ウェルビーイングの鍵はフードイノベーションにあった!

名店の味を忠実に再現した食品がスーパーで気軽に買えたり、
専用アプリのレシピ通りにお料理ができちゃうスマート調理家電が登場するなど、
食にまつわる進化が目覚ましい。
米国発フードテックカンファレンスの日本版『SKS JAPAN』には、このような食に関わる領域での新しい製品やサービスを創出するイノベーターが集う。2022年9月には第5回が開催され、幅広い分野の企業が参加し熱い議論を交わした。

今、食の世界では、私たちの幸せな日常をも左右する大きな変革が起きているという。
日本の未来にもつながる大きなうねりを、『SKS JAPAN』主催者であるシグマクシスのおふたりに聞いた。

お話しをうかがった人/(株)シグマクシス 常務執行役員 田中宏隆さん、ヒューリック シェルパ プリンシパル 福世明子さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/小林みどり


━━━『SKS JAPAN』が2年ぶりに開催され、大盛況でした。このカンファレンスはどういった経緯で始まったのでしょうか。

田中さん(以下、田中)「もともとSmart Kitchen Summit(以下、SKS)は、2015年にアメリカのシアトルで始まりました。その頃から世界的にフードテック(最新テクノロジーを食分野で活用すること)やスマートキッチン(キッチン家電がIoT-モノのインターネット-とつながること)などへの投資が急拡大して、アメリカのSKSをはじめ、イタリアやイギリスでも大規模なフードテックのコミュニティが立ち上がっています。

多様なプレーヤーが集まって共に動いていくことを目指す食のコミュニティは以前からありましたが、そこにテクノロジーが加わったのが、2015年。私はそれまでハイテク分野をずっと見てきまして、2016年にシアトルのSKSに参加しました。様々な国、多様な業界からの参加者が食とテクノロジーをテーマに議論する姿を見て、私は「なぜここに、私たち以外の日本人がいないのか」と疑問を抱きつつ、「フードテックの分野なら、日本が世界に発信することができるはずだ」と確信したわけです。そこで翌年の2017年に、日本版としてSKS JAPANを立ち上げ、開催しました」

画像提供:SKS JAPAN / シグマクシス

━━━テクノロジーといえば、かつては日本のお家芸でしたね。日本が何かを世界に先駆けて発信するというのは、久しくないような気がします。

田中「そうですね。iPhoneが立ち上がる以前は、日本のハイテクメーカーの技術力は世界を圧倒していました。ウォークマン、プレイステーション、iモードなど、日本から多くのイノベーションが生まれていました。

ですから2007年にiPhoneが登場した当初は、少なくとも国内ではそれほど大きな期待は持たれていなかったと記憶しています。日本の技術が負けるわけがないという自信があったのか、まさに嵐の前の静けさが漂う“iPhone前夜”でしたね。ところがiPhoneが誕生してからは誰もが知るとおり、瞬く間に人の生活が変わって行きました。

食においても同様の動きがあるように感じています。日本の食は、家電や食品加工技術、シェフのワザや文化など、昔から強みの多い分野でした。例えば植物性たんぱくなどの代替食品やビーガン、発酵食品なども日本の伝統的な食文化であり技術でもあるのですが、気づけば世界が先に体系化している。今こそ、日本の持っている技術、食の文化や多様性を、テクノロジーを活用しながら融合し、もっと積極的に発信していくべきだと思います。どうすれば日本の価値を最高の形で世界に届けられるだろう。そんな思いを、SKS APANを通じて伝え、共感する仲間との活動に繋げています」

━━━代替食品やビーガンは精進料理に通じるし、発酵食品はいわずもがな。日本人がなじんでいる食生活こそ今の世界的なトレンドだというのに、残念ながらちょっと出遅れた感じがありますね。

田中「だからこそ、まだまだイノベーションの余地がありますよ。SKS JAPANも今年で5回目でしたが、参加者の熱量が年々高まっているのを感じます。参加者も多岐にわたっていて、食品メーカー系は全体の3割、続いて流通や食品スーパー、さらには家電メーカーやレシピサービス、電力、ガス、鉄道などのインフラ系、そして外食や製造、投資家など、気づけばほぼすべての業界業種の方々が集まる場になっているんですね。

もはや、一社が優れた製品をひとつ作ったら何かが変わるという世の中ではないことを感じます。様々な技術を持つ人たちが「こういう社会を作りたい」「こういう課題を解きたい」という目的を持ち、互いの技術やノウハウ、ネットワークを組み合わせることで、イノベーションを起こしていく時代です。そうした動きを広げながら、イノベーションの実現を加速していくために、SKS JAPANは企業や産業、国籍を超えた、クロスボーダーなコミュニティでありたいと考えています」

福世さん(以下、福世)「SKS JAPANは、知識を得ることだけにフォーカスしているわけではないんです。セッションや展示のほかにネットワーキングという要素があり、そこで普段は出会う機会のない領域の人とつながってアイデアを出し合い、新しいものを生み出すスタート地点としてほしいと考えています。また、実際に食べたり触れたりして体験することで、イノベーションの具体的なイメージを持って欲しい。そういう総合的な場として考えている点が、大きな特徴ですね」

━━━コロナ禍を経て2年ぶりに開催された5回目のSKS JAPANですが、テーマは、「Creating new industry through collective wisdom~ SHIFT ~」。さまざまな技術や叡智を結集し、時代にあった新しい食産業を共に創り続ける場へ「SHIFT」するとは、どんな意図があるのでしょうか。

田中「3回目までは、フードテックがなぜ必要とされているのか、世界の動きはどうなっているのかをシェアしながら、日本の企業である我々は何をどうやって進めていくのかを模索することを大きなテーマとして掲げていました。世の中にだいぶフードテックが浸透した4回目では、もう一歩前にでて、叡智を集めて社会実装に向けて加速することを目指しました。

それから2年を経て、既存の社会通念やマインドを変える必要があると考えました。なぜなら、生活者は食の多様な価値に気づき始めているからです。例えば、手料理が喜ばれたり、食事で健康になることで自信を取り戻せたりする。おいしい料理を食べながらの会合や、生産者から食材を取り寄せることで、人とのつながりが生まれる。地産地消やビーガンなど、何を食べるかが自分のアイデンティティにもなり得る。また、余った食材に新たな価値を与えるアップサイクルや、健常や障がいの区別をしないインクルーシブフーズなど新たな食の概念も生まれました。

食とは、単にお腹を満たすためだけではなくて、人生を豊かにするという側面があるのです。それに生活者が気づいている今、均一な食品を大量に作って消費させる従来の食産業の概念から産業側が脱却し「SHIFT」なくしては、ニーズに応えることができないのです。企業それぞれが蓄積してきた技術、資源、知見を持ち寄って共有し、業界を超えてアイデアを出し合いながら、新しい産業を創るくらいの気概が必要です。それは独占や優位性といった考えから離れ、皆でよい世界、美しい明日を共に創り出すこと。そんなことを本気でやりたいと考えているんです」

画像提供:SKS JAPAN / シグマクシス

━━━壮大な社会実験のようにも感じますが、実現したらとても居心地のいい世の中になりそうですね。

田中「10年、20年かかるかもしれませんが、実現できると信じています。実際にSKS JAPANに参加する方々は、企業人として収益を追う立場でありながらも根本的にはより良い未来を作りたいと本気で考え、議論していますよ。みんな、とても熱いです(笑)。そんな本気の人たちの熱い思いを広げ、後押しし、大きなムーブメントを起こす場になればと思っています。大盛況だった先月のSKS JAPANでは、そういった大きなうねりを感じました」

福世「そうですね。2年ぶりの開催をすごく喜んでくださった方が多かったですね。食から得られるウェルビーイングもありますが、本気の仲間が集まって思いを共にし、一緒に何かを創っていくコラボレーションは、私たち産業人のウェルビーイングにつながっていくように感じています。実際、こうした動きを推し進めていくためには、企業は経済的な側面を追うだけではなく、どれだけ人や社会、地球にとってのウェルビーイングを実現しているかという企業評価軸も持つべきだとも思います」

田中「こうして食とウェルビーイングの関係性を広く深くつきつめていくと、フードイノベーションを起こすのには、人間を理解することは避けて通れないと思うのです。」

━━━なんだかテクノロジー、フードテックの範疇を超えてしまいそうですね。

福世「おっしゃる通りですね。ですから、私たちはフードイノベーションと呼んでいるのです」

田中「産業側だけでなく、これからは生活者の皆さん自身も考え、発信する時代だとも思います。SNSなどの発信の場をうまく活用して「こういうサービスはないの?」「この商品は、こんなふうに改良できない?」と投げかければ、「私たちなら作れます」「私たちの技術を活用いただけます」と手を挙げる企業が出てくるでしょう。さらには生産や加工の現場にも声が届けば、食材というレベルでのフードイノベーションにも広げて行くことができると思うのです。

モノがあふれ、技術革新が進んだことで、世の中は「自分自身が本当に何を食べたいのか、何を食べるべきなのかに気づくことが大切だ」という価値観に変わってきています。こうした時代だからこそ、あらためて食の歴史を振り返り、そのうえで今起きているフードイノベーションの意義を、自分事として感じていただきたい。そうした場を創ること、伝えることも、私たちの使命だと考えています」

【インフォメーション】

世界で進む食のイノベーションを俯瞰する『フードテック革命 世界700兆円の新産業「食」の進化と再定義』(田中宏隆、岡田亜希子、瀬川明秀 著・外村仁 監修/日経BP社)が好評。食の進化の方向性とダイナミズムが分かる