料理研究家 古積由美子さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理をつくること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、お話を伺ったのは、東京・白山にあるスリランカ料理店『yum-yum kade』店主で、
スリランカ料理教室『Kumbura』を主宰する、料理研究家の古積由美子さん。
長年インド料理教室で講師をつとめ、韓国料理やタイ料理も学んできたなかで行き着いたスリランカ料理の魅力や、いろいろな国の料理を知ること、つくることの楽しさ、もたらされる“豊かなもの”について、語っていただきました。

お話をうかがった人/yum-yum kade店主、料理研究家:古積由美子
聞き手/ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/岩原和子


「牛乳しか飲まなかった子」が「料理で世界とつながる」ことに

前田 まず最初に、いろんな方にうかがっている質問なんですが、古積さんは昔から料理がお好きでこの仕事を始めたんでしょうか? どうして料理をお始めになったんですか。

「世界とつながっていたい、ということからですね。大学では英米文学を専攻して、日本とミクロネシアの子どもの国際交流のボランティアをしていました。最初に入った会社は半導体検査装置のメーカーだったんですけど、そこを辞めたあとに学生時代の縁で、日本にあるミクロネシア連邦大使館から来ないかと言われ、応募して職員になったんです。
もともといろんな国の料理を食べるのが好きで、私の若い頃はまだ今ほどお店はなかったですけど、インド料理とかタイ料理とかを探して食べに行ったりしていました。食文化ってある国を知るのに一番入りやすくて奥深い入り口ですよね。それで、この料理をつくってみたいと思って、インド料理教室を紹介してもらい、そこに10年通って11年半くらい講師をしました」

前田 世界を知りたいと思うときには、いろんな手だてがあるじゃないですか。外国語を学ぼうとか、民族や歴史から入るとか。その中でやっぱり食べることだったんですね。

「はい。食べることと言葉もちょっとやりました。スペイン語をかじってみたり、15年くらい前に韓国ドラマにハマって韓国語を習って、韓国料理を習いに行ったりもしましたし、タイ料理も10年以上習いました。やっぱり結局、食べ物でしたね(笑)」

前田 世界とつながることとは別に、料理は子どもの頃から好きだったんですか?

「私、3歳くらいの頃は何も食べない、牛乳しか飲まない子どもだったんです。親がお医者さんに相談に行ったそうなんですよ。でも、まぁ、牛乳を飲んでいたら大丈夫でしょうって言われて。そんな子どもだったんで、食べることがあんまり好きじゃなかったんですね。
でも、母方の祖母と一緒に住んでいたので、お正月前になると白菜を大量に漬けたり、新巻鮭を切り分けたり、それが最後に残ったら粕汁にしたりとか、そういうのを見ていましたし、母も料理はひと通り何でもする人でした。母は米軍基地に勤めていたので、小さい頃からクリスマスとかサンクスギビングデーには七面鳥とかかぼちゃのパイで、外国っておもしろいなぁ、なんでこんな全然違うものを食べるんだろうって思っていました」

前田 すごいですね。お母さんっていう入り口から、食べるものが全然違う“世界”というものに出会い、そこに興味を持つというところにつながっている。それで、牛乳しか飲まなかった子が、自分で料理をつくり始めたのはどういうことからですか?

「母は何でもつくってくれるんですけど、あんまり器用じゃなかったというか、色合いがよくなくて。私はたまたま私立の小学校に入れられたんですけど、そこは給食じゃなくてお弁当だったんです。今のようなキャラ弁とかはなかったですけど、みんなかわいいきれいなお弁当を持ってくるのに、私のは茶色いんですよ(笑)。おいしいんですけど、茶色いのが嫌で、中学、高校の頃から自分でつくり始めました。母が料理をしているのを台所に立ってじっと見ていたりしたので、どうやってつくるのかっていうのはわかっていたんです」

前田 そうなんですか。で、自分で料理するようになって、牛乳しか飲まない、いわゆる偏食っていうのはどうなったんですか。

「どうなんでしょうか。ちょっとずつ食べられるようにはなっていましたね。自分の娘たちを見ていてもそうなんですが、小さいときは本当に食べないなと思っていても、あるときから、やっぱり高校生くらいの頃から、口が変わってくるというか」

前田 ああ、そうかもしれないですね。

「私も中学生のときには、大分いろいろ食べられるようになっていました。今から思うと、母のお弁当のおかげかもしれないですね。茶色くて嫌だったけど、味はおいしかったので」

前田 茶色は裏切らないですよね(笑)。それで、そうやって自分で料理をつくり始めて、社会人になって、勤めながらいろんな料理を習って……。

「あと国際交流のボランティアは続けていました。ちょっとおもしろいのは、ミクロネシアはインドやスリランカと違ってスパイスがないんです。日本人がやっているコショウのプランテーションはあったんですけど。肉や魚のバーベキューとか、あと多いのはイモですね。タロイモ、ヤムイモ、何ちゃらイモって。お正月にパーティーに呼ばれたことがあったんですけど、行ったら全部何イモ、何イモって(笑)。日本統治時代があったので刺身を食べたりもするんですよ、ライムをかけてとか。わりと素材をそのまま食べる感じですね」

前田 ミクロネシアってスパイスがありそうですけど、そうなんですね。それで、世界の食文化に興味を持って、いろんな料理をつくるようになって、その中で料理をやっていてよかったなって思うことが、いろいろあったんじゃないですか。

「そうですね。料理をやっていると、海外の人と料理の話から入れて、それですぐ親しくなれるっていうのがいいですね。お客さんでもそうですし、どこの国の人ですかって聞いて、その国の料理を言うと、それはもう喜んでくださいます。アジアだけでなくヨーロッパの方とかも、うちの店には欧米のベジタリアンの方が結構来てくださるんですが、あなたのお国にはこんなおいしいものがあるよねって言うと、すごく喜んでくれます」

「むっちゃくちゃ体調がよくなった」スリランカ料理との出会い

前田 古積さんは韓国料理ができますでしょ、でタイ料理でしょ、インド料理でしょ。それでスリランカ料理に行き着いたっていう、この変遷の核心は何ですか?

「私が11年間講師をしていた料理教室は、インド料理がメインだったんですけど、そこの料理研究家の先生があるときスリランカ料理を始めたんです。それで先生と一緒にスリランカ旅行に行って1週間滞在してたら、むっちゃくちゃ体調がよかったんですね。ホテルとか先生が連れて行ってくれるところで3食きちんと食べて、すっごい体調いいなって思って。これを何かに活かしていけないかなとおもしろくなっちゃったんです。
それでそのときに親しくなった、向こうにお嫁に行った日本人のかたたちと、帰ってきてからもLINEで料理の情報とかを交換しあって。あとは日本にいるスリランカ人の先生に習ったり、スリランカ料理の店で、これどうやってつくるのって聞いたりとかして、自分なりに勉強していったんです。で、スリランカの友達になった人のところに訪ねて行って、お宅に泊めてもらって、義理のお母さんやお姉さんに料理を教えてもらったりとかして」

前田 それは楽しそうですね!

「楽しいですよ。で、いろいろレシピがたまっていったんですけど、なかなか発表の場がないので、その料理教室を離れて、自分で料理教室を始めたんですね。スリランカ料理と、あとインド留学の経験がある友達と一緒にインド料理もやりました。
私は料理は「献立」が大切だと思っているんです。インド料理は長年講師をしていましたからいろいろ勉強しましたけど、インドの家庭に入ったことはなかったので、留学していた友達に、この組み合わせはどうなんだろうとかって聞きながら、料理教室をしたりしていましたね」

前田 インド料理とスリランカ料理の違いって、考えたことがなかったんですが……。

「よく聞かれるんですが、言ってみれば日本と韓国の料理ってどう違うんですかっていうのと一緒で、まず国が違うんですっていうのがあります。
でもインドなんてすっごく広いですから、一つの州が一つの国みたいで、州の中でも宗教の違いがあって、コミュニティによって食べるものが違ったりします。スリランカみたいな小さい国でさえ宗教で、まぁ7割がた仏教徒ですけど、食べるものが違う。それにまず気候が、インドは東西南北で全然違いますから。イメージ的には暑い国だと思いますけど、冬場にコートが必要なところもあります。スリランカも結構山があるんで、涼しい場所もあれば、じめじめしているところや砂漠のような土地もあり、それぞれ食べるものが違っています」

前田 では、スリランカ料理の一番の特徴っていうのは何ですか?

「ココナッツを多用するということですね。ココナッツがよくとれるので。ココナッツミルクでカレーをつくるとか、ココナッツの胚乳を削って料理に和えたりするとか」

前田 それの何がそんなに古積さんの体調をよくしたんでしょうね、スリランカ料理の。

「うーん、インド料理に比べて油が少ないので、消化が早かったんでしょうね。負担にならず、胃もたれとかを起こすことがない。インド料理は油にスパイスの香りを抽出させる、という作り方で、油が多いところがおいしさの秘訣だとは思います。南インド料理なんかも野菜が多くてヘルシーって言うんですけど、じつは油が多いんです。

揚げたいわしを載せたカレー。あっさりとしたうま味で評判以上のおいしさ。するすると胃に入っていく感じが気持ちいい。

前田 じゃあ、どっちかって言うとオイルじゃなくてココナッツミルクを使うスリランカ料理のほうが日本人好み?

「そう思います。あと南部の海外沿いとかだと、カツオ節に似たモルディブフィッシュを多用する人もいるので、そこはかとなく、あれ? 和食っぽい? みたいな。ただ、私が料理を習った人たちはそんなに多用しませんでしたね。モルディブフィッシュを必ず使う料理っていうのはありましたけど。モルディブフィッシュをよく使うという地域に住んでいるお義姉さんも、好きだったら入れりゃあいいのよって言っていて。
でも私も感じたのは、魚料理がメインの場合は副菜にモルディブフィッシュが入っていても気にならないんですけど、例えばチキンカレーがメインのときに副菜にモルディブフィッシュが結構入っていたりすると、私の舌にはバランスが悪い。お店で出すときも、それを入れるとおいしくはなるかもしれないけど、ベジタリアンの人が食べられなくなっちゃうので、副菜には動物性のものを入れないようにしているんです」

料理は人と人の関係も“育む”もの

前田 さっきおっしゃった「料理は献立が大事」っていう、そこをもう少し聞きたいんですが。 

「はい。例えば今言ったように、肉がメインのときに魚の味はいらないよって、私の舌では思うんですね。で、スリランカ料理は手食、手で混ぜて食べるので、全部が汁っぽいものばかりだとじゃぶじゃぶになって食べられない。なので混ざりがいいように、ぽってりしたものやドライなものを添えて、一緒に混ぜて口に入れるとか。向こうの人は手で料理を触った感じで、ちょうどいい、おいしい混ざり具合がわかるんですよ。
献立では、これにはこれを使わないとか、これには絶対これをつけるとかがあって、例えばインディアーッパっていう米の麺には、必ずポルサンボーラっていうココナッツのふりかけのようなものがつきます。それにさらに汁っぽいココナッツミルクのカレーとかがあると万々歳という感じで、その3品を混ぜて手でおいしいのがわかるんです」

前田 本当かどうかわかんないですけど、日本人は口中調味が得意だって言うんですよね。おかずとご飯を一緒に口に入れるとか、一つの料理を単体で味わうというよりは、口の中で合わせた味を楽しむというか。スリランカでは手で混ぜるわけですけど、だからこそメインと副菜の組み合わせが重要なんですね。

「そうですね。一つだけ混ぜて食べてもいいし、いろいろ混ぜて自分はこの食べ方が好きなんだっていう。味変じゃないですけど、合わさった味というのがね。だからわりと一つ一つの味は単調だったりするんですよ。あれ? って思うんですけど、混ぜるとおいしい」

前田 スリランカのお友達のおうちに行って、そのご主人のお母さんのお料理とかを召し上がって、何か気づくことはありました? やっぱり家庭ごとにいろいろあるんですかね。

「いろいろありますね。スリランカの人ってあんまり外食はしなくて、うちの料理がNo. 1だと思ってるんです。人のうちの料理を「あっちのうちの作り方はおかしいんだよ」って言うんですけど、おかしくはないんです(笑)。だって、うちの味噌汁と隣の家の味噌汁はもしかしたら味噌も違うし出汁も違う、ということじゃないですか。だけど、おかしいんだよって言っちゃうくらい、自分のお母さんのが一番だと思っている。組み合わせもそうで、向こうの友達いわく、インディア―ッパの時にはココナッツのふりかけみたいなのを出さないと離婚問題に発展するっていうくらい」

前田 へぇーっ、何かお聞きしていると、スリランカ料理って、日本とか韓国とかタイとかもそうですが、東洋の料理には全部通じる何かがありますね。お母さんの味が一番とかも含めて。

「そうですね。それで私は最初に行ったときはとにかく、あれもこれも習いたいって、わーっと十何品習ったんです。で、あとから組み合わせをどうしたらいいっていうのを相談したりしていましたけど、最後に行ったときには朝食のメニューを教えてくださいとか、こういうふうに組み合わせを教えてくださいというように習いました」

前田 一品一品の料理ができても、それをどう食べるのかを知らないと、その国の食文化には触れられないですよね。それで、スリランカではどんなことが一番印象的でしたか。

「うーん、やっぱり家庭にアーユルヴェーダが根づいていることですかね。主婦だけじゃなく、どんなおじさんでも、こういうときにはこの葉っぱがいいっていう知識があって。友人が嫁いだ家のお義姉さんは朝イチで青汁の粥みたいなのを食べるんですね。最近ではそれをしている人は少なくなっているようですけど、庭にある葉っぱを組み合わせて、ココナッツミルクで煮て、ご飯はほんのちょっとだけの。1種類の葉っぱだと強すぎたりするので、大体2〜3種類を、これは咳が出るときにいいとかって、ゆるーく体にいい感じのものを合わせるんです」

前田 それは立派ですね! 日本にそういうものがあるとしたら何だろうと思ったんですけど、今はあんまりない気がしますね。正月に七草粥食べるとか、年に一度やってる場合じゃない(笑)。スリランカでは普段家庭で食べているものが健康のもとというか、サプリ的なんですね。

「そうです。もちろん経済状況なんかで、そんなにいろいろつくれないとかはありますけど。でも暑い国なので、おイモはごろごろできるし、そのへんに何でもなっていたりするんです。お金に困ったらジャックフルーツ食べとけ、みたいな(笑)」

前田 おもしろいですね。私、これまでスリランカにあんまり興味を持ったことがなかったんですけど、お話を聞いていて、すごく行きたくなりました。

「今はちょっと国自体が破綻しちゃってて、暴動が起きたら一般市民は外出禁止になるし、物もなくなってスーパーもスカスカみたいで。友人には少しでも穏やかな気持ちになれるよう、好物を送ったりしているんです。
スリランカの人は日本がすごく好きなんですよ。20年ほど前に、津波があったときに一番最初に助けに行ったのが日本人だったそうで、そういう歴史もあって、すごく親日的です」

前田 それにしても料理って不思議ですよね。牛乳しか飲めなかった子が自分で料理をつくるようになって、どんどん食べられるようになって、外国の料理もつくるようになって。

「料理つながりで友達も増えますしね。あんまり利害関係のない人間関係がつくれます。お店をやっていても、近くのお店の人が来てくれて、お互い気に入れば行き来しますし。イベントなんかにもいろんな人が来てくれて、次は何をやるんだろうってすごく楽しみにしてくれたりして、料理をやっててよかったなと思いますね」

前田 料理はもちろん経済活動の根幹にもなるし、そうやって人間関係もつくれるし、本当にいいですよね。では最後の質問なんですが、古積さんにとって料理とは何でしょうか?

「そうですねぇ、料理って何かを『育む』ものかな。いろいろな料理や味も育みたいし、料理を通じての人間関係も育みたいし。とにかく『育むもの』、ですね。
それにやっぱり、おいしいって言われるとうれしいんですよね。料理でも絵でも何でもそうなんですけど好みがあるので、おいしくないと思う人もいて、それは仕方ないことなんですけど、やっぱりおいしいって言われるとうれしい。お店でお客さんが帰りしなに、すごくおいしかったです! って言ってくれると、もうそれですべてOK! なんです」

東京都文京区・白山にある古積さんの店「yum-yum kade」はスパイス発信基地でもある。

古積由美子(こづみゆみこ)
東京・文京区「yum-yum kade(ヤムヤムカデー)」店主、料理研究家。都内インド・スパイス料理教室にてインストラクターコース終了後、11年間講師を勤める。
2016年独立し、「Kumbura(クンブラ)」の名で料理教室を主宰。2019年スリランカ料理を中心としたスパイス発信基地「yum-yum kade」を開店。レストランの他に料理教室、イベントなども開催する。