自炊料理家 山口祐加さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理をつくること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、お話を伺ったのは、自炊料理家の山口祐加さん。
自炊する人を増やすために、買い物から調理、片づけまでを教える「自炊レッスン」や
子どものための料理教室、Voicyによる音声での情報発信など、幅広く活動されています。
「自炊の道はウェルビーイングに続く」という山口さん。
自炊は食事を作る行為にとどまらず、人生をより豊かにするための手段になるのはなぜでしょう?
人と料理、なかでも自炊との向き合い方について、お伺いしました。

お話をうかがった人/自炊料理家:山口祐加さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子 
撮影/原 幹和
文/中村 円


5歳から料理を始め、気づいたら身についていた

前田 山口さんは自炊料理家、そして「ウェルビーイング料理家」で、このコンテンツも見てくださっていたということですが、今日は山口さんが今まで自炊料理研究家としてやっていらしたこと、今後やっていきたいこと、そして人と料理の関係などについてお伺いできればと思います。料理を始めたきっかけは、お母さまのお手伝いですか?

山口 最初に料理をしたのは多分5歳のときで、パイン缶とパンとヨーグルトを重ねて層にしてオーブンで焼いたものでした。その頃から何かを作ったり、組み立てたりする手遊びが好きで、料理も遊びの延長でした。きちんと料理を始めたのは7歳のとき。両親が共働きでとても忙しくて、ある日母が出かけるときに冗談で「祐加ちゃんが今日お料理しないと、晩ごはんが食べられないかもよ」といわれたのを真に受けて、その日の夜に母に傍らで見てもらいつつ、野菜を切って、麺つゆを薄めた煮汁に冷凍うどんをドボンと入れて。それが最初です。

前田 7歳で晩ごはん!

山口 それがとても楽しかったんです。お化粧とかもそうですけど、大人のやっていることを真似するのって楽しいじゃないですか。さっきまで堅かったにんじんが、ゆでて柔らかくなったのもおもしろくて、お母さんは喜んでくれてうれしいし、おいしいし、楽しいし、料理は嫌な工程がひとつもないことだと感じて。「なんて楽しいことを見つけたんだろう!」と思って、図書館で子ども向けの料理の本を借りてきては作って家族で食べる、そんなことを繰り返していたのが、小学校3〜4年生のころでした。

前田 じゃあ、ごはんを作っては食べるというのがそのころから普通だった?

山口 もちろん母の方が作っている回数は多いですが、私が作るのも普通でしたね。その後中学で親元を離れて寮生活をしたんですけど、そこでは朝ごはんを当番制で作ったりしていて。朝食で作るのは野菜を切ったりゆでたりする程度で難しくないんですけど、寮生が一時帰宅するタイミングで寮に残っているときは、お昼ごはんも作るんです。1人分いくらと金額が決まっていて、残っている人数分のお金を預かって買い物に行き、1円も残さずに材料を買うのが好きという、主婦みたいな中学生をやっていました。

前田 すごい。そういう教育って必要なんでしょうね。山口さんは自炊初心者に買い物からレクチャーされたりしていますけど、今の仕事にも通じるものがありますね。料理はずっと経験則でやってきた感じですか?

山口 料理を始めたときはレシピ本を見ていたんですけど、その後は体で覚えちゃったので、「料理本を見て料理をする」というのが感覚的にわからないところがあります。今は調味料も大さじ小さじで計量しますけど、料理家になってから計量ということを知った感じです。

前田 では最初から料理研究家になろうと思ったわけでは?

山口 ないですね。

“レシピ”というハードルを下げて料理の裾野を広げたい

山口 もともとは出版社で働いていて、その後は食関係のPR会社にいました。Webで取材した飲食店の記事を書いたり、SNSツールで外食記録をつけていたんですけど、自分の生業になるほどは読まれなくて。そんな中で読んでくれた友人には「そんなに外食ばかりでカラダ大丈夫? おサイフも大丈夫?」って聞かれて。いや、めちゃめちゃ自炊しているんだよと友達を見返すつもりで自炊のことを書こうと思って。それが「18年間料理を続けてたどり着いた、簡単で続けられる自炊のコツ5つ」という投稿で、ただ自炊について書いても仕方ないから、自分が感じた自炊のおもしろさやコツを書いたらすごい読まれて、今までで82万ビューくらい。

前田 82万! 

山口 「外食記録よりこっちの方が読んでもらえるじゃん」と思って、どうせ書くなら読まれる方をやろうと方向転換しました。それで料理家っぽい活動も始めて、企業の出張食堂をやったり、1年くらい料理店で働いたりして。そんなときに、父が発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと友人なので3人で話をしたら、「祐加ちゃんは食のいろいろなことがしたいみたいだけど、<私はこういう人です>って一言でいえる人になるほうがいいよ。東京の人たちは作ることに飢えているけれど、(それを教える)料理家の人ってすごい人、みたいな感じで料理のハードルが高いから、なんかもっと料理の裾野を広げる役割が向いているんじゃない?」とアドバイスをされました。じゃあ私が全然料理を知らなかったら何を知りたいだろう? と思って作ったのが「自炊レッスン」というワークショップで、スーパーに買い物に行くところから片づけまでを教えるというのを始めて。

前田 それで料理家に?

山口 そうですね。そのときはまだ「料理家」と名乗っていました。でも、料理家って「正解」を求められるんですよ。たとえば、肉じゃがのレシピは山のようにあるけれど、レシピA、B、Cのどれが一番おいしいですか? って正解を聞かれる。私はAがおいしいと思うけれど、それがその人にとって一番かどうかはわからない。そんなモヤモヤがあって、半年くらい、父と今後、山口祐加はどうあるべきか、どんな道を進むかみたいな話をしていたら、あるとき「<自炊料理家>って(名乗るのは)どう?」って父に提案されて。めっちゃいい!と思って、そう名乗るようになって今に至ります。

前田 なんてすばらしいお父さん! そして自炊料理レッスンを始めたのはお友達がきっかけだったとか?

山口 それまで全く料理をしなかった友人がレシピを見て料理をしていたんですけど、本当に料理をしたことがない人だと、うどんの作り方に「一味唐辛子 適宜」って書いてあると、一味がないともう、うどんが作れないと思ってしまうんですよ。一味がないからうどんが作れないなんてはずがないじゃん! と、料理ができる側からすれば衝撃で、これはどうにかしないと、と思って。その友人たちと買い物に行き、旬の野菜は手前にあるよ、みそはこうやって選ぶよ、と。その友達に自炊を教えるために、私が週3回で使い切れる自炊レシピを考えて提案し、友達が写真を撮ってnoteに記録し始めたのが本にもなった「週3レシピ」です。この買い物のときに自炊するなら週に何回できそう? ということを聞き取ったりして始めました。

山口さんの著書 左から:スマホサイズの『楽しくはじめて、続けるための自炊入門』(note株式会社)、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)、『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)

前田 お友達との自炊トレーニングがあって、自炊料理家と名乗り、活動を始められたということですね。自炊料理家の活動をもう少し教えてください。

山口 最近ずっと考えていることなんですけど、私の中には「料理のレシピがあるから料理ができない人を生み出しているんじゃないか?」という仮説があるんですね。日本人って真面目だから、マニュアル(レシピ)があればそれに沿ってそれなりのものを作れるけれど、逆にそこに書かれたものがないと、できないと思ってしまう。冷蔵庫にあるものでぱぱっと何かが作れるようになることが料理のひとつのゴールとすると、どうやったらレシピがあっても作れるし、レシピがなくても作れるようになるんだろう? って思っていて。だから今もレシピは書くんですけど、もうすでに世の中にはいっぱいレシピがあるし、私より優れたレシピを書かれる料理家さんは、本当にたくさんいらっしゃる。ただ、そのレシピを見て料理をする人というのはものすごい勢いで減っていて、私の体感値では週の半分以上自炊をする20〜30代の人は、全体の半分もいないです。この母数を増やさないと。料理をする人がいるプールに若い世代を入れるのが自分の仕事だと思っています。自炊人口を増やさないと、スーパーで手に入るものが、お惣菜ばかりになってしまって、自分で選べる食材が減ってしまう。皆さんそれで大丈夫ですか? と。

酒井 若い人のライフスタイルに、自炊はないということですか?

山口 なかなか自炊する時間が入る隙はないと思います。結婚して子どもが生まれれば離乳食は作らないといけなくなるから、自炊が選択肢に入ってくるんですけど、独身で「自分ひとりのためにがんばる気にはなれない」という人が本当にたくさんいます。安くてある程度栄養があって、おいしいお惣菜が楽に手に入りますから。「では自分で作る価値は?」 という問いを、私は日々突きつけられている気がしているんですが、その糸口のひとつだと思っているのが、「あなたが幸せになるために料理をしましょう」という考え方なんです。

前田 なるほど、そこでウェルビーイングなんですね。

自炊の価値は、“料理を通じて幸せになれる”こと

山口 自炊の価値というと、健康にいいとか節約になるとかいいますけど、健康的な食事を作るには、ある程度知識が必要です。毎日唐揚げてんこ盛りにご飯、みたいな食事では、自炊しても健康的ではないですから。節約といっても、正直菓子パンを買ってしまうほうが安い。そこを超えて「自分で作るご飯に価値がある」と感じてもらうにはどうすればいいか、ということですよね。

前田 それで子どもの料理教室もやっていらっしゃる。

山口 私は自分のことを「料理ネイティブ」って言っているんですけど、自分のように息をするように自然に料理ができるようになれば、ひとり暮らしをしても何もハードルはないんですよね。そういうふうに子どもたちが育ってくれれば未来は明るいなと思って、子ども向けの料理教室をオンラインなどでやっています。ほんとに楽しいですよ。基本の料理を教えると、数ヶ月学んだ子はそのアレンジもすぐできる。肉じゃがを教えた時にオリジナルメニューとして「魚じゃが」を作ってきたり。たらとじゃがいもを煮るのですが自然に「トマトを入れたほうがいいな」など工夫して修正してくる。

前田 買い物、食材の選び方、お金の管理、片付け。自炊って大切なことがたくさんありますが、こうしたことを自分の暮らしにインストールしてもらうためのメソッドはあるんですか?

山口 皆さん料理のハードルがとても高くて、それこそ雑誌や料理書にのっているきれいなものが料理だと思っているので、きゅうりにみそをつけただけでも料理だし、冷やっこだって料理だよ、という話をしていて、皆さんそれは料理以下のものだと思っているけれど、焼いた野菜、焼いた肉、料理以前の食べ方について、たくさん話しています。

インタビュー終了後に20分でできた一汁二菜の献立。かれいの煮つけ、ピーマンじゃこチーズ焼き、おみそ汁、ごはん。調理道具も最小限で、かれいを煮るのに使ったのは玉子焼き機。ピーマンは南部鉄器 及源(おいげん)鋳造株式会社の「焼き焼きグリル」にのせ、じゃことチーズをかけて魚焼きグリルで焼いてそのままテーブルに。

料理をすると、見える景色が変わってくる

酒井 名もなき料理?

山口 そうですね。調味料を何種類も混ぜたり、複雑な工程を経るのが料理だと思っている人が多いけれど、料理はもっとミニマムになるよ、と切っただけ、焼いただけのものを食べてもらっています。こういう料理ってレシピとしては成り立たない、売れないって思われるのか、料理書は「これは絶対おいしいレシピ」みたいなものが多いですけど、全然料理をしない人が、ハイレベルな料理書のレシピが作れるようになるまでの橋渡しをしたいですね。何もしなかった人も、長いもを焼いただけ、みたいな料理が作れるようになれば、いつかは料理書のおいしい料理が作りたくなるはずですから。

前田 そこだったか!

山口 そこです。料理家の人がいう「簡単です」と素人が思う「簡単」は違いますから。

酒井 お料理の概念自体を広げていく感じですね。「できる」を広げて気分をのせていく。料理をするようになると、楽しい? おいしい? 心境としてはどんなふうに変化していくんでしょうか。

山口 私としては、作ること自体が楽しいと思っているんですね。モットーは「やたら楽しそうに料理をする」で、作る工程でブロッコリーが茹で上がってきれいだなとか、揚げ物の音っていいよねなど感じたことは必ず共有しますし、生の小松菜をちぎって食べてもらったり、調味料をなめ比べてもらったり、だしもきちんととったもの、だしパック、顆粒だしを飲み比べてもらったりします。料理はこわくない、楽しいよって近づいてきてもらう感じです。あと、やったことがないから勝手にハードルを上げてしまっている面もあるので、私と一緒にやってもらうことで、難しくないとわかってもらうんです。料理をする人からすれば当たり前のことばかりだけど、その当たり前を知らないので。

酒井 すごいなあ。そうやって3か月くらい料理していたら、ものの見方も変わってきそうですね。

山口 新しい眼鏡をゲットする感じというか、「いつも行っていたスーパーがこんなに楽しいところだったんだ!」と言ってくれる人もいて、私も幸せになってきます。

前田 料理をするって、素材も自分も変わる、その変化を楽しむことかもしれませんね。


山口祐加(やまぐちゆか)さん
自炊料理家®︎
自炊をする人を増やすために活動する自炊料理家。「自炊は食事を作る行為にとどまらず、人生をより豊かにするための手段である」をモットーに、料理初心者に向けた「自炊レッスン」を行うほか、noteやVoicy、Youtubeなど多方面から料理をすることの楽しさを発信。著書に『楽しくはじめて、続けるための自炊入門』(note株式会社)『週3レシピ家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)など。
https://yukayamaguchi-cook.com