ウェルビーイングの鍵はワクワクを見つけることにあった!

施設で暮らす高齢者が、夢中になってサッカーJリーグを応援する。
そんなユニークなプロジェクト『Be supporters!(Beサポ!)』が注目を集めている。
ただ地元のクラブを応援するだけで、
足がおぼつかない人が歩いた。認知症で無表情だった人に笑顔がもどった。
そんなエピソードがたくさん出てくるのは、いったいなぜ?
発起人の小国さんと、実働部隊を担うサントリーウエルネスの吉村さんが、
Beサポ!の魅力と人生100年時代の展望を語ってくださいました。
長い人生の晩年に希望が見いだせない人、必見です!

お話しをうかがった人/株式会社小国士朗事務所代表・Be Supporters!発起人 小国士朗(左)、サントリーウエルネス(株)メディア部 吉村茉佑子(右)
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/小林みどり


━━━高齢者施設で暮らすお年寄りが、笑顔でJリーグの試合を応援していると聞いています。Beサポ!はかつてない発想のユニークなプロジェクトですが、どういった経緯で立ち上がったのでしょう。

小国さん(以下、小国)「もともとのきっかけは、Jリーグの社会連携本部の担当理事から、高齢者とサッカーをかけ合わせて何かできないかと相談されたことが始まりです。

Jリーグはチーム名からも分かるように、ずっと地域密着でやってきたスポーツリーグです。地域の人たちを笑顔にするために、自分たちサッカーリーグはあるんだと。2018年のJリーグ誕生25周年のとき、その理念をもっと加速し社会貢献するために、社会連携活動(シャレン!)をスタートしました。もっとJリーグやJクラブを地域の人たちに使ってもらって、社会の課題を解決するアクションを起こしたいと、専門の部署を新設したわけです。

みんなが自分のできることを持ち寄ってひとつの世界を作っていきたい、社会を変えていきたいというイメージはあるが、じゃあ具体的にどうやって形にするのか。そこで僕に出されたお題が、“高齢者×サッカー”でした。

ふと思い出したのが、大学の卒論でJリーグに熱狂するサポーターについて書いたときのことです。観察していてすごく印象的だったのは、スタジアムでみんなが盛り上がっているときに、子どももお年寄りも、男も女も、社長も学生も、障がいがある人もない人も、みんなが等しくサポーターだったことです。
勝てばみんなでハグして喜ぶし、点を取ればハイタッチ、負ければ悔しがる。これには年齢も肩書も関係ないんですよね。このチームを一生懸命応援するという1点でつながっていて、あとは自由にそこに存在しているんです。

高齢者×サッカーのお題から、あのときに見た素敵な世界観を作りたいという考えが浮かびました。お年寄りがサポーターになって熱狂するスタジアムに行けたら、あの風景ができる。みんなが交じり合う風景ができる。さらに、ふだん人から支えられる場面の多い施設で暮らすお年寄りがサポーターになったら、逆に支える側になって誰かの力になれるじゃないか。それで、Beサポ!というプロジェクトを思いついたんです」

━━━なるほど、高齢者×サッカーの漠然としたお題から、小国さんがご自身の経験を踏まえてBeサポ!のアイデアに落とし込んだわけですね。その後、サントリーウエルネスとはどう関わっていくのでしょう。

小国「ちょうど案を練っていた頃、サントリーウエルネス社長の沖中直人さんとたまたまお会いまして、最近Beサポ!というのをやろうかと考えていると話したら、もう前のめりになってめちゃくちゃ興味を示してくれました。

もともと沖中さんは認知症やそういった方々を取り巻く社会に非常に関心を持っていらして、彼いわく、サントリーウエルネスは予防の観点から健康食品を売る会社だけれど、人生100年時代に予防だけでは防ぎきれないものがある。体に「負」の部分が生じたり認知症の状態になったりしてしまうのは仕方のないこと。この時代に、予防だけやっていていいのか。サントリーの社是に『人間の生命の輝きをめざして』という言葉があるんだから、体に負が生じてもつき合っていく、一緒に生きていく環境を作っていかないといけない。だから自分がやりたいのは、予防だけじゃなく、共生なんだと。それで、じゃあ一緒にBeサポ!をやろうと」

吉村さん(以下、吉村)「弊社に『オメガエイド』という脳に必要な栄養素を補うサプリメントがありまして、これを定期的にご購入いただいていたお客様が、認知症と診断されたからと、解約のお電話を頂いたことがありました。医薬品ではなく健康食品であり認知症を防ぐものではないので、私たちは気持ちに寄り添ってお話しに耳を傾けることしかできませんでしたが、話を聞いてくれてありがとう、少しスッキリしたと言ってくださいました。

そのときに弊社のスタッフが共有した思いは、たとえ病気になった後でも誰もが輝くことができる「共生」社会の実現に貢献できる会社でありたいということ。そんな思いがあったので、Beサポ!の活動はまさにぴったりでした」

━━━Beサポ!の活動とは、具体的にどんなことをしているのでしょうか。

吉村「“いくつになってもワクワクしたい、すべての人へ”をコンセプトに、高齢者施設の皆さんが心も体も動かしてJリーグのサッカーを応援するという、参加型のプロジェクトになります。日頃は支えられる場面の多い方々が、サポーターになることでクラブや地域を支える存在になることを目指します。2020年12月からスタートしました。

施設内のテレビで試合を見ながら応援するのがメインですが、時には地元のスタジアムに足を運んで応援することも。また、敬老の日がある9月にはいろいろな企画を実施しました。

たとえば、Jリーグに所属している58クラブを対象に、『#サポーターになってみた』のハッシュタグをつけてSNSにサポーター体験のコメントを投稿してもらおうという企画です。

この企画が生まれたきっかけは、Beサポ!第一号となった富山の施設でのできごとにあります。元気のないお年寄りにも一緒に楽しんでほしいと、スタッフがちょっとしたお節介でユニフォームをお渡ししたんです。嫌がられるかもと思いきや、目の奥がキラッと輝いて、見たことがないくらい明るい表情で応援したそうなんです。
そのおばあさんは年が越せないかもと言われていたのに元気に年を越して、翌年も新しいユニフォームで応援を続けてくれていました。

こういうキラッと輝く瞬間やワクワクする世界を、もっと大勢のお年寄りに取りもどしてあげたい。最初はひとりのスタッフのちょっとしたお節介だったかもしれませんが、それをもう少し大きな規模で、サポーターの人たちと一緒にできないかなと、『#サポーターになってみた』で輪を広げようと考えたわけです。

おかげ様で反響は大きいですね。高齢の家族にユニフォームを贈ってスタジアムに連れて行ったら、思った以上に喜んでくれてよかったというコメントがあったり、Beサポ!の活動をしている施設がSNSに投稿し続けてくださっていたりして、徐々に輪が広がっている手ごたえを感じます。

また、『人生の先輩からのエール企画』がすごく好評です。人生の先輩である高齢者の方々にエールを書いてもらい、それを集めて横断幕に仕立て、Jリーグの選手の皆さんを応援するというイベントです。
今年は10クラブで実施し、74施設1434名の高齢者の方々が参加してくださったのですが、もう本当にすごいですよ、エールの内容が。ものすごい達筆で、「見せろ、底力!」とか(笑)」

小国「毛筆で、ぐわぁーーっ!みたいなね(笑) この企画は本当におもしろくて、普通のことを書いていても、山あり谷あり、酸いも甘いも知っている人たちが書いているから、なんだか深いんですよね。107歳のおばあちゃんのメッセージなんて、「命つきるときまでサッカーを楽しみなさい」ですよ。これはなかなか言えない言葉ですよね。この方が今の選手たちくらいの年齢のときは、戦争中ですよね。そのおばあちゃんが今、この言葉を選手たちにかけるって、その意味を考えるとグッとくるものがあります。

選手たちも、なかなか試合に出られないとかリハビリ中だったりいろいろな状況があり、そんな中でこのエールを受け取ると、どんなことでも乗り越えられそうな気持になるようですね」

吉村「ヴィッセル神戸のイニエスタ選手にエールを送るために、スペイン語を勉強し始めたという方もいるんですよ。初心者向けのスペイン語の本を買って、「バモス*、イニエスタ!」って毎日練習していて(笑)。86歳でスペイン語始めましたって、本当にすごいですよね」

*バモス:サッカーの応援でよく使われる言葉。行け!、いいぞ!、の意味

小国「こういうことが起こる、このエール企画は本当におもしろいですね」

吉村「ほかにもキックインセレモニーで「合計1000歳からのキックイン」みたいな形でいろいろ企画します。先ほどのエールを直接選手に手渡したり、勝利インタビューで監督がシニアの皆さんに勝利を届けたいからがんばりました! とコメントしてくださったりして、高齢者の方々と選手たちとのつながりが少しずつ積み重なってきています」

「人生の先輩からのエール企画」で応援メッセージを書く107歳。

━━━サッカーを応援することで、施設のシニアの方々にもいい変化が起きていると。それは素晴らしいことですね。

吉村「はい。コロナ禍でどんどん楽しみが減ってきている中、人と人とのつながりや、ワクワクすることを大切にしたいと思っています。やはり心が動いて何か目的を持つ、たとえば選手を応援するためにスペイン語を練習するとか、今度の試合に向けて応援グッズを作るといった目的や達成のためのスケジュールができると、皆さん徐々に心が元気になって体もついてきて、1人が熱中し始めると周りにもどんどん伝播して、施設の雰囲気もどんどん明るくなっていくんですよ。

先日も、ふだんは歩行器でゆっくり歩いていたおばあちゃんが、スタジアムに飾ったエールの横断幕や写真にあっという間に近づいて、この選手かっこいいねと言いながら写真に向かって、愛してるよー!って叫んで(笑) また、認知症が進んで日頃は表情がない方が、Beサポ!の活動をするようになってから本当に素敵な笑顔を見せてくれるようになった例もあります」

小国「施設の職員さんにも喜ばれていますよね。試合のある日にシフトに入りたがる(笑)」

吉村「ホームゲームだとみんなスタジアムに行きたくなってしまうので、施設ごとサポーター集団みたいになっていて(笑) サポーターという文化がすごくいいなと思うのは、みんなが肩を並べられるところ。これがすごく大切だと思うんです」

小国「そうそう。サイトに映像を載せているのでぜひ見てほしいんですが、点が入って一番最初に喜ぶのは職員さんなんですよ(笑) もう忘れているわけですよ。ウワーッとなってからハッと我に返って、ほらっ! ておばあちゃんたちを促すんです。我を忘れても許される仲間というか、対面で向き合うんじゃなくて並列、横の関係、肩を組める関係というのが、すごくいいんだろうなって思うんですよね」

━━━とてもいい好循環が起きているんですね。それにしても、高齢の方々がサッカーに興味をもつとは意外でした。

吉村「Jリーグももう30年近く続いていて、高齢者の皆さんもお元気なうちからニュースやテレビで少しは触れていたと思うので、実はまったく親しみがないわけではないんですよ。それに、サッカーはルールが単純で分かりやすいのがいいですね。色の違うチームがいて〇色を応援すればいい。ゴールが決まれば誰かが叫ぶので、そこで気づけばいい、みたいな(笑)」

小国「サッカーや地元に根差したJリーグというのは、シニアのみなさんが参加するにはぴったりだったんだなと今は思います。

でも、シニアはやっぱり野球、お相撲っていうイメージがあるし、誰かの”推し活“始めるとか、”まさかそんなこと”とみんな思い込んでいる。シニアだしね、認知症だしね、施設にいるしね、そういう人は無理だよねとあきらめてしまっていると思うんです。それは家族や施設の人もそうかもしれないし、もっと言えばご本人が一番あきらめちゃっているのかもしれない。もう私は認知症だからできっこない、やりたいなんて言ってはいけないと。

だけどBeサポ!をやって思ったのですが、人間の好奇心って何歳になっても全然尽きない。ちょっとしたきっかけがあれば簡単に湧き上がってくるんですよ。だってあんな、ウチワにキラキラのモールをつけて、フェイスペイントして試合会場に行って、アウェイにも行きたいと言い始めて(笑) 誰もこうなるとは想像もしていなかったですよ。あんまり動けなかった高齢者が花道にズラッと並んでね。選手もびっくり、こんなの見たことないって(笑)

ときには試合会場でエールを送る。選手に直に伝える気持ち、喜び。

でも、最初に“着てみる?”とユニフォームを元気のないお婆さんに渡した職員さんのように、“ちょっとしたお節介”がコトを動かしていくんです。スタートはちょっとした後押しが必要ですが、そのあとは、みんなこうやって自発的に楽しみながら動き出しちゃう。何歳になってもどんな状態になっても、人はワクワクするものなんですね」

吉村「そうですね。応援グッズやチラシ作りを分担して役割を決めると、やりがいを感じてどんどん前向きになったり、選手との交流がうれしくて○○選手の一番になりたい! なんて言っちゃったりする人も(笑) もう本当にすごい変化が起きています。勝手に高齢者の限界を決めないってすごく大切だと思いました」

━━━単純にエンターテイメントとしてサッカーを観戦するのではなく、サポーターになって応援する。やっていることは同じように見えますが、少しだけ目的をズラすことで、こんなにも動き始める。これはすごい仕組みですね。

小国「目的ってすごく大事だと思うんです。健康になるためにと目的を設定していたら、こんな変化は絶対に起きていないと思いますよ」

吉村「あるおばあちゃんも、推しの選手が近づいてきてハイタッチしようとしたら、ごく自然に自分から手を挙げてタッチしたんですよ。健康になるために腕を上げる体操をしましょうと言っても、たぶん上げないような方なんですけど(笑)」

小国「誰かを純粋に応援したいと思って動いているうちに、心身の健康が結果としてついてきたっていうのが大事だと思うんです。“健康になろう”が目的になった瞬間に切り捨てられるものがたくさんあって、健康にならないものはやらなくなってしまう。だから目的は、できるだけそうじゃないところに置いたほうが、結果的にいいことがたくさん起こったということですよね。

吉村「たとえば、“たくさん歩けるようになるためにはどうしよう”ではなく、“スタジアムに行くためにはどうしよう”と考えると、いい変化が起きるんです。スタジアムに行くならここまでは歩けるようになった方がいい、無理なら車椅子でここまで、と考えていくうちに、高齢者の方々の動きがどんどん変わっていき、それがBeサポ!のイベントなどを繰り返すうちに地域全体が変わっていって、その結果がおそらくウェルビーイングが達成されている地域だと社会から認められるんだろうと思います。

皆さんそれぞれ、底力は持っていると思うんです。でも人生100年時代と言われると、ああ100年も生きるのか、100年生きるためにはどうしようなんて、なんとなく暗い妄想をしてしまいますよね」

小国「そうですよね。でも、Beサポ!の明るく笑うおじいちゃんおばあちゃんたちを見ていると、歳をとるのも悪くないな、楽しそうで夢があるなと感じます。

“みんなで共生しましょう”と言われても、何をしていいのかわからなくて身動きがとれなくなってしまうけれど、一緒にサポーターになる“だけ”なら自分にもきっとできる!と思うんじゃないでしょうか。サポーターになるだけでいいなら、やれることがいっぱい増えてくる。ご本人も施設のスタッフも、クラブも企業もできることがいろいろ考えられます。

だから目的を設定するときは、シンプルな動詞にするといいですね。サポーターになる、ご飯を食べる、などの動詞。ただ〇〇するだけ。それ以上の理念などを語り始めると動けなくなってしまうので」

━━━なるほど、とても興味深いお話しをありがとうございます。最後に、今後の展望をお聞かせください。

吉村「ひとつは、Beサポ!の世界観をもっと広げていきたいですね。今活動している地域以外のエリアの高齢者施設にもぜひ参加してほしい。そのために、この活動をもっと広く知ってもらえるよう考えていきたいです。

ふたつめは、サポーターになることで高齢者の心身にどんな影響があるのか、きちんと科学的に解き明かしていきたいと思っています。どうして普段笑わない人が笑うようになるのかなど、単なるエピソードで終わらせるのではなくエビデンスをはっきりさせて、命が輝くとはこういうことなんだと、明確に示すことができたら私たちもうれしいです。

Beサポ!の活動をますますパワーアップさせて、いい笑顔を見せてくれるおじいちゃんおばあちゃんが日本にもっと増えるように、これからも取り組んでいきたいと思っています」

【インフォメーション】

Beサポーターズ!の公式サイトで、応援を楽しむ高齢者施設の皆さんの様子が映像で見られます。応援のアイデアやイベント情報なども盛りだくさん。Beサポーターズ!のことを知るならまずチェック。
https://www.suntory-kenko.com/contents/enjoy/besupporters/

小国士朗さん(株式会社小国士朗事務所 代表取締役)
2003年NHKに入局。ドキュメンタリー番組を制作するかたわら、150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の企画立案や世界150か国に配信された、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などを手掛ける。2018年6月をもってNHKを退局し、現職。“にわかファン”という言葉を生んだ、ラグビーW杯のスポンサー企業アクティベーション「丸の内15丁目Project.」やみんなの力で、がんを治せる病気にするプロジェクト「deleteC」など、幅広いテーマで活動を展開している。

吉村茉佑子さん(サントリーウエルネス株式会社 メディア部 コーポレートブランディンググループ)
京都大学大学院 農学研究科食品生物科学専攻修了後、2019年4月サントリーホールディングス株式会社入社、サントリーウエルネス株式会社出向。2021年9月より「Be supporters!」プロジェクトを推進。