テクノロジーが拓くアートの未来

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの生活に様々な変化をもたらし、アートの分野にも大きな影響を与えました。2020年4月に緊急事態宣言が発令された際には、コンサートやライブなど、劇場やライブ会場での舞台芸術活動がほぼすべて公演中止や延期となり、また美術館・博物館の多くも閉館を余儀なくされました。
そのような中、デジタル技術をアートに活用する取り組みが急速に進み、アートの新たな楽しみ方が広がっています。コロナを経験して、改めて人生におけるアートの価値を見つめ直した人も多いと思います。今回は、コロナ禍で変化した人々のアートとのつながり、楽しみ方について考えます。

文/的場康子(まとばやすこ)
第一生命経済研究所ライフデザイン研究部 主席研究員
専門分野は、労働政策、子育て支援など
イラスト/ながおひろすけ


デジタル化の推進による新しいアート体験

新型コロナウイルス感染拡大後の大きな変化の一つは、インターネットによる音楽イベントや美術鑑賞の機会が急速に増えたことです。オンライン配信により、これまでチケットの入手が難しかったコンサートにも参加できるチャンスが増えましたし、時間や場所の制約があって美術館やコンサートに行けない場合でもオンラインによって楽しめるようになりました。

文化庁の調査によれば、今や多くの人が、有料であってもインターネットによるオンライン配信で「コンサート等の音楽イベント」を楽しみたいと思うようになりました(図1)。「演劇・ミュージカル」や「アーティストとの交流イベント」は、特に若い人ほど関心が高いようです。最新のテクノロジーにより、アーティストと一体感を感じながら、希少性の高いライブ体験を楽しめる可能性が広がっています。

また、ライブ配信を視聴して、ネット上でチケット代等として金銭やポイントを送信し、応援する気持ちを表す「投げ銭」も広がりをみせています。投げ銭にコメントを添えることでアーティストとコミュニケーションをしながら一緒に盛り上がる感覚も楽しめるなど、オンラインによるライブ体験の新たな楽しみの追求が進んでいます。

テクノロジーの開発が進み、リアルとオンライン、それぞれの良さと楽しみ方の追求、さらにはリアルとデジタルとの融合という新たな価値創造も期待されています。例えば、最新のリモート通信技術の開発により、オーケストラと離れた場所にいる演奏者の音や映像を結んで、観客がいるコンサートホールで「合奏する」リモートコンサートなどの実証実験が実施されています。離れた場所にいる演奏者同士が同時に演奏しても、タイミングのズレを低減し、リアルでの演奏と同じように一体感のあるアンサンブルを目指しているということです。こうした技術の進展により、例えば東京と地方、あるいは日本と海外とを結んだコンサートが実現できれば、演奏者や観客の移動コスト等を抑えつつ、離れた場所にいる演奏家同士であっても一体感のある演奏会を各所で開催できるようになり、多様な演奏家によるコラボレーションを楽しめる機会が広がります。

もう一つのリアルとデジタルの融合の例として、デジタルアートを体感するミュージアムがあります。最新のテクノロジーにより、クロード・モネの「睡蓮」などの絵画を「鑑賞する」だけでなく、特別な音響効果と、壁や床に投影される映像により、絵画の世界観を全身で体感できるミュージアムなどが企画されています。デジタルアートをリアルに全身で感じる空間としてのミュージアムに、新しいアート体験の可能性を見ることができます。

アート鑑賞はやっぱり “リアル”がよい?

このように、リアルとオンラインによりアートを楽しめるようになりましたが、実際、音楽や美術が好きな人は、劇場で生演奏を聴いたり、美術館で現物を鑑賞したりするリアルでの鑑賞と、インターネットによるオンラインでの鑑賞との違いをどのように感じているのでしょうか。

アンケート調査によれば、音楽が好きな人、美術が好きな人ともに、「リアル鑑賞」の方が楽しめると答えている人が圧倒的に多いです(図2)。特に美術が好きな人は、4人に3人が「リアル鑑賞」が楽しめると回答しています。美術鑑賞はやはり美術館で楽しみたいと思っている人が多いようです。

また、生きる力を与えてくれることを実感できるのは、リアル鑑賞でしょうか、オンライン鑑賞でしょうか。これについてたずねたところ、音楽が好きな人も、美術が好きな人も「リアル鑑賞」が約6割で多数を占めているものの、「特にこだわらない(いずれも同じ)」が3割強となっています。オンライン鑑賞であっても、生きる力を与えてくれると思っている人が一定程度いることがわかります。

デジタル技術がもたらすアートのある幸せな生活

今まで当たり前だと思っていたリアルでの鑑賞ですが、コロナ禍によって、改めてその価値に気づかされることとなりました。それは時間や空間を共有する人々や作品との一期一会の出会い、あるいは心揺さぶられる感動であり、さらに一瞬で儚く消えうるからこそ心の奥底に残る貴重な体験となるものです。このようなリアルでの鑑賞の価値は普遍的であり、オンライン鑑賞が広まっても、容易に失われることはないでしょう。

他方、オンライン鑑賞でも「生きる力」をもらえることを実感している人は音楽・美術とも多く、それが今回のコロナ禍によって浮き彫りになった「オンライン鑑賞」の価値の1つであると思います。場所や時間を問わず、どこでもいつでも鑑賞できるというアクセスのしやすさによって、多くの人がアートを身近に感じて、「生きる力」をもらえる可能性を広げています。

また、「オンライン鑑賞」のもう1つの価値は、アーティストを応援する気持ちを伝えられることです。音楽でも美術でも、アーティストを応援する気持ちを伝えたいのは、リアル、オンラインのどちらでも同じであり「特にこだわらない」という人が3割以上となっています。オンライン鑑賞の広まりにより、アーティストの活動を守り、支援するというサステナブルな意識も醸成されました。

今後ますますデジタルでの情報発信技術が進むと、音楽や美術などの芸術・エンターテインメントをオンラインで享受する機会が増えていくでしょう。最近ではインターネット上の仮想空間でアバターなどを用いて行動する環境、いわゆるメタバースなど、仮想空間におけるアート表現が急速に発展しています。

また、従来の絵画などのアナログ作品では自筆サインなどによって、その作品の唯一性を証明できます。一方、デジタルアートの分野では、データの複製が可能であったり、コンセプトやパフォーマンスなど作品形態も多岐にわたるので、唯一性の証明、所有権を示すことの難しさがありました。そこで注目されているのが、NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン。デジタル空間上での唯一性を証明し、そのコンテンツの所有権を示す)のアートへの活用です。デジタルアートにNFTを付与することで、作品データやコンセプトの売買が可能となります。こうした「NFTアート」の市場が活性化すれば、アーティストへの新たな支援にもつながります。

アーティストを応援したいという多くの人の気持ちをオンラインでも伝えることができれば、文化の発展にもつながります。また、私たちにとっても、日々の生活のなかで、何かを、誰かを応援することは幸せにつながります。人を助けたり、優しくしたりすることで幸せな気持ちをもたらす「オキシトシン」というホルモンが分泌されると言われているからです。

テクノロジーの進化はアートの楽しみ方を広げました。一人ひとりが楽しみながら主体的に人生を創造しようとすることは、さらなる文化発展のみでなく、私たちに生きる力を与え、幸せな生活への扉をひらくものとなるでしょう。