「人生100年時代の“命を養う食”とは、どういうものでしょうか?」(ゲスト:料理家/ウー・ウェンさん)

これまでになかった視点や気づきを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第12回は、料理家のウー・ウェンさんです。故郷・北京の家庭料理を紹介しながら、レシピや著書でその根本にあるシンプルな考え方を伝え、料理の枠を超えて多くのファンに支持されているウー・ウェンさん。和食と中国料理の違い、家庭料理の考え方、そして食と命のつながりなど、単純明快な語り口の中に、食との向き合い方を改めて考えさせられるインタビューになりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/中川和子


中国は油で、日本は水で洗う

酒井:ウー・ウェンさん、日本においでになったきっかけは?

ウー:私、英語圏に行きたかったんですけど、天安門事件がありまして、一時的に海外に出られないという状況になったんです。日本の企業に勤めていたものですから、仕事のためなら日本には行ける。で、日本に来てからまた、行きたいところに行こうかなと思っていたけど、そのまま日本にいさせていただいて、この10月で32年になります。

酒井:日本に来られたときに、日本と中国の食文化の違いで、驚かれたことはありますか?

ウー:水ですね。初めて日本に来て「これは富士山の水」とか「どこそこの水ですごく美味しいんだよ」って言われたときに、カルチャーショックを受けました。「水に味があるんですか?」と。中国では生の水より、加熱したお湯をお茶に入れて、美味しいお茶を飲むのが普通なんです。料理でも、中国はうまみを出すのは水ではなくて、油ですね。だから、結論から言うと、油の文化の中国と水の文化の日本ですよね。それがいちばん大きな違いではないかと思います。でも、世界中で、水がほんとうに美味しい国は少ないと思います。もしかしたら日本だけじゃない? のどが渇いたら水を飲むとか、汚れたら水で洗うとか。生の水をすぐに飲めない国の場合、果物とか野菜で水分をとったりするので。

酒井:確かにそうですね。

ウー:お湯は沸点が100度でしょ。油は270度ぐらい。一瞬で菌を殺せる。だから料理に少量の油を使うことは、その野菜を加熱するというより、安全のために洗っているということも考えられるわけです。

前田:ああ、そういうことか!

ウー:だから、食材を油にさっとくぐらせる「油通し」がある。

酒井:食感を残しつつ、安全な状態にする。

ウー:そうです。殺菌効果だと思います。水洗いと一緒だと思ってください。

酒井:日本の食文化と中国の食文化の違いを、そういう視点で見たことがなかったなあ。

前田:ほんと、驚きました。洗う、殺菌の視点で見ること。

ウー:日本は完全に水の文化ですよ。だからお米が美味しいのよ。

酒井:お米もそうですし、お酒もそうですし。

ウー:そうそう。全部新鮮でしょ? なんでもかんでも「鮮度」っていうじゃないですか。でも、外国に行くと、お酒もビンテージがある。日本のお酒はビンテージってあんまりいわないじゃないですか。

前田:日本酒の古酒は特殊なものですもんね。

ウー:やっぱり水の文化は「鮮度」ですね。

募集開始から秒殺で満席になるウー・ウェンさんの料理教室は、この広く清潔なクッキングサロンで行われる。

「医食同源」の根底は七十二候に有り。5日ごとに旬が来る

酒井:日本だと旬の食材を食べることにいろいろな意味があるのですが、中国でもそのようなことは重視されますか?

ウー:もちろんですよ。野菜とかやっぱり、旬のものを食べるんですけど、旬、とは言わないです。日本に来てから「旬、旬、旬」って聞くんですけど。中国は七十二候の生活をしているので、365日÷72ですと、5日に1回、旬がくるんです。それは「医食同源」の根底にあるものです。5日に1回、旬がくるので「旬」って言ったら、しょっちゅう旬と言わなきゃいけなくなる。だからとくには言わない。その時々のものを食べるのは当たり前なの。医食同源、すなわちこれなんです。

前田:日本にももちろんあるのですが、それがもう日常の暮らしにはほとんどなくなっていますね。え~と、今日9月2日は?

ウー:今は処暑*でしょ。たぶんお茄子とか出てくるんじゃないかなあ。でもね、日本も中国もそうだと思うんですけど、スーパーはいろんなものを通年で売っているので、わからなくなっちゃうんですよ。さっき、家の夕飯に豚汁を作ってきたの。豚汁、というと大根を入れるかと言えば、私は今の季節は入れない。今ごろの大根が美味しいですか? 白菜なんかもそうでしょ? 9月には食べたくない。やっぱり今は今の旬のもの、キノコだったり、お茄子だったり、そういうものがおいしいの。

※「処暑」は暑さが終わるころ。2022年は8/23~9/7。

前田:季節問わず豚汁と言えば大根、にんじんじゃなく、春夏秋冬の野菜が入る豚汁があっていい。

ウー:いいじゃないですか。今ある野菜で作る豚汁。今日もお茄子とか、玉ねぎを入れたりして。ほんとに家にある野菜をちょちょっと入れて、お味噌でまとめればそれでいいじゃない。豚のだしが出るし。何を入れても美味しいと思いますよ。

家庭料理に「絶品」はいらない

酒井:ウー・ウェンさんは小さい頃、どんな家庭料理を召しあがってたんですか?

ウー:母は北京の人、父は杭州の人。だから、うちの家庭料理はたいへんです。お父さんを主役にすればやっぱりお父さんの故郷のものを作らないといけないし。家庭料理は日本もそうだと思うんですけど、あんまり、これという定義がないと思う。そのおうちの人たちがいちばん好きなものとか、健康に良いものを食べてればいいじゃないですか。で、うちの父は全然小麦粉を食べられなかったのよ。

酒井:え、そうなんですか?

ウー:特に蒸しパンなんか、ずーっと口の中で噛んで噛んで呑み込めない。食べ慣れてないから。絶対にお米なんですよ。でも、母や私はやっぱり小麦粉を食べたいじゃないですか。日本にもたぶん、そういう家、いっぱいあると思う。沖縄の人と北海道の人と、結婚することだってあるでしょ?「どこの出身?」って聞いて結婚相手を選ばないですよね。

前田:ありますね。白味噌は絶対ダメとかね。

ウー:そう。だから、ほんとにごく普通の料理。だけど、さっき言ったように、医食同源が根底にあるから、毎日毎日、健康になれるような料理だったと思います。だから「絶品」と感じたことはあんまりないですけど、まずいものも記憶にないですよ。こうして自分が家庭を持って、料理を作るようになってから、うちの母は本当に天才だなあと思う。家庭料理って食べても飽きがこない。お母さんの料理は毎日食べても飽きないじゃない。

酒井:お母様が作られるお料理の中で、特に記憶に残っているものとか、大好きだったものは?

ウー:全部おいしいですよ。だから、絶品じゃないですけど、おいしいというより、その日その日、たぶん家族の健康に合ったものを作ってるから、おいしいというより、体が自然に受けつけられるっていう料理じゃないかなあと思います。

前田:ああ、体が受けつける料理。

ウー:食べたいと思うもの、体が受け入れられる料理をいつも出してくれるから。

酒井:受け入れられるって、初めて聞きました。

ウー:大事ですよ。家庭料理はそういうものですよ。お店の料理には絶品がいっぱいあると思うし、食べておいしいと思うんですけど、でも、毎日毎日、食べていられないですよね。

前田:疲れますよね。

ウー:そう。家庭料理は健康をつくる、維持するものだから、絶品はいらない。体が欲しいもの。

酒井:その、体が欲しいものを考えるのが、医食同源とつながっている?

ウー:そう。だから料理を作る人は、家族全員の健康がどういう状態なのかを観察していると思います。

前田:ああ、自然にね。

ウー:愛情よ、家庭料理は。愛ですよ。

前田:自然に気にして見ているから「今日はこの子、ちょっと顔色が変だな」とかわかるわけですもんね。

ウー:たとえば女の子は、毎月、体のリズムがあるから「そろそろこういうものを食べさせたほうがいいかな」とか。愛しかないよ。

酒井:美味しいものをじゃなく、体が今、求めている、受け入れたいもの。

ウー:それがいちばんいい。あるでしょ、そういうこと。

酒井:あります。知らないあいだにそれを選んで食べていた、みたいな。最近、とても豆が食べたくて、枝豆とか、納豆とかずっと食べていたんですけど。

ウー:今年もすごく暑かったし、たぶん体が疲れていて、今、急に涼しくなってきたから。体が落ち着いてきて、体自身が休みたい。もう暑さに対して頑張らなくていいんだって。そういうものを食べて、自分を休ませたいんじゃないですかね。

前田:「豆腐食べたい」っていうのも、そういう感じですよね。

ウー:自分の体より強くないものを食べて、体を疲れさせない。食べ疲れってあるじゃない?  弱ってるときに焼肉食べるのはちょっと、ね。私はあんまり食べたくない。それよりは寝たほうがいい(笑)。

選択肢の多さが何を食べたらいいかわからなくさせる

酒井:そういう医食同源みたいな考え方って、家庭の中で引き継がれていくんですか?

ウー:そうですね。たぶん、それぞれの家に、それぞれの考え方があると思う。だから、日本に来てから、中国人はみんなすごいですよねって言われると、私が必ず言うのは「中国人はほんとに食を大事にしてる。それ以前に、自分の健康を大事にしてる。だから、“全員、ヤブ医者”なんですよ」って。

一同:

ウー:医者の前にヤブってつけないと。健康に対するそれぞれの考え方がありますから。だから、どれが正しいかわからないのよ。だって、年齢も違うし、性別も違うし、自分の体もDNAも当然違うわけだから、違うことを考えるのは当然ですよ。だから、全員、お医者なんだけど、全員、ヤブなんですよ(笑)。

前田:じゃあ、お医者さん同士で意見が違うことも。

ウー:全然、違うんですよ。のどが痛いからキンカンを食べたほうがいいという人もいれば、陳皮(みかんの皮を乾燥させたもの。漢方薬の原料になる)を食べたほうがいいっていう人もいる。10人いたら10の答えが出てくる。どれが正しいか、といえば全部正しい。

前田:ほんとに「医食同源」であればいいなあと思うけど、正直、今の日本は年がら年中、きゅうりとトマトを売っている状態が普通。そこに生まれて育った若い人たちがいっぱいいて、体のために食事をしてるんだっていう意識があんまりない人がいるんじゃないかと思って。つい、私たちも忘れますけど。

ウー:私、1990年に日本に来たときに、びっくりしました。この国にはなんでもある。だから、そういう時代に育っている子どもたちが悪いとは思わない。やっぱり、この環境の中で、基本的な和食から入るというより、いきなりいろんなものがある中で育ってきてるから、選択肢がありすぎて選べなくなるんじゃないかな。ありません?「白と黒とどっちがいいですか?」なら決めやすいですけど、何色も出てきたらどれが好きなのか選べない。

酒井:情報がありすぎて選べないっていう。

ウー:そう。だから、豊かになってくるのはすごくいいことなんですけども、私は食は豊かじゃないほうがいいと思う。

前田:変に豊かであるよりも、質素でシンプルでいいってことですね。

ウー:だって、やっぱり日本人だから、日本の気候風土に合った和食を食べるべきだと思うし。

酒井:選択肢や情報が多すぎるから「今日、何食べよう」とか、「何、作ればいいんだろう?」みたいなところで悩んじゃうんですね。

ウー:そうですよね。体は必要なものを欲しがる。おいしい以前の問題ですよ。必要であって、おいしく食べられるなら、最高に幸せだと思うんですけど。まず「何を食べるべきか」ってところですよね。

前田:そこがだんだんわかりにくくなって、考えたことがない人が多くなってるかもしれないですね。

ウー:だって、考えなくてもいっぱいあるんだもん。

“何を食べてきたか”は死ぬときに顕れる

前田:人間が異文化に入っていちばん変えられないのは朝食の習慣なんだ、という話を聞いたことがあって。ウー・ウェンさんの朝ごはんはどうなんですか?

ウー:わが家の朝ごはんはすごいですよ。

前田:それは和食ですか?

ウー:和食、洋食、中華、どれも。時間がないときには野菜スープにパン。時間があるときに魚を焼いたりとか、納豆出したりとか。で、調子があんまりよくないときに、おかゆを炊いて出しますよ。

前田:じゃあ、けっこうたくさん食べて。

ウー:朝ごはんはしっかり食べる習慣がありますね。朝食べるとね、1日元気だもん。このあいだNHKの番組で見たのは、朝ごはんを食べると認知症防止にもなるらしい。だから、これからお昼も晩ごはんも食べなくても、絶対、朝ごはんは食べようと思ってる。

前田:これからの課題ですよね。100歳まで生きちゃうかもしれないし。

ウー:そうなんですよ。別にそこまで生きなくてもいいんだけど、生かされちゃうんですよ。食べ物も住居の環境もいいので、やっぱり長く生きちゃうからね。なら、せめて「ピンピンコロリ」にしたいなあと。

酒井:「人生100年時代」という言葉が出てきて、その中で、今日、医食同源のお話をうかがっていると、食べることってとっても大事なことだと再認識しました。

ウー:それしかない。何を食べてきたかは人生の最後、どういう状況で亡くなるか、にすべて現れると思う。人生の最期つまり、”上がり“は死ですから、私はキレイに上がっていきたいと思います。

前田:それを支えるのが食、食べること。

ウー:毎日、毎日のプロセスですよ。キレイな“上がり”にはやっぱりプロセスが必要だと思う。日々の生活が大事。食べて、運動をしたり。それほど複雑じゃないと思いますよ。

酒井:ウェルビーイングというテーマでこのメディアをやっているんですけど、ウェルビーイング、いい状態であることと食とは絶対に切り離せないと。

ウー:切っても切れないですよ。年を取れば取るほど、できることはどんどん減っていく。たまに100歳のおじいちゃんが走ってるのを見て、ほんとに羨ましいと思うんですけど、全員はそうはならないので。とにかくやっぱり、毎日ちゃんと食べて。

前田:体を動かしてよく眠る。

ウー:年取っていくと、赤ちゃんと一緒になるんです。

おいしいものを食べよう!

前田:年を取ると、健康寿命を延ばさなきゃといって、減塩しようとか、こういうものは食べちゃいけないとか、気をつけすぎるあまり、毎日微妙にまずいものを食べているという人も……。

ウー:イヤだよねえ。

一同:

ウー:塩分のとりすぎはいけないとは思うんですけど、やっぱりおいしくいただかないと、寿命は縮むと思うんですけど。おいしいものを食べるのがいちばん健康寿命も延びるんじゃないですか。幸せホルモンが生まれてくるし、毎日の食事も楽しみになるし。

酒井:気分よく生きるためにはそれがいちばん。

ウー:がまんして長く生きるのはどうなんでしょう。なら、早死にしたほうがいい(笑)。

前田:個人的に私もそう思います。

ウー:私も絶対そうするわ。人生の一食一食ってすごく大事。一食食べるごとに残りの食事回数が減っていくわけなのに、まずいものを食べて減らすのはイヤだな。

前田:お母様が入っていらっしゃる施設はすごくごはんがおいしいんですってね。

ウー:そう。おいしくって、普通の家庭のごはんみたいで、びっくり。

前田:いいですよね。

ウー:数年前、息子が北京に出張したとき、ばあばに会いに行って、一緒に施設の朝ごはんを食べたの。うちの息子はどんな接待のお料理より、あの朝ごはんがいちばんおいしかったって言うんですよ。

前田:それを聞くと、そこに入りたいと思ってしまう。

ウー:食事がおいしいことは大切ですよ。残された食事の回数はどんどん減っていくわけで、増える人はいないもの。だからみんな、おいしいもの食べましょう!

前田:年取ったらなおさらね。

酒井:それで心も体も喜ぶ。

前田:元気なくなりますよね、がまんすると。

ウー:そう。がまんしながら食べてると、ごはん食べるのがおっくうになってくるでしょ。で、結局また変なお菓子を食べたりして悪循環に。年をとったら間食はいらないですよ。おいしいものを三食ちゃんと食べていればいい。

酒井:おいしいと感じる体をつくっていく、そこに医食同源の考え方っていうのがあって。

ウー:食材のうま味を十分に引き出せたら、そんなに濃い味つけはいらないはずです。素材のおいしさは全部違うから、そこにリズムがあるわけじゃない。おいしさのリズムが。だから、素材のおいしさを生かすと減塩とかいわなくても、味が濃くなるはずがない。

前田:なるほど。

酒井:やはり、食生活が乱れていたり、いろいろなストレスを抱えていると、自分が何を食べたいのか、何が必要なのかを感じ取るセンサーみたいなものが弱ってきちゃうんですかね。

ウー:食生活が乱れているせいではなく、情報がありすぎて、自分が何を食べていいかわからない。大量の情報の中で、自分で自分を健康にするためにはどうしたらいいか、必要なものは何なのかを考えることが大事だと思います。

プロセスを大事に、楽しみながら……料理も人生も同じ

ウー:だしの中には塩分が入っているものもありますが、おいしいだしであれば、余計な塩分はいらない。塩加減は慣れなので、1ヶ月でもう慣れますから。

前田:減塩というより、自然にその塩加減になったっていうところですよね。

ウー:そうです。おいしいだしを作ろう!

酒井:薄味に慣れてくると、それまで感じられなかったおいしさが感じられるんですね。

ウー:そうですよ。もう鰹節とお昆布で美味しいのに、そこにまた色々入れてしまうのは、豊かになりすぎたせいかもしれない。色々入れるのではなく、できるだけ入れないことを考えたほうがいい。「あれもこれも必要」じゃなくて、シンプルに。それが本当の豊かさですよ。

酒井:なるほど

ウー:食事がシンプルになって、作るのに30分かかったものが15分で終わると、料理にしっかり向き合えたり、余った15分で別のことができるのもいいじゃない。

前田:作業がシンプルだと素材にも向き合えて、ウー・ウェンさんの本にもあるように、たとえば炒めもので、もやしが透き通ってくる変化をじっと見て楽しめたり。

ウー:変化に向き合いましょう。変化は楽しいよ。プロセスが大事なの! 人生と一緒ですよ。人はときどきの変化を楽しむことによって、キレイに出来上がっていく。

酒井:今日、最終回でもいいんじゃないかというぐらい、ウェルビーイングと食の関係がとても大事だと実感しました。

ウー:それしかないのよ。もしかしたら、あと50年したら、”人生200年“っていうかもしれない(笑)。

100年だって一日の積み重ねだから

酒井:コロナ禍でみなさんの生き方、働き方の価値観が変わってきたように思いますが、先生はどう感じますか? 

ウー:変わってると思いますよ。コロナって大変ですけど、神様がいるとしたら、何かわれわれ人類にメッセージを送ってくれているのかもしれない。

酒井:コロナで身の回りの環境や時間の使い方を見直された方もいると思うんですけど、ウー・ウェンさんのお話を聞いて、「食と自分」について見直すことも大事だと感じました。そして僕らはこのことを、ちゃんと伝えていかなければと。

ウー:コロナでできなかったことがあっても、そんなに急がなくていいじゃないですか。

前田:それに気づいたってこともあるかもしれないですね。

ウー:人生は急いでいくと早く死んじゃうから、のんびり、ゆっくりといろんなものに向き合って、向こうに行きましょう。いい思い出をいっぱい持っていきたいじゃない? ものじゃなくて、いい思い出。ものは持っていけませんよ。思い出は全部自分のものだから、いい思い出をたくさん持っていきたいなあと思います。

前田:そこにおいしい思い出がいっぱいあるといいですね。

ウー:そうなんです。料理も人生も一緒!

前田:先生、それ今気づいても遅いですかね。

ウー:大丈夫。よくみんなそう言うんですけど、体質改善だってやろうと思えば、今日からやって、もう1ヶ月後には体は変わるんですから。なぜかと言うと、今日食べたものは明日は残らないんですよ。でも、悪いものを食べるとそれが体に残りやすいんだけど、いいものを食べると、体内で循環してよいものになっていく。いちばん楽なんですよ、食で変えるのが。今日、食べたものは明日の体と心に反映してしまいますから。

前田:そういうふうに思って食べてない気がします。

ウー:人生100年時代と言うけど、毎日の食事が明日の体をつくるわけだから、100年で考えないで、「明日」だけ考える。毎日その繰り返しでいいじゃない。

前田:つい将来のことを考えて不安になったり……。

ウー:そう。だって、今日寝たら、明日起きられるかどうかわからないから。だから、そんな将来じゃなくて、まず明日どうするかって考えましょうよ。そのために、今日は今日で満足できるような生き方をしたいなと思います。毎日「今日、よかった」って思いたいでしょ。

前田:1日の終わりに、「ああ、忙しいな。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」とか思って寝たりするんですよ。

ウー:ダメです。もうできないことはできないよ。考えてもできないのよ。考えてできたら困る人いないでしょ?

酒井:ウェルビーイングって考えれば考えるほど、難しく感じていましたが……

ウー:全然、難しくないですよ。100年だって1日1日の積み重ねですから。未来を考えてもほんとにキリがないの!

以下、ウー・ウェンさんがみなさんのご質問にお答えします。

Q:先生が疲れたとき、エネルギーを補給するときに食べるものは何ですか?

ウー:食べない。寝る。食べちゃダメよ。もっと疲れるから。お腹空きずぎないくらいに、野菜スープでいいから、たまご1個でもいいから食べて、寝ちゃう。頑張って食べるとさらに疲れるので。お風呂に入らなくていいから寝るの。体を休ませる。疲れてるって感じたら、もう体の悲鳴ですよ。

Q:私もコロナ禍で食事の立ち位置を見つめ直すようになりました。今25歳なのですが、ウー・ウェンさんが25歳のご自身にアドバイスできるとしたら、食事のことで、どんなことを話しますか?

ウー:私、26歳で日本に来て、それまで北京ではずっと実家暮らしで母に食事を作ってもらっていたから、それがたいへん恵まれた環境だったと分かりました。日本に来てから、ほんとにちゃんと食べないとどんなに大変なことになるか初めてわかった。だって、自分でつくらないと毎食のごはんが出てこないから。ともかく“若いから何食べてもいい”なんて思わないで、50年後の自分の体を今作っていると考えて、ちゃんと自分の体に合った食べ物を食べていただきたい。ちょうどいいですよ、25歳は。これから料理が楽しくなりますし。料理家になってください! 25歳、感心します。素晴らしい!

Q:中国の方は体調に合わせてお茶にもこだわるとうかがいますが、先生の好きなお茶はなんでしょうか?

ウー:中国にはどのくらいの種類のお茶がありますか? と聞かれたら私もわからない。そのくらいたくさんあるし、“好きなお茶”というのは特にないんです。好き嫌いで飲むのではないから。中国の漢方薬の始まりはお茶です。だから、季節だったり、朝昼晩とか、体調によってお茶を選ばないといけない。あれは全部、薬ですから。お茶は薬。あのね、中国のお茶は全部、烏龍茶というわけじゃないわよ(笑)。発酵しないお茶、発酵するお茶、古くからあって何十年も経ったお茶。良い菌のいるお茶とか、いろんなものがあるんです。できれば調べて、自分に合ったお茶を飲んでください。夏の終わりのこの季節ならたぶん、白茶がいいと思います。発酵していて、体の熱をとってくれるので。

前田:寝る前も飲んでいいんですか?

ウー:飲んでいいですよ。

酒井:その日の体調、季節によって、お茶を選ぶ習慣が大事なんですね。

ウー:日本のお茶のお作法と中国のお茶は全然、考え方が違うの。中国のお茶は実用性の高いものですから。今言ったように薬です。日本のお茶も、日常のお茶は別として、茶道は思想ですよね。全然違う。だから、中国のお茶に親しむためには、何がいちばん大切かというと、お茶の効用を知ること。おいしさ以前の問題です。特に薬を服用している方たちにとっては、お茶は“飲み合わせ“の点でものすごくシビア。お茶は毒を分解するけど、薬は毒だから、分解されると困るじゃないですか。強いて言えば、プーアール茶がいちばん無難かもしれない。

クッキングサロンの壁面に飾られた中国の食風俗を描いた水彩画。

Q:旬の果物が大好きですが、体を冷やすと聞きます。食べすぎないほうがいいですよね?

ウー:なんでも食べすぎはよくない。私も果物になりたいぐらい果物大好き。ぜひ食べて欲しい。キンキンに冷やさないで、常温で食べてください。みんなキンキンに冷やすでしょ。体は内臓に冷たいものが入ったら、免疫力が低下するんですよ。体のエネルギーも奪われるじゃないですか。体を温めるために。だから、自分の体温より温度が低すぎるものを体に入れないのはそういう理由なんですよ。常温で食べてちょうだい。

Q:先生は運動習慣はありますか?

ウー:ないですね。でも、朝からよく掃除をするから、それが私のエクササイズです。家中、全部水拭きをします。そうして体を温めて、汗も出るからシャワー浴びます。

酒井:それが毎日の習慣?

ウー:そうそう。でも、最近は主治医の先生にそろそろちゃんとした運動しろと言われています。しないといけない。たぶん、“そういう歳”なのかも。だって私、来年で還暦だもん。

前田:信じられませんけどね。

ウー:あと、強いて言えば、姿勢を良くしよう。姿勢を良くすれば、たぶん体の歪みが少なくなってくるかもしれない。

前田:先生、姿勢、いいですものね。

ウー:私ね、時間があると壁に背中をつけて5分ぐらい立ったりします。

酒井:じゃあ、無理に運動するとかではなくて日常生活の中で気をつけていらっしゃる。

ウー:そうですね。歪みはいちばん良くない。姿勢をよくしましょう!

酒井:今日はウー・ウェンさんのお話を伺って、この『ウェルビーイング100』というメディアをやっている意味がどこにあるかを考えさせられましたし、やっていてよかったなあとも思いました。

ウー:ほんとですか? 私、あんまり難しいこと言えないからね。

前田:深いことやキーワードがいっぱいお話に出てきました。それを全部、あとでかみしめたいです。

酒井:今日のこの時間が宝物になります。ほんとうにありがとうございました。


ウー・ウェンさん
中国・北京出身、1990年に来日。友人・知人にふるまった家庭料理が好評で料理家となり、1997年には自身のクッキングサロンを開設。医食同源をもとにした料理や暮らしなどを広く伝えている。NHKの『きょうの料理』や日本テレビの『キューピー3分クッキング』などにも出演し、メディアでも活躍。著書に『本当に大事なことはほんの少し』(大和書房)、『ウー・ウェンの100gで作る北京小麦粉料理』、『ウー・ウェンの炒めもの』(高橋書店)など多数。