「“親になる”とは、どういうことでしょうか?」(ゲスト:ミュージシャン/坂本美雨さん)

これまでになかった視点や気づきを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第11回は、ミュージシャンの坂本美雨さんです。音楽活動にとどまらず、多方面で活躍中の坂本さん。6月には『ただ、一緒に生きている』という子育てエッセイを上梓し、話題を呼んでいます。人はどのようにして親になるのか、子は何を教えてくれるのか。難しいテーマですが、坂本さんの素直で気負わない言葉が印象に残る、楽しいインタビューになりました。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/中川和子


親になる自信はなかったけど、根拠のない覚悟はあった

酒井:本日は「“親になる”とはどういうことでしょうか?」というストレートなテーマで、坂本美雨さんにいろいろお話を伺ってみたいのですが、今年の6月に『ただ、一緒に生きている』が出版されて話題になっています。この本は、美雨さんが子育てについて書かれた本なんですか?

坂本:そうなんです。新聞で6年間、今まで連載してきたものを1冊にまとめています。まだ連載は続いているんですけれど、とりあえず小学校入学までで区切っています。プラス、半分以上は書き下ろしです。

酒井:6年も連載ってすごい!

坂本:月に1回なんですけどね。ゆるゆると続けさせてもらって。

酒井:本にまとめてみていかがですか? 

坂本:「はじめに」にも書いたんですけれど、ほんとに私は記憶力が悪くて、どんどん大事なことを忘れていくので、書いておいてよかったなあと思うことがいっぱいあります。自分が忘れるって最初からわかっていたので、書き留めようとあらゆる日記を買ったんですけど、3年日記、5年日記、10年日記(笑)。1行ずつなら書けるかなとか、やってみたんですけど無理で。かろうじてこの1ヶ月に1回の連載と、あとはInstagram(インスタグラム)で写真とともに不定期に綴るというのはずっと続いています。

酒井:Instagramをずっと拝見してるんですけれども、勝手ながら、お子さんの成長を追いかけているような気分で、とてもおもしろいなあと思うんです。今日は子育てについて悩まれている方も多いと思うんですけれど、まあ「悩み相談」という感じではなく、美雨さんの価値観とか知りたいと思っています。美雨さんの中で親になるっていうことを、どういうこととして受け止めていたんですか?

坂本:難しいですね。「親になったんだ」って未だに嘘みたいに思うときもありますし、なんだか親っていうプレイをしているみたいな感じになるときもある。(本に)ちょっと書いたんですけれど、ほんとに演じてるみたいなときもあるし。

酒井:親という役割を演じている、みたいな。

坂本:そうそう。「いいお母さんを演じてるみたい」と思ったりもするし。親になるっていう覚悟ができて生んだわけではないということですね。猫を飼うのがそうなんですけど、みなさん「責任を負う覚悟ができていない」と。で、私も覚悟なんかできていなかったし、できるときってこないんじゃないかなと思っていて。逆に自信満々に「私は親になる覚悟ができています」っていうほうがちょっと危ないというか(笑)。そんなに自信が持てるものでもないと思うので。きっと自信のないまま始まって、だんだん探っていって、たまに自信がついたり、でも途中で失くしたり、っていう繰り返しなんじゃないかなあと思うんです。

酒井:「覚悟を持つ」とか「責任を持つ」というと、そういう暗示をかけたり、自分の呪縛になりそうですね。

坂本:そうですね。「責任を負えます」って自信満々なときは絶対こないと思うんですけど。でも、たぶん「根拠のない覚悟」というのはできると思う。何がなんでも幸せにする、みたいな(笑)。その根拠のない覚悟、自信ですね。それだけはありました。

酒井:それがどこからくるのかはわからないけれども、根拠のない自信はある。

坂本:根拠のない覚悟……それはもしかしたら、何があっても、自分を犠牲にするぞとか、そういうことかもしれないです。「自分は何を失ってもいいけど、この子だけは幸せにする」とか。そういう極限を想定して「いける」っていうときが、もしかしたら覚悟なのかもしれない。何か根拠があるわけではありませんが。だから、絶対に自信が持てるときはこないと思うけど、子どもと一緒に自信がついてくるときもあるだろうし、でもまた、ついた自信が砕け散るときもくるだろうし。その繰り返しなんじゃないかなあ。

酒井:自信を失うときってどうしてるんですか? これまで何回かありました?

坂本:うーん、どうしてるかな。あったかな。そういうものすごく決定的なことはまだ子どもが小さいからないですけど、でも、この先何かしらあるだろうなとは思っています。だって、ほんとうに何が起こるかわからないから。これから先、人にすごく迷惑をかけてしまうようなことが起こるかもしれない。そういうことで親としての自信を失くしたり「育て方を間違ってたかな」と思ったりすることって、きっとあると思うんです。でもね、しょうがないというか、今できることをやるしかない(笑)。

子どもは一時、預かっているもの

酒井:前田さんはこの『ただ、一緒に生きている』っていう本を読んで、いかがでしたか?

前田:美雨さんが、妊娠したときの気持ちを、「私は猫を愛するように子どもを愛することができるだろうか、不安」ってすごく素直に率直に(笑)。私も猫が大好きで、今まで10匹ぐらい飼ったんですけど、実は私には子どもがいないんです。生んだことがないから、私が子どもを妊娠したら、美雨さんと同じような気持ちになるかもしれない。「猫を愛する以上に子どもを愛せるかな?」って思うかもしれないと思ったら、スッと入っていけて。

坂本:ありがとうございます。

前田:子どもを生んだときに「あ、これって、循環の中にいるんだな」って記述があったと思うんですけど、それはどんな感じですか?

坂本:その循環をすぐに感じたわけではないんです。生まれていちばん最初に感じたのは、「あ、別々の人間だなあ」。もう生まれた瞬間に別の人生がスタートしている。よく「子どもは自分の分身」っておっしゃる方もいたり、感じ方って人それぞれだと思うんですけど、私の場合は、自分の分身というふうには全然思えなくて。「わあ、こんなにバラバラな私たち(笑)。別の人間が生まれてきたなあ」って。生まれた瞬間からどんどん離れていくばかり。だから、生まれた瞬間からせつなかったですね。

酒井:時間を経て、不思議なところが似てるなあとか。

坂本:血のつながりはとても感じることがあります。私に似ていたり、または父や母に似ていたり。バラバラだなあと思いつつも「そこはすごいわかるなあ」とか、「そこは似ないでほしかったなあ」とか。

一同:

坂本:不思議ですけどねえ。この本の中で佐治晴夫先生*とお話させていただいていて、「子どもは宇宙から預かっているものだ」というのはとても納得がいくし、感覚として自分の所有物ではなくて、ほんの一時、自分が養育させてもらっている社会に戻すもの、大きくは宇宙に戻していくものっていう、ほんの一時、ご縁のある関係なんだなあというのは、だんだん思いますけどね。

※佐治晴夫……理学博士(理論物理学)。東京大学物性研究所やNASAなどで研究生活を経て、現在は鈴鹿短期大学名誉学長、美宙天文台台長などを務める。全国の小中高校で「宇宙といのち」の特別講義を続ける宇宙研究の第一人者。

前田:そうなんですね。だからこそ「怒る」っていうのと「叱る」っていうのについて考えていらっしゃる。

坂本:自分の感情だけで怒っているのか、ほんとにその人、彼女のことを考えて叱っているのか。その線引きがやっぱり難しいし、私はすごく感情的な人間なので、感情のままに叱ってしまうんだけど。でも、それをすごく反省することが多いです。彼女のためじゃなくて、「今、自分が親としてどう見られるかっていうのを気にしてたなあ」って思うこと、連載でもそう思ったときのことを書いたんですけれど。もうそれはずっと続いていて、いつもありますね。

前田:むずかしいですね。

坂本:むずかしい。意外と人の目を気にしない人間だと思ってたんですけど、親というカテゴリーになった途端に、すごく気にしてる。

酒井:さっき「親という存在をプレイをしているみたいに感じるときがある」っておっしゃいましたが、いわゆる世間一般の親ってこうあるべきだっていうのを演じてるってことなんですか?

坂本:そうですね。ほんと、そういうのとは遠くありたい性格のはずなのに、やっぱり「あの子、ちゃんとしつけされてないのね」っていう目で見られることを怖がっていたりとか。人に迷惑かけることを必要以上に気にしていたりとか。そういう一面があるんだなあと思っています。

酒井:そういうときに、自己嫌悪になったりしますか?

坂本:ええ。「なんでこんな、型にはまってるんだろう」とか。ママ友を見て、考え直したりすることもあるし。ほんとうに子どもに寄り添って、必要なとき以外は言わないっていう忍耐強いお母さんもいるし。

前田:忍耐。

坂本:自分がちゃんとしてないくせに、ちゃんとさせたがりなんじゃないかなあ(笑)。

一同:

坂本:娘からしたら、全然説得力がないんだけど。

酒井:そんなとき、ご自身はどういうふうに育てられたかとか、記憶を頼りにすることはあるんですか?

坂本:そうですね。それがどこからきてるのかは何となくわかっていて。自分が子どもながらに場の空気をすごく読んで、親とかまわりの大人が今、仕事に集中しているから、話しかけちゃいけないとか。親の仕事関係の人にはちゃんとあいさつをしなきゃとか。そういうのをけっこう感じ取っていたから、無意識にそうさせようとしているのかもしれないなあとは思っていて。ちょっとそのへんをピリッとさせてしまうことがあるんだけど、でも、自分に余裕があるときは「あ、そんなふうに子どもに気をつかわせちゃいけないよ」って思うんですよ(笑)。だからすごく娘は大人びてはいるんですけど。

前田:そうね。女の子だし。

坂本:うん。大人にさせちゃったなあって。もっと無邪気でいる時間が長くてもよかったのに、早かったかもなって思ったりもしますけど。

自分が子どもの頃に必要だったものを、自分の子がくれる不思議

酒井:自分が親になってお子さんと過ごすうちに、だんだん美雨さんの中で変化してきた価値観とか、たとえばどういうものがありますか?

坂本:ビックリしたのは、この本の結論ともいえるようなことなんですけど、子に許されているということ。自分が親から欲しかったこととか、欲しかった言葉とか、必要としてた愛情とか、全部子どもがくれるという。時空が歪むみたいなことが起きていて、ビックリするときがあるんです。子どもがほんとに親みたいだったり、親以上の菩薩みたいな瞬間があって「なに、今の?」って。だから、時空を超えて、子どもの私に言いにきてくれたっていう感覚が、この本ですごく大事な、私が綴りたかったことですね。

前田:やっぱり、預かってるなって感じですね。

坂本:ほんとに。預かってるし、きてくれたっていう感じというか。そのスピリチャルな意味じゃなくて、巡り巡って、ちゃんと必要なものを私自身にも与えにきてくれたと思うので、そういう意味でさっきおっしゃった「循環」を感じるんですよ。一方通行ではない。

前田:私が今、ここにいるのって突然いるわけじゃないんですよね。だから、美雨さんがいるのもきっと何かの循環の中にいるんだっていうふうな、子どもを持つと、きっとよりわかるんでしょうね。

坂本:そうなのかもしれないです。だから、子どもと接する中で、自分が自分自身の小さい頃のこと、自分の子どもの頃に必要だったこと、押し込めてきたこととか、いっぱいフタが開いちゃったような感じ。

酒井:確かにそのフタを子どもが開いてくれる。子どもに頭をヨシヨシされただけで、ただこうして欲しかっただけだったのかもって、僕もパカっと開いて。

坂本:あれが不思議で。だから今回、初めて自分の生い立ちを書いてみたんです。必然性がなければ、書かなくてもよかったというか。私の生い立ちというのは、自分の、今も現役の音楽家でもある父親、母親についてもふれなきゃいけないことだから、あえて今まで話す必要があると思っていなかったし、迷惑がかかっちゃいけないなと思ってたんですけど。でも、今回はこの本にはそれが必要不可欠なんだなあって思えたのは、やはりそれがあったからで。自分がどういう育てられ方をして、小さい頃、どう思ってきたのかっていうことが、ほんとに色濃く自分の子育てによって、引き出されてきたし、反面教師にもなっていたりするし。だから、それを書くことで、今回、いろんな方向から自分の子育てを書けたなあと思っています。それによって、この本自体にちょっと客観性も出てきたというか。書いているあいだは「私の子育てとか、私の生い立ちとか誰が読みたいんだろう」みたいな(笑)、「誰が興味あるのかなあ。こんな自分語りをずっとしていて、恥ずかしいなあ」って思ってたんですけど、一冊にまとまって、自分が子どもとして、親としてという両方を見てみたら、なんというか、ひとつの愛の形みたいなこととして、客観的な一冊になったなあと。

前田:そうですね。だってそうじゃなきゃ、こんなタイトル出てこないです。

坂本:そうですか? ただこれはタイトルが決まらなくて、編集者ふたりが文章の中から抜き取ってくれて。ふたりとも打ち合わせなしに、この一文を選んでいたので。

酒井:ウェルビーイングの研究の第一人者の石川善樹さんという方がいらっしゃるんですけれど、beingって一緒に「いる」っていうことで、それがとっても大事で、大人になってからの関係は、一緒に何かを「する」から始まっちゃうから、仲良くなれる人が一握りしかいない。でも、子どもたちって、学校のクラスとかでも、ただただなじめなくても、一緒にいるところから始まる。そこから一緒に時間を過ごしたり、一緒にいる。時間をともに過ごした関係性って、大人になってからも続く可能性がとても高いみたいで。だから、昔の友達が多くて、大人になってからの友達が少ないって、たぶんそういうことだと思う、みたいな話をしていただいて「いる」から「なる」、そして「する」みたいな順番が、関係性としてはいちばんスムーズに。

坂本:ああ、なるほど。

酒井:まさに美雨さんの本のタイトルがそうなっているんで、「これは美雨さんにお話しを聞くしかない」と。

坂本:私はいつも、人との関係は「質より量」って言ってて(笑)。語弊があるかもだし、たとえば、家族になるとまたちょっと違うんですけど、まだ独身の頃とか、恋人とどれだけ一緒にいたいかというのは、カップルによって違うじゃないですか。私は「質より量だ」ってずっと言っていて。デートの時間、どこか連れて行ってくれたり、美味しいものを食べたりっていうのももちろん嬉しいんだけれども、ただいる、ただふたりでいるっていう時間がすごく欲しかった。だから、それも元をたどると、親ともっとただ一緒にいたかったとか、そういうのもあるのかなと思います。確かにそのbeingってことをずっと求めていたのかもしれませんね。

前田:「その人が自分になにかをしてくれないとその人のことを認めない」じゃなくて、「being=いる」っていう、お互いがいることだけで認め合えるのがいいらしいんですよ。

坂本:なるほど。

酒井:美雨さんの冒頭の話に出てきた根拠のない自信というのは、「ずっと一緒にいるよ」という決心

前田:根拠のない自信で「何があってもこの子を守るぞ」って思ったっていうのも、それこそbeingですよね。

坂本:そうですね。何かを達成させるとか、何かに育てあげるとか、立派に育て上げるとか全然思ってなかったから(笑)。

みんなで育てることで、多くの“逃げ場”ができる

酒井:いろんなことがつながってきましたね。そういう一緒にいる時間の中でも、関係づくりとか、お子さんとの距離感だったり、大切にされていることはありますか?

坂本:最初、自分が子ども持つとなったときに「自分の価値観だけでは怖いな」と。自分の影響だけ受けて人間が育つとしたら、ほんとに恐ろしいことだと思っていて。やっぱり、それは自分に自信がないから。こんなにブレブレな(笑)人間のことを正しいと思って生きていっちゃダメだよと思って。

酒井:そういう会話はされるんですか?

坂本:それも今はしますけど。じゃあ、いろんな人の影響を受ければいいんだと思って。私は自分自身には自信がないけれども、自分の好きな人たちがいい人たちだってことにはとっても自信がある。だから、私の好きな人たちの影響をたくさん受けてもらおうと思ったんです。みんなで育てようと思って。私は仕事の復帰が早かったんですけど、産後2ヶ月でベビーシッターとマネージャーの力を借りて、ラジオのレギュラー番組に復帰したんです。だから、生後2ヶ月からスタジオで育って、スタッフさんとか、いろんな人が一緒に手を貸してくれて育ってきて。で、私の友人たちとどこ行くのも一緒で。ほんとうに私の友人たちも親戚のように思ってくれているし。Instagramとかで綴るようになったのも、その流れのひとつで、いろんな人に見守ってもらうという意識は強いですね。

(ここで別室で待っていた坂本さんのお嬢さんが様子を見に来る)

坂本:今日は本番中、ヘアメイクさんが見てくれてるんですけど、ほんとにいろんな人が見てくれてて。このインタビューが終わったら、ラーメン食べに行く約束なんです(笑)。

酒井:ああ、そうなんですか。もうちょっとで終わるから待っててね(笑)。でも、子育てをひとりで全部を引き受けてたら、ほんとに壊れる。

坂本:いや、つらいですよ。

酒井:お互いに逃げ場もなくなりそう。それをすごく早い段階からみんなに協力してもらって。

坂本:そう。自分も逃げ場が必要だし、子どもにも逃げる場所をつくってあげたいという気持ちで。夫も私も共通の意識があって。夫も仙台の自転車屋さんの息子なんですけど。実家は、お父さんお母さんとおじいちゃんおばあちゃんがいて、お兄ちゃんと弟もいて、お店に行けばお客さんがいて、従業員の方がいてという、いろんな人と関わって育ってきたみたいなんです。私も状況は違うけど、そうだったので。やっぱり、いろんな大人と触れ合って、いろんな価値観を肌で知るのがいいねえというのが、唯一、方針として話し合ったところかな。

酒井:お互い逃げ場がある、そしてたくさん逃げ場があるっていうのって、とってもいいですね。そういう気持ちがちゃんとセットされてるから、Instagramを拝見していても、勝手に親になった気分で見られるので(笑)。

坂本:嬉しいです。あとは、遠くにいる友人たちに一緒に見守ってもらうというのも、ひとつ意識していることでもあるんです。それは自然災害とか、そういうのが多い国ですから。もっともっとこれから世界中で多くなってくるから、現実的な意味で、逃げ場をつくるという意味もあって。いつでも、娘だけでも「いってらっしゃい」って言えるように、いろんな土地に友人がいて、熊本に友人が住んでいたり、青森にいとこがいたり。何かあればすぐ、送り出そうと思って。

“居場所”は多いほうがいい

前田:先ほども話に出ましたけれど、ウェルビーイングの研究者である石川善樹さんが「居場所」が多いほど、人はウェルビーイングの満足度が高いという研究結果をお話しされてました。そういう意味ですごくいいですね。

坂本:やっぱり、ひとつの場所しか居場所がないと、安心できない可能性が高いですよね。いくつかの異なる世界に安心できるところがあったらいいですよね。

前田:それはもう最高ですね。

坂本:自分にもいろんな顔があったし、いろんな人に見せる顔が少しずつ違ったり。それって悪いようにも捉えられるけど、いい部分もあって。自分の場合は言語も違ったので。ニューヨークに9歳から行って、英語になるとちょっと快活な自分になる、アメリカ人になれるから、キャラクターが違うという逃げ場になったり。それってちょっと客観性を持つことにもつながると思うんですね。ひとつの自分に閉じこもらないで、ちょっと自分を俯瞰で見たときに「あ、こういう自分を演じているけど、これも楽しい」って思えたり。

前田:居場所がいっぱいあるんだけど、すべてをここが自分の居場所だと思えない人もいるみたいで。それは大変不幸なことだと思うんです。美雨さんの場合は、そのときどきで、どこか客観的に自分のことを見たりして、それがまた楽しかっただろうし。

坂本:また、この年になっても、BTS*を推し始めて(笑)、BTSというこの素晴らしい世界、BTSとARMY(アーミー)*、ファンダム*の中で、また新しい居場所を見つけてしまって。こんなに幸せなことはない。こんな場所があったんだ!って。何歳になっても新しい居場所って見つかりますよね。

※BTS……韓国を代表する、世界中で人気を博すボーイズグループ。正式名称は「防弾少年団」。2022年、ホワイトハウスを訪問し、バイデン大統領と面会したことでも話題になった。
※ARMY……BTSのファンの名称。
※ファンダム……熱狂的なファン集団。ファン(fan)と、kingdomやfreedomなどに使われている「dom」を組み合わせた造語。

前田:そうですよね。それはすごくいいですね!

坂本:ぴったりのところが絶対あると思うから。

酒井:サバ美(坂本さんの愛猫)は僕の居場所。

坂本:ほんとに? 

酒井:音声つきでゴロゴロを聴いて、家族に見せますよ(笑)。

坂本:嬉しいです。猫コミュニティっていうのも一つの居場所ですね。それはSNSのおかげで日本全国に広がって。直接、会っていなくても、見守ってる猫っていますからね。

前田:いますね。「ネコ吸い」という言葉も美雨さんがつくられたんですよね。

坂本:はい。今度は、長崎に住んでいる猫友達の家に泊まりに行くんですよ。ほんとにそうやってつながってる。

酒井:居場所をたくさんつくるとか、みんなで育てるって発明だなっていうぐらい、すごく心が軽くなる。その分、自分もたくさんステキな人と出会いたいなとも思うし。
 
坂本:そう、だからまず親が楽しい友達と一緒にいるっていうのがけっこう近道な気がします。子どものためにとか、この習い事をしたらその友達ができるんじゃないかとかよりも、意外とほんとに親がフェスに行ったりとか、そういう友達のいる中に、子どもを一緒に放り込む、一緒に行くっていうほうが。「子どもが楽しめないんじゃないか」とか、心配される方もいらっしゃると思うんですけど、親が楽しんでいる姿を子どもも見て、一緒に楽しんでくれたりするんですよね。

前田:そうなんでしょうね、きっと。

坂本:あとはいろんな大人を見るというのは、中には、立派な大人だけじゃなくて、ちょっとだらしなかったり、社会的にダメなところもたくさん見るというのは、けっこう大事かなと思っていて。「ああ、これでもいいんだ」とか、「こんな大人もいるんだな」とか。社会的にいろんな人を排除しないということにも繋がるかなと。私が小さいときはほんとにもっと、もっともっとこの音楽業界にダメな大人がたくさんいたので(笑)

前田:いますよね(笑)。

坂本:今はけっこうちゃんとしてるじゃないですか、音楽業界も。以前はもっと破綻した人がたくさんいたから。「ああ、こういう人もいるんだ」と思ってたし(笑)。それが普通だと思ってたけど、今思うと、あの人はアルコール依存症だったのかな、とか。

一同:ああ。

坂本:でも、その人はステージに立つと、すごい魅力を発しているとか、こんなに美しいものをつくっているとか。集中してるとき、こんなにカッコいいとか。そういうギャップもいっぱい見たし。そういう人間らしさ、人間くさいところを、いっぱい見てほしいなあと思っています。

酒井:大人って、もっときっちりしてるもんだと思っていたら、自分が大人になったときに……。

坂本:これで40歳? と思う(笑)。

酒井:大人という幻想や呪縛っていうのを早くから取っ払ってあげればいいのかも。

前田:「私、いつになったら大人になるんだろう」ってちょっと前まで思ってましたもん(笑)。

坂本:ほんとに。かろうじて、どうしても必要に迫られて税金のこととか、保険のこととかやるときに「わ、すごい大人っぽい」って思ったりするぐらいで。

酒井:今日は伺っていて、すごく僕自身、心が軽くなりました。

前田:子育てを実際にしていらっしゃる方は、みなさん、気が楽になったと思う。

坂本:そうだといいな。そのへんはニューヨークで育ったおかげもあって、もうちょっとバランスが取れたらいいのになと思ったりしていて。その人の人生、その人の責任だから。10代になったらもう自分で決められるよね、とかありますからね。

酒井:今日、親になるとか大人になるとかって、何をどこまで引き受けなきゃいけないんだろうと思っていたんですけれど、一緒にいることから始めて、みんなを頼りにして、みんなで一緒にいる状況をつくっているんですね。

坂本:そうですね。その過程の中で、いろんなことを隠さないで、正直な自分でいる、素直な自分でいる。自分のカッコ悪いところを見せるっていうのは、それも勇気がいることだと思う。カッコ悪いところを見せて、それを徐々にみんなにも受け入れてもらって、こういう人間だって思ってもらう。プラス、自分もその人のカッコ悪いところとか、ダメなところとか、まあ許しつつ、甘え合うというか。そういうのが楽チンですよね(笑)。

酒井:でも、これからまた、小学校に入ってもっともっと、子どもたち同士の世界も広がっていったりして、年を重ねていっていろんなことが起こると思うんですけど、これから先、どういう時間を過ごしたいとか、考えることってあるんですか?

坂本:そうですね。彼女の世界がどんどん広がっていくし、私に隠したいこともいっぱい出てくるだろうから、そういうときこそ、私の友人たちに出てきてもらって(笑)、その人たちと一緒に過ごしたり、「ママには内緒ね」っていうことがたくさんできたりとか。同時に、ママとふたりだけの思い出もまだまだつくりたいし。

前田:つくりたいですよね。

坂本:もっともっと旅がしたいです。

前田:旅行ってよくなさいますか?ふたりで。

坂本:すごくしますね。母子旅。この本の中では(紹介されている)美瑛に行きましたけど。母子旅をすごくしてるんですよ。コロナ禍でしばらく海外には行けなかったですけど。しょっちゅういろんなところに行っていて。7歳のお誕生日、プレゼントはトランク。旅をしようっていうことで。

前田:旅はいいですよね。子どもの見る目は違うから。気づいてくれるのを見て「え、そんなところが気になるんだ」とかありますでしょ?

坂本:そう。あと、どんどん頼りがいが出てきますね。「ママ、これ忘れないで」とか「ママ、次降りるよ」って(笑)。

以下、坂本さんがみなさんのご質問にお答えします。

Q:夫婦で子育てに関して、意見が違うときの対処法などあればお聞きしたいです。

坂本:うちの場合は、こうしようああしようとそんなに話さなかったですね。どうしたいというよりも、どうしたくない、みたいなほうが一致する夫婦で。だからなんとなく方向性が、そんなに大きくは違っていなかった。

前田:夫婦で子育てについて話すと、意見が違ったりするものなんですか?

坂本:大きいのはきっと、公立に行くか私立に行くか、受験をどうするかとか。そういうタイミングですよね。

酒井:私立に入れたいかとか、公立に入れたいのはなんで? っていう話はして、その「なんで」から始まって、最低限のことと言いますか、何を僕らは怖がったり、こういう状況になると嫌なことって何だろうねみたいなことは話したりしますかね。確かに公立私立っていうのは、5年生だとありますね。中学受験にするかどうかっていう話で。うちは最終的にしなくていいんじゃないという話になりました。

坂本:親の育てられ方とか学歴とかによって違うんだろうし、その子のことを普段、どれだけ見ているかというのも夫婦で違うだろうし。「これは向いてない」とかの判断もそれで違ってくる。だから対処法って何でしょうね。対処法があるとしたら、夫婦がどうしたいかじゃないから、基本は子どもに聞く。

酒井:子どもに聞いて、一応、経験者として「そうすると、こうなるよ」っていう話と、あと松浦弥太郎さんがゲストの回に「何になりたいか」じゃなくて、「どうありたいか」に対して、みんな考えたほうがいいんじゃないか、職業で何になりたいですかというよりも、どういう人間でありたいですかとか。やさしい人間でありたいとか、そういうゲストの方に教わったことを家で話すようにはしてますね。だから親だけでは決めない。

坂本:表層の部分ではなくて、その課題の根っこにあるもの、その人の考え方っていうのを引き出すことなのかな。あとは、もうちょっと具体的なことで言うならば、たとえば何の習い事をさせるとか、限られた時間の中で選択していかなくちゃいけないことはあるから、そういうのでぶつかったときは、お互いプレゼンをしたらいいと思います。なぜなら、これとこれとこれと、こんなにおもしろいことがあります。こんな人もいます。おもしろいでしょって(笑)。

前田:ジョブズ*みたいに(笑)。

※ジョブズ……スティーブ・ジョブズ。米国アップル社の共同創業者。圧倒的に説得力のあるプレゼンテーションは伝説。

坂本:そう、いいと思います。どうでしょうか?

前田:お父さんとお母さんで、習い事させたいものが違ったりするんでしょうね。

坂本:きっとそうでしょうね。

酒井:僕はこっそり体験レッスンに連れて行ったりしてますね。それが僕のプレゼンです。体験して子どもが反応したら、こっちのもんだ、みたいな(笑)。

Q:子どもが生まれてから、自分の時間をつくる余裕がなくなりました。隙間時間ができたら、いつも休んでばかりいます。子どもを育てる以外に何もない自分に、ふと虚しさを感じることもあります。どのように自分の時間をつくっていますか?

坂本:うーん「子どもを育てる以外に何もないと思ってしまう」と聞くと、すごく寂しい気持ちになるから、BTSを推したらいいと思います(笑)。

前田:それ、正解ですよね。

坂本:ほんとうに「推し」をつくるといいと思います。ほんとに豊かな気持ちになるし、幸せだし、あと物理的に世界が広がる。SNSの中もそうだし、ファンダムの中で、世界とつながる。すごく大きいものとつながれるっていうのが、このアイドルという世界で味わえると思っていなかったことなので「私には何もない」って思わないと思う。

前田:「推し」ってすごくいいんですよね。

坂本:すごく大きな愛に触れられるから。自分がこんなに、全く会ったこともない人を大事に思うんだ、とか。それを世界中でこの人のことを大事に思ってる人がこんなにいるんだってところで、なんか包まれているというか。たったひとりで、部屋でふとんの中で動画を見ていたとしても、自分はこの中で、ほんとに世界中の愛に、ピュアな愛とつながっているって思えるから(笑)。ほんとにおすすめです。

酒井:時間はどうやってつくります?

坂本:自分の時間をつくるのは、確かにほんとに難しいと思うんですけど。隙間時間ができたら休むって、ほんとに休むっていうのがいちばん大事なので、正しいと思います。あとは人の手を借りる。パートナーも難しくて、ご両親も難しいとなったら、ご近所さんとか、いろんなサービス、一時保育とか、そういったサービスを積極的に使うというのもいいと思います。それは自分のため、自分の自由時間が欲しいっていうだけじゃなくて、絶対にその人にとってもいいって思っていて。たとえば、夫にみてもらう。1日まかせる。まかしたぞとなったら、夫にとっても絶対にいい時間だっていう自信があるから(笑)。「預けてごめんね」とは全然思ってなくて。もちろん、ほんとに子どもが小さくて、まだ夫の育児のスキルもそこまでじゃなかったときは心配もあったけど、勇気を出して預けて、あとは何も言わない。文句つけないっていうふうにしたら、どんどんスキルアップもしたし、そこはそこで独特の関係性ができあがって、お互いに楽しいことを見つけていくから。だからおじいちゃんとかおばあちゃんとか、もし可能な人はどこでも頼ったらいいと思うし。最初は勇気がいるけど、パンと手放してしまうと、おもしろい気がします。

前田:じゃあやっぱり、みんなで育てるっていう、さっきの話に。

坂本:そうですね。あと早起きかな。夜はもう疲れて寝ちゃうから、ちょっと早く起きて、動画を見るとか(笑)。

前田:「推し」さえあれば。

酒井:「推し」ができるってすごい大事ですよね。

坂本:ほくほくしちゃう(笑)。

Q:海外と日本の親子関係の違いについて話が出てきましたが、もし、子どもが世間に批判されるようなことをしてしまった場合、どのように子どもに接しますか? 不謹慎な質問でしたら申し訳ございません。

坂本:全然、不謹慎じゃないです。

酒井:海外の親子関係と日本の親子関係の違い、美雨さんの場合、どういうところに感じますか? 

坂本:一概には言えないですけど、海外ではどんな場合でも「子の味方だ!」っていうのを表明する親のほうが多いような気がします。やっぱり日本人の場合は、いちばん最初のリアクションは「うちの子が申し訳ありません」っていうほうが多いでしょう、国民性として。でも、海外では、まずは子どもの味方で「うちの子が何かしました?」みたいな感じが多い気がします。学校とかでも。

前田:そんな気がしますね。

坂本:でも、ほんとうに世間に批判される悪いことをした場合は、どうしたらいいんだろう。そういったドキュメンタリーを見たりすると、罪を犯してしまった子どもの親御さんのインタビューとか見ると、やっぱりそれでも愛しているとか、それでも理解したい、味方でありたいということを、はっきりとおっしゃる。もちろん、犯罪は法で裁かれるべきだし、被害者に申し訳ない。だけど、「He is my son」(私の息子だ)っていう、その愛は揺るぎないというのを、はっきり言葉にすることが多いなあと思います。だから、たぶん、私もそうするだろうと思います。そういうスタンスというか。

酒井:最初の根拠のない自信というか、その話とつながってきそうですね。いや、今日はほんとうに楽しかったです。ありがとうございました。

坂本美雨著「ただ、一緒に生きている」(光文社)

坂本美雨(さかもと・みう)さん
1980年生まれ。両親が音楽活動の拠点を移したのを機に、9歳からニューヨークで育つ。1997年「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。音楽活動の他、作詞、翻訳、俳優、文筆、ナレーションなど多方面で活躍。愛猫家としても知られる。2015年、長女を出産。2022年6月、東京新聞に連載中の『子育て日記』に書き下ろしのエッセイを収録した『ただ、一緒に生きている』(光文社)を上梓。