第一回 僕の命を救った肉の塊「CHACOあめみや」(東京・千駄ヶ谷)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


麻生要一郎と申します。職業は、現在のところ料理家・執筆家。
僕のこれまでの道のりは、家業を継いでいた20代、宿やカフェをやっていた30代、そして40代の今。日々の食卓を綴っているInstagramも、ケータリングでお届けするお弁当、どちらも家庭的な味わいと評判が良い。しかし、僕だって煮物や酢の物、家庭的な落ち着いた味を、ずっと好んで来た訳ではない。美味しかったと言って下さる方の多い、甘い卵焼きには、卵や調味料だけではなく、これまでの人生が詰まっているのだ。20代の頃は外食も多く、しっかりとした重めのフレンチが好きだった。今のような家庭料理に辿り着く迄には、色々な遍歴があっての事である。

この連載では「僕が食べてきた思い出、忘れられない味」と題し、今の僕を育んでくれた、お店やその味について、情景を交えながらご紹介して行こうと思っておりますので、お付き合い頂けましたら幸いです。

2020年に発売された、僕にとって一冊目の本である「僕の献立 本日もお疲れ様でした」の料理ページの撮影をしたのは、刊行の一年近く前のこと。掲載は全部で51品、撮影ウィークには、料理の写真を撮りまくった。初めての本で勝手も分からず、高齢な養親の介護もあり、その合間を縫って買い出しや仕込みをするのは、本当に大変だった。その最終日、朝食や昼のパートを撮影、終了して一同を見送ったあと、安堵のあまりヘロヘロになり、ソファーに倒れ込んだ。その時期、とにかくごはんを作ってばかり、プレッシャーもあったので、きっと、ごはんをあまり食べていなかったのだろう。冗談ではなく、このままでは死ぬかも知れないと僕は思った。

意識が遠のく中『ニクガタベタイ』、心の底、いや頭のてっぺんから爪先まで、もはや細胞レベルで、肉を欲している、身体中からその漲るような熱狂が聞こえたのであった。焼肉では物足りない、すき焼きは卵を割っているゆとりなし。僕が欲しているのは、もっと血の滴るような肉の塊である。その時、ふと閃いた……以前、友人が教えてくれた、我が家の近所にある、塊肉を焼いてくれるステーキ屋さん。

教わった後に一度、行こうとした時はタイミングが悪くて入れなかったが、今日なら天が味方するはず。しかし今、自分で電話をしたら最後の力を振り絞って単刀直入に「肉を下さい!!」と、いきなり言い放ってしまいそうなので、隣に座っていた家人に頼んで予約をしてもらい、急ぎ足でお店に向かった。到着した時には、疲れ果てて階段を転げ落ちそうな程だったが、店の前ではもう何かが焼ける良い匂いが漂っている、ありがたや、ありがたや、拝むような気持ちで店に入り着席。メニューを見る目は、もう血走っていたかも知れない。家人が、どうする? 何百グラムだろう? なんて、ページを捲っているが、冗談じゃない、こちらは生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ、そんな量では物足りない「この塊を1キロお願いします」きっぱりと、そうお願いした。

赤い塊が、店の隅にある、年季の入った重厚な窯の中へと入れられた。炭火でジュワーっと、肉の焼ける何とも言えない香りが漂ってくる。思わず遠吠えしそうな衝動を抑えながら、肉が焼ける様子を見守った。あの大きさの塊をどう焼くのか、結構時間がかかるのかしらと、早く食べたい一心で心配した。各断面にこんがりと焼き色をつける程度、釜から出てくると、今度は食卓に置かれた鉄板にお待ちかねの肉の塊が供される。ジュワーッと焼けるその音は、どんな音楽よりも僕に高揚感を与えた。それをナイフで切り分けてもらうと、外はこんがりとした良い焼き色なのに対し、中はレアな赤身のお肉。

それから、鋳物のお皿に、それぞれが取り分けて食べる。6枚に切り分けてもらったうちの1枚を自分の手元に引き寄せ、ナイフで切り分け一口、しっかりとしたお肉の味わい、適度な歯触り、旨味がぎゅっとしていてなんて美味しいのだろう。炭で焼いた時、余分な脂がしっかり落ちているから、するすると手が進み、ぺろりと1枚を食べてしまう。次の1枚は、少し精神的な余裕も出来たので、付け合わせの野菜を楽しみながら食べてみる。ああ、生き返ってきた。2人で6枚なので、1人3枚。ワインを嗜みながら、ゆっくり食べている家人をよそ目に、あっという間に3枚をぺろりと平らげた。店へ着いた時に、ふらふらしていたのが嘘のように、エネルギーに満ち溢れていた。しかも、まだ食べられそうな気さえしてしまうのだ。

1979年創業のお店の佇まいは、奥のテーブルあたりに刑事コロンボのピーター・フォークや、初代007を演じた若きショーン・コネリーがいそうな感じがするのも、僕がこの店を愛する理由の一つである。

今回の取材の際、全く同じものをお願いして、お肉の塊が出て来た時には「麻生さん、これを2人で食べたんですか?」と、最初は半ば呆れた様子で笑われた。しかし、撮影が終わり、その塊を4人で食べた時、1枚目を食べて、もう1枚を半分ずつとなった時、全員が思ったはずである「半分じゃなくて、もう1枚食べたい」と。そしてお肉を食べながら、こうも思っているのである、明日も食べに来ようかなと。それは、肉の吟味が行き届いているのと、炭で焼くという極めてシンプルな食べ方だからなのだと思う。ちなみに、僕はテーブルに並べられた調味料にほとんど頼る事なく、毎回お肉をよく味わって食べている。80歳で3度目のエベレスト登頂を果たしたあの御仁も、この店の常連で、89歳の今でも来店すると1人で1キロ召し上がるそう。2人で1キロ食べているようでは、まだまだである。人生にはスタミナが必要だと改めて感じている。

「人生最後の晩餐、何が食べたいですか?」というありふれた質問を何かで投げかけられて、僕は「ご飯と糠漬け」と答えた記憶があるが、改めて訂正し、こう申し上げたい。「僕は人生最後の晩餐、CHACOあめみやで肉の塊を食べたい!」と。皆様も、是非CHACOあめみやへお出かけ下さい。普通のステーキも勿論美味しいですが、ぜひ塊のお肉を皆で分け合って食べてみて欲しい。明日を生き抜く力が湧いて来ますから。

右から店主の雨宮登志夫さん、麻生要一郎さん、雨宮亮太さん。


CHACOあめみや

1979年開店。現在の店主雨宮登志夫さんは、かつて六本木の老舗ステーキレストランで修行したお父様が開いたこの店の二代目。弟さんの亮太さんとともに、狂牛病という困難の時期も変わらぬ営業を続け、「ステーキ一筋にやってきました」と淡々と語る。
肉はその時々にうまい肉を厳選。あえて和牛ではなく、あっさりして適度なサシが入った米国産穀物牛を仕入れる。「次の日の朝ごはんがおいしく食べられる肉」という常連からの評価が、仕入れから保存、焼き方、供し方、すべてのレベルの高さを物語る。
ワインは山梨県勝沼町の丸藤葡萄酒工業「ルバイヤート」。
ランチ1,100円~、ディナー リブステーキ6オンス2,200円~

住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷1丁目7-12
営業時間:火~金曜日 ランチ11:30~14:00 ディナー17:00~22:00
     土曜日 17:00~22:00 日曜日・祝日 17:00~21:00
定休日:月曜日 第一日曜日
電話:03-3402-6066(ご予約・お問い合わせは電話で)