椎茸とか5種類ぐらい入っているのですよ。「あ~、東京はしゃれてるからごはんだけが多いですよね~」なんて思いましたよ(笑)。まあ、入ってるのもあるんでしょうけど。

酒井:でも、ふだんかなりご多忙だと思うんですけど、それでもご自身で料理されるんですか?

東村:出前とかコンビニで買ったものを食べるってことはあんまりしないですね。ほぼほぼ作って食べてます。簡単なものでも。

酒井:先ほど親睦を深めるときに食を描くっていうお話でしたけど。

東村:私の知っている若い子、たとえばスタッフの男の子が、デートのときにつき合っている彼女を連れて行くお店がものすごく気になって仕方がない。「最初でしょ? 大事だよ」と。だって、最初のデートなんだから、思い出に残る食事にすべきでしょ、そこは! あのね、「思い出に残るごはん」ってあるんですよ。海老フライの海老が大きいとか、「あのとき、あれを食べに連れて行ってくれたよね」みたいな、何かエッジの利いた「一刺し」が欲しいんですよ。オシャレなお店に行けばいい、ってことじゃなくて、「パンチのある一皿」が必要というか(笑)。だからもう、思いつつもずっと言わないでジリジリしていても、いよいよ近くなったらも~我慢できずに、当人に「そういうことをキミはわからないよね」と。「キミの手駒にはないよね。なんで聞かんか私に!?」と言ってしまう(笑)。「3日ぐらい前に私に聞けよ」と。「先生、彼女とデートに行くんですけど、いい店ありますか?」ってなんで私に聞かないのか! と。そんなんでキミは大丈夫か? そんなんで生きていけますか? この東京砂漠で! って。

一同:爆笑

ことデートに関しては、ちょっとやましいものをいっしょに食べないとダメかな、という持論がありますね。

酒井:前田さんと取材前に「東村先生に何を聞きたい?」という話をしていたときに「恋愛と食べることの関係を聞いてみたい」と。

東村:「食べ物の好みが合わない問題」っていうのがあるじゃないですか、男女の。もちろん、好き嫌いはしょうがないと思うんですけど、突き詰めて言えば、「ホルモンを食べたい人」と「食べたくない人」と、人間というものは2種類に分かれる!

前田:はあ。

東村:人類を!日本人を!、「ホルモンを食べたい人とそうじゃない人」に大きくざっくり分けるとしたら(笑)、私は「ホルモンを食べたい」と思う人としかつき合えないんですよ(力説)。

前田:わかる(笑)。私もそうです。

酒井:僕もけっこう質問します。「ホルモン、召し上がりますか?」って。

東村:このわた(赤ナマコの腸の塩辛)なんかを食べたいか食べたくないかとか。そういうのを食に求めていない人っているじゃないですか。オムライスでいい、っていう人。私はやっぱり罪悪感を持ちながら食べるもののほうが、それを相手と共有することが大事と思っていて。

前田:共犯関係?

東村:そう、共犯関係。「こんなものを食べてしまって、私たちって」みたいな。その感じがないとダメなんですよ。いっしょに秘密のことをしているみたいな。

酒井:ホルモンを一緒に食べるとすごく仲良くなれた、関係性が深まった感じがしますよね。

東村:そうです。私、ジャンクフードも好きですし、何でも食べるんですけど、ことデートに関しては、ちょっとやましいものをいっしょに食べないと、という持論がありますね。

酒井:今、男性のハートを摑むときの、モテ料理みたいなのは何だと思いますか?

東村:それ! 若い女の子に「料理はそんなに得意じゃないんですけど、彼がうちに来てごはんを作らないといけないシチュエーションがきそうで、何を作ればいいですか?」という相談をよく受けるんですけど、私は一択で「明太子スパゲティ!」って言い放ちます! もうそれしかないです。大事なポイントは「薬味をいっぱいのせろ」こと。しそとかみょうがとか刻みのりとかを多めにたっぷりのせるんです。家庭料理とお店の料理の違いで大きいのはここ。「家庭料理は薬味のせ放題」なんですよ。だって、お店で「なんだ、しそ、これだけか?」みたいなときありますよね。男の人が「家庭料理ってやっぱりいいな」っていうのは、しそとかみょうがが大量にのってるときなんですよ。青い細ネギ、あさつきとかあるじゃないですか。あれを細か~く切ってのっけたりすると、だいたいそれで男なんてものは(笑)。ややこしいものを作らなくても大丈夫なの!

前田:なるほど。冷や奴にあさつきをたっぷりとか。

東村:そうそう、そうなんですよ。ドサ! ってのっければいい。けっこう若い子なんかね、彼のために、煮込み料理とか作るんですよね。前の日からビーフシチューとか。あのね、煮込んだ時間なんて男の人にはわからない!

一同:爆笑

東村:手間かかってるかどうかなんてわかんないですよ、たいていの男には! だったら「明太子スパ」が簡単で最大効果を上げられます。まず、「明太子の、ちょっといいの」を買ってくるんですよ。ここ大事ですよ!「ちょっと高いけど、ちゃんと育った明太子の卵の粒が大きいやつ」を買って来る、食感がぜんっぜん違いますからね! で、薄皮取って、それに大量のバターをぶっ込んで……いいですか、「大量の」、ですよ(指で5~6cmくらいの幅を作りながら)。みんなもう、バターをちょ~~っとしか入れないんですよ。それじゃダメ、「ええっ!」というくらいの大量のバターが味の決め手! そして仕上げにオリーブオイルも、これみよがしに目の前でかけるんですよ。それで薬味をダーってのっけたら、男の人は必ず、それをもう1回食べたい! ってなりますから。

酒井:そういうレシピ、オレンジページさんに東村さんが出てくだされば、情報を求めてる人はたくさんいるんじゃないですか。

一緒にいて楽しい、10年20年のつきあいの男友だちができたらすごくいいなあと思うんです。

前田:このあいだ、ある調査で、20代の男子でデート経験がない人が41%というのがあって、すごく驚いたんですよ。

東村:ああ、そうでしょうねえ。私、まわりに若い子、アシスタントさんとかいっぱいいるから、体感的にデートしたことある子は半分ぐらいって感じますね。必要としてないっていうのもあるし、女子もそうだと思いますよ。二極化してるって言うか。

前田:それこそ昔の少女漫画だと恋愛がいちばんのごちそうみたいな感じがありましたよね。

東村:今は恋愛しなくていいんですよ。必要なくなった。漫画も恋愛を入れなくていいのかなと思ったら、担当編集さんも「いや、もう(恋愛)いいっス」みたいな感じで。じゃあ今までやってきたことは何だったの! と。昔、まだ若い時に、趣味の話を描いた読み切りの下書きを当時の編集さんに見せたら、やおら「東村、そこに直れ」と。「恋愛を描くために少女漫画家になったんだろう! 恋愛を描け!」と説教されたわけですよ。とにかく私はそんな風に言われて描いていた世代だから、今の担当さんの「恋愛、もういいんじゃないですか」というリアクションを聞くと、「価値観って変わるんだな」と思いますね。

前田:じゃあデートに行って、食事をして共犯者になるというのは、もういいわけですね。

東村:大人だけでしょうね。30歳以上とかじゃないですか。デートももう必要ないと思うんですよね。若い子たちはメタバース※の中とかでやるんじゃないですか。

※メタバース……インターネット上に作られた仮想空間。この中で「アバター」と呼ばれるもうひとりの自分を操作して、空間の中を自由に動くことができる。

前田:ホルモンとか食べないですかね、あんまり。

東村:メタバースとホルモン、すごく遠いですよね(笑)。メタバースの勉強しなきゃと思ってるけど、私、かなりその世界とは対極の人間だなと思いましたね。

酒井:僕も教員やっているので、学生と話してると、「そういう恋愛の話はいらない」みたいな感じなるときが多いですね。

東村:そう。こっちが野暮になっちゃう。「○○さんは彼氏いるの?」とか言うと、たぶん、ものすごく野暮なこと言うやつみたいになるんですよ。

酒井:なります、なります。

前田:ああ、そうなんですか。

酒井:じゃあ、どんな漫画を読んでるんだろう?

東村:漫画はちゃんと恋愛ものを読んでますよ。私、講談社漫画賞の審査員もやっているので、流行っている漫画は一通り読むんですけど、がっつりの恋愛漫画はちゃんと支持されてます。高校生とか大学生が見に行くデートムービーも、ああいうイケメンとかわいい女の子のティーンズムービーとかあるじゃないですか。コンテンツとしては恋愛っていうのはみんなずっと興味があるものだけど、こと自分になると、「別にしなくてもいいかな」、みたいな感じだと思いますよ。

一同:なるほど。

東村:私の感覚だと、今はアイドルに恋する時代なのかなと思いますね。「推し活」に意識がいっているから。私自身もK-POPにはまっているので、アイドルオタクの友だち、同世代も若い子もいっぱいいますけど、やっぱり、必要としてないですもん、日常的に恋愛を。

前田:推し活と恋愛は似てますよね。

東村:もう一緒ですよね。疑似恋愛でもあるし。実際、あの人たちはカッコいいじゃないですか(笑)。ああいう人って周りにはいないじゃないですか(笑)。それが今は、その人たちとのハイタッチ会もあるし、個別で話せたりするじゃないですか。そうなってくると、わざわざ現実の恋愛でストレスを抱える状態になることはない。

酒井:じゃあデートで何を食べようかとか、彼がうちに来たときに何を作ろうかというのに悩むことはどんどんなくなっていくのでしょうか。

東村:一部の人たちのものになっていくんじゃないですか。お盛んな人たちもいるから。ただその割合が変わってくる気がしますよね。でも、私は別にそれが悪いことだと思っていなくて、異性とは友だちになればいいと思うんですよ。異性で友情関係を築いて、もし、すごく気が合ったら、恋愛じゃなくてもずっと友だちでいればいい。昔って恋愛至上主義だから、異性の友だちができると「ねえ、私のことどう思ってるの?」ってなるのがトレンディドラマ全盛のわれわれ世代の話で、そこにいっちゃうともう壊れちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、「一緒にいて楽しい、10年20年つき合える男友だち」ができたらすごくいいなあと思うんです。

酒井:なんだかそれもウェルビーイング。

東村:おじさんおばさんになってからご結婚されたっていうケースもたくさん見るから。ヒリヒリするような恋愛をして若いときに傷ついたり、ボロボロになったりっていうよりも、友情を育もうということですね。

酒井:ホルモンを一緒に食べて楽しいって感じで、駆け引きもなく。

東村:出生率の低さや人口減少が問題になってますけど、ネット時代になって昔とは違う男女の出会い方とか子どもの持ち方っていうのが増えてきてると思うんです。体外受精も増えてますし。

以下、東村さんがみなさんのご質問にお答えします。

Q: 推し活に憧れますが「自分なんかが好きになってもどうなるわけでもないし」とすぐ冷静になってしまいます。どうしたらもっと、我を忘れてのめり込めるのでしょうか?

東村:たぶん、あなたはまだ「あなたの本当の推し」に出会ってないだけ!

一同:

東村:本当の「推し」に出会ってしまったら、もう、パーン! と衝撃受けて、それで決まりですよ。YouTubeのMVをいっぱい見てください。きっと見つかります、あなたの「推し」が! そのうち全国飛び回るようになりますよ。私のまわり、アイドルオタクの身の軽さと言ったら! コロナでいったんお休みはしてましたけど、全国、全世界飛び回ってますからね。お給料を全部つぎ込んで。明日は上海、明後日は香港みたいな感じで。そう、あなたはまだ「推し」に出会ってないだけですよ~~。

Q:先生がどんな子育てをされているのかとても興味深いです。お子さんとはどんな関係性でしょうか?

東村:息子、高2なんですけど、ほんとに私にとっては仲のいい相方で、趣味も合いますし、茶道も一緒にやってますし、K-POPも二人で楽しめます。それに、週3回ぐらい、「名作映画の会」っていうのをふたりで開催していて。なぜかというと、「意識的に観ないと観ない映画」ってあるじゃないですか。『ローマの休日』とか『七人の侍』とか。アニメとかばかり見てたら感じられないことがあるはずです。だから、意識的に名作を観る会というのを3〜4年、やってますね。

酒井:息子さんは恥ずかしがらずにその企画に乗ってくるんですか?

東村:まったく大丈夫ですね。私はシングルマザーだったんで、ずっとふたりで楽しく遊んで、ふたりでカラオケ5時間行ったり。仲良くやってます。

酒井:仲良くなる秘訣って、何かあるんですか?

東村:コツとしては……、う~ん、これ、子育て業界から批判されると思うんですけど、「怒らない」ということなんです。私、「勉強しろ!」とか「何やってんの!」とか言わないですね。なぜかというと、私自身が学生のとき、親に怒られたのをずっと憶えていて、すごく恨んでるんですよね。「理不尽な怒られ方をした」という記憶の残り方になってしまった。だから、自分が子育てすることになった時には、「子どもって、怒らないとどうなるのかな」と。もちろん、注意しなきゃいけないとき、たとえばゲームのしすぎとか、いろいろありますよね。何か言いたいときはドア半開きにあけて、そこからジーッと見て、何も言わないでスッと去るみたいな、プレッシャーというか圧を与えて(笑)。怒鳴ったり、怒ったり、叩いたりとかはまったくしなかったですね。

酒井:高校2年生というと、進路の話とかしたりするんですか?

東村:そう、しますよ。でもね、将来に関しては、私の「どの業界に行っても大丈夫な英才教育・接待カラオケ」っていうのを仕込んでいますから。

一同:え⁉

東村:息子が高校に上がったときにこう言いました。「ひとつだけ伝授したいことがある。カラオケだ」と。要するに将来、働くようになってから飲み会で「おい、誰か新人歌えよ」ってときに、一芸できる男にさえなっていれば、どの業界に行っても大丈夫だという、私の信念からです(笑)。ここ3年ぐらいは東山プロでいう「パフォーマンスカラオケ」を毎日息子に仕込んでます。部屋にあるハンガーとか割り箸とか使ってひとネタやるっていう。そう、その部屋にあるものを使わないとダメ! わざわざ用意してきたものなんか出してしまったら「何それ」って感じで引かれますからね(笑)。で、それができる人のことを東村プロでは「使い手」と呼ぶんですけど(笑)。「いやあ、あの人は使い手だよね」って。とにかく! それさえできれば大丈夫だと。まあ、未来は飲み会とかなくなってるかもしれないですけど、要はコミュニケーションにおいて恥ずかしがって損しないように、ってことです。

酒井:そろそろお時間ですが、こんなに笑ったインタビューは初めてかもしれません。

前田:ほんとうに笑い過ぎて辛いです(笑)あっという間でした。ありがとうございました。


東村アキコ(ひがしむら・あきこ)さん
宮崎県串間市出身。金沢美術工芸大学美術科卒業。卒業後、OLをしながら漫画の創作を始め、1999年『フルーツこうもり』でデビュー。2015年、自身の半生を描いた『かくかくしかじか』で第8回マンガ大賞、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞。『東京タラレバ娘』『海月姫』『偽装不倫』などテレビドラマ化されたヒット作も多数。連載中のグルメ探偵奇譚『美食探偵 明智五郎⑩』と『銀太郎さん お頼み申す①』が発売中。